第2話:死を刻む蓄音機(記録No.013)|後編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱
はじめに
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本編
【後編:鏡の裏(うら)】
「……ちょっと、あり得ないわ。誰もいないのに声が聞こえるなんて」
私は思わず声を荒らげた。
保ってきたはずの「穏やかな日常」が、指先からこぼれ落ちていく。
目の前の少女の、何もかもを見透かしたような「無言」が、私の内側にある澱(おり)を無理やり掻き回そうとしているように感じて。
「もっと現実的に考えなくては……。その声は、生身の人間が出していたもの?」
「いいえ」
「……では、何かの装置? 音を出すための道具が、部屋に遺されていた?」
「はい」
「……装置。まさか、録音? お母様は、自分の声を録音していたというの?」
「はい。……答えを、どうぞ」
【真相の標本】
「【正解】は……お母様はとうの昔に亡くなっていて、聞こえていたのは『録音された声』だったから……」
自分の口から出た答えに、私は激しい眩暈を覚えた。
「引きこもりの母親は、娘と顔を合わせるのが面倒になり、自分の声を録音して、決まった時間に再生されるよう設定していたの。
……けれど、その直後に母親は急死してしまった。少女は、機械の電池が切れるまで、死体に向かって数年間も食事を運び続けていた。
……滑稽な話だと思わない?」
ニナの声は、どこまでも平坦だった。
私は、持っていた布バッグを床に落とした。
「狂ってる……。そんなの、ただの機械じゃない。愛なんてどこにもないわ!」
けれど、ニナはゆっくりと立ち上がり、白手袋をはめた指先で私の顎をすくい上げた。逃げられない強さで、彼女のガラス玉のような瞳が、私の心を見透かす。

「……あら、そうかしら?」
ニナが、私の耳元で氷のように冷たく囁いた。
「標本No.013の少女は、機械に騙されていた。
……けれど、芳江。あなたはもっと『優秀』ね。
母の死を隠し、自らの声で母を模写し、一人二役の会話を続けることで、腐りゆく死体に『生』を与え続けている」
「な、何を……」
「このバッグから漂うのは、手料理の匂いではないわ。
ホルマリン……標本を腐らせないための、薬品の匂い。
あなたが愛しているのはお母様ではなく、『献身的で正しい自分』であり続けるための、動かない人形でしょう?」
「あ、ああ、ああああああ……っ!」
私は悲鳴を上げ、自分の靴音に追いかけられるようにして部屋を飛び出した。
【エピローグ:管理官ニナの記録】
相談者が去った後の部屋に、また元の静寂が戻る。
床には、彼女が忘れていった「愛」の残骸――薬品の匂いが染み付いたバッグが一つ。
私はそれを拾い上げ、中身も確認せずに近くのゴミ箱へ落とした。
今の彼女にはもう、これを持つ資格なんてない。
「……編集長。今日の標本も、なかなか綺麗な『ひび割れ』を見せてくれたわね」
私は独りごちながら、飲み残した冷めた紅茶を一口含んだ。
自分の正義を演じるために、他者の死さえも利用する人間。
その毒の味は、どんな冷めた紅茶よりも、私を冷たくさせる。
チャリ……。
私は引き出しを閉め、鍵をかけた。
記録No.013。死を刻み続けた蓄音機と、その回転を止められなかった女の記録。
「さて……次は、どんな不幸が、この扉を叩くかしら」

