短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(85) かくれんぼか、鬼ごっこか
前回のエモ山👇
「おまえ」
しがみついていたAIお針子の細い肩から、俺は手を離した。
お針子があまりに小さいので、
俺は自分が、菓子の箱でも揺らしているような気がしてきたのだ。
それは例えばコンビニの棚に並ぶような安いもので、
手に取って振ってたしかめるとかさこそ、空白の中で音を立てる中身が思った以上に少なくて、
入っているのは菓子じゃなく、
「意外に」とか「思ったより」とか、入ってないっていう「状態」じゃないかと思うような。
「ん?」
首を傾げたお針子は、意図的に、扉から目をそらしていた。
だぼだぼの、サイズの大きすぎるワンピースは、着るものというよりかぶせものって感じで、襟口が、斜めにひしゃげていた。
「話を整理するぞ」
俺はすこし冷静になって、お針子の頬の白さに、気持ちをなじませようとする。
「かくれんぼをしていたのか」
「さいしょは、そう」
そっぽ向いたまま、お針子が、こくんとうなずいた。
「順番にやってたの。あたいがかくれて、あいつが見つけたり、あいつがかくれて、あたいが見つけたり」
「あんなにでかいものがどこにかくれるのだ」
「だーかーらー」
お針子が、遠くを見たまま眉をしかめた。
「さいしょは小さかったんだってば」
「どのくらいだ」
俺が尋ねると、お針子は、小さな手のひらを広げる。
「このくらい」
俺はことばを失って、扉を見る。
「かくれたり、みつけたり。かくしたり、出てきたり」
お針子は、唇を尖らせた。
「なんかねえ、えーと」
もじもじすると、膝が変な方向に曲がるように見える。
「かくれんぼだったんだけど、鬼ごっこになって」
人差し指を立て、ゆっくり回しはじめた。
「かくれたり、みつけたり。かくしたり、出てきたり」
ちびた鉛筆みたいな指を、不器用に回し続ける。
「みつけるんじゃなくってー」
お針子の指の回転が、とまる。
ふと俺を見る。
「かくそうと、する?」
俺の顔を見て、
お針子は、ふたたび首をかしげ、
「ん?」
という顔をした。
「ん?」
って俺も、なったあと、振り返ると、
別に何か、変化があったわけじゃなく。
ノブがガチャガチャいうとか、扉が叩かれるとか、そういう騒ぎはひとつもなく、
ひたりと閉じられたままだった。
「どうする?」
俺はお針子にそう言おうとして、
「落ち着け」
と口に出していた。
それから立ち上がり、俺は、
扉の内側に倒れたままのワイパーモップをずいっと引っぱって引き寄せ、
しかし、なんか違うような気がして、
タモロッカーにダッシュして、タモを一本引っぱり出した。
モップもタモも、大して変わらないといえばそうなんだけど、
モップには、あれができないのだ。しぱぴんが。
さっきまで俺がプールの砂さらいに使ってたタモは、
まだしずくを垂らしていた。
お針子は、俺の真似をして、
床に残されたワイパーモップを持ち上げようとしてたんだけど、
それはお針子には重すぎたらしく、
柄に両手を回し、うんうん持ち上げようとしても、
ワイパーは、床にくっついたみたく、ぴくりともしないのだった。
プールの水だけが、
ゆるやかに回転していた。
プールサイドに立ち、遠く扉を見つめていると、プールの渦の穏やかな回転に、自分の片耳が引っぱり込まれそうになっている気がして、
俺はタモを杭にするみたく、その柄を床に打ちつけた。
柄が床にあたる固い音、網部分からはしずくが垂れ落ちて、床にしみをつくった。
そのしみの、歪んだ円のかたちに、俺は思わず見入ってしまう。
それが、いつもとちがうかたちに見えたから。
タモの木の柄は網部分より乾きやすくて、俺の手の中ですでに柄はざらりとしていた。
その感触に呼び起こされるように目をあげると、
壁の時計は動いていて、18時近くなっていて、
俺は、走り去っていくバスのエンジン音を空耳で聞く。
バスが終わったら歩いて帰らなきゃならないな、なんて、ふと考えて、
俺はまだ自分が、この状況を、完全に信じてないことに気づく。
裏地を見るような気がし、
差しはさまれてきたものがあるような気がし、
渡し舟みたいなのが、すっと横付けされたような気もした。
「来ないな」
だから俺は言ってみる。
「なんだっけ」
俺はお針子に尋ねた。
「あれの名前」
お針子は、モップをあきらめて、
「『風もないのにケセランパサラン』」
素知らぬ顔でこたえた。
「聞いたことないな」
「あたいも」
「誰がつけたのだ」
「自分で名乗った」
立ち上がったお針子が、俺を見上げていた。
「かくそうとする、というのは」
俺はお針子を見下ろす。
「どういうことだ」
「ん?」
お針子は、きょとんと俺を見た。
こいつは目の様子も、菓子箱みたいだった。
俺はプール室の、もう一方の扉に目を向けた。
巨大ドラム式洗濯機がある部屋につながる、横開きの扉だ。
洗濯機の騒音もあるし、そっちはたいてい閉じたままだ。
「行くぞ」
歩き出そうとすると、お針子の手がワイシャツを引っぱった。
「なんだ」
尋ねると、お針子はこたえた。
「かくされているかもしれぬぞ」
「は?」
「もう、ここだけかもしれぬぞ」
俺はお針子を無視して、横開き扉へと近づいた。
扉にたどり着く前に感じたのは、
そっちの扉側も、すでに温度が変化していることだった。
スライドレールのすき間から、
二枚の扉が重なり合ったはざまから、
もわっとした空気がにじみ出てきていて、
湯気みたいなのが揺れている。
こっちのほうがまさしく、
まちがいなく、
「いるな」
って、感じがした。
俺はプールに顔だけ振り返った。
扉側の片頬だけが、なまあたたかい。
プールの際から動こうとしないお針子が、こっちに向いていた。
小さくて、すごく遠いところにいるように見えた。
望遠鏡を逆さに使って、
ものが遠くに見えるような感じ。
そしてそれは、なんとなく、いまの俺の気持ちに近かった。
俺はそうやって現実を取り戻すし、
現実は俺のほうにそうやって、「信じさせない」をやる。
俺は全てを遠くに見る。
俺はバスの中でニックの真顔を見つけるし、
芝生広場の遠くから、チーママを見返す。
「かくされているか」
お針子が、遠くから尋ねるが、
俺はこたえずに、プールの水を見る。
穏やかにうねる渦を見つめる。
水は渦を巻き底で濾過されて東京湾へと吐き出される。
俺はタモの柄を握る手に力を入れ、プールから、視線を上げていった。
白い壁を伝いあがり、やがて、2階部分をぶちぬいて作られたプール室の天井近くに、
ふさがれた扉のあとを見つけた。
「そいつは」
扉の痕跡を見たまま、俺はお針子に尋ねた。
「動きは早いのか」
「ん?」
「こいつ」
俺は横開きの扉をタモの先でさししめす。
「こいつだよ」
「かたまりだ」
お針子はそう答えた。
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そろそろ更新いたします。
