第5話:フィルター越しの断頭台(記録No.016)|前編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱|水平思考ゲーム
はじめに
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本編
【前編:鏡の表(おもて)】
ある男が、転がり込んできた。
息が荒い。
靴音が、やけに響く。
白すぎる部屋のせいだ。
「頼む……助けてくれ……!」
声が割れている。
「何もしてないんだ、俺は……なのに――」
言葉が詰まる。
喉が、恐怖で締まっている。
「……あいつは、狂ってる」
ニナは、紅茶を見ていた。
もう、冷めている。
「座って」
短い。
温度のない声だった。
男は従う。
だが視線は落ち着かない。
壁を、天井を、出口を探している。
「ストーカーなんだ……!」
今度は早口だった。
「夜になると、いるんだよ。向かいの通りに」
「ずっと、こっちを見てる」
ニナは、ようやく顔を上げた。
翡翠色の瞳が、男を捉える。
「それで?」
「警察を呼ぼうとした。でも――」
男は自分の手を見る。
「スマホが……真っ白になって」
「気づいたら、ここにいた」
沈黙。
ニナは引き出しを開ける。
金属音。
取り出したのは、一枚のタイル。

「……その怯えには、これが効くわ」
彼女は、それを滑らせた。
【標本No.016:ピースサイン】
ある昼下がり。
女が窓の外を見ると、男がいた。
男は、指を立てていた。
その瞬間、女は自分の死を予感した。
なぜか。
「……なんだよ、それ」
男――拓海が眉を歪める。
「答えなさい」
「あなた自身のために」
ニナの視線は、逃がさない。
拓海は舌打ちし、思考を回し始めた。
「……知り合いか?」
「いいえ」
「武器は?」
「いいえ」
「仕掛けか?」
「いいえ」
否定ばかりが積み上がる。
拓海は苛立ち、爪を噛む。
「……馬鹿な女だな」
ぽつりと漏れた。
「昼間に窓開けて、外見て」
「覗かれても文句言えねえだろ」
空気が、止まる。
ニナは、何も言わない。
ただ。
その指先を、見ていた。
擦り切れた皮膚。
画面をなぞり続けた指。
「……続けなさい」
その一言だけが、落ちた。
拓海の呼吸が、わずかに乱れる。
(前編・了)

【後編へ続く】
