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【異世界令嬢コージーミステリ】第3話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜

前回のお話


11

風の音は爽やか。時々響く野鳥の鳴き声も可愛らしい。アサリオン村の伝説・蒼い鳥などは見つかるわけもなく、茶色い小鳥ばかりが目立ってはいたが、今はそんなことは関係ないだろう。

あの後、クリスとパウラでランチをしようという事になり、アサリオン・クイーンホテルへ来ていた。泊まるわけではない。一階にあるレストランで軽くランチをするだけだが、クリスは顔パスで一番眺めの良いテラス席に案内され、私達もそのおこぼれにあずかっていた。

レストラン内は感観光客に溢れ、賑やかというより騒々しいが、庭に面したテラス席は静かで私達もゆっくりと食事ができた。

テーブルの上はパン、鶏肉の香草焼き、パスタという炭水化物と脂肪祭りだったが、空きっ腹には全部が美味しい。

シビルやマーガレット嬢、村人や観光客に迫害を受け、想像以上に私は参っていたらしい。クリスの前で泣いてしまう程だったが、料理は美味しく、無言で食べ続けてしまう。

その間、クリスはパウラと自己紹介をかわす。物怖じせず、人懐っこいパウラはクリスとも打ち解けていた。

「クリスさん、よろしくね。ところでクリスさんとアンナってどういう関係? 恋人? 深い仲にしか見えないわ」

このパウラの発言で私はむせそうになる。テーブルの右端のグラスの水を慌てて飲み込むが、隣にいるパウラは下衆っぽい目をしている。まだ若いのに、噂好きのおばさんみたい。

「そうだ。アンナと俺は婚約者だ」
「ちょ、クリス。何を言っているの?」

余計にむせそう。目の前に座っているクリスはの発言は全く解せない。パウラと違い、目を細めて笑っているクリスは、今まで一番極悪に見えた。

水をごくごくと飲み、どうにか落ち着こうとしている私を嘲笑っているみたいだ。意地悪だ。

「そうなの? じゃあ、私はお邪魔ね。あとは若い二人で!」
「ちょ、パウラ。まだデザート来ていないでしょ?」
「いいのよ。その代わりクリスさん、全額奢っておいて」
「了解。今日はありがとう、パウラ」

パウラとクリスは勝手に話を進めてしまった。パウラは家に帰ってしまうし、クリスは全額奢る事でこの条件を飲み、口元もふむふむとさせている。私を揶揄って楽しんでいる模様。怒りを通り越し、呆れてきた。

「ところでアンナ嬢。この状況はどういう事かい? なんで村人やマーガレット嬢にいじめられていたんだよ?」
「実はね……」

意地悪なクリスだが、なぜか再会してホッとしたのも事実だ。私は現状を一から十まで説明した。

意外にもクリスは私がアサリオン村まで逃げて来た事など責めず、ちゃんと話を聞いてくれた。特に同情心を見せる訳ではない。それでもタラント村では一緒に犯人を捕まえた実績もあり、信頼してしまう。不本意ではあったが。

食後のケーキやコーヒーも届けられ、私の気はますます緩んでいた。じいやが入院中の事、村人からの酷い迫害については、愚痴っていたが、クリスは特に否定せず、黙って聞いてくれた。

困る。こういう優しさがあるから、クリスの事は全面的に嫌いになれないんだ。これがもっと強引で、私への悪口も多く、高圧的だったら、簡単に嫌いになれるのに。

その上、またクリスの香水の匂いがした。タラント村の時は香水などつけていなかった癖に、今はその匂いも似合っている。なぜかクリスの香水の匂いを感じると、ソワソワとし、クリスの顔がまともに見られない。下を向いてしまう。

「それは困ったな、アンナ嬢」
「ええ。あなたがちょっと素敵に見えてしまうほど」
「へえ」

クリスはまたふむふむと笑っていた。今も左手の薬指にはダミーの指輪をしたまま。そろそろ外してもらいたいものだが、言い出すタイミングがわからない。もし指輪の件を質問してしまったら、決定的な言葉を言われそう。

「だったら、推理して真犯人を見つけるしかないだろ?」
「そうだけど」
「アンナ嬢だったらできるさ。なんせタラント村では犯人を見つけ出したんだ。そうだ、アンナ嬢、推理をしろ」

言葉自体は命令のくせに、その口調は優しく、私はますます顔を上げられない。無理矢理コーヒーを口に含み、変な咳払いをしてしまったが、向こうは私の戸惑いなど、全く気づいていない。それどころか、こんな台詞までのたまう。

「アンナ嬢。お前はタラント村で推理をしていた時が一番目が輝いていた。そうだ、絶対に推理をしろ。推理をしているアンナ嬢、俺は嫌いじゃない」

その声は先程よりもっと甘い。ケーキみたいな甘さだ。私はまた咳払いし、コーヒーを口に含む。こちらは何も入れていないブラックコーヒーだ。これで少しは甘みが中和されたような。

「と、ところで、クリスはなんでアサリオン村に来たの?」

クリスは自身の前髪をかきあげると、また笑い始めた。

このホテルを買収する予定があり、視察に来たという。当初ば部下にやらせる仕事でもあったが、なんとなくカンで来たらしい。

「このホテルはマーガレット嬢の親戚が経営者だしな。嫌な予感がしたんだ。マーガレット嬢はアンナ嬢に嫌がらせしていると部下に調査もさせたし」
「そうなの?」

私は目をぱちくりとさせていた。確かに王都でもクリスの追っかけ令嬢から嫌がらせを受けていたが、マーガレット嬢が犯人だと断定できなかった。証拠がなかったから。

「マーガレット嬢のような貴族令嬢など、俺は興味などないのにさ。俺は面白い女が好きなんだ」

さらっと自然にクリスは告白。ますます私は居た堪れなくなってきた。トリスタン先生が殺され、濡れ衣を着せられているが、クリスのこの態度の方が事件かもしれない。こんな女に執着を見せるようなタイプに見えない。夢にも想像できなかった。

それでも逆にはっきりとしてきた事がある。クリスでさえこんな裏の顔がある。素朴なパウラも意外と恋愛小説が好き。観光地で空気のいいアサリオン村も、決して良い村人ばかりじゃない。

となると、善人のトリスタン先生だって裏の顔があっても自然だ。そんな所が事件を呼び寄せたと思えば、事件の全貌も解けそう。まずはトリスタン先生の事をよく調査する必要がある。

「という事でこのホテルのトリスタン先生の部屋がみたいのよね。ここに泊まっいたらしいから。もちろん、もう白警団が調査して、部屋も保存されているかどうか分からないけれど……」

白警団が見落とした手がかりが、部屋に残っていたとしたら、気になってくる。もうクリスの事は忘れてきた。今は推理に集中しようではないか。

「だったら、俺に言えよ。俺の名前を出せば、被害者の部屋も見られるだろうよ」
「いいの?」
「婚約者の願いを叶えるのが、役目みたいなもんだろ?」

クリスはニヤニヤと笑う。さっきよりもご機嫌そうだ。私もつられて笑ってしまう。

勝手に婚約者扱いされるのは不本意だ。こうしてクリスと一緒にいると、アサリオン村まで逃げてきた意味も無いが、乗り掛かった船だ。この船からは決して降りないと決めた。推理して、この謎も解こう。

「さっそく推理しよう、アンナ嬢」
「ええ、もちろんよ」

二人で笑っていると、少し楽しくもなってくるから、困る。殺人事件が起きているのに。

12

このホテルはマーガレット嬢の一族が経営者らしい。貴族の一族だ。それでもクリスは支配人に自分の名前を出すと、すぐにトリスタン先生の部屋に行けることになった。

ホテルのロビーから南館の一番日当たり良い部屋らしい。低層のホテルではあったが、貴族御用達といったところ。他の貴族らしき観光客も多く泊まっているらしく、チェックイン前の時間でも賑やか。アーリーチェックインで早く来ている貴族も多いという。

「ところでクリスはどこに泊まるの?」
「このホテルに決まってるだろ。俺も泊まりながら事件を調べてやるぜ」

トリスタン先生の部屋まで長廊下を歩いている。絨毯はふかふか、調度品も豪勢で、成金令嬢の私は緊張するが、クリスは堂々と大股で歩いていた。

「ちょっと、クリス。歩くのが早いわ」
「お、わかった」

訴えると、すぐにクリスは私と歩幅を合わせてくれた。クリスは脚が長く、私と歩幅が合わせにくい。かなりゆっくり目に歩いてくれているらしいが、タラント村の事件では決して見せなかった対応だ。変な気分になりそうで、慌てて事件に集中。

まずはトリスタン先生の部屋を見ないと。トリスタン先生の裏の顔、秘密、トラブル等なんでもいいので手がかりが欲しい。

そして部屋に到着し、二人揃って入る。鍵はクリスが支配人からもらったものだそうが、すでに白警団の調査済みらしい。

ざっと部屋を見る限り、手書きのメモ類などは落ちていない。

一人で使っていた部屋だそうだが、広々とし、ベッドも大きい。タラント村の事件の時はベッド下に手がかりがあった。何か落ちていないか探るが、収穫はない。

机周辺はトリスタン先生の私物がまだ残っている。食べかけの菓子類もあり、仕事もしていたのだろう。文芸誌、小説、植物図鑑なども積み上がっていた。卓上カレンダーには締め切り日にも丸がついている。仕事への意思が感じられる机だ。これは絶対にトリスタン先生は自殺ではない。

「おい、アンナ嬢。何、見ているんだよ」
「い、いえ……」

そして机の端にあるタイプライター。最新のものだ。私もタイプライターぐらい買える貯金はあったが、入手していない。

タイプライターは作家にとっては憧れの一品。いつかトリスタン先生も唸らせる傑作を書き、その原稿料でタイプライターを買うのが目標だった。夢といってもいい。

トリスタン先生のタイプライターを見ていると切ない。その夢はもう消えてしまった。確かにお金を出せばタイプライターぐらい買えるが、その過程だって大事じゃないか。思わずため息が出る。犯人への憎しみが湧き上がるから困る。それに机周辺を見ても何の手がかりもない。

「タイプライター、欲しかったわ」

ついつい呟くが、クリスは無視しなかった。小さな独り言も拾い上げ、なぜか腕を組んでドヤ顔している。いかにも性格が悪そうな顔。若き極悪経営者と呼ばれているのも、誇張表現ではない。

「タイプライターぐらい、俺が買ってやるよ」
「いいえ、けっこうです」
「仕事で必要なんだろう?」

なぜかクリスは私に迫り、壁の方まで追い詰めてくる。

「あのね、タイプライターはちゃんと印税で欲しいのよ。やめてよ、買ってくれても全く嬉しくないから。作品が認められた報酬で欲しいんだから」

至近距離のクリスを睨む。こっちの気持ちは全く知らないらしい。モノでつられるような女に思われているのか。そう思うと、下唇を噛んでしまう。

「いいや。タイプライターは俺が買ってやる」
「どうしてそこにこだわるの?」
「ふん、別にいいだろ。俺の好きなようにさせろよ。ただし、俺と結婚したらな。だったらタイプライター買ってやる」

そしてさらに私を壁際まで追い込むと、ドンと叩いた。その拍子で側の机の上にあった文芸誌や小説がバサバサと落ちた。

「うん?」

私は落ちた小説を拾い上げる。王都で流行っている恋愛小説だったが、パラパラとめくると、壁ドン、プレゼント攻撃、頭ポンポンなどイケメンヒーローの求愛が描写されていた。

「え?」

さっきまでのクリスの威勢の良さが無い。むしろ、叱られた後の子供のよう。目も泳いでいたし、顔も赤い。耳の端まで真っ赤。タラント村で突然、「俺と結婚しろ」とプロポーズして来た日を思い出す。

「ま、まさか。クリス。この恋愛小説を参考にしている?」

この恋愛小説のヒーローは強引&俺様風で、王都で女性読者達に人気があると編集部から聞いた。おまけに恋愛小説の帯には「全ての女性が夢中になる!」と書いてある。クリスがこの恋愛小説を参考にし、アプローチしてきた可能性大。通りで今まで芝居がかっていたのか。謎が解けた。

この推理はクリスに大ダメージを与えてしまった模様。その場所にしゃがみ込み、頭を抱えている。

「そ、そうだよ! 恋愛小説を参考にして悪い事か!」

子犬みたいに吠えている。実に残念な姿だ。全く怖くない。呆れてくるが、私のこの恋愛小説自体は嫌いじゃない。

「クリス、あなたも余裕ない一面があったのね……」

今まで性格悪い、口も悪い男だと思い込んでいたが、こんな余裕がない姿は人間らしい。可愛いとも言えるかもしれない。クリスが私を相手にしている理由は全くの謎だが、それを推理して見るのも悪くない?

私はしゃがみ込んでいるクリスと視線を合わせる。

「別にあなたと結婚する気はないけど、仲良くはしましょう?」
「は、アンナ嬢。どういう事さ?」

クリスは自身の前髪をかきつつ、顔を上げた。抜けた髪の毛が一本、床に落ちた。

「私はあなたのこと何も知らない。はっきりいって謎。でも、この謎を解くのも面白いかもしれない。あなたのこと、仲良くはしたいわ。この謎解きをする為に」

さっきまで余裕がなかったクリスの目。それなのに、みるみると光が戻ってきた。

「わかった。トリスタンの謎解きとも一緒にこの謎も推理しろ」
「ええ。そうするわ。たぶん、私、あなたのことは嫌いじゃないから」

またクリスは顔が赤くなっていたが、まずはトリスタン先生の事件が優先だ。他、カーペットの下、ベランダ、トイレなども手がかりがないか探るが、見事に何も出てこない。これは白警団に先越されたと思うと、全く笑えない。

「やっぱりここで潜入して、掃除のスタッフなどから聞き込みもした方がいいかしらね?」
「そうしろよ。俺もここに泊まって協力する。っていうか、潜入調査は別人になりきった方が良くないかね?」

クリスの提案はもっともだ。ただでさえアンナ・エマールは殺人犯の疑いを持たれている。アンナとしての潜入調査は難しいだろう。本格推理小説で別人になりきって調査するのは鉄板だ。ヒロインが男装し、貧困街に潜入調査するシーンも書いたことがある。

気づくと、クリスは立ち上がり、顔も赤くない。いつも通りの顔に戻り、私も推理モードにスイッチが入った。

「そうね。潜入調査しましょう。次はその準備ね?」
「ああ、そうしよう」

なぜかクリスの口元がふむふむとしていた。嫌な予感がしつつも私は頷いた。

13

翌朝、綺麗な秋空だった。小鳥の鳴き声が響き、風も爽やかな朝だったが、世話になっているパウラは仕事で早起きだ。私もパウラに合わせて早起きし、トイレや風呂掃除を手伝う。

パウラは気を使うなと恐縮していたが、そうもいかない。居候状態なのも気まずいし、私は成金令嬢。両親の資金繰りが失敗し、一時期貧乏暮らしもしていた過去もあるので、家事なども全然苦じゃない。そんな私の姿に、パウラは目を丸くしていたが、クリスが訪ねてきた。

しかも朝食の準備もはじめ、三人で食事しようと提案。これにはパウラも余計に恐縮していたが、クリスが作ったキノコスープやサラダ、果実のジュースに腹が鳴っていた。

結局、パウラの家で三人で朝食をとることに。潜入調査のこともパウラに共有し、全面的に協力してもらう事にもなったが、彼女も仕事で忙しい。朝食を食べ終えると、パウラはバタバタと走りながら仕事へ。

残された私とクリスはゆっくりと果実のジュースを飲む。

「それにしても、クリス。あなた料理が上手ね。どこで覚えたの?」

クリスの謎その一。クリスは料理がうまい。男尊女卑の我が国で家庭料理を進んでできる男は珍しい。タラント村でも謎だったが、改めて見ると余計にこの国では珍しい。

「俺の母は色々あって料理できない人でな。代わりにやってたらできるようになった」
「そうなんだ。色々って何?」
「そんなのどうでもいいだろ。次は潜入調査についてだ。これが俺が考えた潜入中のキャラ設定なのさ」
「え?」

クリスはシャツのポケットから折り畳んだ紙を見せた。そこには私の潜入調査でのキャラ設定が事細かに書かれている。私の小説のキャラクター設定より細かく書いてあるぐらいだ。

潜入上のキャラは、庶民の出稼ぎ主婦。髪の色は黒、メガネがチャームポイント。そばかすもあり、野暮ったい雰囲気。爪をかむ癖がある。故郷にいる夫を一番に愛するなどなど背景も細かい。

「何これ? そんな細かい設定って必要?」
「アンナ嬢、君は作家だろう。細かいディテールが大事じゃないのか?」

そう指摘されるとぐうの音も出ない。確かに適当なキャラ設定で潜入調査するよりも、ここは詰めた方がいいだろう。後で小説のキャラ作りにも役立つかもしれない。私はクリスの書いた紙を凝視し続けた。

「カツラやメガネなどの変装道具が必要ね。この村で買えるかしら?」
「駅近くに衣服店がある。飯を食ったら行こうではないか」

クリスは子供みたいにケラケラと笑ってる。

何だか私以上に楽しんでいる気がするのだが、この通りにするのが一番良さそうだ。朝食の片付けやパウラの家の掃除を終えると、駅の方まで歩く。

観光客も多く、伝説の蒼い鳥を探しているカップルやグループも多いらしい。駅周辺は小さな村とも思えないほど賑やかだ。

「クリスは蒼い鳥いると思う?」
「そんな都合の良い鳥なんていないだろ」

即答。やはり性格悪そうに観光客を見ているが、もう一度言い直していた。

「が、こんな小さな村の伝説でこれだけ観光客を呼べるのはすごいマーケティング戦略だ。経営者としては気になるよな」

この時は経営者の顔つきだった。今日は休暇らしく、白シャツに綿パン姿。シャツの上の方のボタンのあけ、髪も無造作だったが、目はちゃんと経営者モードになるから、面白い。

そうこう話ているうちに、駅の近くの衣服店に到着。店頭にはマネキンも飾られ、老若男女さまざまな服を売っているらしい。店名はエメの服屋。おそらくエメという人物が店長だろう。王都の衣服店と比べると小さいが、ここから変装グッズもあるといい。実際、入店すると、伊達メガネやかつらもあっという間に見つかった。他にも小さな店ながら、古着や子供服、アクセサリーなども豊富だ。店内は狭いぐらい。

「でも、クリス。あの店長さん? エメって人だと思うけど、シビルやマーガレット達と一緒に私を迫害した人よ」

レジの方にいる店は見覚えがある。六十代ぐらいのマダムだが、金髪のショートカット。化粧も濃いめの女だが、確かマーガレット嬢のバックに立っていた女だ。会いたくない。実際、私の姿を見つけると、きつく睨んできた。

「店長さん、素敵な店だね」

そんな店長、エメだったが、クリスに褒められると、ポーッと頬も染めていた。

「やだ、お兄さん。イケメンね。褒めても何も出やしないわ」

そうは言ってもエメはクリスを見てポーとしたままで、代金も半額になってしまった。

「ありがとう、エメ店長」

クリスはキラキラの笑顔を見せ、変装道具も購入。こんな展開、タラント村でもあったが、女性がイケメンに弱いのはどこも同じか。

おかげであっさりと変装道具も入手でき、再び二人でパウラの家に戻る。一応変装の準備の為、一回試してみる事に。着替え、いつもより野暮ったいメイクをし、かつらをかぶる。メガネもかけたら、クリスの前に出てみる。

「どう? 変装になっている?」

クリスはパチパチと拍手し、この変装は大成功らしい。確かに鏡の中にいる私は別人だ。この後、職安に行き、仕事の紹介もして貰えば潜入調査の準備は終了だろう。パウラの話だと、ホテルは万年人手不足らしく、だれでも働けるらしい。こ今のところは順調そのものだったが、クリスはまた笑ってる。

「何笑ってるの? クリス? そんなに今の格好はおかしい?」
「この変装は主婦だろう? 何か足りないだろう?」
「うん? 何だっけ?」

推理をしようとしたら、クリスは私の左手をとった。一瞬で左手の薬指に指輪をはめ込んでしまった。

クリスが今しているダミーの指輪と全く同じデザインだった。

「い、いつの間に用意したの?」

まさか、この為にわざわざ潜入調査用のキャラを作ったのか?

その用意周到さに、全身がモゾモゾとし、恥ずかしい。今すぐ指輪を抜き取りたいが、それも逆に恥ずかしい。つまり動けない。

「なあ、推理って楽しいよな?」

クリスはそんな私を見ながら上機嫌だ。よっぽどお揃いの指輪をつけている事が楽しいらしい。口笛まで響かせている。

「あのね、クリス。トリスタン先生が亡くなっているの。推理で楽しまないで」

慌てながら真面目な指摘をするが、クリスはずっと上機嫌だ。口笛は止まりそうもない。

こうして私は職安に行き、ホテルの仕事も紹介して貰い、あっという間に潜入調査が決定。パウラとは部署が違ってレストラン部門での配膳と皿洗いだったが、順調に来まっていく。翌日からさっそくシフトも決まった。

「なあ、アンナ嬢。推理って楽しいな」

ずっと上機嫌なクリス。もう私は何も言えない。左手の薬指を見るたびに、恥ずかしくて仕方ないから。

14

潜入調査はトントン拍子に進んでいた。他にも編集部に手紙を書き、別荘の件なども問い合わせてはいたが、潜入調査はもっと順調。

翌日、私は野暮ったい主婦に変装し、さっそくホテルに入って仕事をしていた。配属先はホテル内のレストランで給仕や洗い物、その他ゴミ捨てなどの雑用全般が仕事だ。

早朝からの仕事だったが、料理の仕込みなどもやらされ、とても忙しい。万年人手不足の為、私のような未経験者も研修なしでコキ使われていた。今は野暮ったい主婦の化けているので、わざとミス等もしたが、仕事自体は単純だった。すぐ覚えてしまったし、給仕も令嬢としてあちこちで食事をしてきた経験もある。マナー等も問題はない。

洗い場で一緒に働くパート社員などと雑談も試みようとはした。トリスタン先生について何か探りたかったが、とにかく目が回るほど忙しく、そんな暇はない。

ようやく午後三時過ぎに休憩が入り、厨房の裏手の休憩室へ入る。かつらをかぶっているので、汗も出てくるが、ここで外すわけには行かない。

賄いの野菜スープを飲みながら、猫背で時々爪を噛む演技などもしつつ、王都で流行っている恋愛小説も読む。クリスが参考にした例の小説だ。トリスタン先生も書評の為に読んでいたらしく、何か手がかりがあるかもしれない。

物語は庶民の女性と医者の恋愛ものだった。紆余曲折をしながら、身分差も乗り越え、最後にはハッピーエンドとなる。推理作家の私としては、なぜヒーローがヒロインに惚れたのか、なぜこんなに惹かれ合っているのか推理しながら読んでしまう。悪い癖だ。普通の読者のように全く楽しめないが、確かにヒーローはかっこいい。この小説の描写だけ見れば壁ドン、頭ポンポン、プレゼント攻撃も微笑ましい。クリスにそんな行動されても全く嬉しくないが。

ヒーローの台詞も甘々だ。ヒロインの容姿を褒めると「君の髪の毛一本一本まで全部愛している」と告白。思わずクリスも言っているシーンが頭に浮かんだが、気持ち悪い。この恋愛小説を参考にするのは勘弁してもらいたいが、全体的には素晴らしいエンターテイメント作品。推理作家の私も新作の参考にしたいと思いながら、読んでいると、隣の席に誰か座った。

料理長だった。厨房で指揮をとり、一番忙しそうのしていた男。年齢は三十歳ぐらいで、白いコックコートも似合う。背も高く、栗色の目や髪は人懐っこい。仕事以外の時では気さくな性格らしく、新しく入ってきた私にも笑顔だった。

「賄い、美味しいです」

わざとボソボソとした口調で話す。私は成金令嬢。腐っても令嬢なので、言葉遣いなどもじいやに訓練されていたが、ここでは野暮ったい主婦になりきる。おかげで料理長も私の正体に全く気づいていない。他の誰も私がアンナ・エマールとは気づいていない模様。

「あ、ありがとう。褒めてくれると嬉しい。実は俺、この辺りの料理コンテストで一位になった事もあるから」
「そうなんですね。すごいです」
「うん。俺、ちょっとした有名人」

なぜか料理長は自慢も始めた。確かセドリックという名前の男だったが、目つきが少し艶っぽい?

というのも私の勘違いか。セドリックは私の左手を見ると、新人さんへも仕事の心構えなどを伝えて去って行った。

それに休憩が終わった後もディナーの仕込みやテーブルセッティング、掃除、調味料の補充 などの仕事に追われ、セドリックのことも忘れてしまった。

あっという間に夕方だ。一日の業務も終わり、さすがに疲れた。筋肉痛もする。本当はパウラやクリスと合流したり、清掃スタッフから色々と聞き込みもしたかったが、疲れた。といっても、死ぬほど疲れたわけでもない。推理小説を書くのもそこそこ体力をつかい、体力作りをしていたのが良かったらしい。全く何が役に立つかわからないものだ。明日も仕事があるが、この調子だったら、何とか潜入調査も順調に行きそうだ。

そんな事を考えつつ、更衣室で着替え、ホテルの裏手から出る。もうチェックインも始まっているので、ホテルのカウンターがある正面の方は賑やかだった。パウラはカウンター職だから、忙しいと聞いていた。やはり、今はパウラと合流するのはやめておいた方が良さそうだ。

「おい、アンナ嬢」
「え、クリス?」

驚いた。なぜかホテルの裏手にクリスがいた。ゴミ収集所や自転車置き場もあり、日陰でジメジメしている場所でクリスに会えるとは予想していなかった。今日は仕事は休みなのか、髪もおろし、白シャツと綿パンで休暇モードだったが。

「何でここにいるってわかったの?」
「そんなの普通に推理すればわかるだろ。バカだな。終わる時間ぐらい読める」

相変わらず口が悪いが、なぜか推理というワードに、私より楽しそうなのが解せない。クリスの目尻も下がり、口元はニヤニヤとだらしない。

ここは人気がないし、今日の潜入調査について報告。クリスも清掃スタッフなどに接触し、色々と聞き込みをしているらしいが、時に成果はないという。

「ま、初日はこんなもんさ。それに清掃スタッフによると白警団もここで聞き込みしたらしい」
「そうなの?」
「ああ。我々がここで聞き込みをするのは理にかなっているだろう。それに」

クリスによると、アサリオン村では十年前に大きな疫病があり、当時の白警団の対応が最悪だったらしい。おかげで村人は白警団に不信感があり、聞き込み調査も協力しらくない清掃スタッフも多いという。

「なるほど……」

だとしたら、聞き込みに限ったら私たちの方が優位かもしれない。今日は何の成果もなかったが、私は深く頷く。

「厨房ではどうだ? 聞き込みはできるかね?」
「うーん、それは微妙。みんな忙しいし」

一応料理長、セドリックの事も話すが、なぜかクリスは上機嫌だ。クリスは左手の薬指を撫でつつ、ふむふむと笑っている。

「いいか、アンナ嬢。主婦設定は忘れるなよ。料理長になんか言われても、私は結婚しているんです、と言え」
「もちろんよ。そういうキャラ設定でしょ?」

クリスは上機嫌に笑う。全く解せない。謎だ。この男について推理したいが、今はトリスタン先生の推理の方が優先したい。

15

翌朝、私はまたホテルで潜入調査中だった。今日は朝食で特別ビッフェフェアもあり、人手が集中。女子更衣室も昨日より賑やかだ。

ここのスタッフ、生粋の村人は少ないらしい。周辺の村から出稼ぎに来ている庶民〜貧困層の女性が多いらしく、おかげで私は全く浮かない。クリスが立てた潜入調査のキャラ設定は、良い方に動いていた。

といっても、女性が集まれば噂話の花が咲く。貴族の令嬢たちの噂話も酷いが、ここの女性達も例外ではない。

特にここのホテルの支配人が噂話のターゲットになっていた。支配人の名前はジスラン・バルサリー。マーガレット嬢の親類らしいが、借金があり、プライベートでは悪い噂も多いという。

「あんなチビでギョロ目の支配人なのに、フロント係の子達にセクハラしているらしいよ」
「マジー? あんな汚いルックスの支配人が何言ってるんだが」
「ねぇー、気持ち悪いよね。あの目が。いつも女の人の事、気持ち悪く見てる感じ!」
「まあ、こんな田舎だと娯楽ないし。考える事は異性ばっかになるよね」

女たちの中で支配人・ジスランの評判は最悪だった。私はスタッフ用のエプロンをつけながら、噂話に耳をそばだてる。何が事件のヒントになるかわからない。

「でも私、支配人が少年らしき人物と歩いているの見たし」
「マジ? 男色だったの?」
「やだぁ。貴族では多いって聞くとけど、汚いおじさんの支配人では絵にならないじゃーん。美少年とイケメンにしてよぉ」

女たちは支配人に言いたい放題だったが、ここまで聞くと、あまり支配人とは関わらない方がいいかもしれない。もちろん、噂が本当かも謎だったが、汚いおじ様は文壇サロンでこりごりだった。

そして女たちの噂話は飛び、村の医者についてもペチャクチャと話し始めた。

その医者は私も知っていた。じいやの主治医だ。確か名前はロドルフで、パウラも好意的だった。噂によると、見た目がよく、村の女達からモテているらしい。ジスラン支配人と違い、ロドルフについては黄色い声をあげる女達。

「でもー、ロドルフ先生も男色っていう噂あるよね?」
「あー、あったね! なんか少年を買っているっていうの」
「見た人がいるんだよね。でも、噂よ。それに支配人と違ってロドルフ先生だったらイケメンだから許すー」
「ねー、かえって絵になるし、萌えるから」
「きゃー、あはは!」

女達の噂話は就業間近まで続き、私の耳もキンキンしそうだ。一応、ジスラン支配人、ロドルフ医者の噂も頭にメモしつつ、仕事に励んだ。今日も目が回るほど忙しく、仕事中に聞き込みはできなかったが、なんとか夕方まで頑張った。

足はぱんぱんで、筋肉痛も酷いものだが、すっかり仕事に慣れた。この調子でいけば、潜入調査もうまくいきそう。私も上機嫌になりつつ、更衣室で着替え、ホテルの裏手に出たところ……。

「奴隷の女のくせに!」

怒鳴り声が響き、すぐに身を隠した。ホテルの裏手ではパウラがいた。カウンターの制服はあまり似合っていなかったが、ジスラン支配人から大声で叱られているではないか。

ジスラン支配人は背が低く、スーツスタイルが全く似合っていないが、目は怒りで燃え、パウラの仕事ぶりをネチネチと細かく指摘。その上、パウラが元奴隷の身分だという事も言及し、差別発言までしている。

聞いていられない。確かに仕事の注意は必要だが、身分などどうでも良いはずだ。それにパウラが男性だったら、ここまでの発言もあったか謎だ。我が国特有の男尊女卑的な言動だろう。我慢できない。今は野暮ったい主婦として潜入調査中なのを忘れた。

「支配人、それは差別ではないですか。言い過ぎです」

裏手に出ると、思わず大声が出てしまった。同時にパウラに目配せする。目で「この隙に逃げて」とパウラに訴える。パウラは少し躊躇していたが、涙目になりつつ逃げた。それは良かったがジスラン支配人の目は真っ赤だ。顔も茹ダコみたいに真っ赤だ。

「お前、誰だ? 女のくせに生意気な事を言うな!」

予想通りの反応だ。文壇サロンのおじ様にも「女のくせに」と言われていた。「推理なんてやめろ」が一番言われた台詞だが、我が国の汚いおじ様に実装されている口癖らしい。

冷静にジスラン支配人を観察していた私だけれど、さらに向こうは激昂した。残念ながら、小人のようなジスラン支配人は全く怖くない。普段、背の高いクリスに壁ドンされていたせいか、余計に小人に見える。クリスの妙な壁ドンもたまには役立つじゃないの。

「うるさい! 女のくせに偉そうな態度を取るなよ!」

ジスラン支配人は私の髪の毛を掴もうとしてきた。これは不味い。かつらが脱げる。アンナ・エマールだとバレる。これは一巻の終わりではないか。

「やめてください」

素早く逃げようとした時だった。クリスが現れた。

クリスは状況をすぐに察したらしい。壁みたいに私の前に立ち、ジスラン支配人を見下していた。背の高いクリスと小人のようなジスラン支配人。身長格差がえぐい。スーツもクリスの方が板につき、実に堂々としたものだ。一方、ジスラン支配人はガタガタと震え始めた。私はうっかりジスラン支配人の方を同情しそうになった。

「俺の名前は知ってるか? クリス・ドニエだぜ」

クリスの低い声はトドメを刺した。ジスラン支配人は捨て台詞を吐きながらも、走って逃げてしまった。

「アンナ嬢、汚いおじさんと関わるのは辞めろ。俺だけを見てろよ」

ほっとしたいのに、なぜか壁ドンされた。また例の恋愛小説の真似事らしい。その中に「俺だけ見てろよ」という台詞もあった事を思い出し、ため息が出てくるが、パウラも戻ってきた。

「え? クリスさん、何変な事言ってるの?」

こんな状況をパウラに目撃され、クリスもダメージを受けたらしい。赤面し、うめき声もあげながら、その場所でしゃがみ込む。

「ク、クリスさんて残念な人だった?」

パウラは驚きが隠せない。目が丸くなってる。確かに今のクリスは残念だが、おかげでパウラも気が抜けたらしい。クスクスと笑い合い、私たち三人は完全に打ち解けてしまった。

「だったら、クリスさん、みんなで蒼い鳥を探しにいかない? クリスさんの恋も叶うかも。アンナも事件が解決するかも?」

そんな誘いも受けた。パウラはもう仕事に疲れてしまい、明日は有給をとって息抜きもしたいという。

私とクリスは顔を見合わせた。二人とも蒼い鳥伝説など信じてはいない。クリスは迷信は嫌いなタイプだし、私も犯人は自分の手で見つけたい。

それでも疲労が滲むパウラの目を見ていたら、気が変わった。現状、事件は大きく動いていない。じいやも入院中で、それも心配だ。幻の蒼い鳥伝説に乗ってみるのも悪くない?

「いいわね、パウラ。蒼い鳥を探してみよう」

そう言うと、パウラはにっこりと笑顔だ。

「まあ、いいか。蒼い鳥がいなくてもアンナ嬢は俺のもんだ」

まだ恋愛小説の台詞を真似ているクリス。そんなクリスにパウラはクスクスと笑う。みんなで笑っていると、ジスラン支配人の事は忘れてしまった。


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