初恋みたいな最後の恋をしませんか?_4相愛
《前回のお話》
偶然が重なって、恋が動き出す。
自分の気持ちを認めたくなかったり、過去のトラウマにより素っ気なくする咲良(さくら)に、不安を覚えつつも爽(そう)から歩み寄った。互いを知るためにとことん話し、楽しいデートになる筈が咲良の一言でぶち壊しに……?
勿論すぐに言うつもりはなかった。映画を観て、それでも離れがたかったら、真剣に交際する気かどうか、問うだけ。
爽の反応が怖くて、すっと彼が口を開いたところにありったけのポップコーンを詰め込む。
モゴッ、グフ。背後から聞こえてくる音には耳を塞いで、シアター6に急ぐ。
押し付けがましくないアプローチが心地よく、沼に片足が浸かっているのも事実である。
しかし爽と話したことによってバンドマン、おまけにベーシストという厳しい現実が見えてきてしまった。正直あまり知りたくなかったので詮索せずに過ごしていたが、本人を前にしてはそうもいかない。
シアター6、最後列のど真ん中。
事前に連絡を取り、コメディにして正解だった。無難な上に気まずいムードさえ吹き飛ばしてくれる。多分。
席に着き、辺りが暗くなると、とんとん、と肩を叩かれて、爽に囁かれた。
「俺は本気。だから、今夜を始まりにしたい」
叫んでも良いか(映画館ではお静かに)。
忽ち、上がる体温、また爆発しかけた感情、体の右側が自分のものではないような、取り敢えず、暗がりで良かった。
一旦、冷静に考えるべくドリンクを掴む。
すると手に触れられ、ゆっくり気持ちを確かめるかの如く指と指を絡める。
続けて発された
「好きだよ」
は、言葉の端が震えており、彼の覚悟が伝わって、どんなヒューマンドラマよりも私の心を鷲掴みにした。
こちらが返事をする前に人差し指を唇に当てて、
「しーっ」
とやられ、大画面に視線を戻すよう促される。
集中できる筈がなかろう。予告編の間、眩しくて目を細めた爽の色気といったら。
本編が幕を開ければ、私たちはいよいよ手を繋いで、一向に飲まれないドリンクが汗をかいていく。
彼とは毎回同じシーンで笑った。
主人公の脇を固める、結論から話しすぎてネタバレ具合が凄まじい男と絶妙に古いインターネット・ミームを使う女、どちらも魅力的なキャラクターで自分の友人にも欲しい。
散々煽り、3人が世界を救うと思わせて何ひとつ変わらず、無駄に壮大な主題歌が馬鹿馬鹿しく、1時間半があっという間に感じられる。
「はちゃめちゃで面白かったですね」
「夢オチ並みのラスト」
興奮が残るうちに感想を語り、私たちは手を繋いだままシアター6を出た。
エスカレーターでよろめいて爽にぶつかると人目も気にせず、ぎゅっと抱き締められる。
「俺らは両想い、だよね?」
「あ、はい」
「ご機嫌どこ行った。スンってならないでよ」
こちらは背中に腕を回すべきか悩んだが、彼はエスカレーターを降りるまでがっつり私の匂いを嗅いでいた。
「あのね、簡単には信じてもらえないかもだけど。元々、恋愛に疎いの。なのに、初めて会った日から咲良ちゃんが世界でたったひとりの女の子みたいに見えてる。変でしょ、笑顔ちょうだい。俺を彼氏にして」
再び繋いだ手は汗ばんでいて、初恋のように甘酸っぱく、爽は痛いくらい真っ直ぐで、雑念だらけの自分が嫌になる。
ここでバンドを言い訳にしてフッたら、生涯悔やむと思った。
「いいですよ。但し、浮気はやめてください。即別れます」
「ない! やった、咲良ちゃんと付き合えるんだ!」
すれ違う人をギョッとさせる勢いのよさ、ツーステップを踏み、全身で喜びを表す無邪気な性格につい笑みが溢れて、急に角を曲がった爽に連れられ、柱の影で初めてのキスをする。
「あー、やっちゃった。大好き過ぎてさ」
「爽さん、顔真っ赤でかわいいです」
へなへなとしゃがみ込んで、余裕がなさそうな彼は「帰したくないな。って咲良ちゃんのこと振り回して、お友達も心配させちゃだめ。送ってくよ」と立ち上がった。
宙ぶらりんな関係こそ避けられても、恋人同士になって大丈夫だろうか。
あちらのSNSの総フォロワーが脳裏を掠める。

やっと結び付いた私たちの想いを秘める方法があれば教えてくれ──が、爽はデートを重ねる度にベタベタといちゃつきたがり、
「そういうのは、おうちでね」
ストップを掛けると家に呼ばれた。
まるで私が誘惑したかの如くはしゃぎ、昼食に作った有り合わせのパスタ、サラダ、スープをスマートフォンのカメラで撮影し、馬鹿正直に『彼女ごはん』と浮かれた一言を添えてSNSに載せる。
つまり、いとも容易く恋人の存在を公表した。バンドマンらしからぬ行動、さぞかし荒れるでしょうと思いきや、祝福や賞賛のコメントが止まらない。
果てはネットニュースで取り上げられる(予想できたなら、もっと食材を買い揃えてフルコースでお届けしたのに)!
結果的にハイローファイ・コラージュの知名度が上がり、ふわぴぴを始めメンバーに感謝された。
爽はいつも優しくて驚くほど誠実で、交際2ヶ月を過ぎても「咲良ちゃん」と呼び続ける。
愛されるのに慣れていない私は戸惑いつつ彼にハマっていき、同居人のまどかに幸せを悟られまいとした。
されど、彼女は朝早く外泊から戻った親友を廊下で捕まえ、問い掛ける。
「嘘を吐かないで答えて。最近、週に1回はお泊まり。彼氏ができたの?」
「うん」
「会社員? 年上? 咲良は大切にされてなくっちゃ」
そこで、人柄を説明し、爽のもうひとつの仕事を挙げた。そうすれば文句は出ない。
とはいえまどかは以前、私に自分の同僚を紹介するも交際に至らなかったことを今更掘り起こし、
「少なくとも都築(つづき)さんよりは素敵な男性なんでしょ。大体、咲良は事後報告で、何のためのふたり暮らしなの」
寂しげな表情を浮かべ、洗面所の扉をぱたんと閉じる。
将来有望で思いやりに溢れて、皆に好かれる高身長の(改めてどのような〈勿体無い〉人物か聞かされた)、都築は顔すら覚えていない。ただ、明らかにまどかの恋人の座を狙っていた。
爽に夢中な私は都築どころか、過去に自分を通り過ぎた男たちまで綺麗さっぱり忘れ、大学4年間を懸けた苦い経験も、
「最後の恋にしよ」
爽との甘やかな約束で消え去る。
もし、まどかに包み隠さず話したら?
どうせ反対されるのみか、癒えてきた昔の傷を抉られる。
彼女が漏らした「何のためのふたり暮らしなの」がまるで歯の隙間に挟まった肉片のように、気持ち悪く残って「いや、頼んでもないし」をごくりと飲み込む。
完売のコフレ、現れ始めた春コスメ、少なくも多くもないライブスケジュール、クリスマス色に染まった街、シリーズ化した『彼女ごはん』、昨夜見た爽の美しい寝顔、こういったものを振り返って何とか自分の心を守った。
いい加減、廊下に立ち尽くすのをやめて、ソファ辺りに鞄を下ろそうと、足を踏み入れたリビングの真っ白いテーブルに赤ワインが置いてあり、ハッと気付かされる。
「まどか……」
一気に申し訳なさが押し寄せてきた。恐らく彼女の両親が送ってくれたのだろう。
まどかは恋人についてとやかく言いたかったのではなく、私と新しいワインを開けてお喋りでもしながら夜を明かしたかったのではないか。
ひとりで同居人を待つには家が広すぎる。カードキー紛失でセキュリティの見直しをしようが心細い。
恋に溺れて友情を失う前に、
「私が間違ってた。ごめん」
シャワーを浴びた後でホワイトムスクの香りを振り撒く親友に頭を下げた。
「ううん。咲良は悪くない、自己嫌悪。私、何もかも、思い通りに、しようって」
珍しくまどかは歯切れが悪い話し方をして、視線も泳がせる。
先程と様子が大きく変わり、落ち着かせる手段として「赤ワインありがとう。おいしそうだね、今夜一緒に飲もうか」と混乱の最中に声を掛けると彼女はテーブルの方につかつか歩いていき、
「罪悪感を植え付ける自作自演よ。そもそも、私が咲良と離れたくないから、この家を買って、買ってとお祖父様に強請った。ね、引くでしょ」
純粋なイメージがひっくり返り、どう足掻いても絶句の告白をされた。
★咲良は爽の2番目や3番目の恋人にはなりたくなかったのですが、爽は咲良しか見えていません。そして、まどかの本性やいかに。
