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終末夜話 1

誰も見たことも、行ったこともない
三途の世界。
迷える心を持つ少年は
「声」に導かれ、不思議な世界に消えて行きます。
これは夢?
それとも現実?
それは誰の夢?誰の現実?
ほんとうにあるかもしれない知らない世界。

全35話


序章 ~見たこともないこと。


その空は見たことも聞いたこともないほど美しいブルーだ。
見上げてもどこにも太陽は無く、雲もない。どこか遠くで星のようにチカチカと光を放つものがあり、朝なのか夜なのかさっぱりわからない。
心地の良い風が時折吹いて来てその風に乗り大きな鳥が、もの悲しい声で

ひょーり、ひょーり、
ひょろろろろろろー、ひょーりろー

と、鳴きながら、どこにもとどまることもせず飛び続ける。
地面には空のブルーをそのまま写し取った泉があった。
緑の野原にぽっかりできた空。
泉はどこまでも透明で鏡のように何もかもを写しだしている。

風が吹いた。

その風はさっきまでとは少し違う風だった。
ざわざわと泉の水面はさざ波立ち、草は揺れ、野原を囲む真っ黒な森の木々がささやくように揺れる。

そろそろだ。

ああ、そろそろだ。

まもなくだ。

もうすぐだ。

ゆれろ、ゆれろ、ゆれろ、

木々の話し声がする。
鬱蒼と生える木々の間をぬって風が渡ると爽やかな香りが辺りに薫る。

ゆれろ、ゆれろ、ゆれろ、

もうすぐだ。

さあ、すぐだ。

ほら、あそこ。

あそこからだ。

泉を囲む緑の野原の一部が少し盛り上がり、ひび割れる。地面を割って出てきたものは。

ゆれろ、ゆれろ、ゆれろ、

風がたくさん吹くように。

いい匂いの風で送り出せ。

ゆれろ、ゆれろ、ゆれろ、

出てくるのを助けてやれ。

もうすぐだ。

さあ、出てくるがいい。


ギザギザとした大きな葉っぱが地面に這いつくばるように何枚も何枚も生えてくる。風で泉はさざ波立って小さくささやく。

お水をあげるわ。

わたしをかぶって。

あなたに元気と勇気を与えてあげる。

しばらくぶりね。

さあ、早く。

泉からさざ波立った透明な水がギザギザの葉っぱにかかるとまもなく、
地面を割ってにょきにょきと花の茎が出てきた。

はじまった。

茎の先にはつぼみがついている。
緑のつぼみ。花の色は白。
白い先が見えている。

ゆれろ、ゆれろ、ゆれろ、

助けてやれ。

さあ、出てくるがいい。

もうすぐだ。

まもなくだ。

はじまる、はじまる、はじまる。


緑の野原に次から次へと同じ植物が生えて、今にも花が開きそうになっている。
花は待つ。
仲間が全部揃うのを。
最後の一本が泉の水をかぶって生え揃ったとき

ろろろろろー
ろろろろろー
ひょーりろー、りりりりりりりー
ひょーりろー

と、空を飛ぶ鳥が鳴いた。
三羽の鳥は風に乗り一度大きく羽ばたくと、巻き上がる風に乗って上へ上へと舞い上がった。

ひょーりろー。

一羽が鳴くと、黒い森の木々ががさがさと音を立てその間をぬって強い風が泉を囲う野原に吹いた。
野原に生えた同じ植物はその花を一斉に開かせた。

いくつもの種をつけたまんまるの白い綿毛が咲き揃う。
花ではなく、たんぽぽの綿毛がいくつもいくつも生えていたのだ。

地上だ。

空だ。

地面だ。

風が吹いてる。

どこに行くの。

どこでもいいさ。

風の吹くまま、気の向くまま。

もうすぐだ。

あと少しで。

ぼくたちの旅立ちだ。

どこへ行くの。

知らないさ。

怖くないの。

そんなもの。

くそくらえだ。

お行儀悪いのね。

飛べ。

飛んでいけ。

野原を泉を森を越え
誰も知らない、魂のたねを乗せて
飛んでいくがいい。

真っ黒な森から枝葉の間をくぐりぬけ、今まで嗅いだことのない涼しげな薫りが風に乗って流れてくる。

これだ。

この風だ。

これに乗ろう。

たんぽぽの綿毛がひとつ風に乗り茎を離れると、あとからあとからそこにあった綿毛が青い空に舞い上がった。
青い空は一瞬、雲が湧いたように白くなり地上のたんぽぽの綿毛ははあっという間に失くなった。

どこへ行ったの。

いいところさ。

どんなところ。

それは知らない。

なんで知らないのに、いいところって
わかるの。

そんなこと。

木は返事に詰まった。

そんなこと?大事なことではなくて?

そんなこと、知らないよ!
ぼくは飛んで行ったことがないもの。

じゃあ、なぜいいところなのだと
知っているの。

そんなこと。知らないよ!


綿毛の飛んでいったたんぽぽの茎と葉は、さっきまで颯爽とした緑だったのにしおしおに枯れて再び地面に吸い込まれた。

ねえ。おしえて。

木が聞いた。

だれかおしえて、
あの綿毛たちはどうなるの。

誰も何も答えない。
なぜなら、その先を知っているものは今この場にひとつもないから。
綿毛たちがなんなのか。
なぜあっという間に飛んで行ったのか。
なぜ木々は「今だ」と思ったのか。
その理由を知るものがここにいないから。


泉は静かに鏡のように空を映し、
大きな鳥は悠々と空を飛び、
真っ黒な森は、ただの森に戻った。
はるか昔から
ずっと続けられてきた小さな儀式。
そしてこれからも、ずっと続けられる小さな儀式。

綿毛は飛び、
たどり着く場所は
どこなのでしょう。


             終末夜話 1
               つづく

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