終末夜話 3
第1章 ~日常
半井陸は学校へ行くバスの中で、隣の席に座ったおばあちゃんに話かけられた。
「あんた、学校へ行くのかい?」
あ、自分のことだなと思った陸はおばあちゃんのほうをきちんと向いて自分の鼻を指差した。
「そうや、あんたや。」
おばあちゃんはニコニコして、手に持つ巾着袋から小さなタッパーに入ったあめ玉をひとつ陸に渡しながら言った。
「そうです。学校です。」
「遠くの学校まで、行くんか?」
「バス停で降りたら少し歩きます。
そんな遠くじゃ、ないです。」
「ほうか。でもたいへんやなあ。」
歯ブラシをしたあとだったけれど、学校にあめ玉は持っていけないので、「いただきます。」と言って紙をちぎりポッケに入れると口の中に放り込んだ。
「あてにもな、おるんやで。あんたとおんなじくらいの孫が。」
リンゴの味のするあめ玉が鼻の周りで香る。おばあちゃんの話を聞きながらうなづいた。
「あんなあ、大阪わかるか?」
「はい。」
「行ったことあるか?」
「行ったことはありません。」
「ほーか。ないんか。あてはな。大阪から来てん。こんな関東のまんまんなかに関西のまんまんなかから来たんやで?」
陸はなんの話が始まるのかワクワクしながらおばあちゃんの話を聞こうとしていた。車内アナウンスが「ピンポン!」と軽やかに鳴り次のバス停の名前を告げた。
「あかんわ。」
陸はおばあちゃんの言葉に小さくうなづくと「なあに?」と聞いた。
「次で降りなあかんねん。ぼく?また会った時に話しまひょ。ほな、な。」
地味な色の着物を着た、小さなおばあちゃんは背中を伸ばし「押したって。」と陸に降車を知らせるボタンを押させ立ち上がり、座席のそばに立つサラリーマンに「ごめんなさいよ。あては降ります。ごめんなさいよ。」と言いながら混み合う車内を泳ぐように前方へ歩いて行った。
あめ玉がリンゴの匂いを微かに残し、口の中で割れた。
空いた隣の座席にはすぐ横に立っていたサラリーマンが座った。
駅まであと5個バス停がある。
陸は駅でスクールバスに乗り換え学校へ行く。この春中学一年生になったばかりだ。
小学校受験を幼稚園の先生に相談したのは、年中の頃。陸の母由紀子は陸がまだおなかの中に居るとき、在住している県に小学校から大学までの一貫校があることを知ってからずっと、出来れば小学校受験をさせて通わせたいと考えていた。
それは、
その学校がわりと名前が知られた全国区であったこと。
勉強に16年、集中出来ること。
優秀な友人をたくさん持てること。
いくつかのメリットが由紀子の背中を押していた。
陸が幼稚園に上がった時、とうとう陸の父親に言った。
すると、陸の父親も同じことを考えていたようで幼稚園の先生に相談してみた。
「私の口からはなんとも。」
あまりいい返事ではなかったが、どうにか受験までこぎつけて両親揃って面接をして陸は遊びの延長線のような、けれど試されてるのが明らかな試験を受けどうにかこうにか合格した。
ただ、どうにかこうにか合格したと思っているのは由紀子だけで陸がかなり厳しい試験を突破したのだということに気がついたのは小学校の入学式が終わってからだった。
陸はまだあまり口も利けないくらいの赤ん坊の頃から自分の意思を伝えてくる子どもだった。
それは食べたくない。
けれどおなかは減っている。
ないならいらない。
気難しい子どもだなあ。と由紀子は思ったがそれもしゃべれるようになった頃から解消され、言いたいことの言える、けれど決してわがままではない子どもに育った。
初等科、学校の先生にも褒められ
「しっかりしていますねえ。
自分の意見を言っても相手の意見も
きちんと聞けていますし、
陸くんは、オトナみたい。」
成績も学年で10番以下になったことがなく、四年生の三学期にはじめて10番まで落ちたとき「ごめんなさい」と謝ったのを見て由紀子は陸を抱き締めた。
「なに言ってるの。
10番ってすごいと思うわよ。」
学校の方針として、少人数クラスを謳っていて、1クラス20人。5クラスあり、計100名の同学年の中で10人以内ならばなにも文句を言うことなどないではないか。よその家はどうだか知らないが、本当はそれではだめなのかもしれないが由紀子は陸をちゃんと褒めた。
うれしそうな顔をして笑った顔を覚えている。
初等科は隣の街にあった。
だから毎日、由紀子が車で送迎していたが中等部、高等部はそこからさらに隣のの街にあった。自宅からいちばん近い駅に高等部の生徒用にスクールバスが出ていると聞きそのバスに乗り換え、高等部のバス乗場に下ろされてそこから5分ほど歩くと中等部だ。
中等部の三年間は通学に苦労するかも知れない。
それでも毎朝決まった時間に陸は起きてきてごはんを食べ昼の弁当を持ち身繕いして出掛けていく。
「いってきます。」
と、静かにドアを閉め。
終末夜話 3
つづく
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