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終末夜話 28

今何時なんだろう。
             ソンナコトキニシテルノ
左手に握りしめた分度器が手のひらに食い込んだ。
          ソレガアレバカナラズイケル
                キップネ
              ソウヨ、キップ
昇降口で靴を履き替え、鞄から折りたたみの傘を出そうとしてやめた。

もう、ぼくにはなにも必要ないし。

持っていた鞄を自分の下駄箱の真下に置いて、本降りになった雨を昇降口の庇の下で存分に眺めた。
どのくらい眺めていたのか、何時間か目の授業の開始か、終了を知らせるチャイムが大きく鳴り陸は庇の上に付いているスピーカーをじっと見つめた。
学校の中に居るのは、おそらく先生達と校務の人。明日から始まる夏休みに浮き足立って生徒はきっとぼく一人だ。
スクールバスを使って通う生徒に向けてのバスの時刻表が雨の滴に濡れてぼやけている。

終了式の日は、特別運行にて
ご注意ください。
11:00
11:30
11:45
15:30
16:20

陸は昇降口の廊下、中央にある丸い大きな時計を眺めた。
11:30分
3時間目の終わりのチャイムだったんだ。

ああ、乗れないや。
あ、乗れなくてもいいのか。
            ソウヨ、イクンデショ
分度器を握りしめた。

校務のおじさんが昇降口を閉めようとやって来て、玄関にたたずむ陸を見て驚いた。
「早く帰ったほうがいい。迎えにくるのを待っているのかい?」

迎え。
そう。迎えにくる。

「はい。」
                イマイクワ
                マッテテ
外に出た。
校門を出ようとした所で、11:30に高等部の昇降口前を出たバスが目の前を通りすぎた。運転手のおじさんと目が合った気がして濡れながらバスを目で追うと、少し先でバスが止まった。

きっと、前に止まってくれた運転手さんだ。そうにちがいない。
乗った人が少ないから止まってくれたのだろうか。
振り返り前を向いて高等部に向かって。

違う。

あの林道に向かって歩きはじめた。
バスは1、2分そこに陸を待って止まっていたが諦めたように走りはじめた。
中にふたり、高等部の生徒が乗っていた。

「あのこ、バスに乗る子だよね?」

運転手に聞く。

「ええ、あたしもそう思いまして止めたんですが。」

生徒はもうひとりのバスで通う生徒に、
「ま、11:45のがあるから。ね。」
と言って、一番後ろの横長の座席の窓から振り返り遠ざかる陸の姿をじっと見ていた。
バスはまもなく、学校前の林道を抜けて曲がるところまで来ていたが陸が見えなくなっても窓の外を眺めていた。
「どうしたの?」
「ん、なんかあのこ気になったから。」
「最近、元気無かったよね。」
「あ、やっぱり気がついた?」
「覇気がないって言うか。なんか。」
ふたりで黙った。
「なんか。この世のものでないような。」
「あ、そんな感じ。」
「ま、気のせいか。」
高等部の生徒の話を聞きながら、運転手はじっと考えた。

この世のものでない。

その言い方は、あまりにもピタリと合い過ぎて寒気がした。

ザアザアと音を立てて雨が降る。
団地の上にも
広場にも
学校にも
道路も、車も、ビルも、
みんなみんな
雨に濡れてびしゃびしゃだ。
ぼくの上にも
ヤツらの上にも
雨は平等。
ホントに?
ホントに平等?
雨が降る
終わらない雨が
ぼくのココロに沁みて
ぼくのカラダを通り抜け
流れ落ちていく。

ザアザアと音を立てて雨が降る。
鳥にも
カエルにも
ねこにも
いぬにも
トカゲも、ネズミも、キツネにも、
みんなみんな
雨に打たれて
びしゃびしゃだ。

オシマイだ。
セカイは終わる。

雨が降る。
終わらない雨が。
魔女のナミダが止まらないから
雨は止まない。
このまま降りつづいて
ぼくらはきっと流される。

流されるンだ。

ぼくは信じてる。
いつかなにもかも流されて
どいつもこいつも居なくなって
ぼくひとり残されて
行かなきゃならないトコがある。
こんどこそ、ぼくは
ぼくがぼくであるために出来ることを
探しに行くんだ。
そして探してみせるんだ。
あの、森の奥に。


バスの中で見た夢を思い出していた。
深い深い森の中。
林道の奥につづくこの道を曲がってみたことはなかった。今、左手に握りしめている分度器を投げ捨てた場所に立っていた。
降りつづく雨に頭から爪先までぐっしょりと濡れ、時折吹いてくる強い風とその風に雨がつぶてとなって陸の体や顔にぶつかって来ていた。
               イキマショウ
どこへ
                コノオク
この奥にあの夢の世界があるの?
          イイエ、ココデハナイバショ
じゃあ、なんでこの奥に行くの
              ミンナ、マッテル
誰を
                アナタヲヨ
ぼくを?
        アナタガ、アナタデイラレルバショ
ぼくがぼくで居られる場所
              サア、ススンデ
目の前を11:45分のバスが通りすぎた。
あれに乗らなければ、もう夕方までバスの便はない。
陸は背中に背負ったリュック型の鞄を下ろしそのまま地面に置くと、左手でしっかり握った分度器をズボンのポケットに入れ直し一歩、また一歩、林道に向かって歩き始めた。
道の巾は5メートル。
大きな車の行き違いはどちらかが譲りあう、あまり大きな道ではないが雨に煙る林の入り口を目指して歩いた。

道のこっち側と、あっち側では空気が変わったのがわかった。
きっとどこかに結界がある。
昔読んだ外国の物語のように、「タンスの引き出しはあちらのセカイと繋がっている」そんな気がする。
                 フフフ
               ウフフフフフ
               マサカソンナ
小さな声が後を着いてくる。
分度器を捨てたとき、この木の下に落ちたのを陸は見た。はっきりと覚えているのは丸いほうが下になって、「なからいりく」とひらがなで書かれた名前が裏返しになっていた。

この木のたもとに分度器が落ちた。

木を触った。
ふわりとそこがやわらかい。

「え?」
                 ウフフ
                アハハハハ
               イキマショウ
どうせ、バスは夕方まで来ない。
もう、ぼくなんか戻らなくたって誰も心配しない。自分のことだけを考えているぼくのことなんて。


いいのか。本当に。

低く厳かな声が聞こえた。

導かれるままおまえはやって来た。
私を求めているのか。
七月最後の雨の夕方
私はおまえを拐う。
おまえがこの世に居なくてもよいと思うのなら、今すぐ木々に囲まれたこの奥に入ればいい。
あとは私がおまえを救う。
私を求めるおまえのとなりに
私は必ず往く。

陸はうなづいた。
もう、どうなってもいい。
ぼくがぼくで居られないなら、そんなことどうだっていい。

ポケットの分度器をもう一度左手でしっかり握った。
           ソウヨ、コレハキップナノ
              ハナシチャダメヨ
               イキマショウ
                 ウフフ
                アハハハハ
                フフフフフ


            終末夜話 28
               つづく

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