じっとこっちを見ている
――でも、だめ。帰してあげない。
「う……ぅ」
――お別れするときは笑顔で、って決めてるの。
「おねがい……帰して……どうか……」
かすれた声で、それだけを哀願する。壊れた人形のように、それだけを繰り返す。
この美しい世界で息をしている一分一秒が耐え難かった。
――帰って、それからどうするの?
「死ぬまで、戦います……」
――できるの?
「やります」
やれるはずだった。血に刻まれた規律が、フィンを戦闘機械にしてくれる。苦しむ心や、悲しむ気持ちを押し潰し、セツ人の敵を殺すこと以外何も考えない存在に変えてくれる。
オブスキュア王国という逃げ道を永遠に断たれれば、この柔弱な魂は自重で潰れ死に、後には軍人としての外殻だけが残る。
そうしてカイン人を殺して殺して殺しつづければ、いつかははうえが笑ってくれる。そう思うだけで、十分だった。
――わかった。それなら、わたしを殺しなさい。
衝撃的な耳打ちに、目を見開いた。
「なに、を……」
――わたしが死ねば、召喚は解除されるわ。そうすれば、フィンくんは魂の引力に引かれて、元の世界に帰れる。
「そんなこと、できないであります!」
――どうして?
「どうしてって……!」
――できなければおかしいはずよ。
この人は一体何を言っているんだ――と思いかけて、直後に言わんとする意味を悟る。
そんな。それは。
――ぐんじん、っていう身分について、くわしく知っているわけじゃないけれど、場合によっては非情な決断をしなくてはならない人々だってことはわかるわ。フィンくんの世界は、とても厳しい状況で、どうしても取りこぼしてしまう命がある。それを呑んで、前に進まなくてはならない。
やめて。それだけは。お願いだから。どうか。
その先だけは、言わないで。
――わたしはあなたの軍務を阻む最初のひとり。あなたはこれを排除する義務があるはず。
――わたしひとり切り捨てられないで、軍人なんて務まるの?
「ぁ……ぅ……ぁ……」
喉かふさがった。黒く腐れてゆくような恐怖が全身を這い回った。
「ぁ、あ、あああ、ぁ……」
膝枕から頭を滑り落とす。立ち上がって逃げようとするが、足腰に力がまったく入らなかった。ミミズのように無様に地面を這い進む。
怖かった。彼女が怖かった。戦力において自分の千分の一以下のはずの少女が怖かった。これ以上彼女の言葉を聴いたら、きっと自分は壊れてしまうと思った。
だが、四肢に力が入らなかった。動こうとするたびに、関節を冷たい悪寒が走り、どうしても力を込めることができなかった。
「はっ……はっ……」
彼女の言の正しさが、フィンの肺腑を軋ませた。
そうだ。軍人であろうとするならば、元の世界に帰って無辜の民を護ることは義務である。
そして、背後の少女は、義務の履行を明確に自分の意志で阻んでいる。
ならば、その排除――殺害もまた、義務である。
彼女一人の犠牲で、これよりフィンが救う人々の命を購うのだ。安い買い物である。
震える首を巡らせ、少女を見返す。
正座のまま、ぼんやりと底知れぬ光を宿した瞳が、こちらを見つめていた。
じっとりと。
フィンには理解不能な感情を立ち上らせて。
「ひッ、ひぃぃぃ……!」
あの眼だ。あれが、こちらを、こわす。
致命的な矛盾をもって、フィンの生きる道を否定する。
恐ろしいものに追いかけられる悪夢のように、手足は萎えて動かない。
――殺すしか、ないのか。
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