見出し画像

【異世界令嬢コージーミステリ】第1話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜

あらすじ

タラント村の事件も解決し、作家活動の営業の為、出版パーティーに訪れたアンナ。そこでなぜかクリスも登場、壁ドンもされ、熱烈プロポーズも受ける。外堀も固められ、クリスと婚約中と噂もたち、貴族令嬢達から嫌がらせも受ける。
かといって仕事も忙しくクリスとの婚約も考えられないアンナはアサリオン村という田舎へ逃げる事に。賑やかな観光地の村だったが、そこにつくと、早速死体を見つけてしまう。濡れ衣も着せられて大ピンチ。
結局、偶然仕事でやってきたクリスに助けられたが、彼の執着心が、少し怖いほど。
それでも地道に村人を味方につけ、ホテルで潜入バイトもするが、事件を掘れば掘るほどクリスの執着が深まっていく。村に伝わる蒼い鳥伝説も複雑に絡み合い、アンナとクリスの幸せの行方は……。この溺愛の方が事件です!?第二弾開幕。

第1弾はこちらから


1

出版パーティー以上に嫌いなものが思いつかない。

いえ、文壇サロンも嫌いだったけれど、あれはタラント村の事件もあって壊滅状態。私をいじめていた文壇サロンのおじ様達は、然るべき末路になっている。

どうも、皆さんこんにちは。

私は作家令嬢のアンナ・エマール。推理小説マニアの成金令嬢。推理小説を愛し、ついに本格推理作家になった。

滅多に感情的にならず、令嬢らしい振る舞いも苦手だから、氷の成金令嬢なんて二つ名もついていたけれど、タラント村の事件に関わり、今は私の事を探偵と呼ぶ者もいる。正直、困る。まあ、しがない新人推理作家なのだけど。

今はタラント村の事件をモデルとし、本格派ではない素人探偵ミステリを執筆中だ。推理文芸誌で連載も始まり、執筆も終盤。編集部によると、評判は賛否両論で、初版の部数は絞られるかもしれない。最初は宣伝費も出してくれる約束だったが、我が国、相変わらず推理が不人気ジャンルだし、雲行きは怪しい。

本格ではない素人探偵ミステリは珍しいが、営業部も慎重になり始めたのだタラント村の事件ももうあんまり話題にならないし。という事で、評論家や他の作家、編集者と人脈作りと営業の為、出版パーティーへ参加しているが、来るんじゃなかった。後悔してる。

会場は男爵のバルザリー家。貴族だけあり、屋敷のものは全て一流品。天井のシャンデリアも高額に違いない。私が今、踏みつけているカーペットも。

成金令嬢の私。貴族の家にいるだけでも、神経質になってきた。実家も成金らしく品の悪い調度品だらけだけど、バリザリー家にある物は、背筋をピンと緊張させ、息がつけない。壁にある海外も美しく、ゆっくり鑑賞したいところだけど、余裕がない。

パーティー会場は、着飾った貴族連中が押し寄せ、混み合ってきた。今日はバルザリー家の三女・マーガレット嬢が新しく本を出した。子供向けの絵本で、自費出版らしい。

私みたいに営業部からの数字で胃が痛む事はなさそうなマーガレット嬢。実際、優雅に笑っている。繊細なスミレ色のドレスも似合い、金髪もキラキラと輝いてる。私みたいな成金令嬢とは天地ほどの差がある。

私も一応、せっせと髪を巻き、令嬢らしいドレスを着込んでいたけれど、これも違和感がある。元々着飾るのも好きじゃないし、人が多い場所も苦手。それでも、今日は編集部に命令されて来た。どうにか招待状を入手してくれた編集部に申し訳ない。

という事で、出版関係の貴族連中に愛想を振り撒き、営業を始めた。最初は順調だった。タラント村の事件に興味を示してくれたり、人気推理小説や毒物について盛り上がった。連絡先も交換し、現在連載中の作品のゲラを送る約束を取り付けたり、泥臭く営業していた。

本来はマーガレット嬢の出版パーティーではあるけれど、人脈作りは一般なパーティーと同じだ。

元々、部屋にこもって執筆いる方が性に合うタイプだけれど、何とか笑顔で営業中。タラント村の事件のおかげで私も一皮剥けたらしい。こんな風に営業する事も、別段苦ではなかった。タラント村の時のように殺人犯と対面するよりマシだ。

それでも所詮成金令嬢。貴族連中から馬鹿にされたり、相変わらず「推理なんてやめろ」と言われる事もあったけれど、作家の仕事は書くだけではない。こうした営業だって仕事なのだ。何とか笑顔でこなす。

「そういえば、アンナ嬢。評論家のトリスタン・バルべ先生が行方不明になっている事は、ご存知?」

なぜか主役のマーガレット嬢に声をかけられた。隣に並ぶと、私との容姿格差がえぐい。向こうはキラキラの太陽で、私は地味な月にでもなった気分だが、その話題は気になる。評論家のトリスタン先生は、私のデビュー作をケチョンケチョンに酷評したおじ様。しかも理にかなった酷評で、いつか傑作を書き、トリスタンを唸らせるのが私の目標だったりする。その夢が叶った日は、印税で最新のタイプライターを買うと決めていた。

「マーガレット嬢、本当?」
「ええ、本当よ。私の家もトリスタンとは仲が良くて、立派な方。気になっているの」
「そう」
「ところで、アンナ嬢」

なぜかここでマーガレット嬢は目を光らせてきた。ダイヤモンドのように大きな目だが、眉は吊り上がってる。まさか睨んでいる?

「クリス・ドニエと婚約している事は本当?」
「え!?」

顎が外れそう。確かにクリスは、私の知人。経営者のクリスは私の父と共にホテルやレストランなどを他数経営しているから。タラント村事件の時も世話になったのは事実。それに「俺と結婚しろ」と言われているが、お互い仕事も忙しく、最近は滅多に会えていなかった。

「そ、そんな噂は事実無根よ」

私はそう言いながら、冷静さを保つ。マーガレット嬢の目や頬を観察。特に目が鋭い。どうも私に敵意を向けているようだ。まさか、マーガレット嬢はクリスが好きなのか?

証拠はないが、その可能性はありそう。クリスの性格は悪いが、見た目はいい。地位や名誉も貴族と同等といっていい。クリスの追っかけ令嬢は何人もいると周囲から聞いていたが、だんだんとマーガレット嬢からの視線が痛い。パーティー会場から出る事にした。

「まさかマーガレット嬢がクリスを好きとはね……」

バルコニーから屋敷の裏手へ。ここまで来ると、パーティー会場の喧騒が遠のき、少しホっとしてくる。夜空は綺麗な満月。庭からは鳥の鳴き声が響き、決して静かではないが、息は吸いやすくなった。

「別にクリスはイケメンではないわよ。タラント村での性格の悪さ、全部教えてあげたいぐらい……」

ぶつぶつ愚痴も溢れる。そういえば、タラント村から王都に戻って来てから、同年代の令嬢からキツく言われる事が増えたような。

それに、仕事が年中忙しい両親の機嫌もいい。何故か王都のベビー用品店のカタログを見て盛り上がっていた。相変わらず成金御用達の店のものだったが、どういうことだろう。

じいやも何故かクリスの家に行こうと誘って来るし、これも一体なんだろう。

推理作家らしく、考える。

「まさか、クリス。噂を流したり、外堀から埋めようとしている?」

夜風が吹き、少々熱ってきた私の頬を冷やす。

なぜクリスが私を気に入っているか心底謎。「おもしれー女」などと言い、馬鹿にしてくるし、あの性格の悪さだ。私を揶揄い、楽しんでいる可能性大。嫌がらせだとしたら色々と辻褄は合う。

「そうだぜ。外堀から埋めるのが、得策だろう?」
「え?」

驚いた。顔を上げるとクリスがいた。いつものジャケット姿ではなく、パーティー仕様の礼服だったが、髪もセットし、ふわりと香水の匂いもした。

「クリス、なぜ、ここへ?」
「マーガレット嬢は知り合いだからな。一応来てみたら、アンナ。お前がここにいるじゃないか」

クリスは不器用に笑っていた。いや、笑っているのは理解できるが、不器用すぎて、ちょっと怒っているみたいね?

「まさか、私と婚約していると噂流した?」
「そうだ。決まってるだろ」

なぜかクリスは私に近づき、壁の方まで追い詰めてくる。さらに香水の匂いがする。これはウッディ系の匂い。何か香水で推理小説のトリックにできるだろうか?

「アンナ嬢、お前は何を考えている?」

香水で推理トリックが作れないか等と考えていた、とは言えない。クリスの表情はさらに神経質になり、私を壁まで追い詰めたら、ドンと叩く。

「アンナ嬢、俺と結婚しろよ」
「え!? あれは冗談ではなかったの?」
「そんなわけないだろ。そうだ、後でアンナ嬢のご両親にも挨拶に行こう。それにうちの母親にも会おう」
「なぜそんな展開!?」

普段、冷静な私でも変な声が出る。それにクリスとの距離も近い。息遣いも聞こえそう。香水の匂いも漂い続ける。私の脳はキャパシティを超えた。

「俺と結婚しろ。アンナ嬢。三食昼寝つきで養ってあげてもいい。好きな小説も書けばいい。出版社だってあげるぞ。こんな出版パーティーに出て泥臭い営業なんてしなくて良いんだ」

そんな事を言われても。

というか、営業中の私を馬鹿にしてる?

笑っているクリスの口元を観察した。小馬鹿にしているみたいに歪んでいるじゃないの。婚約するとかで揶揄っている可能性大。それにしても、クリスはまだ左手の薬指に指輪をつけている。タラント村の事件でダミーでつけた結婚指輪だが、どうして外さないの? もう事件から三ヶ月以上もたっているのに。

「お断りです!」

これには逃げるしかない。一刻も早く、クリスから逃げたい。

「待て、アンナ嬢!」

クリスは必死に追いかけて来たけれど、もう限界。王都でクリスと私が婚約中という噂は全く消えないし、両親もその気。クリスファンの令嬢からも嫌がらせが相次ぎ、仕事の休暇をとって逃げる事にした。

「じいや、逃げるわよ!」
「はい、お嬢様!」

執事のじいやは味方だが、仕事も順調と言えないし、立場も危うい。タラント村の功績は一応あるが、しがない新人作家だ。ジ・エンドかもしれない。

2

「どうしてこうなった……」

私は頭を抱えていた。今、汽車に乗り、食堂車で食事を終え、一息ついたところだけど、別の車輌の遅延中。その影響で、しばらく駅で停車中だった。

その間、じいやは駅の売店でゴシップ誌を買ってきてくれたが、ため息しか出ない。ゴシップ誌をめくると、クリスと私が婚約前提で付き合っているというフェイクニュースが誌面を踊ってた。頭が痛い。

「何なの、この記事は。どうしてクリスと私が婚約……」

ちょうど汽車が動き出し、車窓の景色も変わってきた。王都の景色からから森、湖、山などの自然が濃くなってきたが、キンと頭が痛んできた。

「でも、お嬢様。いいじゃないですか。事実無根でしょう」
「じいやは能天気ね……」

隣にいるじいや。長年、私に仕えてくれ、優しい執事だが、なぜかクリスの事になると、私の味方になってくれない。クリスと私はお似合いとまで言ってくる。解せない。

「そうかしら。お似合いかしら?」
「年齢、家柄、身長、体格など全部釣り合っていますよ! 美男美女です!」
「そうかしら?」
「でも、お嬢様。もしクリスと一緒になったら、仕事ものんびりできますよ。そうだ、クリスに出版社も作って貰えばいいんでは?」
「そんなの打算じゃない。それにね、簡単に手に入れた結果も長続きしない気がするわ」

確かにクリスは三食昼寝つきで養ってあげると好条件を提示していたが、嬉しくない。確かに一瞬は揺れる条件ではあるが、そんな事で喜ぶような女だと馬鹿にされているのかもしれない。下唇を噛みたくなる。

我が国は男尊女卑国家だ。結婚して家庭に入ったら、仕事を続けられるかもわからない。我が国で仕事をしている主婦など、女医などを除いて何か訳アリなのかと同情される。あるいは旦那の稼ぎが悪いんだと馬鹿にされる事も多い。クリスも聖人とは言いがたいタイプだし、家庭に入ったら豹変する可能性もある。絶対結婚なんてできない。冷静に考えれば考えるほど、クリスとの結婚は「はい、ナシです!」と結論が出た。

「まあ、お嬢様。せっかくの休暇ではないですか。しばらくアサリオン村でお休みして、この件は保留にしましょ」
「そうね、じいや」

じいやはゴシップ誌を閉じ、車両の戸棚に隠してしまった。

それで良いのかもしれない。じいやの言う通りだ。

私達は今、王都を離れ、アサリオン村へ向かっていた。自然豊かで、芸術家や音楽家、作家などもよく創作の場所として使われている。いわゆる避暑地だ。今は秋だが、紅葉も美しいらしい。珍しい野鳥も多く生息してる。その上、幻の蒼い鳥の噂もある。アサリオン村の蒼い鳥を見つけると幸せになれるらしく、観光の目玉にもなっていた。

仕事も連載が終え、あとは小さな雑務だけだ。担当編集者からも、この機会に休暇を取ったら良いと勧められてもいた。

「そうよね。王都やクリスから離れられただけでいいわ」
「そうですよ、お嬢様! 村では野鳥観察など楽しみましょう!」
「ええ。クリスのことは全部忘れる事にするわ。たまには現実逃避しても良いわよね」

ふと、窓の外を見ると、美しい紅葉の景色も見える。王都でも紅葉が見られない訳ではないが、田舎とは雰囲気が違う。空気も良さそうだ。

少し気が緩んだ時だった。地震が起きて、汽車が急停止した。たいした地震ではなかったが、戸棚の荷物は崩れ、中身が出てしまう。他の客も同様だったが、何とか再開。再び汽車は音をたてて走り始めた。

「あれ? お嬢様、これは何です?」

荷物を片付けていると、じいやが茶封筒を取り出した。

「これが編集部から貰ったファンレターよ。休暇中に返信書こうと思ってる」
「へえ、素晴らしいです。何通もファンレターが来ているじゃないですか」
「ありがとう。どうせアサリオン村まであと一時間ぐらいかかるし、読んでみましょうか」

ファンレターをチェックしていると、タラント村からの住人からの手紙もあった。オルガ、カリスタ、リズ、シャルル、ダニエル達も元気に暮らしているらしい。

これから行くアサリオン村とタラント村は方角は真反対になるが、懐かしく、目頭が熱くなるほどだ。現村長のカリスタからは「また田舎で事件を解決し、小説にしたら良いんじゃない?」というメッセージもあった。

「また田舎で事件? 冗談じゃないわ。そんな何回も事件など無いでしょう」

まさかそんなタラント村のような殺人事件が頻発するわけがない。確かに本格ミステリでは、探偵の行く所で必ず事件が起きるが、フィクションと現実は違うはず。

「でも、お嬢様がまた推理していたら、面白いですよ」
「ちょ、じいやまで笑わないで。そんな事件が起きるわけないじゃない。次のファンレターを読むわよ」

慌てて次のファンレターを読む。シンプルな便箋だった。字も綺麗だったが、思わず眉間に皺がよった。

手紙は差し出し人の名前がない。内容もおかしかった。私が書いた犯人を問い詰めるシーンを引用しながら、良心が刺激されて苦しい、過去の罪を懺悔し、世間に公表するか、白警団に全てを話すかもしれないと綴っている。

「何、どういう事? この手紙?」
「イタズラではないですかね。女が推理作家なんてするな、生意気だってよく変な手紙きてたじゃないですか?」

じいやの言う通りだ。それに今はクリスのファンの令嬢からも嫌がらせがあり、特に珍しい手紙ではない。

少し気になるものの、この手紙は無視し、次の手紙へ。

「え? クリスから手紙?」

次の手紙はクリスからだった。手紙でも、熱心な求婚の言葉が綴られ、絶句。車窓に反射する私の顔は、茹でタコみたい。この手紙を読む限りは、嫌がらせで求婚している気配は全くない。むしろ逆で。

こんな状況は初めてだった。推理小説ばかり読んできた私は、恋愛小説のようなシチュエーションが全く想像できない。そもそも初恋すらまともに出来た記憶もなく、自分とは無縁過ぎた。突然目の前に出されれも、どう食べていいかわからない。謎だ。その謎もどう解けば良いかも不明だ。推理のように手がかりはあるだろうか。

「せっかくクリスの事なんて忘れようとしていたのに……」
「でも、わざわざクリスはお嬢様の作品も読んでくれていますよ。ちゃんと感想も書いてあるじゃないですか」

じいやの言葉に、ますます私の顔が赤くなってきた。タラント村ではずっと性格が悪かったのに、どういう風の吹き回しだろう。手紙は微かにクリスの香水の匂いもし、余計にいたたまれない。

そもそも恋とは何だ?

未知だ。想像できない。作家とそての想像力は、推理小説のみに発揮されていたらしい。複雑怪奇なトリックや犯人の犯罪心理などは想像がつくし、いつまでも妄想もしていられるのに、恋とかクリスのことは、お手上げ。

もう逃げるしかない。編集部からは、推理だけでなく、恋愛小説にもチャレンジしたらどうだとアドバイスを受けた事もあるが、多分、無理。推理小説の中で軽く恋愛描写を入れるぐらいが限界。経験値もなさ過ぎたんだ。そんな小説、書く自信はない。文壇サロンのおじ様達の小説もヒロインを過剰に理想化していたが、私が恋愛小説を書いたら、そうなりそうな悪寒もする……。

「いえ、もう本当にクリスのことは忘れるから。本当に。さすがにアサリオン村まで追いかけて来る事はないでしょう」

そうに決まっている。だから、クリスなんて忘れよう。アサリオン村では事件もクリスも無いはずだ。久々の休暇だ。全部忘れて、休暇を楽しもう。

3

アサリオン村は、空気が良い。

この村にやって来て最初に感じた事だ。元々山の谷地にある村だ。どこか森の中のような雰囲気もあり、自然も豊かだ。秋空の美しさも相まり、景色を見ているだけでも、私の心は落ち着いてくる。

「さて、じいや。別荘に参りましょう」
「ええ、お嬢様。行きますよ」

駅から、別荘地に向かう予定だった。元々編集部が保有していた別荘だったが、最近、うちが買い取り、休暇に使う予定だ。

アサリオン村は本当に空気がいい。観光や療養目的で来る人も多いが、絵や小説などを創作しに来る作家も多いと聞いた。

駅周辺は市場など商業施設も多く、観光客も多かったが、北方面の別荘地まで歩くと、人も減ってきた。

時々、農民や村人達とすれ違うが、時々、妙な視線を感じる。確かに村では令嬢らしいドレスが目立ちそうだったが、ここはタラント村のような田舎とは違う。観光地だ。貴族も多くやって来るはずなので、さほど珍しい存在では無いと考えていたが。

「ねえ、じいや。なんか村の人の視線を感じない?」

荷物を抱え、数歩前を歩くじいやに質問した。

「そうですか? 考えすぎでは? しかし、この村は空気が良いですね」
「そう。でもね……」

じいやと一緒に歩きながら、何か不安になってきた。確かに良い空気は良いが、歓迎されている雰囲気がないというか。別荘の地周辺は、パッと見は落ち着いていたし、木々も爽やかに見えるのに。何故だろう。

「あ、お嬢様。別荘地近くにカフェやバーもあるんですね。あとで行ってみます?」
「そうね……」

じいやが指差す方角には、確かにカフェとバーがある。そこだけは賑やかだ。特にカフェは野鳥観察もできるらしい。そういえばアサリオン村は野鳥観察も盛んで、観光の目玉にしていた。

「そうね。何か、気のせいだったのかも。あ、でも……」

バーの前で足が止まった。バーの扉の近くには、張り紙があった。村で誰かが行方不明になっていて探しているらしい。

「え、まさか。トリスタン先生がこの村で行方不明になったの?」

チラシを見ていたら驚いた。文芸評論家のトリスタン・バルべが数日前からこの村で行方不明になり、白警団が調査中との事。あの出版パーティーで聞いた噂は本当だったらしい。

「お嬢様、ご存知で?」
「ええ。私の作品をケチョンケチョンに酷評したおじ様よ。まさかここで行方不明になっているなんて……」

アサリオン村は芸術家も多く集う。トリスタン先生がこの土地と縁があっても不思議ではないが、ますます不穏な空気だ。

周囲には誰もいない。それでも、誰かに見られているような視線を感じてしまう。バーもカフェも定休日らしいのに、一体誰が見ている?

「まさか事件が起きているんでは? タラント村みたいに」

じいやもチラシを凝視しつつ、微かに震えていた。いつも温厚なじいや。滅多に感情を表に出さないのに。もしかしたら、じいやもこの不穏な空気を感じ取っているのかもしれない。

気づくと、晴れていた空にも雲がかかってきた。風の音も微かに響く。変な鳥の声も響き、ますます空気が怪しい。

「まさか。そんな行く先々で事件が起こるとか、推理小説みたいじゃない。そんな小説みたいな事はないわ。いくら推理小説家でも、現実とフィクションの区別はつけなきゃ」
「そうですね。お嬢様」
「さあ、気を取り直して別荘に参りましょう」

確か別荘には管理人は雇っていないはずだ。元の所有者である編集部によると、よく作家に貸し出していた為、必要なかったと言っていた。

その事も少し不穏ではあったが、せっかく別荘地へ来たのだ。久々の休暇だ。そんな事件とかクリスの事も全部忘れて、羽を伸ばそう。

気を取り直した私達は別荘地区を歩き、ようやく目的地についた。

別荘は、隣の家とは少々距離があり、木々に囲まれている。まるで森の中の家。木々のいい匂いが鼻をくすぐる。窓辺のステンドグラスも洒落てる。雰囲気もオシャレだ。

木造二階建ての別荘は広々とし、庭でちょっとした焚き火やキャンプもできそうだ。紺色の屋根もセンスがあり、編集部に愛用されて来た事がわかる。外観からでも伝わってくる。

「あら、いい別荘じゃないの。ねえ、じいや」
「はい、お嬢様!」

さっきまでなぜか不安になっていた私達だったが、素敵な別荘を目の前にし、ころっと手の平を返していた。この別荘だったら、毎日優雅な休暇が過ごせるはず。木々の匂いを吸い込みながら、私もじいやもニヤニヤと笑ってしまうぐらい。

「さあ。別荘についたら、軽く掃除をして休みましょうか。長旅で疲れたわぁ」
「ええ、お嬢様。行きましょう!」

じいやは鞄から鍵を取り出す、玄関に扉をあけた。玄関も広く、木のいい匂いもする。

「まあ。中も素敵な別荘ね」
「ええ、お嬢様。これは良い所かもしれません」

玄関から廊下を進み、一番最初の部屋に入った時だった。

外から鳥の鳴き声が響く。ギャアギャアと子供が騒いでいるような鳴き声だった。

「変な鳥の鳴き声ね。って、いた! 何これ?」

そのまま部屋に入ると、何かに躓いた。部屋にはグランドピアノや、美しい絵画もあり、成金の実家よりハイセンスな部屋に見えた。

いや、そう見えたのは一瞬。視線を下ろすと、成金一家にも決してないモノが転がっていた。果たしそれをモノと表現して良いかは謎だったが。

「お、お嬢様! ぎゃあぁあ!」

鳥にも負けないぐらいのじいやの声。でも、そんな声が出ても不思議ではない。それは、人間の死体だったから。

じいやは失神し、その場所で倒れた。当たり前だろう。死体を前にし、冷静な態度でいられる人っている?

「は? 死体?」

一方、私は目を見開き、死体を凝視していた。

「本当に死体!?」

4

子供の頃から推理小説が大好きだった。うっかり推理作家になってしまうぐらい大好きだけど、確かに名探偵は行く先々で事件に遭遇していた。旅行中や結婚式でも事件に遭遇した名探偵もいた。婚約者の愛が重すぎて逃げた先で、死体を見つけても特に不思議ではない。

もっとも私は推理作家。フィクションを紡ぐ。別に本当の名探偵でもないが、目の前に死体を出されたら、推理するしかない。

鞄なら手袋を取り出すと、さっそく装着。汗がにじみ、手袋をしていると暑苦しい。じいやは泡を吹いて伸びているけど、こちらは一時的なものだろう。問題ない。そう自分に言い聞かせた。

さっそく死体の側に駆け寄り、状況を確認した。年代は五十代の男。身につけているスーツを見る限り、貴族の男だ。口髭が立派。きっと毎日良いものを食べてきたんだろう。体型はだらしない。脂肪たっぷり。ベタベタと脂っこい肌はまだ生きているみたいだが、脈は動いていない。残念だ。見たところ、殺されてすぐここに投げ込まれた?

頭には大きな傷があったが、出血は止まってる。床に血が流れた形跡はない。血の匂いあまりしない。この状況だと、殺された場所はここではない?

別の場所で殺されて、ここで犯人が投げ込んだ?

推理作家の血が騒ぐ。タラント村の事件前は「推理なんてやめろ」と文壇からバカにされていた。今でもそう言われる。我が国は男尊女卑国家でもあり、女は恋愛小説を書いとけといった風潮だ。

もちろん、恋愛小説も書くのは難しいが、我が国ではそんな風潮があり、私も何度か恋愛小説家に転向を薦められてはいたが、この状況は推理するしかない。現状、第一発見者の私が、何か見つけられる事はない?

死体から離れ、窓の様子も確認。鍵は私達が持っていた。窓も玄関も閉め切りだったはず。という事は、密室?

「これは密室トリックかしら?」

推理小説で得た知識を全部思い出した。密室トリックになり得そうな証拠、状況などを探すが、ない。

ない……?

急に冷や汗が出てきた。この状況は私達が犯人だと疑われても仕方ない?

何度か窓、玄関、屋根なども確認したが、何の密室トリックの証拠が出てこない。釣り糸や、鍵の細工の形跡など全くない。見事に何もない。

「え、どういうこと……?」

ようやく焦り始めた。この状況はとてもよろしくない。推理小説だったら、私とじいやは確実に怪しい人物ではないか。特に死体を調べている私は特に怪しいかもね!?

「てっていうか、この人誰?」

初歩的な事にも気づいていなかった。推理しても良い状況なのに、基本的な事が抜けているではないか。

なんなの、私。推理作家でしょう。このぐらいの密室トリック見破らないと!

また死体に近づき、とりあえずジャケットの中を見る。財布が無い。これは物取りの可能性もあるが……。

名刺入れを見つけると愕然。声が出ない。

「ま、まさか……」

名刺はトリスタン・バルべという名前が。王都の文芸評論家という事も印刷されているではないか。

「まさかトリスタン先生が……」

これ以上、全く声が出ない。トリスタン先生には会った事はなかった。人嫌いで、文芸サロンや出版パーティーにも滅多に出てこない。男爵家の主人でもあったが、その仕事も忙しく、様々な慈善活動にも積極的だった人。

会った事はない。自作も酷評した人物だが、死体になってしまうなんて……。

悔しいのか、悲しいのかよく分からない感情も押し寄せ、私はその場に座り込む。立っていられない。

いつか傑作を書き、トリスタン先生にも認められるのが夢だったのに。それも消えてしまった。夢が叶ったら、最新のタイプライターを買う予定もあったが、これだと、一生万年筆で執筆かもしれない。中指にできたタコがじんと痛む。

何より、誰かに命を奪われたのも明白だ。決して事故や自殺ではない。様々な感情が押し寄せる中、どうにか冷静さを取り戻し、それだけは推理できた。おそらく別の場所で撲殺された後に、ここに死体を投げられたんだ。

何のために?

考えたくないが、第一発見者に罪を押し付ける為だろう。密室トリックの謎は解けていないが、その可能性も推理できた。

それに元も子もない推理だが、トリスタン先生も編集部と繋がりがある。以前、ここに来た可能性大。その時に合鍵を作っていても不自然ではない。密室トリックの謎はここで解決? トリスタン先生が持っていた合鍵を使って、ここに侵入できる。多いに可能性がある。

なんとか状況は整理できたが、もう限界だ。立ち上がるのも難しいが、これは白警団を呼ぶのが適正だ。推理作家だけれども、リアル事件は私の範疇じゃないはず。

「ねえ、じいや! 起きて。事件よ、白警団に連絡しましょう」
「う、お嬢様……」

じいやの目を覚させ、近隣住民に助けを求め、白警団に連絡しようと決めた。

その時。外の野鳥の声に混じりながら、サイレンの音がする?

しかもそのサイレンの音は次第に大きくなり、別荘の側まで来ている?

「我々は白警団だ! お前達、殺人事件の現行犯で逮捕する!」

あっという間に手錠をかけられた。白警団に連行され、独居房へ。塀の中にいた。

じいやも連行されたらしいが、詳細は何もわからない。

「ど、どういうこと!?」

全くわからない。意味がわからない。確か私は休暇の為にアサリオン村へ訪れたはず。クリスから逃げる目的はあったものの、優雅に休暇を過ごせるものだと思っていたのに。

まさか逮捕されてしまった。今はなぜか独居房の中だ。

考えられる事はトリスタン先生の犯人だと間違われられた。つまり、濡れ衣!

どうしよう!?

推理作家じゃなくても、この状況を察すると、どう考えても私が犯人だ。密室だったし、死体も冷静に観察してしまった。たぶん、これが一番いけなかった。推理作家の職業病に負けてしまったが、どう見ても怪しい行動ではないか。

それに動機もある。トリスタン先生は私の作品を酷評していたし、逆恨みして殺したと言われたら、筋が通るではないか。状況証拠は全て私が犯人だと言っているではないか。確かに女の力で撲殺は不可能だけど、鈍器を使えば可能かもね!?

ジ・エンド。

クリスからの逃亡生活、早くもジ・エンド決定。

5

チーチー、チュー。

目の前でネズミが走ってる。不潔な独居房にはネズミがいてもおかしくない。

普通の令嬢だったらネズミに大騒ぎするはずだ。きっとキャーキャー言うだろう。例の出版パーティーの主役・マーガレット嬢はネズミを見たら失神するかもしれないが、私は成金令嬢。しかも極度の推理マニア。毒物や薬草も推理小説を書くために調べていたし、ネズミ一匹ぐらい可愛いものだ。なんの毒性もない。蛇やカエルだと毒を持ってる種もあるが、そんなネズミはいないから。

「ネズミね。あなたはいいわね。殺人事件の濡れ衣なんて着せられていないから」

かと言って、ネズミに会えて嬉しい状況でもなく、こぼれる言葉は後ろ向きだ。

ふと、窓を見たらもう夜。窓も二重で、柵越しでは情緒はない。改めて私は独居房にいる事を自覚させられる。

看守によると、ここはアサリオン村・白警団本部らしい。罪人も勾留する牢屋もあり、ここがそう。普段は平和な村らしい。十年前の疫病騒ぎの時の軽犯罪ぐらでしか出番がなかったらしい。それは良いことだが、掃除もされていないようで、ネズミが走っているのか。納得。

何が起きているのか何もわからない。一応ベッドや洗面、トイレもあり、独居房でも生きられそう。今のところ、看守から食事も出ていない。腹がなる。タラント村でクリスが作った料理の数々を思い出し、ますます腹がなった。涙目。あのクリスが今では味方だと思う。

このままいくと、刑が確定し、償う事になるだろうか。濡れ衣を晴らすチャンスはあるだろうか。謎だが、これも推理小説を書く時に役に立つかもしれない。特に独居房にネズミがいた事を小説で描写したらリアルかも。

そう思うと、少し元気が出てきた。大好きな推理は心の栄養だ。この栄養さえあれば、なんとかマイナス思考からは脱却できそう。

とりあえず着替え(ボロ雑巾風のパジャマだったけれど)、ベッドに寝っ転がる。寝ることにした。これ以上、何か考えても仕方ない。

じいやの事は気になる。殺されたトリスタン先生の事を考えても気が重いが、今、これ以上考えても、何も出てこない。

「まあ、クリスが作った料理は美味しかったけれど……。魚料理とか木苺のジュースとか……」

とりあえず寝る。今は何かを考えても、仕方がない。涙が出るが寝る。お腹も減って頭も重いが寝る。そう、きっとそれが一番だ。未来の事を考えても仕方ない。

一晩ぐっすり眠って、翌日。

柵越しの窓の外は、綺麗に晴れていた。遠くには山も見え、野鳥の美しい鳴き声も聞こえる。どんなに状況は悪くても、朝はくる。柵越しとはいえ、窓の外を見ていたら、元気が出てきた。

それに看守からは一応、パンとスープも出た。パンはガチガチに硬く、スープは具もなかったけれど、ありがたい。美味しい。今は食べられるだけで十分。

それにタラント村でクリスが作った料理はご馳走だったんだと自覚。散々、彼について性格が悪い、口が悪いなどと評していた事が恥ずかしくなってきた。というか、私はクリスについて何も知らない。知らないのに、こんな風に一方的に逃げた事も、良くはなかった。独居房というシチュエーション上、どうも私は反省&自粛モードになってしまう。

そんな事も考えながら、パンもスープも完食。着替えも済まし、しばし待っていると、また看守がやってきて、取り調べ室まで連行された。これから白警団の担当事件調査員から取り調べがあるという。

このシチュエーション、タラント村でもあった。あの時も白警団に濡れ衣を着せられ、大変な目にあったが、二回目だと、少しは落ち着きも出るもの。私は少し笑みを見せながら、調査員と対面。

相手は若い男だった。おそらく二十代中盤。クリスと同年代ぐらいか。黒髪短髪、メガネで、痩せ型。雰囲気はシャープで、賢そう。タラント村の白警団・モイーズは明らかに無能だったが、この男はそうでもなさそう。白警団の制服もよく似合ってる。一部には強烈なマニアがいる制服だが、レトロな騎士風で、美男子が着ると、そこそこ絵になる。

「アンナ・エマールだな。お前は犯人だ」

といっても、この男は早々に私を犯人だと決めつけ、こちらに弁明の機会も与えない。鋭く睨まれ、滅多に感情的にならない私も、指先が震えてきた。

「私の名前はオーレリアン・バラボーだ」
「バラボー? バラボー家の方? まさか、あなたセニク・バラボーの親戚?」

ますます震えてきそう。この男、オーレリアンはセニクの親戚ではないか。セニクはタラント村で捕まえた犯人の一人。確かバラボー家は親戚もろとも壊滅状態とは聞いていたが。何しろ殺人犯もいるわけだし。

「そうだ。お前のせいだぞ。お前のせいでオレの出世街道もジ・エンドとなり、アサリオン村に左遷されたんだ! 白警団で犯罪者の親戚ってだけで地位は悪い」
「それはご愁傷様……」

オーレリアンの事情は察したが、余計に私が憎いらしいのだろう。セニクが捕まらなければ自分はまだ王都でエリートだったとボヤく。

「本当にお前のせいだぞ! なんで推理なんかしたんだ! 全部お前のせいだ! だからお前を逮捕する!」
「ちょ、滅茶苦茶な理論じゃない……。推理に私怨は辞めましょう?」

オーレリアンに私怨で逮捕されたらしい。全く笑えないが、呆れてきた。見た目は有能そうだったが、そうでもない? 

能力的にはタラント村の白警団モーイズと大差ないかもね?

「あのね、私を逮捕するなら、証拠を見せて。あと、どうやって私が殺したの? アリバイは? 動機は? 全部、客観的に説明してくれない?」

呆れてはいたは、かえって頭は冷静になってきた。顔を真っ赤にしているオーレリアンを冷ややかに見つめる。その上、腹の底に力をこめ、低い声で言い返す事にした。

狭い取り調べ室はかなり居心地がく悪い。ネズミつきの独居房の方がマシかもしれないが、どうにかここは耐えないと。私は氷の成金令嬢とも呼ばれる。箱入りの貴族令嬢とは違う。成金令嬢らしく、逞しくいこうではないか。

「女一人の力で、中年男を殴り殺せるかしら?」
「それはあの執事の爺さんと共謀したんだろ?」
「じいやの事ね。じいやはどこにいるの?」

オーレリアンはじいやはショックで倒れ、病院に運ばれたという。

「そんなじいやも人なんて殺せるかしら? 物理的に無理では? じいやも男だけど、老人よ」

ここまで冷静に言うと、オーレリアンは「生意気な女だな」と吐き捨ててきた。そのセリフもイライラとするが、とりあえず向こうは反論して来ない。見た目だけで、中身は無能かもしれない。頭は完全に冷えた。

密室トリックもトリスタン先生が合鍵を作っていた事も話す。編集部に確認する事も勧めた。こんな状況でもペラペラとよく口が動く。これでも推理だからだろう。「推理なんかやめろ」と言われた私だが、好きな事ができる今は水を得た魚だった。

「で、でも。動機はあるぞ! トリスタンはお前の小説を酷評。それで逆恨みしたんだ!」

オーレリアンは言い返すが、そんなのは動機とも言えない。私はかつての文壇サロンでの事、編集部からのダメ出し、公正や校閲部からのツッコミ、アンチからの手紙など、酷評など日常茶飯事だった事も話す。静かに、淡々と。オーレリアンのように決して感情的にならずに。

「そんな酷評でいちいち人を殺している暇も無いでしょう? 私はセニクに盗作された事もあるのよ。でも、殺しなんてしなかったわ。自分で殺人犯を捕まえようとした」
「ぐぅ……」

オーレリアンは全く言い返せないらしい。下唇を噛み、口篭ってる。はい、論破。

彼はさらに顔を真っ赤にしていたが、どうにかこの濡れ衣を晴らし、ここから脱出しないといけない。倒れたじいやも心配だし、このまま無能そうなオーレリアンに任せておけない。

「クリス……」

しばし、取り調べ室に沈黙が落ちたが、なぜか、ぽろっと唇からこぼれた。

「クリス・ドニエ……」

タラント村ではまるで魔法のように効いた名前。つい、呟いた。タラント村でもクリスの名前のおかげで白警団から逃げられた記憶がある。

「は? あの貴族や王族と繋がり深く、極悪経営者のクリス・ドニエと知り合いなのか?」

さっきまで赤かったオーレリアンの顔が、みるみる青くなってきた。肩も震えている。

狭い取り調べ室にオーレリアンの舌打ちが響く。

「ッチ、わかったよ、釈放だよ! その代わり、後で決定的な証拠を見つけて、お前を逮捕する!」

オーレリアンのキンキン声。とても耳障りだが、ここから出られるのなら、どうでも良い。

こうして私が外に出られた。もう独居房のネズミともお別れ。オーレリアンとの縁は続きそうなのは残念だけど。

「あ、ありがとう、クリス……」

この時ばかりは、心底クリスに感謝していた。頭の中でクリスの顔が浮かんでは消えるから、困る。


次回はこちら


いいなと思ったら応援しよう!