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終末夜話 2

静かになった泉の水面に、飛んでいる鳥の姿が映し出される。
上に上に飛んでいき、もうすぐ見えなくなる。あの鳥は泉を取り囲む黒くて暗い森の木々に親鳥が巣で温めたたまごから生まれ、巣立ちを迎え飛び立つとほとんど止まることなく飛び続ける。
休むことなく飛び続ける。
そしてたまごを生むためにまた森に戻り、雛が成長し、巣立ちを見送った時に死ぬのだ。木々の下に落ち朽ち果てる。
皆、それに気がついているとは思えないが確実に死に向かって飛んでいる。
それでいいのだ。
生きている限り、
生まれたときから生きとし生けるものすべて死に向かって生きている。

嗚呼、晴れた日に
こうして生きていられることは
おまえに
覚えていてほしいことがあるからだ
なぜに忘れた
あの厳しさを
なぜに忘れた
あのキオクを

嗚呼、雨の日に
死に絶えて流れてきたことは
おまえが悪いと誰かが責める
ためなのだ
忘れてしまった
あのキオクを
忘れてしまった
あのキオクを

空を行く鳥が鳴くように
地を生きる獣が吠えるように
おまえも共に泣くがいい
死んでしまったあのこのために
おまえも共に泣くがいい
もう戻れない
あの頃のおまえのために


どこかで誰かが歌っている、もの悲しい歌が聞こえてくる。

朝だか夜だかわからない空がだんだん暗くなる。明るい時に遠くでチカチカしていた小さな光が存在を増して、さらに輝くと泉の水面が静かに揺れてふわりふわりと月が上った。
森の穴を抜け空に上がる。
ゆっくり、ゆっくり。
月が泉にくっきりと映り、このセカイにも夜がやって来た。
この森に季節はない。
あるのは朝と夜。
生と死。
森はこれから夜のシーズンになるのだ。
森の暗さは、尚一層暗く、
泉に映るものは月しかない。
風がざわざわと梢を揺らし
鳥は夜になっても飛び続ける。

森の奥で何かが動いた。

葉擦れの音とも少し違う、小さくささやくようなカサカサいう音。

出ておいで。

さあ、出ておいで。

誰かが誘う。

なんだか歩きづらそうに小さな4本の黒い足を順番に前に進めて、カサカサ。
カサカサ。
ざわざわ。
ころころ。
とったん、ぱったん。
時々どの足が次の足かわからなくなるらしくなかなか前に進めない。

野原のすみに小さな姿が見える。
4本足の小さな、小さな黒いねこ。

右の前足を出したら、左の後足。
その時もう左の前足はあがっているはずなのに、「あ、あれ?」
次はどの足なんだろう。
転げながら前に進む。
チカチカッと星がひとつ小さなくろねこの上に落ちた。

みに"ゃあ"あ"あ"ぁぁッッ

かわいらしい姿から聞いたことがないようなダミ声でねこは鳴き、まだうまく動けない自分にイライラしながら大きく伸びをした。

ゔぎゃあ
み"ぎゃあ"ぁぁぁッ

サヤサヤと野原の草が風に揺れ小さくささやきながら笑った。

ごめんなさい。
あんまりかわいらしいので。

ンにゃあ!

怒らないで。
次に出す足を教えてあげる。

ぎゃあにゃ!

こねこの足元の草が、つんつんと足先を触る。
こねこはつつかれた足を上げて一歩前に進む。

さあ、次はこの足、

次はこっちよ、

お次は、私の番、

最後は私よ。

次は戻ってこっちよ、こっち。

そしたら私よ、この足を上げるの。

そうそう、さっきはどの足動かした?

あん。そうね。そうよ。

その調子。

こねこはゆっくりと、でも転ばずに泉に向かい、みゃあみゃあといちいち返事をしながら歩いた。
やっとのことで、森の端から野原の真ん中にある泉までやって来て月の映る美しい泉を覗きこんだ。

「やっと来たか。」

厳かなやさしい声がこねこに話かけた。

みゃあ。

と返事をして泉に映った自分の顔を見つめ、声の主を探してもう一度

みゃあ。

と鳴いた。
泉に映る顔は黒いこねこで右目がみどり、左目が金色だった。鼻もヒゲも真っ黒で口を開けるとピンクの舌と白い小さな歯が見える。
泉を見ながらもう一度鳴いてみた。

みゃあ。

やっぱりこれが自分だ。
ぼくは、黒いこねこになったんだ。
ぼくは泉にたどり着いたんだ。


明日セカイが終わるなら
行ってみたい場所がある。
それは誰も行ったことのないところ。
深い深い
森を抜けると
鏡のように美しい深くて冷たい泉があって、泉には高く上った月が映る。
どこかから爽やかな風が吹いて、そっと頬を撫でていく。

ぼくは来たんだ。
ぼくひとり居なくなっても、セカイの誰も困りはしない。
ぼくひとり居なくなっても、セカイの誰も騒いだりしない。
ぼくひとり居なくなっても、

「いいのか、それで」

"声" が言った。

みゃあ。返事をした。

「おまえが居なくても、誰も困らないかもしれない。おまえが居なくても、誰も騒いだりしないかもしれない。
けれど、それでいいのか。」

ぼくは考えた。

考えたけれど、あまりよくわからない。
そして、あのセカイにもう一度戻りたいとは思わない。

「おまえがその姿のままでいいというのなら、それもいいだろう。」

金色の左目が光った。

「行くがよい。」

んにゃにゃ? (どこへ?)

「行って、セカイの終わりに近づいたと話をしなさい。」

にゃんにゃあ? (だれに?)

「おまえが助けたいと思ったニンゲンを、ここへ連れてくればいい。」


             終末夜話 2
               つづく

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