「音楽で人生が変わらないなんて嘘だ」1.活動再開バブル
「こん中に、きのこに関わる仕事、または勉強中の人います?」
19時半を過ぎた頃だろうか。仄かなスポットライトを浴びるバンドメンバー、開演からノンストップで演奏され、ようやくMCが始まり、ベースボーカルのコニーがファンに向かって問い掛けた。
数名が元気よく「はーい」と答え、目を伏せてギターのチューニングをしていたトイが笑いながら、
「ここでわざわざ聞くこと? で、関係者の方々もちゃんと揃ってるんかい」
ツッコミを入れる。
背後でペットボトルのミネラルウォーターを飲むドラムのゼンがにやつき、クールなイメージを守るべく堪えた。
「先に謝っとく、ごめん。俺さ、今年までマイタケがダメだったのね。でも、こないだトイんち行ったら有無を言わせずみたいな勢いで、きのこいっぱい炒めたパスタ出て来て、しゃあないし食べたんだ。普通にうまかったの。うん、ただの食わず嫌いだよ。それも含めて最近、なんか『人生楽しいかも知れない』って、やっと思えるようになって」
突拍子もない発言と思われたが、コニーは客(と仲間)を全員、笑顔にさせてから真剣な話を持ち出す。
「詳しくは後ほど語る。ま、今日は15年ぶりのライブがあって、みんなに会えて幸せだけど、良くも悪くも何が起こるか、明日は分からないでしょ。てか音楽聴いてるだけで運命変えられりゃいいのにな。結局は受け取り側、みんながどう動くかによって、なの。幾らでも自分の未来は変えていける、ポジティブに解釈すれば。悲しいことばっかじゃなくて、一瞬の煌めきを見逃さないように掴んでください」
そこまで喋ると、息を合わせたかの如く3人が楽器を鳴らし、歓声でライブハウスが揺れる。感極まって涙を流す者もいた。
結成は高校の軽音楽部という、ベースボーカル・コニーのカリスマ性と唯一無二でガラス細工のようなハイトーンボイスを乗せたベースライン、新進気鋭バンドのサポートをも務めるギタリスト・トイの高度な技術とセンスの良さ、ドラマー・ゼンが作詞作曲を担い、美しく破綻した独特の世界観を持つ(彼らは今年で45歳)。
光の速さでのし上がり、圧倒的な人気を誇るも2010年に突如として歩みを止め、15年先もなお衰えない、オルタナティヴ・ロックバンド、奏鳴無重力(ソウメイムジュウリョク)の活動再開を記念した1発目のライブは最も有名な曲の歌詞『四月十八日を噛みちぎる』から、同日にキャパシティおよそ3000人のライブハウスにて行われ、当然ながら、チケットは未だかつてない争奪戦となる。
全国ツアー及び各地での〈夏フェス〉出演が控えていようとも、熱心なファンは皆、バンドと特別な夜を過ごそうとして、申し込みが絶えず倍率は跳ね上がった。
落選し続けてSNSやプレイガイドを見るのが嫌になり、先着の一般発売で僅かに売られたチケットを辛うじてもぎ取った僕(クレバヤシ)は、ここ数年好きなバンドが復活し過ぎてやしないかと頭を抱える。
まさに本日が30歳の誕生日だ。
当時はまだ坊主頭の少年、つまり〈奏鳴〉のライブ自体は初めてだが、音源と映像で追ってきた存在、間違いなく青春時代を彩ってくれた音楽と言える。
ちなみに僕は17歳からライブとフェスへの参加が趣味ではあり、感染症の流行に巻き込まれ、3年の時を経て一昨年に再び足を運び、今に至った。

有給休暇をとり、ひとりでチケット代よりずっと高い新幹線に乗る。
誰でも物販の購入は可能で、ついでに微かな音漏れを狙ってライブハウスの周辺に集まる人々、バンドはチケットの転売を許さぬ姿勢、入場時に徹底的な本人確認が行われ、僅かな自分のフォロワーと会う。
こんな日が待っているなら、コニーの言う通り「人生楽しい(『かも知れない』は不要)」。
「バンド名で調べてみ。『不仲』とか出る。トイとゼンが表舞台に残って、俺が消えたんで。多分。知ってる人ー?」
「何かと手あげさせるやつ、やめろ。今度はアンケートバンドだの叩かれるぞ」
MCではコニーとトイのやり取りも名物と聞いてはいたけれど、鍛え抜かれた肉体の左側は刺青だらけで、ツンとした鼻と緑に染められた短髪がトレードマークのコニーが案外、親しみやすく自然体な一面も併せ持ち、鋭く激しい曲の合間で場を和ませた。
実際に聴いてみて、大体のセットリストと絶対忘れたくないシーンの数々を終演後に感情任せでスマートフォンのメモにしたためていく。
僕は細々とブログをやっていて、誰にも読まれなくとも、レポートを書かなければ興奮が鎮まらなかった。
「あの。クレバヤシさん、ですよね?」
混み合ったロビーで、声の可愛らしい何者かに話し掛けられ、顔を上げる。若いを通り越して幼い女性がソフトドリンク片手にこちらを見ていた。
「はい。はじめまして」
数少ない当選者、行けない人に気を遣った控えめなSNSの投稿、言わなくても彼女が高校生フォロワーのワオだとはすぐ理解できる。
「わあ、本物だ。服装のお写真載せてたのでそうかなと。クレバヤシさんいて安心しました。セトリやばかったですね、あんなにカッコいいなんて」
「生きてて良かった、最高に尽きる」
年齢が離れても、ライブが終わるとまともな語彙を失うのは共通であった。
