歪律領域・死斑庭国
「ギデオン……おぉ、ギデオン。愛しき我が眷属。主の功にどう報いればよいのか、余は少々頭を悩ませておる」
「なんだと。貴様は一体……いや、まさか、」
「わずか百年でよくぞここまで……主の甘露なる絶望を見込んだ、余の目に狂いはなかったということか」
「魔王、第四柱……!」
総十郎は双腕をしならせて多数の霊符を放射。皆を囲むように配した。
不浄を退ける死霊符と生霊符だ。
「不染世間法如蓮華在水、東西南北中央龍王名――」
「しかし主に褒美を取らせる前に、野暮用を片づけねばのう……何やら珍妙な生者どもが蠢いておるわ。おぉ、おぞましい。死にゆく定めから目を背けて浅ましく生を貪るは罪悪と知れ」
骨がこすれ合う音とともに触腕たちが不浄の幻炎を宿した。
「ギデオンどの! 我らより離れよッ!」
「むっ……!」
「奏でよ死想。紫紺の帳――」
呪うように。祈るように。深く低い祝詞が広がってゆく。
「人は生きるためにある。命は終わらぬためにある。死後の救いに意味はなし」
四方に満ちるは拒絶の意。
「死は摂理にあらず。死は必然にあらず。蘇って何が悪い? 不死となって何が障る? 誰が決めた? 一体誰が?」
声が孕むは真理への疑義。
「眼を開き、真理を識れ。死を美化するなかれ。その先に救いも報いもありはしない。得られるものなど、ありはしない!」
詠われるのは救世の願い。
「刮目せよ、死するさだめに囚われている限り幸福などあり得ぬと言う真実を――!」
多数の触腕が曼荼羅のごとき紋様を空中に描き出す。
「歪律領域――死斑庭国」
突発的な事態ゆえに、禁厭法のような大儀式をしている暇はない。
総十郎が守護符による結界を発動させると同時に、それは押し寄せてきた。
生者を不死者へと造り変える法。永遠の静止こそが救いであるとする狂った願望。
ほとんどゲル状の濃度を持った瘴気が、粘菌のごとく空間を侵食してゆく。
「方々、一歩も動いてはならん――!」
そして――接触。球状に形成された破邪の結界を、魔王第四柱の歪律領域が取り囲んだ。
これはギデオンから漏出する瘴気とは比較にならない。触れただけで即座にアンデッドに変容させられる。矛盾相克する法の衝突に、空間が軋みを上げた。
まるで腐敗液の海の中をガラス越しに見ているかのようだ。球面には助けを求める亡者の姿が一瞬浮かんでは消えてゆく。男がいた。女がいた。老人がいて、子供がいた。あるいはそれ以外の奇妙な特徴を持つ人型種族の姿も浮かんでは消えていった。皆、苦悶に喘ぎ、解放を求めていた。
〈屍毒の継嗣〉の歪律領域に魂を囚われた者たちの、それが末路だった。
――いかにして処すべきか。
「おやおやおや、なにやら奇妙な術を使う者がいるようだ。おぉ、なんといじらしい。自らと友の命を守るがために必死で力を振り絞っておる。死は厭わしいか? 恐ろしいか? そうだな、それはまったく正しい感想である。わかる。わかるぞ。そうとも、心弱き者ほど死とやらに高尚な意味を付与して恐怖から目をそらそうとする。まったくさもしい在り方よ。そのような気休めで救いなど得られる道理などなし。死とはことごとく無意味なり。されど生きている限り死を克服できぬというのであれば、もはや生死流転の理を脱却するより他になし。我が抱擁を受け入れよ、愚かで哀れな人げ「はいドーン」
爆音!!!!
べきょ! とか、めきょ! みたいな音が後に続き、視界が急激に晴れる。
総十郎は思わず沈痛な面持ちで眉間を揉み解した。
「ガッ……ぐッ……え……?」
べしゃり、と床に何かが転がった。下半身の千切れた、皮膚のない人型だった。
直後、その周囲に巨大な骨の破片が轟音を立てて落下。
「うぉっ、すげぇ!!!! 蒸発してない!!!! けっこう本気で殴ったんだが、マジか……」
「な……え……な……!? 何が……起こって……!?」
「俺のマジ殴りがクリーンヒットしてまだ喋れるとかお前よくわからんけど割と真面目にこの世界で一番耐久値あるかもしれんわ、誇れ誇れそして死ね」
拳を打ち下ろさんとする烈火。
「ま、待て!! 余を滅せばそこのギデオンも共に滅するぞ!! いいのか!?」
「え」
ぴたりと動きが止まる。
その指がおもむろにこめかみを掻き、微妙な顔をこっちに向けてきた。
「えー……っと?」
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