終末夜話 4
中等部へ行ったら、部活動なるものがあるらしい。別に参加しないでそのまま帰るのもいいと言われた。
陸はあまり部活動に興味がなかった。
かといって勉強ばかりをしているわけではなく、それでも学校が終わってすぐに家に帰るのはなんとなくつまらないニンゲンに思えて図書室に通うようになり、司書の先生や図書委員の先輩と話をしたり、実際に本を借りて帰ったりそれなりに楽しくやっていた。
4月の3回目の金曜日。
雨が降っていた。
外の部活動の人たちは皆早くに帰れると喜んで、急ぎ帰り支度をして図書委員の先輩も放課後一時間ほどで学校を出ていった。
図書室の椅子に腰掛けて外を眺めた。
校庭に無数の雨の粒がぽとぽとと落ちては水溜まりを作っていく。
大きくなった水溜まりにまた雨の粒が落ち水溜まりは隣の水溜まりとくっついて少しずつ広がっていった。
高等部までは徒歩5分。
雨だから少し早めに出て、5時ちょうど発のバスに乗れば6時過ぎには家に着く。
まだ1時間ぐらいあるから、一人でのんびり本を探そう。
図書室の蔵書は初等科よりも格段に多く、本の背表紙を眺めて歩くのが楽しかった。今日は司書の先生も出張でいないらしい。
図書室は少しの間、陸のものだ。
端の本棚と壁の間に入り本棚の方に向いて深呼吸した。古い紙と雨の湿気った匂いが鼻の中に滑り込む。いちばん上の棚には手が届かないので、顔を上げ少し後ろに下がった。
壁に寄りかかり本棚を見上げる。
あまり貸し出されることがないのかむつかしそうなタイトルが続いて、最後の列まで行ったとき「あれ?なにやってたっけ?」と笑ってしまった。
「今日はいちばん上の段を制覇しよう。」
いちばん上の棚に並んだ本のタイトルを少し離れて声を出して読み上げた。
読み方がわからなくて、「ほにゃら、ほにゃら」になったタイトルもあったけれど。
ふと時計をみた。
「いけない!もう45分だ。」
本棚から目を離した瞬間、何か呼ばれている気がしてもう一度本棚を見た。
なんだろう。
あ、バスに乗り遅れる。
なんだろう。
気になる。
「ノストラダムスの大予言」
タイトルが見えた。
「どうか間に合いますように」と走り出した。図書室は昇降口と真反対だ。
図書室は4階の西側。
昇降口は1階南側。
階段を駆け降りて、昇降口に向かい靴を履くとまた走り出した。右側に校庭を見ながら校門へ、校門まで着いたとき昇降口の上に付いている大きな時計をふりかえった。
4時57分。
え、間に合う?!
高等部までとにかく走ろう。
校門の前の道を左に曲がりまた走り始めた。高等部の校門が見えて来たとき、校門脇の通用門からバスが出てきた。
「あ、行っちゃう。」
陸は立ち止まった。
バスが自分の前を通りすぎて行く。
「行っちゃった。」
次のバスは5時45分。最終だ。
「あーあ。」
と、思った時。
バスのブレーキランプが赤く光り、ハザードランプの黄色い点滅を付けて止まった。
「止まってくれた?」
陸がバスまで走って行くと、昇降ドアがプシュッと音を立てて開いた。
「ありがとうございますっ」
びしょびしょのままバスに乗り込みカバンの中からタオルを出すと風呂上がりのようにごしごしと頭を拭きながら座席に座った。
乗っているのは陸と運転手だけだった。
駅前のバス停に着いて運転手にお礼をもう一度言ってお辞儀をした。
「助かりました。ありがとうございます。」
運転手は笑顔で「また、明日。」と挨拶を交わした。
「陸、遅かったわね。」
あら、濡れてるじゃないの。お風呂お風呂、お風呂入んなさい。だめよそのままで居ちゃ。
「うん、わかったよ。」
沸いたばかりのお風呂に浸かって陸は冷えた体を温め、ため息をついた。
じゃぶじゃぶとお湯で顔を洗い図書室の本を思い出していた。
「ノストラダムスの大予言」
って、どんな予言なんだろう。
考えていた。
翌朝駅前のバス停で学校行きのバスに乗ったけれど昨日の運転手さんではなく、お礼が言えなくて残念だなあと思いながら、高等部の生徒の間を縫って一人掛けの席に座った。
カタカタと揺れるバスの座席は居心地がよく高等部に着くまでの30分居眠りをした。
まっくらな。
まっくらな森。
どこにも太陽の光が入ってこないほどの深い、深い森だった。
この先へ、行ってはいけない。
そう、思った。
けれど先が見てみたくなるのがニンゲンだ。背伸びをしたりジャンプをしたり、近くの木にしがみついたり、なるべく遠くを見てみたいといろいろ試した。
森は深く先にはなにも見えず、
あきらめた。
湿った草木の上に腰掛けた。
どこかで鳥が鳴いている。
ひょーりろー。
ざわざわと木々が揺れる。
「風、吹いてないのに。」
行ってみなさい。
あなたの見たいものがそこにあるかも。
何が見たいの?
そうねえ。
当ててあげましょうか。
風が木立を抜け爽やかな香りが陸を包み、まっくらな森がゆらゆらと揺れる。
わたしは知ってるわ。
あなたの見たいもの。
泉の底のそのまた奥だわ。
ああ。
ねえ。そうでしょ。
そうだな。
ニンゲンは結局それを見たいのさ。
おまえはニンゲンだ。
ええ。そうよ。
ニンゲン。
ニンゲンだわ。
ニンゲンよ。
ニンゲンね。
バスが学校そばの林道に入った時、石ころでも踏んだのか座席がバウンドした。
陸は不思議な夢から目が覚めた。
夢なのに匂いがしてた。
爽やかな、いい匂い。
嗅いだことがあるような、ないような、懐かしく爽やかな匂い。
「なんの匂いだろう。」
バスはまもなく、高等部の昇降口前で止まろうとしていた。
終末夜話 4
つづく
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