見出し画像

初恋みたいな最後の恋をしませんか?_2運命


《前回のお話》
高級住宅街で親友と暮らす咲良(さくら)は息抜きに行った先の飲み屋でバンドマンふたりと隣り合い、その片方・(そう)に一目惚れ?
ライブに誘われて足を運んだはいいが、ファンを見て場違いかも知れないと感じた。
さて、ライブと恋の行方は……。


 今まで邦楽の良さが分からなかった。が、このバンドはふわぴぴが持つハイトーンボイスを活かし、ボーカロイド並みの早口言葉にユトの超絶技巧ギターが乗り、聴きやすい。
 パルジのドラムは安定しており、爽が踊りながらベースを弾いても乱れずに──と、ステージ下では、人様の頭上を大勢が転がったり泳いで、落ちていく。
 

 初めて見た、あれは何だろうか。
 考え込んでいると、不意に爽と視線がぶつかり、ニコッとされる。
 こんなに客席側が暗いのだから、私には気付く訳がないのに、胸の高鳴りが止まらなかった。
 彼はぴょんぴょん飛び、人一倍自由に振る舞う。しかし、ふわぴぴがMCでしつこく絡むと
「ツアー最終日に来てくれてありがとね」
ふにゃっとした可愛らしい笑顔で手を振る。


 すぐさま近くのファンが「喋った!?」と言い、会場がざわめきに包まれた。どうやらいつもは殆ど話さないキャラクターのようで、私信に聞こえてしまう。
 ふわぴぴが爽に見惚れる私をライブに誘った。
 ひょっとしたら、恋は既に始まっていて、今夜どうにかなるのでは?


 そんな淡い甘い期待は、打ち上げに集まった露出度の高い服を着た、もしくは段違いに綺麗な女性たちによって打ち砕かれる。当たり前だ、都合よく私だけ呼ばれる筈がない。
「モデルやってます」
「今月号にグラビア載ってるよ」
「フォロワー○万人」
 たかがビューティーアドバイザーの自分は空気のように扱われて、ボーカルのふわぴぴはあっという間に囲まれ、爽とは席が離れた。


 ひとりで自棄になって酒を呷ると、
「君は?」
 細い目、ホクロ多め、高身長痩せ型、薄い唇にはピアス、ステージ衣装が上下ジャージのパルジが気を遣ってか話し掛けてくる。
「あー……一般人です」
「へえ。でもここに居るってことは、誰かしらの知り合いだよね。で、その酒うまい? ちょっとちょうだい」
 望まない間接キスは繁華街で遭うナンパの如く、心に冷たい風を吹かせた。


 爽は前回同様、食事に夢中で私には目もくれず。仕方なくパルジと会話し、ドラムについて根掘り葉掘り聞き、さながらAIチャットサービスのようである。
 だが、しばらく経って
「なんかが惜しいな、俺のタイプじゃねえわ」
と言われた(こちらの台詞)。
 パルジにすら構ってもらえなければ、いよいよ私など居ても居なくとも同じだ。


 戸惑って、ユトの方に視線を移す。垂れ目、丸メガネ、整えられた髭、ウェーブのセンターパート、柄ニットに濃いカラーのワイドパンツ。彼は通販サイトのCMでギターを弾いていたので見たことがあった。
 モテて困り果てた様子で何より。きっと、毎回こうやって、容姿端麗な一晩限りの恋人を選んで遊んでいる。


 そもそも打ち上げにまで呼んだくせに私を無視する、ふわぴぴにも段々と不満が募り、数千円テーブルに置いて席を立ち、帰ろうとしたところ、
「みんな、誰推しー?」
酔っ払った彼女に後ろから抱きつかれた。
「ふわぴぴに決まってんじゃん」
 女性たちは不思議と声を揃える。


 ひとり、声優だと名乗っていた者が静かに立ち上がって酒臭いふわぴぴを私の体から引き剥がし、
「ちなみにあなたは?」
きりっと睨んできた。
 ストレートに爽だと答えてはいけないような雰囲気で、悩んだ私は
「ライブはとってもカッコよかったです、が、特にどなたも。ごめんなさい」
最悪の回答を導き出す。
 言わずもがな場が凍りつき、それならどうすれば良かったのか、いやはや、分かりかねる。


 あまりの居心地悪さに身を震わせ、「失礼します」と個室を飛び出した。
 エレベーターのボタンを押すも、打ち上げ会場が飲食店(または居酒屋)かカラオケかさえ覚えておらず、今更ながら浮かれ過ぎた自分が恥ずかしくなる。
 バンドメンバーと合流して、美女の姿にショックを受け、周りの景色が全く見えていなかった。


 どうにかこうにか外に出ると、ネオンが小雨に照らされて、憎らしいほど美しく、傘を持っていないため暫し途方に暮れる。
 すると、
「咲良ちゃん、待って」
爽が追い掛けてきて、少しばかり物語のヒロインを気取って振り返った刹那、仮に彼の私服だとしたら〈超・普通〉なトレンチコートを渡された。


「放置しちゃって申し訳ない。俺さ、なんでだろ。咲良ちゃんのこと、チラッとしか見られなくて。パルジと楽しそうに話してたのが無理で」
 言葉通り、私の目以外に向けて忙しなく喋るが、彼の煮え切らない態度についうっかり
「つまり?」
続きを促して
「俺の推しは咲良ちゃん。好き。なの、かな?」
逆に問われる。なんてこった。


 はあ、知るか。自分の気持ちくらい正しく理解しな、せめて心の整理整頓をしてから引き止めろ。口を衝きそうになり、慌てて手で塞ぐ。
「変わったご趣味なんですね」
 ぎこちなさもわざとで、慣れていると思った。私はベーシストの遊び相手にされるような女ではない、シンデレラとてお別れの時間だろう。


 最後にトレンチコートを広げて、足首までの長さに貴族のようなフリルが(うんざりなレベルで)あしらってあったけれども、羽織ってみる。
「あ、良かったら被ってって。あと、さっきのお金要らないよ。ホントに会えて嬉しかった。タクシー呼んどいたから気を付けて帰ってね」
 もしや今降っているのは雨でなく飴なのか、散々な現実に打ちのめされて、私のちっともかわいくない返しも気にせず優しくされたら。



「コートお借りしますね。ありがとうございます。またいつか、ライブハウスで」
 火照った顔が微酔に見えることを願いつつ、爽に何度も頭を下げた。
 次はファンとバンドマン程度の距離感がいい、迂闊に惚れて苦しみたくない、手遅れにも拘らず、タクシーの中で考えを巡らせる。


 数日後、まどかがついに家の電子錠を開けるカードキーを紛失した。
 本人は「メーカーとか、セキュリティ会社に電話しよう」と軽く言うが、彼女はカレンダー通りの休日、要するに私が何とかしなくてはならず、急いで化粧をして着替え、こちらが取るべき対応をネットで調べ尽くし、助けを求める。


 加えて、悪用でもされたら大変なので、防犯カメラや警備の強化まで頼む。
 スマートフォンを持つ手の感覚がおかしくなり、インターホンに映った来訪者の顔もよく見ないまま。
 ソファに深く座るも、足元がぐらついて見え、技術員によりカードキーの無効化・リセットはしたようだけれども、不安を感じた。
 

「終了しました」
 何が? 人生が?
 町の鍵屋で賄える暮らしが懐かしい、これだから物を無くしがちなまどかとの同居は大変。
 苛まれているうちに新カードは発行されており、いつの間に防犯強化も済ませて最終的な作業費用の話に移り変わっていた。
「あのー、大丈夫ですか」
 髪を低くお団子に結った制服の若い男性が、心配そうに呼び掛けてきて、ハッとする。とんだ悪夢であった。


 しかし、こちらが我を取り戻して、しっかり「ええ」と応えた瞬間、あちらはビクッと肩を跳ね上げる。きょろきょろと左右を確かめて
「咲良ちゃん!?」
 目の前ではらりとマスクが外され、私は息を呑む。
 

 まどかと2人暮らしの家にすぐ駆け付けてきた警備員の他に、まさか、技術員として爽が紛れ込んでいるとは思わなかったから。


★咲良が遭遇したライブでの「あれ」はクラウドサーフ(ダイブ)です。思いやりとマナーを大切にしましょう。