歴史における4レイヤー構造③
前回のおさらい
①:歴史には表層のナラティブだけでなく、実務の層が存在する
②:第3・第4レイヤーこそが歴史の駆動輪である
さて今回は、この「歴史の4レイヤー構造」の視点を抽象化して、他の分野の表層に「オーバーレイ」させていく。
まず、「歴史の4レイヤー構造」を抽象化する。
・第1レイヤー/L1:歴史の「光」:戦術:「ナラティブ」の消費者
・第2レイヤー/L2:歴史の「影」:作戦術:「ナラティブ」の語り手
・第3レイヤー/L3:歴史の「裏導線」:戦略(軍事戦略):裏方で実務を回す実務家
・第4レイヤー/L4:歴史の「倉庫の片隅」:兵站:裏方の裏方で実務を支える「インフラ技術者」
これが「抽象化/一般化された『歴史の4レイヤー構造』」である。
これをベースに、一番単純な商取引・営利企業モデルを当てはめてみる。
人間が集まり組織を形成する以上、太平洋戦争でも現代の企業でも、その根底で稼働しているOS(4レイヤー)は全く同じである。
商取引・営利企業モデル
L1:C(Customer)、C to C
→消費者。もしくは消費者同士の取引(フリーマーケット、メルカリ・ヤフオクなど)。
本質:個人の情緒、お気持ち、剥き出しの消費。
L2:B to C(Business to Customer)
→接客が伴う小売り業態。Cに対して購買欲を煽るような広告を打ったり、「××セール」「割引クーポン」「ポイント還元」などのダイレクトマーケティングが行われる。
本質:組織が個人に対して仕掛ける「看板」「商品」「イメージ」の投射。「ナラティブの市場化」
L3:B to B(Business to Business)
→自社製品の企業間取引。卸売り。契約書と売掛金/買掛金の論理。
本質:組織間での冷徹な取引、契約書、損益計算書(PL)、外貨、公的プロセスのセクター
L4:B in B(Business in Business/組織内兵站)
→自社内取引(資材・原料調達、備品発注、車両管理、経理処理、労務管理、庶務など)
本質:組織維持の為の社内業務フロー。バックオフィス機能であり、直接の利益を産まない間接部門・コストセンターではあるが、上記L2/L3の商業活動の維持には不可欠である。B to Eだと、従業員への福利厚生のニュアンスが強すぎると感じ、「B in B」という独自造語を創作した。
L3とL4の相違には要注意である。ある工場が商品の製造に必要な原材料を、外部の専門商社や専門卸業者から調達する場合、工場から見たレイヤーは「L4」であるが、専門商社から見た場合のレイヤーは「L3」となる。工場の側から見た原材料は、「それそのまま」では、価値を生み出せない。L4である原材料を「加工して」L3で売れる商品にする。これが「高付加価値商品」を生み出す簡単なモデルである。L3は「目的(プロジェクト)」のために動くもの、L4は「存在(組織)」そのもののために動くものである。
では、次に作り手ではない、現代のテック系プラットフォーム企業が歪んでしまった場合を例にあげてみる。
L1:ナラティブの消費者 ── 【一般ユーザー / 株主】
「AIで業務効率化!」「スマホ一つで世界と繋がるスマートな暮らし」という、広告やオールドメディアが演出するキラキラしたナラティブを無条件に消費・盲信する層
L2:ナラティブの語り手 ── 【経営陣 / エヴァンジェリスト / 営業担当/ITコンサル】
シリコンバレー仕込みの横文字(ガバナンス、アライアンス、シナジー等)を乱発し、投資家や顧客、大衆に向けて「未来のビジョン」や「理想の見積書」をプレゼンする役割。実務(L3/L4)の制約条件(インフラ限界や技術的負債)を無視した不完全契約を平気で結んでくる悪意あるハブ。
L3:実務を行う実務家 ── 【プロジェクトマネージャー/ 現地実装エンジニア】
L2が勝手に結んできた無謀な仕様書や納期、要件定義の変更に対し、バグだらけの仕様を泥縄式にデバッグし、数理的・実務的に力尽くで帳尻を合わせる戦場の「兵站将校」。あるいは実際にコードを書く熟練技術者。最も胃を痛めてコルチゾールを排熱させられている、組織で唯一の「大人」。
L4:実務を支えるインフラ担当 ── 【データサーバー保守 / 倉庫・物流・アノテーター】
24時間365日、物理的なデータセンターの排熱・電気系統を保守し、あるいは裏側で膨大なデータの管理という「泥臭い手作業」を行う「技術インフラの住人」。L1/L2からは「ただのコストセンター」として価値下げされやすいが、ここが1ビットでもハングアップすればシステム全体が即時停止する聖域。
平時、L3とL4は「民間のロジスティクス」としてまとめて語られる事が多い。特にL3は「現場の最前線」や「物流」として、独立した職務にまでなっている。
厳密な「Logistics」の定義としては、「物理的兵站」「物流」として独立しているが、「インフラ担当」の役割は「Logistics」の範疇を超えていると考えている。
では、L4の「組織・社会インフラ維持」の役割をどのように言語化するか?
そこで「Sustainment(持続性)」というフレーズを援用する。SDGsの和訳「持続可能な開発目標」で「Sustainable」を「持続可能な」と訳しているので、「持続性」と補足したが、Sustainの名詞化なので、「維持すること」が直訳としては正しいのかもしれないが、「Sustainment」は、ミリタリーの分野では旧来「Logistics(兵站)」とされていた分野も含めた、「部隊の戦力維持に必要なこと」と定義されている。
「Logistics」が「物理的サプライチェーンの供給」が目的なら、「Sustainment」は「非物理的インフラの維持」を目的としている。当然この場合、「Logistics」は「Sustainment」に内包される概念となる。
平時の言葉で言えば「Sustainment」は「組織の生命維持インフラ」そのものである、と言えるだろう。
単なる「物理的サプライチェーン(Logistics)」は手段に過ぎない。
L4における「Sustainment(持続・維持)」の本質とは、
[Logistics(動的手段)]+[財務・法務・衛生の防衛装甲]を統御する、
指揮官の「何があっても生き残り続けるという『現存への意志』」そのものである。
以下、アメリカ軍資料、ADP4.0「Sustainment」より意訳。
・Sustainmentの業務領域
アメリカ軍のSustainmentの定義は「作戦の自由、行動の範囲、および継戦能力を確保するために必要な、リソース、能力、システムを提供する統合機能」とされており、以下の4つの業務領域に分類されている。
・・Logistics(物理的インフラの提供)
・・財務・資金管理、企業間契約管理
・・人事サービス、労務管理、能力開発、業務能力査定、法務管理
・・従業員の精神的・倫理的レジリエンス(回復力)の保護
L4レイヤーが行っているのは、この「Sustainment」である。組織を維持するための、リソース・能力・システムの提供だ。これを一般企業に置き換えると、「バックオフィス部門」、とりわけ「総務部門」の業務領域である。財務・資金管理は経理部や監査法人、人事サービスは人事部、法務管理は法務部や顧問弁護士、従業員の福利厚生は総務部やハラスメント相談室、産業医が、それぞれ分担して行っている。そしてそれぞれの部門で「~コンサルタント」という名目で「外部委託」を行っている。これは現実のイラク戦争で、アメリカ軍が戦場でのLogisticsを民間軍事会社に委託していた構図と相似している。
歴史の第4レイヤーとは、24時間365日人目に触れず稼働し、社会の維持(Sustainment)に貢献している、「社会インフラの層」である。稼働していて当たり前、不具合やトラブルが起きた時だけ、世間の冷たい眼に晒される。そんな人々が、華々しい歴史の中に「歴史の裏導線」として人知れず存在している。「歴史を学ぶ」「歴史に学ぶ」ということは、ただ過去の成功や失敗を分析して教訓にすることだけではなく、どういった立場の人々がその成功や失敗を支えていたかを知ることなのかもしれない。
あなたの知らない誰かが、今日も「歴史の裏導線」で社会や組織を支えている。「当たり前の日常」は、そうやって今日も回っていく。
