第27話 初めての入院
チカノベの人生史小説。タイトルは『精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道』。
脳の障がいによる障がい特性を持つ主人公の知暖が、人生でたくさん失敗し、苦しんで、たくさん泣いて叫んで、報われない経験をして生きてきた。
そうやって、いろんな人たちと関わっていく中で「社会性」と「愛の形」と「人生の正解」について学んでいくお話。
今回は、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第27話 初めての入院』です。
目次はこちらです。以前の話や次回以降の話を選んで読めます。

(Geminiさんで生成したイメージ写真)
初めての入院
中学2年生の2月末、入院することが決まった。当時の自分は、入院そのものは嫌だったが、この不安定な状況を早く終わらせたくて、自ら「早く行きたい」と口にした。
初めての入院は母から予告されていたので、持ち物や衣類など、準備を整え、入院生活が始まった。入院してすぐに、同じ部屋の女性たちが声をかけてきて、友好的な印象を抱いた。
部屋が近い、年上の女性と仲良くなった。ひなさん。統合失調症の人で、自身を「超能力者」と言っていた。県内の私立高校にいたが、入院がきっかけで休学したか退学した。趣味は勉強。テレビを普段全く観ないので、国民的アニメなどの情報は無知。あまりに世俗に疎いので、障がい特性ゆえの無関心なのか、それとも忘れてしまったのかと疑うほどだった。
同じ病棟には、他にも若い人が何人かいて、1歳上の男子や、もうすぐ20歳のアメリカ人だけど日本育ちで日本人名を名乗っている女性、車にやたらと詳しいADHDの男子小学生、入退院を繰り返している年上の女子学生がいた。
精神面の事情を抱えた、たくさんの老若男女の中で入院生活を送った。一見、精神には問題なさそうな、白血病で10年も入院している年配女性もいた。認知症で誰かの物やみんなの物を自分の物のように扱う女性や、お喋りが過ぎる年配女性、男性アイドルが好きな中年男性、30代のアルコール依存症の女性が印象的だった。
自分は、若い学生たちのいじめの標的になった。入院患者の多くは自覚がないのか、あるいは認めたくないのか「自分には障がいなどない」と主張していた。それなのに、例の男子小学生は、私に対し「発達障がい」とレッテルを貼り始めた。その男子は「おれってADHDなのかな」と言い始める。 あと、その子に「お前は結婚できない」と言われ、今でも不安が残っている印象的な悪口。
若い年代の人たちが、自分の体の経験についての質問をしてきて、そういう経験が「ない」と話すと「小学校とかでしないの?」と、まるで自分が普通ではないようなことを言われる。その若い女性は15歳で妊娠し、母親に相当怒られた経験があり、相手の人とは交際を継続したり、結婚したりしているわけではないらしく、生まれた娘には「ママ」と呼ばれているそうだ。あるときには「東京でひとり暮らしをしたい」と言い出し「学生時代に生んだ娘を放棄するのか」「愛がないのか」などと、望んで生んでいないことがわかってきて、いろいろ考えさせられた。
30歳のアルコール依存症の女性とも気が合い、連絡先を交換したこともある。婚歴があり、おしゃれが好きで、子どもがいたこともあるが産まない選択をしたらしい。自分はそんなことを知らされるような質問をしてしまい、申し訳なさを感じ、元夫との関係性から察して、彼女の心を傷つけてしまったのではないかと、申し訳なさが残る出来事だった。
自分が初めての入院生活の中、閉鎖病棟という閉ざされた世界で、唯一自由になれたのは創作漫画を描いている時間だった。小学生の頃に愛読した少女漫画や国民的アニメから「ロボットの友達」という着想を得て、無心でペンを走らせた。食事や入浴、睡眠、作業療法以外のすべての時間を、自分は物語の世界に捧げた。習った英語で簡単な漫画を描くこともあったし、当時憧れていた、少女が伝説の戦士になるアニメのような内容に変わり、変身したり、世界中の問題を解決したりする創作をした。あるときは、毎日の入院生活で最も楽しみにしていたおやつの時間を、漫画に集中して忘れ、食い意地の面で損をすることもあるほどだった。
閉鎖病棟で、かんしゃくを起こすと「観察室」という独房のような個室に入れられる。そこでは、絵を描いたり、誰かとお喋りをしたり、作業療法に参加したりできないし、看護師や介護士に助けを求められない。観察室に収容された瞬間、意地でも落ち着こうと、急に静かになってしまう自分。
閉鎖病棟では、開放感がなく、暖房や日差しが暑くても、飛び降り防止のためか、窓が固定されていて開けることができない。ゲームも持ち込めないし、インターネットも使えない。大好きなおもちゃも持ち込めない。携帯も使用できない。娯楽がテレビしかない。かなり自由が奪われ、感情的になると、観察室に入れられ、人によっては手足拘束や病棟の異動をされる。
入院生活では、若い人たちからのいじめに遭い、好きなゲームやパソコン、おもちゃで遊ぶことも許されない。精神障がいの治療のはずが、実際には学習や遊びの機会を奪われ、ただ「我慢」を強いられる場所。服薬調整という名目で、若者の精神を削り、かえって悪化させているのではないか。当時の自分は、そんな理不尽さを肌で感じていた。服薬の調整なら、通院回数を増やしたり、医師の監督機会を多くしたりすれば、病院以外でもできるのでは? と自分は思う。
退院後、貯まったお小遣いを手に隣町のスーパーへ向かった。そこでずっと欲しかった電子ペットを購入し、珠恵瑠と名付け、娘のようにかわいがった。同級生にも、自分には娘がいることを話した。
中学校生活も残り1年を切った。新しい恋をすることになる。その恋は意外な相手を対象とする⋯⋯。
おことわり
この物語は、自分の主観と記憶を辿り、実体験をベースに綴ったノンフィクション・エッセイです。一部、プライバシー保護のために、地名や人名、団体名、家庭事情等を伏せたり書き換えたりしています。そして、歳月の経過による記憶の断片を繋ぎ合わせています。当時の心情風景としての描写が含まれることをご了承ください。
あとがき
3月29日(日)に投稿した記事でも話した通り、苦しんでいる障がい者を増やさないように、精神障がいの治療法を根本的に見直してほしいと思います。
自分が学生時代の閉鎖病棟に入院してつらかった経験は、もう自分の身にも他の誰かの身にも、二度と同じようなことが起きてほしくないです。
これ以上不幸な精神障がい者を増やさないでほしくて、自分の願いを訴えました。最近の入院事情ってどんな感じなんですかね。
Xやインスタの闘病垢を見ると、入院中でも闘病の様子を投稿している人もいるし、病棟から通学している人や、カフェで食事する人もいます。
もしかしたら、自分が入院した十数年前よくなっているのだろうか。入院先が山奥で、近くに娯楽施設がなかったからなのだろうか。
都会の精神病院はそこまで厳格ではなく、患者の意思を尊重した自由な方針や体制なのかと感じます。自分が入院した病院には、開放病棟もあります。
この前の記事(下にリンクがあります)は「自己啓発」として投稿しましたが、自己啓発の言葉の意味を履き違えました。
実態は、僕の人生での実体験をありのままに綴ったエッセイです。これからは、エッセイストとして、障がいや恋愛のことを発信していきます。
作者の近況
今、第9章と第10章の狭間を生きる作者の近況。9.1章の状態で暮らしていますが、衝撃的な事実を突きつけられ、動揺しています。
もう断筆したいくらい、第9章の物語をメチャクチャにされた気分です。第10章のテーマも変わり、ハッピーエンドじゃないかもしれません。
今回話したかった近況は、人生史小説の話の編成を整理しました。創作設定の話と、エッセイ的な話は、小説から除外しました。
物語性のある話だけ、人生史小説として記事に投稿します。なので、夏頃からは、創作設定を小説にした、フィクションの恋愛小説も投稿します。
過去に漫画にしようと思っていた創作のシナリオがあり、公開しないでそのままなのがもったいないので、小説にして投稿することにしました。
創作と実体験を比較して、本当の運命や真実の愛について言及したいです。でも、昼まであった今は創作意欲は最小まで落ち込んでいます。
また自分の未来に対して深く絶望しています。まだ第9章の 僕の心は荒れ狂う嵐の中にいます。今度、詳しく話せたらと思います。
もう人生を小説にすること自体、やめるべきではないかとさえ考えています。それほど第9章の物語を一通り台無しにされた気分です。
1月下旬から信じ続けてきたことが、どれも裏切られた気がします。まだ話は終わっていないと思うので、確実になったらしっかり話します。
僕は同じ悩みを持つ人のために、小説やエッセイを書き続けたいのですが、精神状態がよくなくなってきているので、今はこれ以上書くのはやめます。
トップ画像説明と次回予告
トップの生成写真、和式便所のある独房で壁と床の色を指定したのですが、AIは和式便所がわからないみたいです。
和式便所は、日本ではすでに製造が終了しています。Japanese Styleとプロンプトを打てば、和式トイレになったのかもしれません。
次回、第3章『自分に向けた「ありえない」を覆した中学校生活』から『第28話 初めて女性を好きになった話と中学時代の異性関係』です。
中学時代に好きになった女子生徒と、中学校生活で関わった男子生徒との関係についてのお話です。
