初恋みたいな最後の恋をしませんか?_3逢瀬
《前回のお話》
主人公の咲良(さくら)はベーシストの爽(そう)が気になり近付いたが、自分の気持ちに未だ確信を持てない様子の爽から疑問符つきの「好き」を投げられ、次はファンとバンドマンの距離感でいいと考える。しかし、運命の悪戯でふたりは再会するのであった。
バンドのみで食べていけるほど世の中は甘くない、とはいえあまりにも〈きちんとした仕事〉で驚いた。
思わぬきっかけで彼を家に上がらせて、心臓が破裂しそうだが、何か話したくとも当然
「悪い、もう行かなきゃなんだ」
と断られてしまう。
社会人1年目の女ふたりでこのような場所に住んでいること、同居人まどかの趣味で固めたインテリア、ナチュラルメイクに空港ファッション(こう表せば聞こえはいいが自宅であり、ルームウェアに近い)は、爽にどう思われただろうか。
いちいち気に病む時点でこれは恋、と痛感する。
「ありがとうございました」
カードキー紛失の対応が終わり、彼らを見送った後、先日の打ち上げで爽に借りたトレンチコートが脳裏に浮かぶ。
傘代わりに使ったので雨にぐっしょり濡れており、かと言ってすぐに会う訳でもなし、現在はまだクリーニング屋にあった。
「はあ」
玄関で項垂れ、私は何故、悉くチャンスを棒に振るのかなどと落ち込んだ。
ところが、夕方頃SNSを覗くと〈SO〉という爬虫類アイコンのユーザーに『フォローされました』とのこと、フォロワー数から察するにハイローファイ・コラージュのベーシストとしてではなく、プライベートのアカウントだった。
「えっ、どこで見つけたの?」
爽がバンド公式のフォロワーを一覧し、目当ての私を探し出したならば、かなりの執念を感じる。
一定の距離を保ちたくも、あちらが近寄ってきた(うん、私は悪くない)。
しかも最新のつぶやきが『ふたりっきりで会いたい だめかな』に桜の絵文字。
「かーっ、たまらん。いい感じにめんどくさい!」
もしも防犯カメラに映ったら不審者認定されるくらい、独り言とニヤニヤが止まらない。
フォローを返して、ソファの上で悶え、ちゃっかりいいねを押した。
そうしたら、ダイレクトメッセージが送られてきて『咲良ちゃんのアカウントで合ってた?』とわざとらしく確認を取られ、いそいそと予定を決める。
明後日の仕事帰りにお互いの〈中間地点〉で待ち合わせ。恐らくトレンチコートのクリーニングも間に合うだろう。
夕飯の支度をしながら、爽に伝えておきたいことを幾つか考えた。子供でもあるまいし、私たちに待ち受ける未来はただひとつ。
大学4年間、私は同じサークルの好きな男と都合の良い関係をずるずると続け、終いには潔癖気味のまどかに勘づかれて叱られ、その際、構内で騒がれたせいか、彼に「重くてうざいんだよ」と切り捨てられるような地獄を見た。
あの二の舞に絶対なりたくない。従って一先ず、まどかには内緒にする。
思いを巡らせるうちに出来上がったカレーは限りなくスープで、薄まったスパイスが愚かな私を嘲笑った。
約束の日、退勤後、バックヤードにて。当社一番人気のリップカラー、ローズピンクを塗る。
クリスマスコフレの予約が始まったので、最近のメイクは販売促進ゆえ、セットに含まれるアイテムを使うよう上から指示があり、2種類どちらかに絞られた唇の色にも飽きそうな、秋だけに(やかましい)。
ミニストレートアイロンをサラッと髪に通し、ピンクを帯びたカラーコンタクトに変え、チェックのジャケットを羽織り、サテンのボウタイシャツに〈ミディ丈〉のプリーツスカート、フラットシューズ、ミニボストン、ファッショナブルな爽の隣に居てもおかしくない、トレンドを取り入れたコーディネートは私の背筋を真っ直ぐにさせた。
「お待たせ」
午後8時半過ぎ、某駅の改札口付近で左手首の腕時計に視線を落としていると不自然なまでにまともな服装の爽がどういう訳かソフトクリームを両手に持って現れる。
確かに今年は長いこと暑かったけれども、夜は腹が冷えるため「遠慮します」といった選択肢は最初から与えられておらず、観念して大袈裟に喜び、受け取るしかない。
そういえばステージでベースを弾きながら踊り狂う人物。予測不可能な言動に心を乱すようでは仲良くできなかろう。
「俺の勝手に付き合ってくれてありがとう。実は電車の暖房が利きすぎてて参っちゃったんだ。ついつい、白いアイス探し回ったよね」
爽の言葉遣いは優しさに満ちていた。ふわりと落ちてくるそれが温かく、だからと言ってふたつは不要、等のツッコミが吹っ飛ぶ。
向かい合わせで、立ったまま冷たいものを食べ、色気の欠片もなく、微妙な間、きっと周囲に変人だと思われる。
しかし、彼が私を見る目はソフトクリームより甘かった。
「あ、長居はまずいですよね。移動しなきゃ、ほら、ファンの方に……」
恥ずかしくてこちらが沈黙を破ると、爽はコーンの部分をザクザクかじり、鞄のポケットにゴミを仕舞って、答える。
「案外気付かれないし、バレても別に、ね?」
意味ありげに微笑み、続いてマスクをつけた。
ゆっくり私が最後の一口を飲み込むまで待って、今度は小さなペットボトルのホットココアを手渡し、「行こうか」と本当にさりげなく、私が右手首にぶら下げた紙袋(中身はトレンチコート)を持ち、そっと歩くペースを合わせ、エスコートしてくれる。
──昨夜に放ったロクでもないつぶやき『秋冬はココア派』を拾われて赤面した。
一方の爽は「お家知られるのと同時にSNSも漁られて、『会おう』みたいな。俺に好かれてるの、嫌じゃない?」と声を曇らせる。
ひとつ間違えば恐怖を覚えるストーカー。私は単純に嬉しかったが、気持ちを認めたくないがために敢えて素っ気なくして、彼を不安にさせてしまった。
「はい。第一、気まぐれで男性と夜間にお出掛けなんてしませんよ」
またもや滑り出た可愛げのない言葉、脳内反省会が始まる。
ちなみに私たちは現在、映画館に向かっていた。
「そっかー、良かった。打ち上げ以来ずっと後悔してたよ。あんなの印象最悪でしか……やることなすこと、咲良ちゃん相手だと空回りすんだ」
「私も! ですっ」
反射的に顔を上げて話に食い付くと、爽はびっくりしたようにしばらく私を見つめて、徐々に頬を緩ませる。
「わー、かわいくて和む。じゃあ、すれ違ったりしないようにいっぱい喋ろ。何でも聞かせてよ、俺も話す」
横並びでようやく爽との身長差が然程ないことが分かるも、寧ろ胸がときめく。
私とまどかの出会い及び暮らし、どうしてビューティーアドバイザーを志したか、ついでに先日のライブで誰かの頭上を行った奇妙な人たちは何、ダブルワークで大変では?
映画館に着いても会話が止まらなかった。
彼のバンド、ハイローファイ・コラージュは〈ハイロコ〉と略して呼ばれ、通販サイト運営のパルジとモデルのふわぴぴが知り合って、ボカロPのユトをスカウト、爽は最後に加入、バラバラの個性豊かなメンバーを集めた、まさしくコラージュ。
各々が本業を持っている関係で特定の事務所には所属していないものの、定期的にバズり、アルバムツアーを無事に終え、最近〈奏鳴無重力〉の対バンツアーでオーディション枠の最終審査に残る。

「ごめんなさい。サブスクで曲聴いたりMV観て、ネットでは未だに情報を得ていなくって」
「だよね。あいつがカミングアウト済みなの知らなかったぐらいだもん。打ち上げに居た女の子は通称〈ふわぴぴガールズ〉。お持ち帰りしてさ、狭い家に何人も住まわせてる。ユトとパルジはおこぼれ狙い」
ポップコーンや軽食を注文するなり、爽は溜め息を吐き、アンニュイな表情を浮かべる。背後にある洋画のポスターにでかでかと映った俳優のようで(純日本人とは信じがたい顔立ち)、目も心もあっさり奪われた。
「自分以外、生粋の女好きが揃ってるバンドとか何とかつぶやいたら俺は同性が──みんなに誤解されたまんま時が流れて。まあ、基本ベース弾けてれば満足なんだよ。咲良ちゃんに巡り会うまでは」
どうも胸が苦しい。核心はつかず、しつこくない程度に口説かれる。
と、両手の塞がった彼が出来立てのポップコーンを「食べさせて欲しいな」なんて言う。
冗談だとしても真に受け、数個ポップコーンを摘んで柔らかそうな口元に運んだ瞬間、
「やっぱり、本気の恋愛じゃないと。遊びなら今夜でおしまいにしませんか」
焦れったさによって、本音が弾けて飛んで行った(あな恐ろしや)。
ありがちなラブストーリーの予告編で、想いがこんがらがる異性の如く。
★設定上は10月ですが、爽は冬であってもソフトクリームを買って待ち合わせ場所に行きそうで怖いです。
