塩おにぎりと、旅立ち。
このお話は、「長男が買ってきた、三つのケーキ」の続編です。
まだ読んでいない方は、よかったらこちらから先に読んでいただけるとうれしいです。
◇◇◇
長男とともに東京へ来て、六日目の朝。
ワンルームの部屋では、初出勤からの連勤で疲れた長男が、まだ静かに眠っていた。
私は一人暮らしにちょうどいい炊飯器でご飯を炊き、豆腐とわかめの味噌汁を作り、塩だけをふったおにぎりをラップに包んだ。
夫と静かに朝食を済ませ、寝ている長男に声をかける。
「……そろそろ帰るよ。」
長男は寝ぼけたまま上体を起こした。
「塩おにぎり作っておいたから、あとで食べなね。」
「……うん。」
その返事は、いつもの長男らしく短かった。
夫がスーツケースを引き、私たちはマンションのエントランスへ降りた。
長男は、寝るときのTシャツにジャージ姿のまま、それでも会社用の革靴だけを履いて、一緒に降りてきた。
夫はスーツケースを立て、
「じゃあな。」
とだけ言った。
私は、ここでは絶対に泣かないと決めていた。
母親が泣く姿なんて、長男は見たくないだろうから。
ふと長男を見ると、どこか険しい表情をしていた。
その顔を見た瞬間、11歳の頃の長男を思い出した。
小学六年生のとき、長男は盲腸で入院した。
手術を終えたあと、私は着替えや必要なものを取りに、一度だけ家へ戻らなければならなかった。
「少し一人で待っていてね。」
そう言って病室を離れ、急いで戻ると、
長男は布団を顔の半分まで引き上げ、目をうるませていた。
「…え?」
私は、そのとき初めて知った。
強がって何も言わない長男が、本当は心細かったのだと。
そして今、目の前にいる社会人になった長男の険しい表情に、あの日の11歳の息子が重なって見えた。
私は声が震えないようにしながら言った。
「じゃあね。もう帰るけど、頑張りなさいよ。」
そう言って肩をぽんぽんとたたく。
「うん……。」
長男は、あの日と同じように答えた。
その「うん」は、子どもの返事ではなく、一人で生きていこうとする大人の返事だった。
「……じゃあ、行くね。」
そう言って長男に背を向けた瞬間
私の中の細胞が、
少しだけ
千切れるような
気がした……。
それから二年後の長男と私はこちらからどうぞ。
