【連載小説】「私」を再起動(リブート)!〜ママの学び直しコミュニティ〜01:砂場のナポレオン。
〈あらすじ〉
あなたは最近、自分の「名前」で呼ばれましたか?
かつては情熱を持って働き、自分の足で立っていた。けれど出産を機に社会から切り離され、いつしか「〇〇ちゃんのママ」という透明な記号になってしまった主人公・凛。
時給0円の家事と育児に追われる中、彼女は120年前の偉人・津田梅子の言葉に出会います。
「学びは、自分を救い出す最強の武器である」
同じ孤独を抱える仲間と共に立ち上げたコミュニティは、やがて行政をも動かす大きなうねりへ。これは、役割の檻を抜け出し、人生を【再起動(リブート)】させる女性たちの痛快な群像劇です。
夫との決裂、SNSの虚飾、社会の冷たい壁。すべてを乗り越えた先に待つ、圧倒的なカタルシスをあなたに。
「青いバケツ同盟が、いま、音を立てて崩壊した――」
午後二時の公園。私は砂場という名の戦場を見つめ、心の中で実況を続けていた。
赤い帽子を被ったナポレオン(推定三歳)が、うちの娘がせっせと守っていた砂の城を、無慈悲なキックで粉砕している。
本来なら、ここでカッコいい歴史の軍師みたいに、鮮やかな停戦交渉に乗り出すべきなのだろう。けれど、今の私――桐谷凛(きりたに・りん)に、そんな気力は一ミリも残っていなかった。
「あ、ごめんなさーい! 陽菜(ひな)、ダメだよ、お城壊しちゃったね。また作ろうね」
私の口から出たのは、軍師の策でもナポレオンの格言でもない。使い古されて、あちこちが剥げた「ママ」という定型句だった。
相手のママに、顔の筋肉を無理やり動かして愛想笑いを浮かべる。
「いえいえ、うちのナポ……あ、勇太こそすみません。暴れん坊で」
「いいんですよ、元気なのが一番ですから」
心の中では「今のは明らかな侵略行為だぞ」と思いながら、私は砂まみれになった娘の靴下をぼんやりと見つめていた。
三年前。
私は小さな出版社の編集者として、歴史の専門書や資料に囲まれて暮らしていた。
難しい論文を読み、大学の先生と夜通し議論し、一本の線を引くように丁寧な文章を書く。それが私の誇りだった。
でも、今はどうだろう。
今日、私が口にした言葉を思い出してみる。
「わんわん、いたね」
「もぐもぐしようね」
「ねんねの時間だよ」
私の語彙力は、三歳児の成長に合わせて、どんどん退化していった。
かつて脳内を埋め尽くしていた「明治維新の志士(しし)たちの熱い想い」や「女性の自立を願った先人(せんじん)たちの言葉」は、今ではおむつの安売り情報と、離乳食の献立に押し流されて、どこか遠い銀河の彼方へ消えてしまったみたいだ。
「凛さんって、本当にいつも落ち着いてるよね。なんか、悟り開いてるっていうか」
となりに座るママ友の一ノ瀬エリカさんが、スマホの画面から目を離さずに言った。
彼女はこの公園のママたちの、中心的な存在だ。今日もきれいに巻かれた髪に、有名ブランドの新作バッグ。SNSには、いつも絵に描いたような「幸せなママの日常」がアップされている。
「え? そうかな」
「そうそう。昨日もさ、私なんて夫がケーキ買ってこなかっただけで大ゲンカしちゃって。凛さんは、そういう『女としての楽しみ』みたいなの、もう卒業しちゃった感じ?」
悪気はないのだろう。でも、その言葉の裏には「私の方が女として、ママとして充実している」という無自覚な優越感が透けて見えた。
「……卒業っていうか、今は陽菜(ひな)のことで手いっぱいで」
「もったいないよー! せっかく『ママ』になれたんだから、もっと楽しまなきゃ。私たち、もう自分のキャリアとか難しいこと考えなくていい『特権階級』なんだしさ」
特権階級。
その言葉が、私の胸に重く、冷たくのしかかった。
エリカさんは笑っている。周りのママたちも「エリカさんの言う通りだよね〜」と同調して笑っている。でも、その笑顔の下で、彼女たちは本当に「何も考えなくていい」ことに満足しているのだろうか。
私は、砂場に突き刺さったプラスチックのスコップを見つめた。
かつて私の指は、万年筆を握り、歴史を動かした人々の体温を紙の上に写し取っていた。今の私の指は、砂と、泥と、洗剤の泡にまみれるためだけにある。
一番きついのは、肉体的な疲れじゃない。
「難しいことを考えなくていい」という言葉の暴力によって、「知的な私」という人間が、社会から透明人間にされていくあの静かな絶望だ。
夫の真吾が会社で「プロジェクトリーダー」として賞賛されている間、私は家で、言葉の通じない幼児と二人きり、誰からも褒められない「当たり前」を繰り返す。
「美味しい」と言われない食事を作り、「ありがとう」と言われない掃除をする。
二十四時間、三百六十五日、代わりのいない重労働をしているはずなのに、世間からは「働いていない人」「もう頑張らなくていい人」に分類される。
昨日、久しぶりに開いたSNSで、かつての同僚が大きな賞をとったというニュースを見た。彼女は、私がかつて目指していた場所に立っていた。
おめでとう、と打ち込もうとして、指が止まった。
鏡に映った自分の顔は、寝不足でクマがひどく、服にはいつ付いたのかも分からない離乳食のシミがある。
そんな自分が、輝いている彼女の視界に入るのが怖くて、私はそっと画面を閉じた。
私は、いつからこんなに「惨め」になったんだろう。
砂場の周りに座るママたちの、疲れた背中を見る。
彼女たちだって、かつては誰かの恋人で、職場のエースで、名前で呼ばれる「誰か」だったはずだ。
それが今、ここでは「陽菜ちゃんのママ」「勇太くんのママ」という記号に上書きされている。
名前を呼ばれないということは、その人間が存在しないことと同じだ。
「私は、まだここにいる」
喉の奥まで出かかったその言葉を、私は砂と一緒に飲み込んだ。
叫んだところで、誰に届くというのか。
「エリカさんの言う通り、それが幸せってものじゃないの?」
そんな無言の同調圧力が、公園の空気に満ちている。
夕方、スーパーのレジで、私はさらに追い打ちをかけられた。
陽菜がぐずって、レジ横のお菓子を掴んで離さない。後ろに並んでいた年配の男性が、小さく舌打ちをした。
「これだから、子連れは……。もっとちゃんと教育しろよ」
すみません、と頭を下げながら、私は心の中で泣いていた。
私は、教育を受けてきた。大学院まで行って、一生懸命学んできた。
でも今の私には、この理不尽な言葉に言い返す権利すらないように思えた。 私は「母親」という盾を構え、自分自身の尊厳を削り取って、ただ謝り続けるしかない。
帰宅後、寝かしつけを終えた暗いキッチンで、私は一人になった。
冷蔵庫のブーンという低い音だけが、私の孤独を肯定するように響いている。
テーブルの上には、夫が飲みっぱなしにした炭酸水のペットボトル。
シンクには、洗わなきゃいけない食器の山。
「……私、もう嫌だよ」
こぼれ落ちたのは、情けないほど小さな声。
その瞬間、私は吸い寄せられるように、クローゼットの奥からあの段ボールを引きずり出した。
引越しのとき、どうしても捨てられなかった、埃をかぶった箱。
一番下にあったのは、厚手の革表紙のノート。
表紙をなでると、冷たい革の感触が、眠っていた私の脳を叩き起こした。
『津田梅子――その孤独と再生の記録』
ページをめくると、私の文字がおどっていた。 今よりもずっととがっていて、自信に満ちあふれていた頃の私の言葉だ。
その中に、一箇所だけ、ひときわ大きく囲まれた一節があった。
『学問は、ただ自分のためだけでなく、社会のためにある。そして、女性が自分の足で立つための、唯一の武器である』
ノートを開き、その一節を見た瞬間、視界がぶわっとにじんだ。
悔しかった。
このノートを、ずっと隠していた自分が。
「ママだから」という言い訳を、自分に言い聞かせていた自分が。
梅子は、今の私よりもずっと厳しい時代を生きていた。
「女に学問なんていらない」
「結婚して家庭に入るのが唯一の幸せだ」
そんな呪いのような言葉が、今の比じゃないくらいあふれていた時代。
それでも彼女は、自分の「学び」を捨てなかった。
自分が救われるためじゃなく、同じように苦しんでいる日本中の女性たちに「武器」を渡すために。
「梅子さん……私も、武器が欲しいよ」
知識は、私をかざるためのアクセサリーじゃない。
この砂場から、この密室から、自分を救い出すための、鋭い剣なんだ。
私が感じているこの痛みは、わがままじゃない。
「もっと良く生きたい」という、人間としてのまっとうな飢えだ。
何かを始めるのに、遅すぎるということは決してないのだから。
私は、食卓にあったノートパソコンを開いた。
青白い光が、暗い部屋を照らす。
心臓が、耳元でうるさいほど鳴っている。
指先はまだ震えている。けれど、これは「恐怖」の震えじゃない。
新しい命が、自分の中で産声を上げようとしている「予感」の震えだ。
画面を見つめる。
「ママ」という役割に隠されて、透明になりかけていた私の名前。
それを取り戻すための行動を、起こさなきゃいけない。
かつて梅子が、たった数人の生徒から「女子英学塾(今の津田塾大学)」を始めたように。
「私を、再起動(リブート)する」
深夜の静まりかえったキッチンで、私は確かにそうつぶやいた。
古いノートの向こうで、津田梅子が「あなたの名前で、始めなさい」と、凛とした声でささやいたような気がした。
(第2話:時給0円の専門家。 へ続く)
