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第1話|「寄り添います」は、誰のための言葉なのか。【言葉の裏側シリーズ全3話】

「寄り添います」と言われて、
なぜか少しだけ引っかかったことがある。


言葉としては、とても優しい。
むしろ、これほど聞こえのいい言葉も
ないかもしれない。


「あなたに寄り添います」


「一緒に伴走します」


「あなたの気持ちに共感します」

どれも、言われれば悪い気はしない。


でも、ふと考える。


そもそも「寄り添う」って、
具体的に何をすることなのだろう。


最近、そんなことを考えるようになった。


綺麗な言葉を、誰でも使える時代


生成AIが身近になり、
以前よりもずっと簡単に、
整った文章を書けるようになった。


私自身も、生成AIにはかなり助けてもらっている。


自分の頭の中にある、
まだ形になっていない考えを整理してもらったり、
伝わりやすい言葉に変えてもらったりする。


これは本当に便利だ。


だから、
綺麗な言葉を使うこと自体が
悪いとは思っていない。


ただ、少し気になることがある。


それは、

「綺麗な言葉を使えること」と

「その言葉の中身があること」は、

別なのではないかということだ。


「寄り添う」


「伴走する」


「共感する」


こうした言葉は、相手に安心感を与える。


だからこそ、
使う側にとっても便利な言葉になりやすい。


でも、その言葉の裏側を少し掘ってみると、
いろいろな問いが出てくる。


「寄り添うって、具体的に何をするの?」


「どうやって寄り添うの?」


「どのくらいの間寄り添ってくれるの?」


「相手が困ったときには、どこまでやってくれるの?」


「できないことは何があるの?」


ここまで聞いて初めて、
「寄り添う」という言葉の輪郭が見えてくる。


「寄り添う」という言葉に違和感を持った経験


会社員時代、自社のサービスを売るときに、
「寄り添うことが当社の強みだ」
とよく話す上司がいた。


その人は、もともとお客様側にいた人だった。


お客様だった頃に「寄り添ってもらった」
という良い経験があったらしい。


その経験から、「寄り添う」という言葉を
大切にしていたのだと思う。


それ自体は、悪いことではない。


でも、現場にいた私たちは、
その言葉を簡単には使えなかった。


なぜなら、私たちには「寄り添う」と
言い切れるほどの技術やノウハウが、
まだ十分にあったわけではなかったからだ。


もちろん、
お客様のために一生懸命やることはできる。


困っていれば一緒に考えることもできる。


できる限り対応することもできる。


でも、それを「寄り添う」と呼んでしまって
いいのだろうか。


私には、そこに少し違和感があった。


たぶん、その上司にとっては
セールストークとして必要な言葉だったのだと思う。


でも、現場で直にお客様と向き合う我々にとっては、
言葉の重さが違う。


「寄り添います」と言った瞬間、
その言葉に期待が生まれるからだ。


相手の本心を見抜く必要はあるのか


ここから、もう一つの問いが生まれた。


人の言葉の裏には、本心がある。


では、その本心を見抜くことが大切なのだろうか。


特に、HSPや内向型の人は、
人との関係性に敏感だからこそ、
相手の言葉や態度の微妙な違いを気にすることがある。


「この人、本当にそう思っているのかな」


「言葉では共感してくれているけど、本当は違うんじゃないか」


そんなことを考えてしまうこともある。


でも、考えてみれば、
相手の本心なんて完全にはわからない。


本当に共感しているのか。


共感しているように振る舞っているだけなのか。


「共感」という技術を身につけている人なら、
本心では同じ気持ちではなくても、
相手に寄り添うことはできるかもしれない。


それは、必ずしも悪いことではないと思う。


相手を騙す目的ではなく、
その人の役に立つために、
その技術を使っているのであれば、
それも一つのプロフェッショナルな仕事だからだ。


お金を稼ぐことだって同じだと思う。


「お金のためにやっている」と聞くと、
どこか悪いことのように感じる人もいる。


でも、お金がなければ生活できない。


技術やスキルを学ぶための投資もできない。


だから、お金を稼ぐこと自体が悪いわけではない。


大切なのは、
その目的と、実際に何をしているのかだ。


だからこそ、自分の違和感を大切にしたい


そう考えると、
相手の本心を見抜くことに、
そこまで躍起になる必要はないのかもしれない。


むしろ私が大切にしたいと思うのは、

「自分は、今どんな感覚を持っているのか」

ということだ。


「なんとなく引っかかる」


「この言葉、少し大げさすぎないか」


「言っていることと、やっていることが違う気がする」


そんな小さな違和感。


それを「自分の考えすぎだ」と消してしまわないこと。


もちろん、違和感が必ず正しいとは限らない。


勘違いかもしれない。


だから、違和感を持ったら相手を疑うのではなく、
言葉を具体化してみる。


「寄り添うって、具体的にはどういうことですか?」


「伴走するというのは、どこまでやってもらえるんですか?」


そうやって問い直してみる。


すると、相手の真意がわからなくても、
自分がその言葉を信じられるかどうかは、
少しずつ見えてくる。


相手の本心は、わからなくてもいい。


でも、自分の違和感まで無視する必要はない。


私は、「寄り添う」という言葉を
否定したいわけではない。


むしろ、自分自身もこれから「寄り添う」という形で
仕事をしていきたいと思っている。


だからこそ、この言葉を軽々しく使いたくない。


「寄り添う」とは、きっと綺麗な言葉だ。


その言葉を使ったあとに、自分は何をするのか。


どこまで背負うのか。


そこまで考えることなのだと思う。


そして、その問いを突き詰めていくと、
次に出てくるのが「覚悟」という言葉だった。


第2話、第3話はこちら↓


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