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山歩きで景色を見る余裕を取り戻す|上を見る、下を見る。それだけで山が変わる

上を見る、下を見る。ときどき、後ろも振り返る。それだけで、いつもの山歩きは少し違って見える。登山では、つい「目的地へ進むこと」に集中してしまう。でも、山の楽しさは山頂だけにあるわけではない。この記事では、歩いている途中の景色を見逃さないために、僕が山で覚えた「視線を変えるだけの小さな習慣」を書いてみます。

登山中、なぜ足元ばかり見てしまうのか

上を見る、下を見る。ときどき、後ろも振り返る。
それだけでいい。

山を歩いていると、どうしても進む先ばかりを目で追ってしまう。
足元。ルート。次の一歩。

安全のためには大切なことだ。けれど、それだけを見ていると、山のほとんどを通り過ぎている気がしてくる。

立ち止まった瞬間、見えていなかった景色が現れる

進むことに夢中で、景色を置き去りにしていた。
気づいたのは、立ち休憩のときだった。

息を整えながら、ほんの少し視線を上げてみる。

葉脈まで、光が走っていた@池峯・神奈川県湯河原

枝の向こうに、淡い光の輪がのぞいていることがある。
逆光に透けた葉は、葉脈までくっきり浮かび上がって、まるで光を通す薄い膜みたいに見える。
足元の石のかげには、小さな花が咲いていたり、気づかれないまま石仏が立ち続けていたりもする。

気づかなければ、通り過ぎていた
桃みたいな色が@鳴虫山・栃木県日光

どれも、特別な場所じゃない。
見晴台でも、名所でもない。
ただ、ずっとそこにあった景色だ。

山の景色は変わらない。変わるのは、自分の視線だった

山は、こちらの見方なんて関係なく景色を広げている。

だから面白い。

自分が急いで通り過ぎれば、ただの道になる。
少し立ち止まれば、そこは一枚の写真になる。

見ていなくても、気づかなくても、世界は静かにそこに在り続けている。

ずっとそこにいた。こちらが気づいていなかっただけで。
木のうろに隠れていた@鐘撞堂山・埼玉県寄居町

だからこそ、こちらが視線を向けた瞬間、風景はただの背景から“出会い”に変わる。
見えていたはずなのに、見ていなかったものが、急に輪郭を持ちはじめる。

振り返ることで気づく、もう一つの山

登ることに気持ちを向けすぎると、
後ろに広がっている景色を忘れてしまう。

振り返れば、さっきまでいた谷や、重なりながら遠ざかっていく稜線が、思いがけない奥行きを見せていることがある。

前へ進むことに夢中になっているあいだも、景色は背後で、変わらず広がり続けている。

上を見る。
下を見る。
ときどき後ろも振り返る。

上を見なければ、知らないままだった。
日輪に飛行機雲@大台ケ原・三重県

それだけで、同じ山の中に、もうひとつ別の山が現れる。
歩く速さは変わらないのに、見える世界の密度だけが、そっと増えていく。

視線を変えるだけで、同じ山が別の山になる。

山を「登る」時間の中に、
山と「出会う」時間が、気づけば入り込んでいる。


おわりに|👀 目的地ばかり見て、いま立っている場所を置き去りにしていませんか?

登山では、山頂や距離、時間ばかり気にしてしまうことがあります。
でも、あとから思い出に残っているのは、
意外と途中で立ち止まった小さな景色だったりします。
あなたにもありませんか?
「なぜか今でも覚えている山の一瞬」
・歩いていた場所
・その時見えていたもの
・あとから思い出した理由
よかったらコメントで教えてください。


作者プロフィールはこちら

▶良ければ、過去作にもどうぞ。山を歩きながら少しずつ変わっていった感覚を、別の旅でも書いています。⤵︎


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