広すぎるリビングという落とし穴
リビングの今を、できるだけ専門用語を使わずに噛み砕いて解説します。
ホテルのビュッフェで、ついお皿に料理を盛りすぎてしまった経験はないでしょうか。
貧乏性と言ってしまえばそれまでですが、家づくりでも実は同じような失敗があります。
大は小を兼ねるという言葉を信じて、少しでも広いリビングを確保しようと図面とにらめっこをする。
しかし、無理に広げた空間が、かえって暮らしにくくなることがあります。
20畳という数字の呪縛
住宅情報サイトやSNSを眺めていると、LDK20畳以上という条件がひとつのステータスのように語られています。
19.9畳だからキャンセルだ!というお客様も実際にいます。
多分住んだら気がつかない広さです。
この20畳にどれだけの根拠があるのかは怪しいものです。
20畳にしたけれど
実際に家具を配置してみると、ソファとテレビの距離が遠すぎて落ち着かなかったり、ダイニングテーブルの周りに無意味な動線ができたりする。
数字上の広さを優先した結果、家具のレイアウトが決まらず、ただ広いだけの散漫な空間ができあがるケースが後を絶ちません。
それは、こだわりじゃなくてSNSの洗脳かもしれません。
体育館のような寒さ
空間の容積が増えれば、当然ながら空調の効率は落ちます。
最近の住宅は気密性や断熱性が向上しているとはいえ、天井が高く広いリビングはそれなりのエネルギーが必要です。
家族団らんのために用意したはずの広い空間が、どことなく寒々しく、居心地の悪い場所になってしまっては本末転倒です。
スマホが生む壁
家族が同じ部屋にいるのに、会話がない。
同じ空間に集まっているはずなのに、目線はそれぞれ別の方向に固定されている。
広すぎるリビングは、互いの気配を消すのに十分な距離を確保できてしまうので、物理的には一緒にいても、心理的には個室にいるのと変わらない孤立を生むことがあります。
みんなで大画面テレビを見ると言った団欒のイメージはもうリビングにはありません。
狭さが生む自然な会話
あえてリビングをコンパクトにするという選択肢もあります。
コンパクトであっても、窓の配置や天井の高さにメリハリをつければ、窮屈さは感じません。
むしろ、物理的な距離が縮まることで、家族の視線が合ったり、相手の息遣いが伝わったりする。
狭さは不便さではなく、家族の体温を感じるための工夫になり得ます。
本当に必要なのは、床面積の広さではなく、家族が心地よい距離感です。
広さ=幸せではない
モデルルームのような見栄えの良い広さや、他人に自慢できるトークを追い求めるあまり、そこで過ごす時間の質がおろそかになりませんか?
図面の上の数字から一度目を離して、自分たちが本当に落ち着く距離感について家族で考えてみる必要があります。
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その時は写真もUPしますね。