死が二人を分かつとも
沈黙が一同を包み込んだ。
まず、魔王第四柱の言葉が事実である保証はない。
「ギデオンどの。どうなのだ。魔王第四柱との間に、なにかこう、超常的な繋がりなどは感じるものであるか?」
「……感じると言えば感じるが……よくわからぬな」
「ほ、本当だ! 他のアンデッドならばいざしらず、余が直接祝福を施したる幽鬼王が、余の崩御に影響を受けぬはずがなかろうが! 余とそなたは、そなたとスケルトン以上に密接な関係にあるのだ!」
なにやら余裕ぶった態度をかなぐり捨て、必死に言い募るギアラドゥナ・ガリュンルガプ。
その言を、完全な虚偽と断ずる根拠がなく、皆動きあぐねる。
「陛下、再封印などはできないものでしょうか?」
「むずかしいわね、リーネ。始祖アウラリスがどうやって魔王を封じたのか、詳細は伝わっていないの」
ふぅ、と総十郎はため息をつく。
「致し方なし。小生、封じの呪法にはいさゝか心当たりがあり申す。人身御供が必要となるが、これは小生自身が務めるとしようか。」
「そ、そんなのぜったいダメでありますよ!! ぜったいぜったい、ダメでありますっ!!」
「そうは言うがな、フィンくん……」
「――もういい。私がやる」
その断固とした声に、皆がはっとギデオンの方を見やる。だが、そこには不浄の幻炎の残滓があるばかりだった。
「な、貴様、よせ! 話を聞いていたのか!!」
ギアラドゥナの頭を掴み、持ち上げるギデオン。
息を呑む一同に、彼はちらと振り返る。
何か言おうと口を開き、しかしそのまま口を閉じた。何かを振り切るように目を閉ざし、そして自らの神祖に向き直る。
「あるいは貴様には感謝すべきだったのかもしれない。私という愚かな魂に、無為なる罰を与えてくれたという意味で」
「そ、そうだろう! そう思うのなら手を離せ!」
「――だが、貴様がこれ以降も存在を続け、私のシャラウやシャイファやシャーリィに危害を及ぼす可能性がわずかでもある以上、ここで貴様を殺さない選択肢は私の中にはないのだ。死ね」
無数の剣閃が迸り、変異した腐肉を細切れに分解した。
烈火の一撃を耐えきるのに力のほとんどすべてを使い果たしていたギアラドゥナは、金切る絶叫を上げて黒い瘴気と化し、蒸発していった。
それが、神代より生き続けた怪異にして、すべてのアンデッドの祖たる存在の、最期であった。
「ギ、ギデオン、どの……」
フィンが、呆然とギデオンに歩み寄る。
幽鬼王の脚が、体重に耐えかねたのか、突如砕けた。
「ギデオンっ!」
女王シャラウが駆け寄り、倒れ掛かるギデオンを抱き留めた。
崩壊を始めたその肉体からはすでに瘴気は失せ、ただの無力な屍も同然となっていた。
「シャ……ラウ……」
ギデオンは、ひび割れゆく顔に、ばつの悪そうな想いを浮かべた。
「私は……謝らない、ぞ……」
「もうっ、ばかっ」
細い肩を震わせながら、シャラウは最愛の男を抱きしめる。
今にも崩れそうなその体を、少しでも長く形を保とうとするかのように。
だが、手足の末端から順に崩壊は進んでゆく。朽ちた土くれのごとく、脆く、儚く。
「なんとなく、こうなるんじゃないかなって、思ってた。なんだか、うまくいきすぎていたもの」
「多くを間違えてきた私だが……それでも、最後には、本当に君たちのためにこの命を使うことができた……それとも、私は、またおかしなことを、したのだろうか……? また君を、困らせているのだろうか……?」
「いいの、そんなことは。どうか、最期に、抱きしめて。あなたの腕が、崩れ落ちてしまう前に……!」
破片を剥落させながら、ギデオンの腕はシャラウの背に回された。
「好きよ。ギデオン。この一瞬を、わたしのなかで永遠にする。だから、あなたは死なないの。いまここが、永遠だから」
「シャラウ……それは、ダメだ……魂の時間を止めてはいけない……それでは、私と同じになってしまう……」
ギデオンは、不思議と満ちたりた顔で、最愛の女に頬を寄せた。
「これは悲劇ではないんだ。ただ、収まるべきところに収まるだけの話だ……ほんのひとときの別れなのだから……悲しむことは、ないんだよ……」
「ちちうえっ!」
シャイファとシャーリィも、左右からギデオンに抱きつく。
「あたし、父上のこと、絶対忘れないよっ! だから、父上も、幽世であたしたちのこと、ずっと見守っててね……!」
同時にシャーリィも、父の耳元で何ごとかを囁きかけている。
「ああ……ああ、そうだな……私も、幽世でもお前たちのことを想っている……二人とも、本当に綺麗になったね……いつまでも姉妹仲良く……だがたまには喧嘩もしなさい……そして母上を支えてあげておくれ……」
「うん……うん……っ!」
そこで、ギデオンは目を見開く。
「お……お、お……」
視線の先には、直前までこの場にはいなかった人影があった。
翡翠色の幻影が、揺らめきながら美しい娘の姿を形作っている。
困ったように微笑みながら、ギデオンに歩み寄り、手を差し伸べた。
「……私を……許す、のか……? ……また……笑ってくれるのか……? ……迎えに来て、くれたのか……?」
目に透明な雫が溜まり、揺れる。
「これが……私の都合のいい幻覚だったとしても……もしそうだったとしても……構わない……」
すでに肘から先が崩落した腕を、精一杯伸ばす。
「……よかった……また顔を見られて……お前の笑顔が見たくて……私は……百年……彷徨った……よかった……本当に……」
ゆっくりと、眠るように目を閉ざす。
崩れゆく頬を、静かに光るものが伝っていった。
「……逝こうか、シャロン……」
ヒビが全身に広がり、音もなく砕け散った。星屑のように煌めきながら、風に流されてゆく。
誰よりも愛深きゆえに愛に背を向けたる闇の英雄は、この世を去った。
彼の最愛の者たちが、それを見送った。
そうして、翠色の幻影は、現れた時と同じく唐突に姿を消した。
「彼から、シャロン殿下の風貌は詳しく聞いていたからね。この土壇場で、最高の作品を紡ぐことが、できたみたいだ」
肩を震わせながら、トウマ・クジミヤは独りごちた。
「僕は、彼の救いに、なれたかな……僕の作品は、人を救えたのかな……っ」
「はい……きっと……」
シャラウは目尻をぬぐい、透明な悼みと救いを込めた眼差しでトウマを見やった。
「あの人はきっと、最期は救われました……本当に、ありがとう、トウマさま」
その言葉に、トウマは両手で顔を覆って呻いた。
「さよなら、ギデオン。僕のともだち」
「トウマどの……!」
すでに泣き腫らしたフィンが、トウマに抱き着いた。
それを皮切りに、さめざめとした嗚咽がその場を満たした。
オブスキュアの動乱は、かくして終結した。
システムメッセージ:サブキャラ名鑑が更新されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#6【ギデオン・ダーバーヴィルズ】◆戦◆
六百七歳 男 戦闘能力評価:A+
〈鉄仮面〉。最高位アンデッド。シャーリィの父親。
大規模なオーク侵攻の首謀者。オブスキュアはロギュネソスの属州となるべきであるという政治的主張のもとに、オーク侵攻によってロギュネソスの介入を誘発し、そのまま併合させようとしている。自らの第一子であるオブスキュア第一王女シャロンが、我が子を喪った悲痛から命を絶った経験より、調和を重んずるあまり個々人の幸福を軽視する現体制に違和感を持ち、出奔。エルフ社会に子を成す自由をもたらすために暗躍する。オブスキュア史上最高峰の剣士であり、しかも帝国で神統器〈黒き宿命の吟じ手〉に選ばれる。加えてレイスロードとしてアンデッド化しており、霊体化や瞬間移動といった能力までも使いこなす。
所持補正
・『カリスマ』 自己完結系 影響度:A+
理屈では説明しがたい威厳。ギデオンと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。重厚に積み重なった人生経験と、威厳に満ちた風貌により、オークすらとりあえず話ぐらいは聞くかという気にさせられる。
・『殉愛の孤独』 因果干渉系 影響度:A
誰よりも愛深きがゆえに、愛する者たちから遠く離れた生を送るさだめ。愛に殉ずる限り、あらゆる戦闘の勝率が大幅に上昇する。
・『死が二人を分かつとも』 因果干渉系 影響度:S
生涯ただ一人の女を愛し、その者を庇って死するさだめ。
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