韓国①尹錫悦はなぜ戒厳を出したのか——その前に韓国で何が起きていたか
韓国で政権交代があった。でも「前の大統領が暴走して、新しい大統領が改革した」という説明で終わらせると、一番重要なものが見えなくなる。
何が先に起きていたのか。その前提が、今の韓国を読む起点になる。
01|尹錫悦が作ったもの
2022年に大統領になった尹錫悦(ユン・ソンニョル)は、元検察官出身の保守系大統領だ。
就任したとき、日韓関係は「国交正常化以来最悪」と言われていた。彼はそれを動かした。
徴用工問題に解決策を出し、日韓シャトル外交を復活させた。2023年8月には日米韓3カ国の首脳が史上初めて単独で集まるキャンプ・デービッド会談を実現させた。韓国を日米韓安保の枠組みに強く接続した大統領だった。
デボちゃんが「尹前大統領を支持する動画を出した」と後に取り調べで問われた背景には、この文脈がある。尹錫悦は、韓国の対中・対北警戒と日米韓連携を強化した側の政権だった。
02|その後に何が蓄積していたか
尹政権が日米韓連携を進める一方で、国内では別の動きが続いていた。
2024年の総選挙で与党が惨敗し、野党が国会議席の大多数を占めた。そこから先が重要だ。
予算案が野党に単独で可決された。国家機関のトップが次々と弾劾にかけられた。韓国の憲政史上初めて、野党が予算案を大統領の拒否権が使えない形で強行した。政権側は「国政が麻痺状態に追い込まれている」と判断するようになっていった。
同時期、選挙管理委員会のシステムへの不信も高まっていた。「外部からの侵害リスクがある」という主張が保守側から継続して出ていた。
これらを尹側は「反国家勢力による国家機能の侵食」と見ていた。
03|戒厳という手段を選んだ
2024年12月3日の夜、尹錫悦は非常戒厳を宣言した。
軍が国会と選挙管理委員会へ向かった。政治活動・メディア・集会を制限する内容を含む布告が出された。
国会議員たちが駆けつけ、6時間以内に解除を議決した。戒厳は失敗した。
ここで重要なのは、尹錫悦が戒厳を出した理由として「北朝鮮や反国家勢力への対処」を挙げたことだ。しかし軍が向かった先は国会と選管だった。「外敵への対処」という説明と「国内政治機関への介入」という行動の間にズレがある。憲法裁判所はこのズレを「問題があっても軍ではなく政治・司法で処理すべきだった」として罷免の理由にした。
尹錫悦が実際に何を目的としていたかは、裁判での争点になった。捜査側はノ・サンウォン元情報司令官の手帳に「長期政権構想」が記されていたと主張した。ただし手帳の証拠価値は争われた経緯があり、「これが尹本人の確定した目的だった」と記事上で一本化するには根拠として不十分な段階がある。
確認できるのは、戒厳を出したこと、戒厳が違法と判断されたこと、尹側が権力を失ったことだ。
04|敗北後、何が消えたか
尹錫悦が権力を失った後、韓国の情報空間で起きたことがある。
尹側が以前から訴えていた国政麻痺・選挙制度への不信・対中警戒という前提は、「戒厳を出した独裁者が作った物語」として処理されていった。戒厳以前に存在していた問題意識が、戒厳という行為の結果によって遡って否定される形になった。
2025年4月、憲法裁判所が全員一致で尹錫悦を罷免した。2026年7月、最高裁で懲役7年の実刑が確定した。内乱首謀罪については別途公判中で、1審では無期懲役が宣告されている。
そして2025年6月3日、李在明(イ・ジェミョン)が大統領選に勝利した。「民主主義を回復する側」として登場した政権が、その後に何をしたかが次の問いになる。
05|李在明という人物の前提
李在明は、就任した時点で5つの刑事裁判を抱えた被告人だった。公職選挙法違反・背任疑惑・偽証教唆・対北朝鮮不正送金疑惑など、5件が同時進行していた。
韓国憲法84条は「大統領在任中、内乱・外患罪を除いて刑事訴追されない」と定めている。就任後、5件の裁判はすべて中断された。
大統領になることが、裁判の一時停止ボタンになった。
06|権力を握った後、制度が動いた
検察庁の廃止
2025年9月、検察庁を廃止する法案が国会で可決された。与党170対野党3という票差で強行突破された。
1948年の韓国政府発足と同時に作られ、78年続いた検察庁が、2026年10月に消える。代わりに設置されるのが起訴担当の「公訴庁」と捜査担当の「重大犯罪捜査庁」の2機関だ。
政府の説明は「権力が集中しすぎた検察の改革」だ。確認できる事実として、李在明自身がかつてこの検察に起訴された被告人だった。自分を訴追した組織が解体されることになる。
大規模人事
2026年1月、ソウル中央地検の幹部が半年足らずで全員交代させられた。計927人の大規模な人事異動だ。李大統領に関わる事件を捜査していた担当者への報復人事だとの批判がある。
裁判官と司法への介入
最高裁判事を現行の14人から30人に増員する法案が通過した。増員分の大部分を在任中の大統領が任命できる構成になる。「司法クーデター」「司法掌握」と法曹界が反発している。
「法歪曲罪」という、判事が恣意的な判断をした場合に処罰できる法律の案も議論されている。全国の裁判官代表会議や弁護士会が「裁判官が萎縮し、三権分立が崩れる」として公式に懸念を表明した。
07|構造として見えること

問題は、李在明という人物への好き嫌いではない。
誰が捜査するのか。誰が起訴するのか。誰が裁くのか。そしてその人を選ぶ権限は誰が持つのか。
裁判5件を抱えたまま大統領になった。在任中は裁判が止まった。同時に捜査・起訴・裁判を担う組織が再編された。人事が入れ替わった。裁判官を縛る法律の議論が始まった。
尹側を処理した勢力が政権を取り、その後に捜査・起訴・司法・情報の経路を再編した。この連続を「改革」という名称だけで判断しない。
補足|外交は別の顔で動いている
国内制度の再編と並行して、外交は動いている。
2025年11月、習近平主席が11年ぶりに訪韓し、70兆ウォン規模の通貨スワップが締結された。李在明政権は中国本土からの団体観光客にビザなし入国を認める措置を始め、中韓の戦略的協力パートナーシップを再強化した。
米韓同盟は維持されている。NATO首脳会議にも出席している。ただし日米韓安保協力の政治的な重みは薄まった。
国内で司法・言論・選挙管理への信頼が揺れている状態で、中国との接触面が増えている。この接続が、次の問いになる。
次の記事では、同じ時期に批判的な発信者に何が起きたかを見る。
参考・出典
尹錫悦の非常戒厳・罷免——Reuters(W08・W09・W10)/ AP(W11)
尹錫悦懲役7年確定(2026年7月9日)——VOA Korea(2026.07.10)
キャンプ・デービッド日米韓首脳会談(2023年8月)——Reuters(W14)
徴用工問題解決策——Reuters(W13)
李在明の刑事裁判・憲法84条による中断——Reuters(W02・W03)/ Korean Constitution Art.84(W04)
検察庁廃止・公訴庁・重大犯罪捜査庁——Reuters(W05)/ 日本経済新聞(2025年10月24日)
最高裁判事増員法——KBS WORLD(W06)/ Korea Times(W07)
大規模人事927人(2026年1月)
中韓通貨スワップ70兆ウォン・習近平訪韓(2025年11月)——Reuters(W16・W17)
中国団体観光客ビザ免除——Reuters(W15)
※この記事は公開情報と報道をもとに構造を整理したものです。「誰が悪いか」ではなく「どこに制度の穴があるか」を見る記事です。特定の個人・集団への断定的な批判を意図するものではありません。
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