第6話:歪んだ贖罪の檻(記録No.026)|後編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱
はじめに
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本編
【後編:鏡の裏(うら)】
(救済……?)
男の額に汗が浮かぶ。
(殺すことが?)
「……最初の犠牲者」
「子供ですか?」
「はい」
その瞬間。
男の呼吸が、止まった。
ニナは、翡翠色の瞳で男を見ている。
逃がさない。
底まで、覗き込むように。
「……男は」
「その子供に、同情していた?」
「はい」
「独りで死んだことを、可哀想だと?」
「はい」
沈黙。
パズルの輪郭が、浮かび始める。
男の唇が、震えた。
恐怖。
あるいは――理解の快楽。
「……まさか」
男は、ゆっくり笑った。
「独りじゃ……可哀想だったんだ」
「だから……」
その声は、どこか優しかった。
「向こうで遊べるようにしてあげた」
静寂。
ニナは、何も言わない。
ただ。
男を見ている。
「……友達を」
男は安心したように頷く。
「作ってあげたんだ」
【真相の標本】
【正解】
男にとって。
追加の三人は、
最初の子供への“供え物”だった。
孤独に死んだ子供が、
あの世で寂しくないように。
遊び相手を、増やしてあげたのだ。
沈黙。
そして。
男は、ぽつりと呟く。
「……やっぱり」
その顔には、安堵が張り付いていた。
「間違ってなかった」
ニナは、目を細める。
男は、嬉しそうに笑った。
「俺も、同じなんです」
「彼を、一人で地獄に落とすなんてできなかった」
「だから……他の部下たちも」
「ちゃんと追いかけられるようにしてあげた」
空気が、凍る。
「ミスを偽装して」
「会社から追い出して」
「壊して」
男は、幸福そうに呟く。
「これで、独りじゃない」
「向こうで、ちゃんと遊べる」
「俺は――」
男は、涙を流しながら笑った。
「優しい人間なんだ」
狂気だった。
自分が独りで罪を背負う恐怖から逃げるために。
無関係な人間を。
“友達”に変えた。
ニナは、ゆっくり立ち上がる。
白手袋の指先が。
静かに、男を指した。
「……本当にそうね」
「独りで罪を抱えるのが怖くて」
「他人を道連れにして」
「それを“愛情”と呼ぶ」
翡翠の瞳が、冷たく光る。
「あなたほど」
「醜く、臆病な化け物はいないわ」
男の笑顔が凍りつく。
「違う……!」
「俺は、彼を想って――」
チャリ……。
鍵束の音。
その瞬間。
男の肉体が、文字列へと崩壊し始めた。
「ぁ――」
悲鳴がノイズへ変わる。
文字。
記号。
断片。
それらは薄いガラスタイルの中へ吸い込まれていく。
「チェックメイト」
バタン。
引き出しが閉じた。
静寂。
完璧なまでの、白。
【エピローグ:管理官ニナの記録】
終わった。
標本は、また一つ増えた。
ニナは、紅茶を見る。

色が、ない。
赤も。
黒も。
世界そのものが、
くすんだ膜に覆われている。
(……また、失った)
その瞬間。
脳裏に、ノイズが走った。
――血。
真っ赤だったはずなのに。
今はもう。
黒い染みにしか見えない。
その海の中で。
無数の人影が倒れている。
白い手袋。
血に濡れた指先。
私は。
それを見下ろしている。

『これでいい』
笑っていた。
涙を流しながら。
満足したように。
息が詰まる。
ニナは、思わずスカートを握りしめた。
「……ぁ……」
乱れた吐息。
感情を失ったはずの身体が、
わずかに震えている。
(あの男と……同じ?)
(私も……)
(誰かを、道連れに――?)
視線が、引き出しへ落ちる。
白い壁。
整然と並ぶ、無数の記録。
その光景が。
一瞬だけ。
巨大な棺棚に見えた。
「……編集長」
声が、かすれる。
「私は……」
「何を、閉じ込めているの……?」
答える者はいない。
ただ。
色を失った世界で。
腰の鍵束だけが、
チャリ……と静かに鳴った。
(第6話・了)
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