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韓国②「言論の自由」を奪わなくても、誰も話さなくなる方法がある。




韓国で「フェイクニュース対策」の法律が作られた。名前だけ聞けば真っ当な話に聞こえる。でもこの法律の中身と、その前後に何が起きたかを順番に見ていくと、「デマを取り締まる法律」という説明では説明しきれないものが見えてくる。


01|デボちゃんが発信していたもの

韓国人YouTuberのデボちゃん(チョ・デボム)は、2018年から日本語で韓国のリアルな日常や文化を発信してきた。登録者数は最盛期に約97万人に達した。

2024年ごろから、韓国の政治情勢を日本人向けに解説する内容にシフトしていった。尹錫悦政権への支持、対中警戒、韓国国内で報じられにくい情報の発信。取り調べで後に問われることになるのは、まさにこの方向性だった。

2025年10月22日、デボちゃんは動画を投稿した。李在明政権が開始した中国本土からの団体観光客ビザ免除措置の直後のタイミングだった。動画では、実際に韓国のニュースで放送された映像を根拠として使いながら、韓国のネット上で出回っている声を「こういう不安が広がっている」という形で紹介した。


02|捜査で何を問われたか

動画投稿から2週間後の2025年11月5日、韓国警察庁が「重大犯罪」として正式に捜査着手を公式発表した。個人のYouTuberに対して国家機関がこのスピードで動くのは、極めて異例のことだ。

取り調べで繰り返し問われたのは「動画の数字が本当かどうか」ではなかった。

「なぜ尹(ユン)前大統領を支持するような動画を投稿したのか」「なぜ極右的な動画を投稿したのか」「過去に李在明大統領の写真に唾を吐く演出をしたのはなぜか」

情報の真偽を調べるのが目的なら、こういう質問にはならない。デボちゃん自身は「今の大統領を批判して、ユン前大統領を庇ったからここに呼ばれたんだと感じた」と語っている。

没収が申請された金額は、問題の動画1本から得られた広告収益——約38万円だ。「犯罪によって得たお金」として、口座ごと凍結された。

2026年2月13日に書類送検、2026年6月14日に起訴が報告された。


03|内容より先に「分類」された

ここが核心だ。

デボちゃんが処理された経路は、「デマを流したから止めた」ではない。

尹側の危機認識・対中警戒・韓国国内の異常を継続して発信していた発信者が、内容の検証より先に「極右」「尹支持者」「デマ発信者」として政治分類された。そして捜査・収益遮断・自己削除という経路を通って発信が消えた。

動画の構成は「ネット上の声を紹介する形」だったが、当局は「断定的な主張」として処理した。使われた法律(電気通信基本法第47条第2項)が合憲かどうかは、担当弁護士が「そもそも処罰根拠となる法律が存在しない」として争っている。2008年のミネルバ事件では同法第1項が違憲と判断された前例がある。


04|周囲に何が起きたか

デボちゃんへの捜査が報じられた後、何が起きたか。

きばるんは「民主派出所」(与党が立ち上げた通報プラットフォーム)で告発され、50本近くの動画を削除して政治的な発言をやめると表明した。トッポギ侍は約10本を削除・非公開にした。ジェホTVは40本あまりを削除した。

国家が直接「あの動画を消せ」と命令したわけではない。1人が処理されるのを見て、周囲が自主的に動いた。


05|新法でその経路が制度化された

2025年12月24日、「改正情報通信網法(通称:7.7法)」が国会で可決された。与党170対野党3で強行突破された。2026年7月7日施行。

定義が広い

「虚偽情報」は「内容の全部または一部が虚偽である情報」と定義されている。長い動画の中で数字を一つ間違えただけでも対象になるのか、という問いがある。「操作情報」は「事実と誤認させるよう加工・変形された情報」で、何人がどう解釈すれば「誤認させた」と判定されるのか、その基準が法律に書かれていない。

制裁の規模

登録者10万人以上、または月平均閲覧数10万回以上で収益を得ているYouTuberが対象。実損害の最大5倍の賠償を裁判所が命じることができる。損害が証明できない場合でも最大5,000万ウォン(約550万円)を裁判所が認定できる。その5倍なら最大2億5,000万ウォン(約2,800万円)になる。裁判所で違法性が確定した情報を再び流した場合は最大10億ウォンの課徴金。財産の没収・追徴も可能だ。

「とりあえず30日消せる」仕組み

違法かどうかの判断が出ていない段階でも、通報だけで最大30日間、投稿を一時的に遮断できる「臨時措置」が拡大適用された。政治的に重要な発信が、結論が出る前に封じられる。

誰が判定するか

コンテンツの違法性を判定する「事実確認団体」を支援・教育する「透明性センター」を設置するのが、政府の管轄機関だ。「何が本当か」の判定ラインが政府の影響下に置かれる構造になっている。


06|大統領が直接メディアを動かした実例

2026年5月、ソウル経済TVが「中国人によるソウルの不動産購入が944件」と報道した。

李在明大統領は自身のSNSにこう投稿した。「故意の捏造」「嫌中感情を煽る偽ニュース」「厳重に責任を問うべきだ」。

当該メディアは即座に動画を削除し、「全社員名義」での謝罪文を発表した。政府の統計資料に基づいた内容で番組を再制作した。

大統領が「削除しろ」と命令したわけではない。SNSに書いただけだ。でもメディアは動いた。


07|国内外からの反発

韓国国内では放送記者連合会・全国言論労働組合・韓国記者協会など5団体が「権力者が批判報道を萎縮させる手段に悪用される」と共同声明を出した。市民団体12団体が2026年4月に憲法訴願を提起した。

国際新聞編集者協会(IPI)は「政府高官への批判を抑え込むためのものだ」と断定し、施行停止を求めた。米国国務省が重大な懸念を表明した。アムネスティ・インターナショナルは年次報告書で「韓国は民主化から独裁化へと後退している」と警告した。


まとめ——何が消えたのか

デボちゃんは動画を約50本削除し、日本移住を宣言した。周囲の発信者も続いた。

禁止命令は必要なかった。1人を処理すれば、周囲が自主的に黙る。

そしてここが最も重要な点だ。

「何がおかしいか」を継続して観測していた発信者がデマ発信者として処理され、発信経路を切られると、過去の出来事まで一方向に書き換えられる。

次の記事では、選挙制度への不信が生じたとき、どこまで疑う声が「正当」とされ、どこから「危険・陰謀」として切り離されるのかを見る。


参考・出典

改正情報通信網法(7.7法)成立・施行——AP(W19)/ Anadolu(W20)/ CIVICUS(W21)

デボちゃん捜査・送検・起訴——Korea JoongAng Daily(W30)/ Korea Times(W31)/ 毎日新聞(W32)/ デイリースポーツ(W34)/ ユーチュラ(W35)

李在明のフェイクニュース発言——JBpress(W22)

ソウル経済TV削除事件

IPI声明——IPI「South Korea: IPI condemns passage of anti-fake news bill」

米国国務省・アムネスティ・インターナショナルの懸念


※この記事は公開情報と報道をもとに構造を整理したものです。「誰が悪いか」ではなく「どこに制度の穴があるか」を見る記事です。特定の個人・集団への断定的な批判を意図するものではありません。


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