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ズジスワフ・ベクシンスキー:無題(Untitled)III - Final Chapter

ズジスワフ・ベクシンスキー:無題(Untitled)III- Final Chapter


ベクシンスキー作品

Untitled-擬人化され、幻想的かつ退廃的な空気感が画面全体に漂っている

ベクシンスキーの作品には、すべて正式なタイトルが存在しない。そのため、各作品は視覚的な印象によって語られることが常であり、観る者の感性に強く委ねられている。

それらは、擬人化され、幻想的かつ退廃的な空気感が画面全体に漂っている。

モンタージュ技法

また、モンタージュ技法を巧みに用いながら、見る者に強烈な視覚的衝撃を与える構成となっている。その表現は単なる写実の域を超え、哲学的な含意すら含んでおり、視覚を通じた詩的表現として高く評価された。

*モンタージュ(montage):映画用語で、視点の異なる複数のカットを組み合わせて、新たな意味を作り出す。

ベクシンスキー作品

Untitled/oil on hardboard 87 x 87 cm

背景には、荒れた海のような景色が描かれており、幻想的かつ退廃的な空気感が、この画面全体に漂っている。

その後、晩年に至っては、彼の作品はさらに暗く沈んだ世界へと向かい、構図や造形が簡素化される一方で、内在する情感や空気感はより深みを増していった。人間の姿は消え、代わって荒廃した構造物や不定形な存在が沈黙とともに画面を支配している。そこには音のない終末、静謐なる崩壊の気配が色濃く漂っており、観る者の精神に深く訴えかける力を持っている。
そこには、子息の死が存在したのかも知れない。

ズジスワフ・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski)

Zdzislaw Beksinski)

ズジスワフ・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski/1929-2005/画家・彫刻・写真家)
ズジスワフ・ベクシンスキーは、ポーランド南東部のサノク(Sanok)に生まれた。少年期にナチス・ドイツによるポーランド侵攻を経験し、戦争の記憶が後の作風に影響を与えたとされている。
クラクフ工業大学( Cracow University of Technology )建築設計学部へ進学し、1952年に卒業後は建築会社に勤務が、芸術活動に傾倒していく。建築資材を用いた彫刻や写真、絵画を制作するなど、初期コンテンツは多彩なジャンルで活動した。
1955-1959年には写真家として頭角を現し、1958年には初の個展を開く。

ズジスワフ・ベクシンスキーの自画像 1956-57年

以降、ZPAP(Union of Polish Artists and Sculptors/ポーランド芸術家・造形家連盟)にも所属し、本格的に芸術家としての道を歩み始める。
その後、1964年の初の絵画個展では、全作品が即完売するという成功を収め、その時、ポーランドを代表する現代アーティストとしてその名を知られるようになる。そして、現在では、恐怖心を煽る絵画として、広く著名だ。

ズジスワフ・ベクシンスキーのアートワーク

最後に

地政学的にも、ポーランドの位置付けから、ズジスワフ・ベクシンスキーは、少年期にナチス・ドイツによるポーランド侵攻を経験し、戦争の記憶が後の作風に影響を与えたとされている。
そして、それは、ブルーノ・シュルツ(1892-1942/ポーランドのユダヤ系作家・画家・ホロコースト犠牲者)も同様かも知れない・・
いずれにしても、そこには、暗い主題と荘厳な美しさがある事は、確かに感じられることかも知れない。

ブルーノ・シュルツ関連

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