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焼津・満観峰|誰かが毎日、日付を変えている山がある

2月の焼津アルプス。
満観峰は、縦走路のメインピークだった。

歩いてきた距離を、 そのときは特に意識していなかった。

山頂直下の登りに入った瞬間、 足が、重くなった。
進めないわけじゃない。
でも、さっきまでとは明らかに違う。

疲れていたんだ、と 身体に教えてもらった。

木の枝で組んだ今日の日付が、しかも日付変更できる仕様になってる(カバー写真参照)

登山道の脇に、 何かが置かれていた。
近づいてみると、枝で組まれたカレンダーだった。

今日の日付が、枝の並びで示されている。
しかも、手を入れれば明日に変えられる仕組みになっていた。

「毎日、誰かがここに来ている」
「毎日、誰かが日付を変えている」と想像したら
思わず、笑ってしまった。

身構えていた何かが、 すっと緩んだ気がした。

山頂への最後の登り。
足元ばかり見て、無言で登っていた。
そのとき、切り株に彫られた顔が、目に入った。

お世辞にも、上手いとは言えない。
むしろ、なかなか雑だった。

思わず、吹き出した。

衝撃的すぎて、まじまじと見つめてしまった。

山頂直下の登りにて、切株に彫り物が


樹種の標識に可愛らしい人形が

山頂では、地元の人たちが輪になっていた。 特別なイベントがあるわけでもない。 ただ、言いたいことを言い合っている。 それが、止まらない。

和やかだった。 声を張り上げるわけでもなく、 でも会話が途切れるわけでもなく、 ここにいることが、ごく自然な顔をしていた。

以前、こんな言葉を聞いたことがある。
雰囲気のいい山には、いい人が集う」。
北海道の山の話だったけれど、 満観峰の山頂で、
その言葉をふと思い出した。

その輪の少し外に座って、 しばらく、山頂の空気に混ざっていた。

ジオラマみたい①
ジオラマみたい②

満観峰を下り、花沢山への登り返しに差し掛かったところに、ベンチがあった。 徳川家康が、ここから富士山を眺めたという。 そのベンチは、家康ベンチと呼ばれていた。

ベンチ横に、ノートが一冊、置かれていた。

ページをめくると、 登った人たちの名前と、天気と、日付と、ひとことが並んでいた。 ニックネームで書いた人もいる。

知らない人の字を読みながら、 なんだか、なつかしい気持ちになった。

家康ベンチには記録帖が
記録帖が凝っていて面白い

下り道を歩きながら、 さっき出会ったものたちのことを、思い返していた。

枝で組まれたカレンダー。 雑な顔の切り株。 山ノートに残された、知らない誰かのひとこと。 輪になって笑っていた、地元の人たち。

どれもささやかで、どれも小さい。
でも、それぞれがこの山のピースだった。

急いで通り過ぎていたら、 どれも見えなかった。

今日も誰かが、あの日付を変えているだろう。

おわりに|雰囲気のいい山には、いい人が集う

登る楽しみに、見つける楽しみ。
下り道までが、山の時間。
満観峰は、急ぐ人を、 そっと遅くする里山だった。

最後まで読んでくれて、ありがとう。
スキやフォロー、コメントをもらえるたびに、
あ、誰かに届いたんだな」って思えます。

無理に反応しなくても大丈夫。
ただどこか一行でも引っかかったなら、それで十分です。
また山で拾った話を、持ち帰ってきますね。

良ければ、過去作にも寄っていってくださいね!⤵︎



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