【異世界令嬢コージーミステリ】第2話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜
前回の話
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「弱ったわ……」
白警団から出られた。とりあえず、濡れ衣はらせたかもしれないが、ジ・エンドかもしれない。
その後、アサリオン村の駅に向かおうとしたが、なんせこの土地に土地勘などない。迷ってしまった。今はじいやもいないし、頭も回らず、ポンコツまっしぐらだ。この村はタラント村と違い、規模も大きい。観光地でもある。迷う要素は多いにあった。
汗を拭きつつ、歩き回り、村の中心部まで到着。ここは商業施設や広場、ホテルなどもあり、観光客も多い。観光客から道を教わり、なんとか別荘地まで方向転換し、歩く事に。じいやが入院している病院も不明だし、今は別荘に戻る事が一番だろう。
「へえ。村にはこんな伝説があるのね」
その途中、村の広場を通り過ぎる。広場には屋台が並び、アイスクリームやフルーツジュースが気になるが、今は無一文だ。それは我慢して通り過ぎようとしたが、広場にある看板に目が止まった。
村には幻の蒼い鳥伝説があるらしい。大昔、この鳥を助け、保護した村人が大金持ちになった逸話もあり、子供向けに「真面目に善行しましょう!」とも書いてある。また、そんな蒼い鳥を見つけたら、必ず幸せになるらしく、捕まえようとする人も多い。広場の中央に鳥の銅像も建てられていたが、観光客のカップルが、キャッキャと騒いでいた。
「蒼い鳥を捕まえて、あなたと幸せになりたいわ」
「ははは。ちょうどバードウォッチングもするし、明日、一緒に探そうか」
「わあ、ありがとう」
カップルはそんな会話の後、イチャイチャし始めた。周囲の目線も気にせず、熱く抱き合い、頬もスリスリと寄せている。
「わ、わ。これ以上は見ていられないわ」
恋愛偏差値ゼロ以下の私には、目に毒だ。長時間見られるものではない。一瞬、こうしてリアルで見たら恋愛小説も書けそうな考えも浮かんだが、ぶんぶんと首を振る。
未知な世界だ。あのカップルがしている事は、令嬢御用達の性教育で知っていたけれど、机上の知識とリアルで見るのは違うらしい。
私は早歩きで広場を後にし、村の北部の別荘地へ向かう。だんだんと商業施設などもなくなり、道も補正されていない。田舎らしい畦道になってきたが、また背後から何か視線を感じてしまう。
自然豊で観光地のアサリオン村。幻の蒼い鳥伝説もあり、基本的にはのどかな場所。殺人事件があったものの、まだ村人に詳細は伝わっていないはず。第一発見者の私とて、よくわからない。それなのに、この視線って何?
まるで村から歓迎されていない空気。先程、すれちがう農民にも睨まれたし、どうも雰囲気が暗いような?
そんな事を考えながら、再び別荘地周辺のカフェやバーの前につく。
カフェは営業中らしい。バンガロー風の外観にカフェからは、おば様方の笑い声が漏れ聞こえるが、バーの方はしんと静か。今日も定休日らしく、入り口も閉まっていた。
バーも大きな店ではなく、大人っぽく落ち着いた外観だ。グレーの壁が上品。店名はアサリオン村BARという。何の捻りもない店名で、外観の割に惜しい気もしたところ、入り口側のチラシを凝視した。
まだトリスタン先生が行方不明になったというチラシが掲示されていた。改めてよく読むと、最後に行方不明になったのは、この別荘地周辺。数日前の話だったらしい。
また、トリスタン先生はこの村が関係者がいたらしく、縁もあるとか。商業施設、観光業にも多大な寄付をし、村人にも好かれていたという。
「そんなトリスタン先生が殺された理由って何だろうね?」
確かに文芸評論家としてのトリスタンは、厳しい人だった。私の作品も酷評されたが、正確な評論だった。他の文芸作品でもそう。おかげで作家たちから信用され、トリスタン先生に好評を受けるのは名誉でもあった。トリスタン先生が推薦する本は売り上げも倍以上違う。酷評されたからといっても、著しく売り上げは落ちない。それどころか逆に話題になり、部数が伸びたりするのだ。
要するにトリスタン先生に目をかけられるのは、良いことだったのだ。作家や出版関係者がトリスタン先生を殺しても何の得は無い。
「考えられる動機は仕事関係ではなさそうね。私生活の交友関係か、逆恨みか、お金関係のトラブルか……」
出版関係者からはトリスタン先生の人柄は良いとも聞いていた。確かに人嫌いで偏屈ではあったらしいが、才能ある作家も目にかけていたと聞いた。根は優しい人だという。そんなトリスタン先生が殺されたのは変だ。
例えば文芸サロンのセニクのような輩は殺されても仕方ないが、トリスタン先生が被害者なのは違和感がある。私の作品もとても真面目に読んでくれた。事件に巻き込まれるようなタイプに見えない。
「それに、何でこのバーにだけはチラシが貼ってあるのかしら? カフェには貼ってないし、この店だけ貼ってある?」
その事も気になった。単なる事件のチラシの割には、情報量も多いし、この店主はトリスタン先生の知り合いだろうか。
何か知っているかもしれない。私は反射的にバーの扉をノックしていた。
「はい? お客様?」
扉はすぐに開いた。若い女が出てきた。化粧は濃いめで、金髪は青みがかっている。体型も細身で、美人だったが、どうも雰囲気が暗いというか、儚げな美人だった。肌も雪のように白く、余計に儚い。「美人薄命」という言葉が浮かんでしまったのは、失礼だろうか。
「実は私、アンナ・エマールというものです。トリスタン先生の……」
最後まで言い切れなかった。なぜか儚げ美人の店主に水をぶっかけられた。突然の事で、私の目は点になっていた事だろう。頭から水が滴ってくるが、驚きで現状が把握できない。
「あんたがトリスタンを殺したんでしょ! 来ないで! 殺人犯!」
また水をかけられ、追い出された。濡れ鼠状態で別荘に逃げ帰るが、白警団が調査中で入れない。立ち入り禁止のテープが貼ってある。
その上、野次馬もいっぱい。野次馬たちは私を見つけると、ザワザワと騒ぎ始めた。
「あいつが犯人らしいぜ!」
「本当!?」
「石投げようぜ!」
濡れ鼠状態の上、石も投げつけられ、逃げる他ない。
この時、自覚した。アサリオン村からは一切歓迎もされていないし、むしろ余所者として迫害対象らしい。白警団から出られても、噂が広まっているのだろう。濡れ衣は全く晴れていない。
タラント村でも似たような目にあったけれど、あの時はじいやがいた。クリスもなんだかんだで助けてくれた。
今はそのクリスから逃げた事を心底後悔していた。この状況は非常にまずい。孤立無縁。別荘に入れないから、依然と無一文。
ジ・エンド?
そんな言葉が頭から離れないから困る。
7
「やーい殺人犯!」
「こいつが犯人だぞ!」
「アサリオン村から追い出せ!」
子供は天使なんて誰が言ったのだろう。少なくともアサリオン村の子供たちには該当しない。全く天使じゃない。クソガキと言っていい。
あの後、村の子供達にも追いかけ回され、石を投げられ、村中を走りまわって逃げていた。おかげで濡れ鼠状態から、服や髪は乾いてきたけてど、誰も助けてくれない。むしろ村人の視線が突き刺さる。じいやも入院中だし、タラント村よりも状況が悪い。
それでも必死に逃げ回り、どうにか村の中心部まで到着。ここまで着くと、観光客も多く、どうにか人混みに紛れつつ、広場の茂みに身体を隠す。
「もう何なの、あの子供たち……」
背中に石も投げられたので、痛みもあり、しゃがみこんでしまう。空気がよく長閑な観光地のアサリオン村だったが、二面性があるようだ。実際は粗野な田舎者が集まり、同調圧力もありそう。裏の顔は無法地帯だ。
ふと、トリスタン先生の死体が頭をよぎる。確かに殺されるようなタイプには見えないが、人は一面だけではない。裏の顔があり、事件に巻き込まれてもおかしくない。トリスタン先生が殺された事が理不尽だが、だからと言って過剰に聖人扱いするのも、事件が見えなくなるかもしれない。まずはトリスタン先生のプライベート、交友関係、アサリオン村との繋がりを調べるのが先だ。
「よし、そこまで私を犯人扱いするなら、受けてたとうじゃない。推理するわよ」
かつて「推理なんてやめろ」と言われた私。もちろん、推理小説と実際の事件は違うわけだけど、推理をしようと思うと、元気が出てくるから不思議。まだまだジ・エンドではない。現状は悪い事ばかりだが、次はじいやと合流する為に動こう。推理するのにも、無一文ではどうしようもない。
「あれ?」
こうして前向きになり、顔を上げたところだ。広場の中央にマーガレット嬢がいるのに気づく。あの出版パーティー以来だったが、今日は清楚なワンピースに身をつつみ、いかにも貴族の令嬢だ。
ただ、その表情だけは令嬢らしさが消えていた。蒼い鳥の銅像を見つめながら、下唇を噛んでいた。悔しさとやるせなさ、悲しみが混ざったような目。
恋愛偏差値ゼロで、その経験がない私にもわかる。あれは恋をしている顔だ。恋愛小説で片思いしているヒロインとよく似た表情だ。おそらくアサリオン村には観光で来たのだろうが、蒼い鳥を探しに来たのだろうか。恋の願いを叶える為に。
この時の私は、マーガレット嬢がクリスに想いがある事など、すっかり忘れていた。のこのことマーガレット嬢に近づき、挨拶までしていた。
「ごきげんよう、マーガレット嬢」
向こうは追いかけられてボロボロ状態の私に驚いていたが、すぐに睨み返してきた。キッと音が響きそうなぐらいの睨み方で、思わず後退る。
「なんでアンナ嬢がアサリオン村にいるのよ……」
その時、迂闊にマーガレット嬢に近づいた事を後悔。マーガレット嬢の大きな目は、敵意や嫉妬に染まっていた。せっかくの青く澄んだ目は台無しだったが。
「いえ、そのちょっと困った事があって……」
「知らないわよ! 私はあなたと話したく無いから。クリス様と婚約中って自慢したいの?」
マーガレット嬢は一切、私の目を見ず、去ろうとする。
「ちょ、ちょと待って。マーガレット嬢。クリスとの仲は誤解で……」
「そんなの知らない。だったらなぜクリス様は左手の薬指に指輪をはめているの?」
ジ・エンド!
マーガレット嬢はさらに、私を睨みつけ、一度も振り返らずに去っていく。この土地で初めて知り合いに会ったわけだが、残念。向こうは誤解をしているし、助けを求めるのも無理そう。
「そうね、仕方ないわ……」
マーガレット嬢の事は諦め、村のホテルにでも行くことにした。じいやの入院先を調べようにも、土地勘がない。何かホテルで案内してもらえるといいが。
広場から数分歩き、商業施設が集まっている地区にホテルがあった。アサリオン・クイーンホテルだったが、田舎の景色と馴染むよう、低層棟が連なり、落ち着いた雰囲気だった。ランク的には貴族や金持ち御用達のホテルだったが、経営者は誰だか思い出せない。たぶん、どこかの伯爵家か男爵家だったが、経営難という噂を耳にした記憶がある。
「まあ、そんな事はいいか」
さっそく、カウンターに向かい、問い合わせようとしたが、マーガレット嬢がいた。
どうやらこのホテルに滞在中らしい。このまま私もホテルに入ると、マーガレット嬢とは鉢合わせは免れない。この誤解を受けている状況で、マーガレット嬢とはなるべく顔を合わせたく無い。
一旦、回れ右をし、ホテルから離れる事にした。仕方ない。駅の方でじいやの入院先を誰かに聞こうとした所だった。
ホテルの裏手から出てきた人とぶつかった。メイド服の女性で、このホテルのスタッフだと思われたが、泣き腫らし、目元が真っ赤だった。肌は浅黒く、髪も短め。年齢は私と同じぐらいの女性だったが、この様子だと奴隷か元奴隷の娘かもしれない。
我が国で奴隷や元奴隷の身分は限りなく低い。タラント村のオルガもそうだった。差別だけでなく、我が国は根っからの男尊女卑国家。この女性の仕事上の扱いも、容易に想像がつく。泣いている理由も察する。反射的に同情してしまう。
「あなた、大丈夫?」
自分も追いかけられてボロボロだったが、ポケットの中のハンカチを渡す。成金両親が作った名前入りのハンカチ。アンナ・エマールと大きく刺繍され、品の無い一品だったが、とりあえずハンカチは清潔だ。彼女もすぐにハンカチを受け取ってくれたが、目を丸くしていた。
「え、アンナ・エマール? え、アンア嬢? 作家のAさん?」
彼女はハンカチを握りしめたまま、わなわなと震えはじめた。私はAという作家名で活動していたが、タラント村の一件以来、本名は広く知れ渡っていた。
「私、ファンです! 文芸誌で『カフェ店長と未亡人の推理手帖』読んでいました! わぁ、本当? 推しです!」
まさかアサリオン村で自分のファンに出会えるとは。彼女はぱっと花が咲くように笑い、涙が止まった事は喜ばしいが。
「ところで、A先生。なんでそんな格好なんです? どういう事?」
「実は!」
これはもう、天からの助けと思う他ない。手短に事情を話し、助けを求めた。まだまだジ・エンドではないらしい。首の皮が繋がった。じいやと離れ、無一文でボロボロだけれど、まだ終わっていない。助かった。
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「ふう、何とか助かったわ……」
バスタブに身体を沈めながら、独り言が溢れる。庶民風の小さな風呂場だったが、清潔だし、入浴剤の香りも最高。湯加減もちょうどいい。今の私にとっては贅沢すぎる待遇だった。
あの女性は私の小説のファンだった。あれよあれよと話がまとまり、女性の家に招待され、ボロボロ状態も心配され、風呂に入っているところ。ジ・エンドになりそうだったが、どうにか首の皮が繋がった。
女性の名前はパウラ・アンドレ。元奴隷の女性で、二十五歳。あのホテルでカウンター職、その他雑用として働いているが、職場環境がきつく、転職を考えているという。元々一年前から出稼ぎとして来ていたが、待遇は悪く、毎日が大変らしい。パウラについてはこの事ぐらいしか知らないが、文壇サロンや貴族連中とは全く違う目をしており、信頼できそう。事情を話すと、しばらく家にいても良いというし、好意に甘えることにした。
パウラの家は、村の商業地区から少し離れた住宅街にある。似たようなアパートや一軒家が立ち並んでいたが、パウラが住む一軒家はこじんまりとし、赤い屋根も可愛いところ。女性一人で住むのなら、十分かもしれない。
「お風呂と着替え、ありがとう。助かったわ、パウラ」
「いえ、いんだよ。わたしこそ、推しに会えて幸せだわ」
風呂から出ると、リビングでパウラと話す。主に小説の話題ばかり。パウラは子供の頃から小説が好きで、リビングの本棚には多種多様の小説が置いてある。私の小説も置いてあり、文芸誌の切り抜きまである。思わず赤面してしまうが、恋愛小説も好きそうだ。王都で流行っている恋愛小説も抜かりなくチェックしているという。今一番人気の恋愛小説もしっかりと置いてある。
「小説っていいわよね。この国だと男尊女卑だけど、小説の世界だと、そんな事ないもの。必ず真面目でいい子が報われるから、嬉しいわ」
そう語るパウラの目。今までの苦労が滲み出ていて同情してしまう。指先も荒れているし、仕事が大変そうなのはわかる。
「そうね。ま、実際は小説も男尊女卑の文壇サロンのおじ様を相手にしたり、アンチもいるからね」
「そうなの、ひっど!」
「そうよ。この国はね……」
しばらく仕事の愚痴などでも盛り上がってしまう。気づくともう夕方だが、時間を忘れてしまったらしい。パウラが焼いたというオートミールのクッキーや紅茶も美味しく、いつまでも女子トークも弾んでしまう。
しかし私は成金令嬢でよかった。作家として仕事も持っていてよかった。これが箱入りの貴族令嬢だったら、元奴隷のパウラと仲良くなる事は難しかっただろう。そもそもこの家に入る事も躊躇したかもしれない。貴族連中のパーティーに馴染めない自分も恥じてもいたが、今はこの生まれで良かったと実感した。
「ところで、パウラ。本当にこの家で暮らしてもいいの?」
「いいわよ。タラント村の時みたいに、汚いおじさん達をざまぁと言おう!」
「なんか、私よりあなたの方が推理したいみたい」
「ええ。一緒に推理しようよ。今、どういう状況?」
女子トークをしながらパウラも元気になってきたらしい。ノートとペンを取り出しながら、状況を整理。
・被害者
トリスタン・バルべ先生。文芸評論家のおじ様。
・殺害方法
撲殺。どこかで殺され、遺体は別荘に投げ込まれた模様。
・密室トリック
鍵はトリスタンが別荘の合鍵を作っていた可能性大。つまり、容疑者はトリスタンの身近な人物なら誰でも殺せる? 本格ミステリのような複雑怪奇なトリックはなさそう……。
・動機
???
・容疑者
???
「すごい。パウラと話していたら、状況が整理できて来たわ」
「嬉しい。アンナの小説読んだけどさ、天才の名探偵が大活躍っていうより、不器用だけど、みんなと協力しながら、徐々に犯人を追い詰めていくっていう推理方法が良くない?」
「そうかもね! 私もその方がいい気がする!」
実際、タラント村の事件でもカリスタやリズ、クリスやじいやと協力しながら、犯人を追い詰められた。特定の天才じゃなくても、この謎が解けるかもしれない。そう思うと、パウラと顔を見合わせ、握手。事件解決のため、二人で共闘する事に決定。
「パウラは殺されたトリスタン先生について何か知っていない?」
「そうねぇ……。私もここに出稼ぎに来て一年ぐらいだし、よく知らないのよ。あ、でもその人、うちのホテルに滞在していたわ。たぶん、部屋は白警団が調べるはずだけど、何かわかるかも?」
「本当?」
私はノートにこう書く。被害者の名前の横に、アサリオン・クイーンホテル滞在、と。
「それに、ちょっとあの人怪しいよね。一見紳士で優しそうだったけど、一度すごいクレーム入れてきた事あるんだ」
「本当?」
「あと、その人にアンナの小説をすすめた記憶もあるんだよね。よく覚えていないけど、まあ、全体的には良いお客様だったと思うわ」
「そうなの? だとしたら……」
ようやく推理の糸口が見えてきた。あのホテルに行けば、何かわかる?
パウラによると、あのホテルは万年人手不足で、求人も出ているらしい。村の職安に行けばすぐに紹介され、働きながら潜入調査できるかもしれないという。
「どうする? ホテルで働く? 正直、待遇は最悪だけど」
「いえ、事件解決の為だったら、頑張るわ。明日職安いく」
「おー、アンナ! 見た目の割に逞しいね。普通の貴族令嬢だったら、絶対逃げ出すよ」
パウラは笑いながらも、少々呆れていたが、今後の方針も決定。
・次の調査
ホテルに潜入調査し、トリスタン先生を調べる!
こう書いたら、もう不安もなく、パウラと二人でケラケラと笑っているぐらいだ。思えば、同世代の友人はいなかった。タラント村でもできなかったが、今、ようやく同世代&同性の友達ができたみたいで、それだけで嬉しい。決してジ・エンドではないらしい。
「よし! 明日は私も休みだし、そんなアンナに協力するよ」
「わー、パウラ、ありがとう!」
「さあ、明日の為にご飯も食べよう。さっそく準備しようかね」
パウラは立ち上がると、リビングと地続きになっている、キッチンの方へ向かった。
一人残された私。特に手伝う事もないらしく、パウラの小説が詰まった本棚を眺める。なぜか王都で人気の恋愛小説が目につき、パラパラと捲る。序盤で壁ドン、中盤で頭ポンポン、クライマックスでキスシーンがあった。なぜか頭にクリスの顔が浮かび、急いで追い出す。
「そ、そんな。クリスの事なんか今はどうでもいいじゃない……」
しかし、この恋愛小説シリーズ、だんだんと恋愛描写が濃厚となり、最新刊は十八禁表示も出ていた。こんな小説を読むパウラって意外だ。見た目は素朴で優しそうな女性なのに。
人は誰でも裏面を持っているのかもしれない。私だって成金令嬢だが、本格推理作家の顔も持つ。殺されたトリスタン先生にも裏面の顔があっても、全く不思議ではない。
「じゃあ、クリスの裏面はなんだ?」
なぜかまたクリスの顔が浮かぶから困る。まさか、婚約者に執着するのが彼の裏面?
私は急いで恋愛小説を棚に戻すと、キッチンに向かい、パウラの手伝いを始めていた。
9
翌日、きれいな秋空だった。私とパウラは二人で村の中心部から駅、そこからひと駅乗り、アサリオン村の北部にある病院に向かっていた。パウラによると、アサリオン村の唯一の総合病院で、じいやはそこに入院している可能性が高いという。
「それにしてもパウラ? なんかオシャレしていない? それに病院に行くのが楽しそうね?」
何故か隣にいるパウラはきれいなワンピースを着込み、メイクもしていた。一方、私もパウラにワンピースを借りたものの、メイクする気などない。単にじいやに会いに行くだけだし、病院といっても医者と患者、看護師しかいないだろう。総合病院といっても、王都のそれよりはるかに規模は小さく、病室も数える程だったが、おかげでじいやは個室に入院できたらしい。
パジャマ姿であるものの、優雅にベッドの上で休んでいた。じいやの笑顔を見ると、ほっと一安心。この村に来て初めて味わう感覚だった。
「お嬢様!」
「じいや! 来たわ!」
涙の再会と言いたいところだが、じいやは腰も痛めているらしく、歩けないらしい。ベッドの側に車椅子もあり、しばらく入院が必要とのこと。
「まあ、じいやさん。大変なのね。でも大丈夫よ。アンナの世話は任せて!」
パウラとじいやはにすぐ打ち解けた。事情を話すと、二人で事件調査を始めたほうがいいと方向性も定まる。
ちょうどそこに誰か入って来た。白衣を着た医者だった。背も高く、メガネをかけ、黒髪がよく似合う。年齢は三十代前半ぐらいだが、落ち着きもあり、話し方も丁寧だ。じいやの主治医のロドルフ・オービニエという男らしい。
確かにイケメン風の男。私は全く興味はないが、隣りにいいるパウラは頬を赤くしていた。落ち着きなくモジモジもしている。なぜパウラが今日オシャレをして来たが理由は解けた。じいやもパウラの様子を察するが、みんな恋をしているのだろうか。マーガレット嬢もそう。クリスもそうかもしれないが、急に取り残されたような気がするから困る。恋愛偏差値ゼロの私だが、恋ってするもの?
「では、みなさん。私は仕事がありますので」
ロドルフは爽やかな笑顔で去って行くが、パウラは。ずっとモジモジしたまま。その後、じいやのリハビリなどもあるそうで、パウラと病院をあとにし、パウラと病院の周辺を観光する。
このあたりはアサリオン村一番大きな湖もあり、観光客も集まっていた。湖にはボートも浮かび、カップルたちが熱く見つめあったりもしていて、思わず目を逸らす。
木々の紅葉を見つつ、パウラに話しかけるが、彼女はまだぽーっとしている。湖のカップル達を眺めつつ、「いいな、ロドルフ先生と一緒に行きたい」と言い、頬が赤い。見た目は素朴なパウラだったが、意外と恋愛脳かもしれない。
「そう? 私はそんな恋より事件よ。推理しましょうよ。事件解決の方が先よ」
「アンナは本当に推理好きね。私は恋したいけどなぁ」
湖の周辺に出ていた屋台でフルーツジュースを買って飲む。村で採れた果実のミックスジュースらしいが、みずみずしく美味しい。じいやから小遣いを貰っていたので、しばらくはお金の問題は無いが。小鳥の鳴き声が響き、爽やかな風が吹き抜ける。
「恋に恋している感じかもね。自覚はあるのよ」
「そう……」
「私は元奴隷だし、ちゃんと恋ができるかもわからないから」
そんな話を聞いてしまうと、どう反応していいかわからない。
やはり私は恋愛偏差値がゼロらしい。パウラの恋愛の悩みも、よくわからないのが本音。本当は作家として恋愛経験があった方が良いのかもしれない。推理小説にしても犯人の動機が恋愛の場合、ちゃんと書けるだろうか。そういえばトリスタン先生にも、犯人の動機や恋愛の心の動きがぬるい、リアリティがない、推理トリックばかりに力を入れていると酷評されていた。
「私は恋した方がいいのかな? 作家としても」
「はは、そんなのアンナの自由よ。それに、いざとなったら、アサリオン村の蒼い鳥を探せばいいと思う」
「あの伝説の?」
「ええ。恋の願いが叶うかもって言われてる。アンナも一緒に探してみる?」
そんな話をしている時、また背後から視線を感じた。
「パウラ、何か視線感じない? 誰か見てる?」
「えー、そんな事はなくない?」
パウラは何も感じていない様子だったが、どうも違和感がある。この誰にも歓迎されていないというか、悪意があるような視線。
ちょうどジュースも飲み終わり、湖周辺の散策も終わった。それにホテルで働くのなら、一旦、また村の中央部に戻り、職安にいこうという方向にまとまり、パウラと二人、電車に乗り込み、帰った。
駅から降りると、またどこからか視線を感じる。背中もゾクゾクとしてきたが、パウラは全く気にしていない様子。
「そんな誰も見ていないって。さあ、アンナ、行きましょう」
「え、ええ……」
明るいパウラの笑顔を見ていたら、考えすぎていたのかもしれない。とりあえず視線のことは忘れ、村の中央部にある職安に二人で向かう事に。その途中、広場も通り抜けるが、人だかりができていた。
観光客や村人も集まり、がやがやとうるさい。
「何? 何かあるの?」
パウラは何気なく、広場の中央部に向かう。私も人混みをかくわけ、その後を追うが、後悔しかない。広場の中央にある掲示板には、チラシが貼られていた。
酷いチラシだった。アンナ・エマール嬢は評論家のトリスタン先生を逆恨みし、殺害に至った経緯が書かれていた。
もちろん、事実無根。全部濡れ衣だったが、チラシからは私への悪意がただ漏れ。かなり念を込めて作ったチラシらしく、見ているだけでも気分が悪くなってきた。
「酷い! アンナはこんな事するわけない!」
パウラの声は人混みの雑踏でかき消され、村人が私を見つけた。まるで鬼の首を取ったような顔だ。
「こいつが、犯人だぞ! 捕まえろ!」
ジ・エンド。白警団からの濡れ衣を晴らせたとしても、村人の私刑は免れない。
10
「アンナは犯人じゃないわ。むしろ、真犯人を探そうとしているから。お願い、みんな冷静になってよ!」
そんなパウラの声はかき消され、私はあっという間に村人に取り囲まれてしまう。
今度は子供だけじゃない。老若男女さまざま。面白がっている観光客もいる。ここから逃げ出すのは難しそう。
「あんたがトリスタン先生を殺したのね! 許さないわ!」
その中でも、例のバーの店長が一番ヒートアップしていた。見た目は儚げな美女だが、感情的。声も低く、背は高いので圧はある。
これも何か事件と関係があるかもしれない。私は推理作家らしい観察眼で彼女を見る事にした。
雑踏の声を総合すると、彼女の名前はシビルらしい。バーの店長らしいが、トリスタンとはどういう関係だったのだろう。
「トリスタン先生とはどういう仲?」
私は村人に負けず応戦した。想像以上に低い声が出てしまったが、シビルはキツく睨み返してきた。
「そんな事はどうでもいいでしょ! 常連さんだったのよ。バーにも色々気にかけてくれてたの。そんな優しい人を殺したって何?」
私がシビルの低い声を無視し、服装を観察。黒いドレスが似合ってる。喪に服しているつもりなのだろうが、指輪、ネックレス、ブレスレットは外していない。しっかりと赤いマニュキアも塗っているし、アクセサリー類も安くないはず。成金の母が身につけているアクセサリーと似てる。田舎者らしいセンスの無さといえばそれまでだけど、バーの店長でこんなアクセサリーは購入できるのだろうか。お酒は利益率は高いが、これは引っかかる。
こんな風に冷静に観察しているものだから、シビルは余計に怒っていた。その怒りは村人のも伝染している模様。さらに私へバッシングは高まるばかりだが、このチラシを作ったのはシビル?
ジ・エンドな状況であるものの、それは気になる。シビルの前に出て、堂々と本人に問い詰めたが、答えない。目が泳いでいる。
これはシビルが犯人か微妙なところ。口調やボギャブラリーからして、頭のレベルはド田舎のバー店長というレベルだし、こんなチラシを作れるほどの知恵があるとは思えない。
村人の顔ぶれを確認すると、その中にマーガレット嬢の顔もあるではないか。しかも、村人をバックにつけ、邪悪な目を見せていた。いつもの清楚風のお嬢様という雰囲気は台無し。証拠は一切ないが、多分チラシの犯人はマーガレット嬢だろう。
彼女はクリスに恋してる。私に逆恨みし、チラシを作成したとしてもおかしくないし、そのスキルや資金もある。それにマーガレット嬢はバカじゃない。悪知恵だって回るだろう。
マーガレット嬢の後にいる村人は二人。両者ともマダムだろうか。六十前後の女性で、一人は金髪ショートカット。もう一人はサングラスをかけ、首に望遠鏡をぶら下げている女だ。さっそく村人を味方につけている点では、先を越された。貴族の令嬢らしく、コミュニケーション能力も高いのだろう。先を越された上、こんな風に嫌がらせも開始するマーガレット嬢の裏の顔を察する。
「ねえ、マーガレット嬢?」
今だにギャーギャー感情的に騒ぐシビルを無視し、私はマーガレット嬢に近づく。全てお見通しという推理作家らしい目をしていたら、向こうも息を飲み、黙りこむ。
この態度。どう見てもマーガレット嬢が犯人。王都での清楚な令嬢という評判は嘘みたいだ。恋は人格を変えてしまうのだろうか。だとしたら、私は恋愛偏差値ゼロのまま、本格推理マニアでいる方がマシかもしれない。
「ねえ、マーガレット嬢。私、あなたは令嬢らしい女性だと尊敬もしていたわ。私のような成金令嬢とは違うって思ってた。ガッカリよ」
私はあえて笑って見せたが、マーガレット嬢の顔は真っ青。イタズラがバレた子供みたいな顔をしていたが、一方的にやられるわけにはいかない。
「この事はクリスに報告しておきましょうか?」
「う、うるさいわ!」
クリスの名前はマーガレット嬢にとっても地雷ワードだったらしい。子供のように喚くと、私を押し倒し「殺人犯のくせに!」と吠える。
状況的にはジ・エンドだが、推理には証拠や証言が必要だ。
押し倒され、村人に囲まれている。こんな最悪な状況でも、私は普通に立ち上がり、白警団のオーレリアンに言った内容をそっくりそのまま説明した。
「う、うるさい……!」
シビルや他の村人も私に論破され、黙りこんでいるというのに、マーガレット嬢は違う。
私に近づき、頬を叩こうとしている。これは困った。恋の力恐るべし。普段、清楚な令嬢がこんな風に取り乱すのは何故か。恋のせい?
「ゆるさないから!」
マーガレット嬢の指先が近づき、思わず目を瞑った時だった。
てっきり頬を叩かれると思ったが違った。頬に痛みは無く、急に周辺が静か。シビル達村人も、波が引くように去っていく。
マーガレット嬢もそう。脱兎のごとく走る。すごい逃げ足。残るのは私とパウラだけだったが、顔を上げるとよく知った人物がいた。
クリスだった。クリス・ドニエ。
私がこの村まで逃げてきた理由だが、今日はきっちりとスーツを着込み、髪もセットし、経営者モードだ。しかし、目は吊り上がり、初対面のパウラも涙目になるぐらい怖い顔。
「まったく雑魚ども。俺の顔を見たら、みんなに逃げていったな」
そう呟くクリスの顔。相変わらず整ってはいたが、タラント村の事件以降、犯人一身のセニク一族や文壇サロンのおじ様達の会社を手荒に買収し、「若き極悪経営者」という二つ名がついていた。元々は「若き天才経営者」と呼ばれてはいたが、今のクリスの顔は見事に極悪。村人達が泣いて逃げるのはもっともだ。
なぜかクリスの顔を見ていたら、安堵で泣きそう。じいやと再会した時もこんなに泣けなかったのに。
「大丈夫か? アンナ嬢」
「大丈夫じゃないわぁ!」
子供みたいに泣きそうになるから困る。氷に成金令嬢なんて嘘。実際はそんなに冷静でも、頭も良くない。単なる本格推理小説ヲタクだ。
今は気が抜けて、同時に涙も出てくる。おそらく生理現象だが仕方ない。
「おー、よしよし、アンナ嬢。俺と結婚したら、こんな目に合わせないからな」
なぜかクリスは私の頭をポンポン叩き、側で見ていたパウラの顔の方が真っ赤。それにしても今のクリスは演技がかってもいるが、いつもと何かが違うみたい。
「ただし、俺と結婚するという条件ならな」
相変わらず性格の悪さを発揮していたが、なぜクリスはアサリオン村へ来たんだろう?
謎だ。でもその推理はひとまずお休み。
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