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「音楽で人生が変わらないなんて嘘だ」 3.夢も追いかけて


 好きな物事が多ければ毎日は楽しい。勿論、何かひとつが大好きというのも素晴らしいことだ。
 は年間休日の殆どをライブとフェスに捧げるのみか週に少なくとも3回は予定を作ってしまう男、SNSではライムと名乗っている。


 さて。ライブハウスの近辺で紫煙をくゆらせる数分前、顔見知りのフォロワー・クレバヤシが若い女の子を連れて、こちらに気付かず過ぎ去った。
 確か、あちらは29だか30歳、だったが、人の恋路に口は出さない。自分が齢40にして恋愛と程遠い独身生活を送っていたとしても。


 各地を飛び回るうちに、いつの間にか周りとライフステージが異なっており、ライブ会場には子連れが増える。ぶかぶかのバンドTシャツを着て、大きな防音イヤーマフをつけた幼稚園児くらいの子供が無邪気に遊び、親と手を繋ぐ。
 あれには到底なれない、と苦々しく思った(そもそも相手がいなかったけれど、それはまた別の話)。


 俺は現在、喫煙所で暇を潰し、15年ぶりに出待ちをしている。
 昔もこうして奏鳴無重力のメンバーにサインをもらい、活動休止ライブの後には
「必ず会えるから。元気でな」
とトイに言われ、彼のソロ活動を応援し、ギターボーカルに転身を遂げ、新たなバンドに所属すると決まれば激励の手紙を書いた。
 しかしながらどれも見事に続かず、最終的には新人のサポートに落ち着く。


 奏鳴のメンバーはバラバラに、ドラマーのゼンが加入したバンドも、アイドルに提供された楽曲も聴き、各SNSや雑誌のインタビューも隅々まで読み、田舎に帰ったベースボーカルのコニーはともかく、業界に残るふたりを5年、10年、見守ってきた(という熱狂的なファンはあの会場にどの程度いただろう)。


 だからこそ、大学を出たばかりでろくな下積みもなし、どこか頼りなく〈前髪長い系〉〈動画投稿サイト出身〉〈恋人の炎上騒ぎで一躍有名に〉といった、生まれつきらしいハスキーボイス以外どうも認められなさそうな、いけ好かない3人組をトイが気に入り、自ら望んで支えるなど、癪に触る。



 ともあれ、ギタリストのトイに会いたかったにも拘らず、遠回りして、心の隙間を埋めるべく、そのうち俺は安易には復活しそうにない奏鳴をよそにライブ漬けとなった。ひとつが複数に変わった時、人生の楽しさを悟る。


 そこで3年の隔たりを感じた(個人的な呼び方で、2020年から2023年を指す)。
 自分たちとアーティストにとって重苦しい時間を越え、まずフェスの物販・飲食整理券に出会い、入れ替え制・抽選の前方エリアで戸惑う。事前通販のようなものか?


 ファッションがより自由になり、声ではなく手拍子での反応、これまで当たり前とされてきたモッシュ及びダイブの是非(と、上手い下手)、推し文化はバンドにも広がり、〈後ろでまったり大人見〉客の多いこと。
 何なら混雑しており、以前はいかにステージと近いか、最前を取れたらラッキー、今では十分に余裕がある、、ここはバンドにもよる。


 VIPチケットの価格を見て目を丸くした。がしかし、それを買う者がいるので成り立つ通常チケット、自分に言い聞かせる。
 今月はちと出費が痛いと思った時、一般人に戻ったコニーがSNSのアカウントを作り、間もなく活動再開がアナウンスされた。


「仲が良すぎて、仕事って感じしないんだよね。どんどんルーズになっちゃう。あと、俺らは高校を卒業してから、アルバイトしかしたことなくて、突然の恐怖、つーか」
 ドキュメンタリーのような1本の長尺動画を添えて。その中でトイが経緯を初めて語り、彼らと青春を分かち合ったファンがコメント欄に集う。


 4月18日に行われるワンマンライブの抽選には2回外れて、当たったSNSの奴らは何故か皆、若者で、どう考えても当時から好きな俺が行けないのはおかしいだろうと憤る。


 いやはや、3度目の正直が実在するとは。
 久々にメンバーの姿を目にし、やはり奏鳴にいるトイが最も輝いていた。


 また、コニーのMCが心に響く。
「俺、悉くまともからはかけ離れてて。大事な両親が6歳の頃に亡くなったり、親戚の顔も忘れたし。中学時代は悪いバイトもしてた。あ、絶っ対、真似すんなよ。そんで得た筈の幸せだとか安定もホントは違ったの、シンプルに言うと乗り換えと分岐点だらけなんだ。冗談抜きで奏鳴無重力が俺の全て、ちっとも綺麗なんかじゃねえわ、縋り付きたい存在。っていうのも、バンド辞めて知り合いのもとで働き始めたのに、あちこち刺青入ってる関係で追い出されたわけ。以降、どこも雇ってくんない、家賃払わなきゃ、飯食う金が欲しい。どん底の下にまだ下、血反吐。とっとと死にたかった時期は、トイやゼンの活躍ぶりと俺自身を嫌でも比べて、惨めだな、歌とベースがなくちゃ、俺に生きてる意味すらないのか、的な」


 あまりにも等身大、ストレートすぎて衝撃的だった。
 歌うために生を受けたような声を持っており、間違いなく天職だが、彼のみ音楽から離れて、ボロボロの状態で絶望の淵を彷徨い、ゼンが「奏鳴やろう」と誘うまでは自殺を考えていたらしい。
 彼を失った世界をイメージすれば背筋が凍った。


「でも、やっぱ根は明るくて前向きなのかな。死に損ないがキッラキラな目したお前らに会えるように、っと、ようやく這い上がって、辿り着いた今の景色はほら、こんなにも素敵で。俺が味わった経験は無駄? いや。順調、楽ばっかじゃ痛み、辛さ、理解できん。寧ろ感謝だわ」


「コニー」「お帰り」と多くの声援が送られて、俺も涙腺を刺激されるも人前ゆえ、必死に耐える。


 本編が終わると、某曲のメロディを歌ってアンコールを待つのがお約束、されど、いの一番に
「ワンモー(※ワンモア)!」
と叫んだ者に続けて春のワンモア祭り、自分と同じく時代は変わる。


 おっと。夜が更ける、いい加減に喫煙所を出ようか。