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今年の四天王寺「聖霊会」で今さら感じた事

約1ヵ月も前の4月22日、レキジョークルメンバーのチコさんと四天王寺の「聖霊会しょうりょうえ」を見学しました。

今になってしまったのは、お出かけや個人的な小用が続いて、投稿するタイミングを逃していたからです。
一時はもう書かなくてもいいかなとも思いましたが、またしても「灯台下暗し」を体験した驚き●●を記しておくべきだと思い直し、記憶の薄れないうちにまとめておきます。

何度か書かせていただきますが、私は四天王寺境内の高校を卒業し、3年間も通い詰め、学校行事とはいえ貴重な体験も数多くしました。

無知とは恐ろしいもので、実家が無宗教に近かったせいか、宗教にも仏像にもまったく関心などありませんでした。
ですから数々の貴重な体験はまさしく「猫に小判」「豚に真珠」だったことは確かで、記憶から完全に消去されているのを、今回もまた痛切に感じました。


偏光さんも来てくれた!

「大阪に住んでいる者として、
   四天王寺と住吉大社は基本やで!」

上記記事より

私が言った言葉をよ~く憶えてくれたようで、この日も別行動ではありますが、四天王寺を訪ねてくれた上、現地で電話連絡をくれて私の居る場所まで会いに来てくれたのです。

先日、地元近くの「葛井寺」で初対面した時も、彼女にはかなりの手応えを感じましたが、私の変態●●ぶりにもちゃんと対応してくれるのは、とても嬉しい!
しかも葛井寺・阿弥陀堂もしっかり拝観したといいますから、彼女もまた良い意味での変態である事は確定です(笑)

彼女がオススメの、私が存在すら知らなかった「国立民族学博物館」も、近いうちにぜひ訪ねてみたいと思っています。


中心伽藍にも立派な仏像があるやん!

今年の「聖霊会しょうりょうえ」での目的は、昨年同様、石舞台で催される舞楽の後半●●と、それに加えてこの日のみ無料●●拝観できる「中心伽藍」の鑑賞です。

聖霊会しょうりょうえ」観光リーフレット


「五重塔」は
意味を知らないとキツイだけ

同じ聖徳太子の創建という事で、どうしても「法隆寺」と比べてしまうのですが、ここの「五重塔」の高さは法隆寺と同じぐらいに見えますが、実は約7mほど高い。
(法隆寺32m、四天王寺39.2m)

どちらも小振りながら非常にバランスは良いのですが、法隆寺は飛鳥時代の木造、こちらは昭和38年、なんと8度目の再建で、鉄筋コンクリート製です。

中には山下摩起まき 画伯による壁画と釈迦三尊、薬師三尊、阿弥陀三尊と、小さいながらも如来仏像のスターがしっかり揃っています。

これらの如来仏の値打ちだとか、この塔が仏の骨(仏舎利ぶっしゃり)を収めた塔だとか、元々の意味を知らなければ登ってもただしんどいだけ。
多くの外国人も次々と登っていましたが、意味は解っていないと思われます。
私たちもこの外観通り内装も新しいものなので、実感は薄く、息を切らせて登った螺旋階段の鉄製手すりの冷たい感触が手に残っただけという、なんとも味気ないものでした。

「金堂」の屋根はしころだった!

観光リーフレットによると金堂の屋根は錣葺しころぶきとあり、「しころ」でハッと思い出したのは京都御所の「紫宸殿ししんでん」です。
たしか著書に書いたことがあったので、写真を見つけて確認してみますと、やはりそうでした。

京都御所・紫宸殿
2022年8月撮影

中央あたりの横向きの段差が一直線に確認でき、このデザインが兜などの後ろにひらひらと垂れさがったしころに似ていることから「しころ屋根」とも言われています。

レキジョークル奥の枝道 其の六

兜の後ろ部分の「しころ」のように緩やかな勾配を描き、2段の切り替えがあるのが見た目の特徴です。
この屋根の利点としては次の2点が挙げられます。
・日本建築特有の厳かさを出す
・複雑な形状で水はけが良い

実は当日、この金堂の屋根を見ても「しころ」だとはまったく気付いておらず、後にリーフレットを読んで気付いた始末なので、私もまだまだ甘い。

金堂には、これまた法隆寺・夢殿と同じく「救世くせ観音」が安置されています。
法隆寺は立像なのに対して、こちらは右足を曲げて左膝の上にのせて椅子に座る半跏倚坐はんかいざでした。
ただ、お顔はどちらも聖徳太子に寄せているので似ています。

「講堂」では三蔵法師の偉業を説く

前扉が全て閉ざされていますが、東側(写真奥)から入ることができました。

中に入るとその迫力に圧倒されました。
堂内は薄暗い中にわずかな明かりが灯り、丈六(約5m)の仏像が並んでいたからです。
中央には厨子に入った聖徳太子像があり、入り口寄りの半分(東)の「冬堂」には「十一面観音」、奥の半分(西)の「夏堂」には「阿弥陀如来」が安置されていました。

その迫力は言葉を失うほどの威圧があり、しばしの間見上げたまま、穴の空くほど見入ってしまいました。

こちらは京都の仏師・松久朋琳まつひさほうりんの作。
彼は「鞍馬寺」の魔王像、奈良・東大寺近くの「法華寺」の十一面なども手掛けた昭和の有名仏師です。(昭和62年没)

周囲に描かれた壁画は、玄奘三蔵げんじょうさんぞうの「仏教東漸とうざんの様子で、郷倉千靱ごうくらせんじん 画伯の手によるものです。

物語自体は知らないものの、なにやらシルクロードを通じて仏教が伝播されたのだと、なんとなくわかりました。
昔から三蔵法師として知る玄奘の大仕事の経緯が描かれているのですが、起因と結果ぐらいしかわかりませんでした。

まったく初見のような感覚

それにしても、半世紀近く前にはちゃんと鑑賞しているはずの中心伽藍のそれぞれの内部ですが、本当に初めて見るという感覚しかありませんでした。

観て、少しでも思い出すのではないかと淡い期待を寄せていたのですが、見事に裏切られた感はあります💦

ここまで記憶に残っていないなんて、どれだけ興味がなかったんだと、自分で自分にツッコミ入れるしかありません。
情けない思いでいっぱいですが、しかし、今気づいて良かったと心から思います。

ただ、四天王寺内の伽藍は何度も戦火にまみれて焼失しているので、創建当時のものなど微塵も残っていません。
もし残っていたら創建1400年以上であり、法隆寺より古く、世界遺産も間違いないと思うと、改めて残念で仕方がありません。


舞楽、甘州かんしゅう承和楽しょうわらく

次第(プログラム)
聖霊会しょうりょうえ」観光リーフレット

さて、石舞台での舞楽奉納ですが、ご覧の通り13時30分から17時25分まで4時間も続くので、とてもじゃないですがずっと立って見続ける事はできません。
昨年は頑張っても3時頃までの前半のみが精いっぱいでした。

実はこの赤い衣装の中国舞は甘州かんしゅうという舞だと思い込んでいましたが、昨年も今年もプログラムにはその名はなく、どうも承和楽しょうわがくという舞のようです。

昨年、なぜか舞の名がわからず検索しまくって答えを出したつもりでしたが、結局間違えていたようです。
衣装が似ている上、私には舞も同じように見えるので間違えてしまうのも無理はありません。

あらためてその違いを整理してまとめておくことにします。

要するに、
「甘州楽」は派手で奇抜な中国系。
「承和楽」は日本独自の雅楽に近く地味

どちらも美しい音楽に舞を合わせた伝統的な楽であることには変わりなく、大陸から伝来した楽の一種としての楽であり、日本において独自に変化したようです。

古代の文化はわが国に伝来し、建築、宗教、仏像、狛犬、そしてまた雅楽や舞楽など、先人たちが大切に守り続けてきた長い歴史を思うと、悠久さにはとてつもない奥深さを感じずにはいられません。

昨年の「聖霊会しょうりょうえ」ハイライトです。
〈1分17秒〉



帰りにはichicaでパフェを食べました!




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