第一章:特定部位
大学一年の冬。
サッカー部に入ったもののうだつも上がらず、遊び惚けて
いた俺は、図書館の静かな通路で一人の先輩とすれ違った。
やたらと丸っこい顔で、漫画からそのまま出てきたような
雰囲気の人だった。
そして──その体の “ある一か所だけ”、どう考えても
人間の標準から外れた部位があった。
どうやったら、ここだけそんな膨れ方をするんだ?
失礼だと思いながらも、俺の視線は先輩の顔とその部位を
往復してしまった。
そんな俺の挙動に気づいたのか、先輩はふわりと笑って
言った。
「君、いい体してるね? 何かしてたの?」
声は驚くほど柔らかい。
なのに全身がビリッとするような圧があった。
大型の捕食動物に正面から見据えられたときの、あの
“逃げ場のなさ” に近い。
……ラグビー部の先輩だった。
あまりに特徴的なその部位は、敵チームからも
「そのピーッ(特定部位)抑えろ!」
と叫ばれるほどだったので、この本ではこの先ずっと
「特定部位先輩」 と呼ぶことにする。
「そうなんだ、柔道やってたんだ。ラグビーしない?」
「いや……すみません。俺サッカー部なんで……」
「そっかそっかぁ。サッカー部か。○○君
(サッカー部の副部長)知ってるよ」
「あ、知ってるんですね……なんで俺はちょっと……」
「あーそうなんだ。了解了解。じゃあまたねぇ」
拍子抜けするほどあっさり引いてくれた。
(ラグビー部の勧誘って、もっとぐいぐい来るもんだと
思ってた)
当時の俺は本気でそう思っていた。
──が、あの時の俺は甘かった。
図書館での “なんでもないすれ違い” が、
まさか自分の大学生活を丸ごと変えることになるなんて、
あの瞬間は一ミリも想像していなかった。
翌日。
俺は「いやいや、俺はサッカー部だし」と自分に言い聞かせながら、久しぶりにサッカー部の練習へ顔を出した。
練習場に着いた瞬間、副部長の○○君が、朝の挨拶くらいの軽さで言った。
「あれ? お前ラグビー部入ったんじゃなかったの?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「いや入ってないっすよ。昨日ちょっと話しただけだし」
俺がそう返すと、
○○君はボールを蹴りながら、興味なさそうに言った。
「ふーん。まあどっちでもいいけど」
その言い方が、妙に胸に引っかかった。
“どっちでもいい”
“お前がどこにいようと興味がない”
そう聞こえた。
俺は別にサッカーが大好きで入ったわけじゃない。
だが、チームにいる以上は最低限の仲間意識くらいは
欲しかった。
そこでふと昨日のことを思い出した。
図書館での、特定部位先輩のあの物腰の柔らかさ。
俺のことをちゃんと見て、
「君、いい体してるね?」
と丁寧に興味を示してくれた、あの感じ。
圧はあったが、
俺という “個体” に対して誠実に向き合ってくれていた。
その対比が、思った以上にデカかった。
(……あれ? もしかして俺、ラグビー部のほうが大事にしてもらえるんじゃないか?)
その瞬間、胸の奥でカチッと何かが切り替わった。
やったことのないスポーツへの好奇心もあった。
自分をちゃんと見てくれる人がいる場所へ、
気づいたら自然と気持ちが傾いていた。
第二章はこちら:第二章 埋められるチップ
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