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第6話:歪んだ贖罪の檻(記録No.026)|前編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱|水平思考ゲーム

はじめに

1話はこちらから

前回のお話はこちらから

本編

【前編:鏡の表(おもて)】

男は、泣きそうな顔をしていた。

けれど。

その口元だけが、どこか安心したように緩んでいる。

「……彼、独りだったんです」

男は俯いたまま言った。

「会社でも、ずっと浮いてて」

「誰とも馴染めなくて」

管理室《0番の仕切り》。

白い静寂の中で。 
男の声だけが、妙に湿っていた。

ニナは、ティーカップを見つめている。

紅茶の色が、おかしい。
透き通った赤褐色。

そのはずなのに。

今の彼女には、濁った泥水にしか見えない。

(……薄い)

(色が、死んでる)

「聞いていますか?」

男が身を乗り出す。

「俺の部署で、大きなミスがあったんです」

「俺の指示だった」

「でも……責任を被ったのは、部下でした」

男は、唇を噛む。

「彼、若かったんですよ」

「真面目で」

「……耐えられなかったんでしょうね」

沈黙。

「屋上から、飛び降りました」

白い部屋に。
その言葉だけが、重く沈んだ。

男は両手で顔を覆う。 
肩が、小刻みに震えている。

「俺のせいなんです」

「だから……償おうと思った」

指の隙間から、濁った声が漏れる。

「なのに、警察は俺を疑ってる」

「俺は、あの子を救いたかっただけなのに」

ニナは、ゆっくり顔を上げた。

男の顔色が、ひどく褪せて見える。

「……あなたのその“優しさ”」

温度のない声。

「本当に、優しいものなのか」

「確かめましょう」

チャリ……。

腰の鍵束が鳴る。

ニナは引き出しを開け、一枚のタイルを滑らせた。


【標本No.026:贖罪】
不注意で、一人の命を奪ってしまった男がいた。
彼はその後。
あえて、同じような事件を三度繰り返した。
凄惨な結果を前にして。
男は涙を流しながら、こう呟いた。
「これでいい」
一体、なぜ?

男は目を細めた。

「……俺と似てる」

「でも、三回も?」

「ただの殺人鬼じゃないですか」

「問いなさい」

ニナは瞬き一つしない。

「あなた自身が」

「何を“償い”だと思っているのか」

男の眉が、わずかに歪む。

「……最初の犠牲者は」

「男の恋人?」

いいえ
「家族?」

いいえ

「じゃあ……目撃者を消した?」

いいえ
否定だけが積み上がる。

男は苛立ったように息を吐いた。

「意味が分からない」

「なんで三人も増やす必要がある?」

沈黙。

ニナは、静かに言った。

「男にとって」

「それは“救済”だった」

男の喉が、ひくりと鳴る。

空気が、少しだけ冷えた。

(前編・了)


【後編へ続く】



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