左ききのエレンで考える "才能の本質"
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
とは、あまりにも有名な言葉ですよね。
収益化を目指した私も、
理想と現実のギャップに難儀しながら
諦めずに続けてきました。
でも、最近 自分の中で
区切りをつけたんです。
「もう SNS の収益化に挑むのはやめよう…」
ちょっと頑張って
結果が出ないからといって、
「自分には向いてない」とか
「才能がなかったんだ」とか
軽々しく言いたくはないんです。
だから そう思いながらも、
言い訳をせずに精進してきた。
でも「左ききのエレン」を読んで
改めて "才能" というものを考えたとき、
しみじみと思ったんです。
「自分にはSNS収益化の才能はない」
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ここまで書くと
なんだか湿っぽい話ですが、
今の私の心は非常に清々しく
決して後ろ向きじゃないんです。
(強がりではなく)
そもそも "才能" とは何か。
自分には "才能" がないのか。
あるとしたら それは
どんな "才能" なのか。
『天才になれなかった全ての人へ』
というキャッチコピーである
この作品を読んで考えた、
自分なりの才能論。
今回は そんな話…
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