第五章:番外編の番外編(スクラム)
第一章はこちら:第一章:特定部位
一連のラグビー話からは少し外れるが、
せっかくここまで付き合って読んでもらっているので、
最低限 “ラグビーについてちょっと詳しい気分” になれる話をしておこうと思う。
このまま本編を進めたら
「マジで壊れた人間の集団」
という印象しか残らないだろうし──
まあ、正しいんだけども。
一応補足は必要だ。
■ スクラム
スクラムというのは、簡単に言うと
8対8で首と背骨を押し合わせる拷問競技
である。
逃げ場がない。
一度組んだら最後、
相手の全重量がそのまま首と背中にかかる。
前列の3人(1番・2番・3番)は特に負荷が逃げない
位置にいる。
前からも後ろからも押される、
闘球という狂ったゲームを発明した神々に
なぜか捧げられた魂たち。
スクラムの最中には、
「くぅっ……」とか
「あぁっ……んっ」
みたいな、
暑苦しい漢どもが出しているとは思えない声が普通に
聞こえてくる。
いろいろと察してほしい。
■ 「名前を呼ぶことが許されないあの方
(略称不可)」との合同練習
我々のチームは毎週水曜日、
“名前を呼ぶことが許されないあの方(略称不可)”が
キャプテンを務める社会人リーグ上位チームと合同練習を
していた。
以降この方を
「名前を呼ぶことが許されないあの方(略称不可)先輩」
と呼ばせていただく。
略称不可なのは完全に俺の事情だ。
この人の名前を軽く略したり茶化したりすると、
夢の中に “あの笑顔” が出てきそうで、
俺の精神では処理しきれない。
申し訳ないがご理解いただきたい。
■ 首捕り過ぎ問題
さて、その社会人チームでも当然スクラム練習はある。
俺は3番なので、対面は相手の1番になる。
その1番──
高校生チームの首を捕りすぎて、
ラグビーを続けられない体にした前科がある人
だった。
ここを詳しく描くと先方に迷惑がかかるので控えるが、
ひとつだけ言うと “首を捕る” とはスクラムにおける体技の
ひとつだ。
· 相手の頸部に頭をねじ込み
· 重心を奪い
· 身動きを取れなくし
· そのまま押し潰す
……文字にすると、完全に狂気である。
3番は位置的に逃げ場がない。
ここで“首を捕られる”と、本当に命に関わる。
■ “濃縮還元前”
「名前を呼ぶことが許されないあの方(略称不可)先輩」の
社会人チームは、大学を卒業してもまだラグビーがやりたくてたまらない連中の集まりだ。
当然、我々のOBも多数所属している。
言うなれば──
還元前の濃縮ジュース。
ラグビー純度100%の集合体。
しかも “あの方” は、
プロップをやったと思えばフランカーもやるし、
気づけばウィングにもなっているという
意味不明なマルチロールで暴れていた。
ラガーマン中のラガーマン。
あれがまだ人間の形をしているのが不思議なくらいだ。
■ 逸話①:はんちゃん
俺の同期に「はんちゃん」(仮称)がいる。
はんちゃんは、この先輩にたいへん可愛がられていた。
飲み会の席ではなぜか先輩の膝の上に載せられ、
底の抜けたジョッキのような飲みっぷりで
ビールを浴びせられていた。
ある時、限界がきたはんちゃんが言った。
「名前を呼ぶことが許されないあの方(略称不可)さん……
すみません……吐きそうです……」
すると、
あの死んだ目で常に微笑んでいる先輩は、
両手のひらをそっと上に差し出して言ったという。
「はんちゃ〜ん……ここに吐けぇ……」
……この人は島津豊久の生まれ変わりだと思う。
■ 逸話②:指もぎり
ラグビーでは、揉みくちゃになりながらボールを奪い合う
場面がある。
普通はボールを奪う。
だが、この先輩は違う。
ボールを指ごともぎってしまう。
粉砕された指を見た相手は、
その瞬間に戦意を失う。
もしこの先輩が間違って、
「首置いてけぇ……なぁ……首置いてけぇ……」
などと言い出した日には、
俺はその場で自分の首を差し出してしまうだろう。
■ 結論:
以上が、スクラムの“基礎説明”だ。
……相当マイルドにしたつもりではある。
ただひとつ言えるのは、
スクラムは、優しさでは組めない。
狂気と献身でしか耐えられない。
そして俺は、
そんな世界のど真ん中で、
首を壊しながら、
なぜか燃えていた。
第六章はこちら:第六章 ラインアウト
(公開前の場合があります)
■ この記事出版されています
本シリーズにオリジナル短編を加えた書籍版を刊行しています。
まとめて読みたいと感じていただけた方がいらっしゃいましたら、手に取っていただければ嬉しく思います。
書籍では、大学時代のラグビーの記録に続き、その後のMBA留学に至るまでの物語を一つの流れとして収めています。
また、オリジナル短編7編は書籍限定収録となっています。
ご関心があればご覧いただければ幸いです。
紙版(1518円)
Kindle版(780円:)
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださってありがとうございます。
サポートは、今後の制作を続けるための大きな力になります。
無理のない範囲で、応援していただけたら嬉しいです。