正月三が日を終えて、言葉を置く場所について考えた
正月という区切りで書いた文章ですが、
今も日々の中で読み返すことがあり、固定にしています。
正月三が日が終わり、
これまで自分が書いてきた言葉の置き場所について、
あらためて考える時間がありました。
慌ただしさと静けさが交互に訪れる数日間。
何かを決めるわけでも、
新しい目標を掲げるわけでもなく、
ただ少し立ち止まるような時間でした。

昨年から続く出来事や環境の変化の中で、
うまく言葉にできない感覚を抱えることが何度もありました。
考えていないわけではないのに、
整理が追いつかない。
言葉にすると、何か違う気がする。
そんな感覚のまま、日々が過ぎていく。
その中で、私がしていたのは
誰に見せるつもりもなく、書くことでした。

正解を書こうとも、
役に立つことを書こうともせず、
その時に感じていたことを、ただ残す。
それは記録というより、
自分を保つための作業に近かったように思います。
前に進むためではなく、
立ち止まりすぎないために、
その場に立ち続けるために、
書いていたのかもしれません。

そうして書き溜めていたものが、
気づけば短い文章や物語の形になっていました。
今振り返ると、それらは
誰かに読まれることよりも先に、
自分自身のために必要だった言葉だったように思います。
正月三が日を終えた今、
それらを少しだけ外に置いてみようと思いました。
強く勧めるわけでも、
何かを伝え切ろうとするわけでもなく、
必要な人が、必要なタイミングで出会えたらいい。
そのくらいの距離感で。
このnoteでは、
日々の中で考えたことや、
書くことで整理されていった思考を、
静かに残していきます。
もし、どこかの一文が
今のあなたの感覚と重なることがあれば、
それだけで十分です。
もし、日々の現場で感じたことや、迷いながら考えたことに興味があれば、
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ここを行き交う人が500人になった。相変わらず、正解は書いていない。
これまでに書き溜めた文章の中から、
いくつかを小説という形で残しています。
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