おもてなしの心は、認知症になっても消えない
以前、私はグループホーム(認知症対応型共同生活介護)の管理者をしていました。
入居前には、ご本人やご家族のお話を伺うため、ご自宅へ訪問調査を行っていました。
その中で、今でも忘れられない出来事があります。
ある日、ご夫婦二人暮らしのお宅を訪問しました。
認知症のある奥様が、グループホームへの入居を検討されていました。
会話は自然にできていましたが、最近の出来事や記憶に関わる話になると、うまく話題を変えたり、ご家族へ視線を向けたりする様子が見られました。
それでも穏やかな雰囲気でお話をしていると、奥様が笑顔でこうおっしゃいました。
「お茶を入れてきますね。」
そう言って席を立ち、台所へ向かわれました。
ガス台をひねる音が聞こえ、食器を動かす音もします。
少し時間はかかりましたが、「お客様にお茶を出そう」と一生懸命準備されていることは伝わってきました。
そして戻ってこられた奥様が差し出してくださったのは
冷たい牛乳でした。
本来は温かいお茶をお出しするつもりだったのでしょう。
途中で手順や目的が入れ替わってしまったのかもしれません。
それでも私には、その牛乳がとてもおいしく感じられました。
そこには、
「お客様をもてなしたい」
という温かい気持ちが、そのまま込められていたからです。
私は「おいしかったですよ。ありがとうございます」とお伝えしました。
その瞬間に見せてくださった、うれしそうな笑顔は今でも忘れられません。
認知症になると、「できなくなったこと」に目が向きがちです。
しかし、この出来事は私に大切なことを教えてくれました。
- 記憶する力が低下しても、人を思いやる気持ちは残っている。
- 完璧にできなくても、「やろうとする心」は失われていない。
- 結果だけではなく、その過程にこそ、その人らしさが表れる。
私たち支援者は、つい「できた・できなかった」で評価してしまうことがあります。
ですが、本当に大切なのは、その方が何を思い、何を伝えようとしていたのかを受け止めることではないでしょうか。
認知症になっても、その人らしさや優しさまで失われるわけではありません。
あの日いただいた一杯の牛乳は、私にとって忘れることのできない「おもてなし」でした。
今でも、支援に迷ったとき、この出来事を思い出します。
できたかどうかではなく、やろうとした気持ちを大切にする。
その視点を、これからも忘れずに支援を続けていきたいと思います。
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