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【人生の戦略】あえて、何もしない。あえてね。

(1500文字くらいです)

▪️今日のトピック

今日は「何もしない時間を取ること」について書いてみようかと思います。

これは最近私が実践して、良かったことを共有するためのnoteです。実際にぼーっとする時間を取り入れて、どう変わったかを書き記してみます。

30分くらいの通勤時間内で、書けるだけ書いてみます。いい感じで締めて終わります(予言)。

▪️どんなふうに「何もしなかった」か

具体的に書くと、1日のうち2回、ぼーっとする時間を意図的に取りました

まず。私は通勤電車に乗るまでに、15分くらい歩きます。この時間を変えてみました。

具体的には、音楽を聴きながら歩くことをやめてみました。

最初は何気なく始めたのですが、これが気持ちがいい。鳥の鳴き声が聞こえてきたり、冬の澄んだ空気感を味わってみたり。自然は、いつでもそこにいたんだなと思いました。

次に。私はゲーム(古いやつ……まだPS2で遊んでます)が好きなので、仕事終わりのこの時間をいかに長く確保できるか、と急いでいました。

そんな私ですが、あるとき、気付きました。香川真司のサッカーゲームを3試合やることと5試合やること。それにどんな違いがあるのだろう?

いや、そりゃ長く遊べるのは嬉しいです。それはそうなんですけども、その喜びは比例的に増すわけではありません。試合数を増やすにつれて、嬉しさもだんだん減ってくるのです。

まあ、新作ゲームを味わっていたりすると時間が無限に溶けてしまいますが。1000時間以上付き合ってきた香川のゲームは、もう実況のセリフを誦んじることができるくらいです。実況のジョン・カビラさんを絶句させる点数まで熟知している私に、いまさら新鮮な驚きなどないのです。


閑話休題。


そういうわけで最近の私は、夜のゲーム時間確保に躍起にならず、晩御飯やら食後のコーヒーをゆったりと味わうことにしています。

これが、やはり気分がいい。家族とリラックスしながら話しているときは、緊張の糸がするりと解けていく感じがします。バスタブにゆっくり浸かるような気分。日中頑張って硬くなった身体が、ゆるむ感じです。

こんなふうに、私はぼーっとする時間を取り入れたのでした。

▪️少しの含蓄(まとめに代えて)

私たちは普段、忙しい日常を送っています。
あれをしなければ、これをしなければと常に「何かすること」に追い立てられて、「何かをしていないと落ち着かない」感じがすると思います。

こういう生活をしているといつのまにか、時間は価値あるものに思えてきます。「何か」をすれば価値を生めるのだから、そうした「何か」をするための時間こそ、最も大事にするべきであると。

こうして日常的な価値観では、時間は大事にされ、切り詰められていきます。

ですが。ふとしたときに、思うのです。

  そんなに慌てて、どこに向かうのかと。
  これをやり終わったあとに、何が残るのかと。
  意味あることしか、価値はないのかと。


・・・


ぼーっと何もしないでいると、注意が集中せず、ゆらゆらと漂います。そうした時間を過ごしていると、自分がいかに色んなものを捨象して生きてきたのか、ということに気付かされます。

風の音。動物の声。爽やかな気分なのか、しっとりとした気分なのか、ワクワクする気分なのか……そんな、当たり前にあったはずのことが、目の前に現れてきます。


「あえて何もしない時間を取ること」は、己に流れる血に気づくための、大事な時間です。
私たちは頭で生きているんじゃない、身体で息をしながら生きているんだ。

なんとなく満たされずに生を急いでるあなたへ。
少し「やること」を減らし、息をしませんか。
あなたの身体には、
世界の身体には、
生命が流れているのですよ。



 おわり




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