見出し画像

終末夜話 29

「勉強をしてくるのかしら。」
終了式が終われば今日の予定は終わりのはずだったから、てっきり昼過ぎには帰って来ると思っていた。
午後2時。
帰ってこない。
陸に合鍵を持たせていないことを反省した。これでは車で迎えに行って入れ違いになった時あの子が家に入れない。
午後3時。
雨はザアザアと音を立て窓を叩き、風が唸っている。もし4時になっても戻らなかったら学校に電話をかけてみよう。
3時半。
由紀子はたまらず立ち上がり、いつも持ち歩くバッグの中に免許と財布が入っているか確認してマンションを出た。
この雨だ。もしかしたら駅から帰ってくるバスが走行していないのかもしれない。
タクシーで帰ってくればいいのだけど。
最寄りの駅まで車を走らせた。
陸どころか、人っ子ひとり居ない。
まだ、学校にいるのだろうか。
行って見ようか。
さっきすれ違ったタクシーに陸が乗っていたかもしれない。一度戻ろう。

マンションの駐車場に車を停めて、エレベーターを待つのももどかしく階段を駆け上がり5階まで上った。
玄関の前に陸は居らず由紀子はとぼとぼとマンションの玄関ホールまで戻り傘を差して駐車場に戻った。

学校に行ってみよう。

もしかしたら、うっかり図書室でまだ勉強しているかもしれない。
エンジンをかけもう一度出発した。
学校までは、車でおよそ40分。この雨だから少し時間がかかるかも知れない。ラジオから漏れ聞こえるアナウンサーの声が天気に関する警報が入ったと話し始めた。雨は止むどころか更に強く降り少し先にあるお店の看板すらよく見えない。

最近、陸の様子がおかしかったことに貴仁は気がついていただろうか。「楠」に連れて行くことだけを考えて、陸の気持ちに寄り添えていなかったことに気がついていただろうか。
それとも全部を理解した上で、あの言い方、あの態度で接していたのだろうか。
どちらにしても「やめてください。」と強く言えなかった自分も悪かったと由紀子は思っていた。

学校に着いて、由紀子は車を路肩に止めた。ドアを開け傘を開いて外に出た。
叩きつける雨の音がぼつんぼつんと盛大な音を立て傘を差しても差さなくてもあまり変わりのないひどい降り方だった。
校門はすでに閉まっていて、人の気配がない。

「陸、どこにいるの。」

高等部のバス停かしら。

由紀子はいつもバスを乗り降りしているのは高等部の昇降口前だと言っていたことを思い出し、今日の最終便は何時だったかを思い出しながら車に戻った。

そう、たしかプリントが配られて
冷蔵庫に貼ってあった。

「16:20 たしか。」

時計を見た。16:17分
それに乗るんだわ。
高等部の校門前の路肩に車を止めて、傘を差すのももどかしく車を降りた。
もう何がなんだかわからないくらいずぶ濡れで前も見えない。
バスが一台校門から出てくるところだった。
急いでバスに近づきボディーを叩いた。乗っていた生徒が運転手に何かいい、運転手はその場でバスを停車させると昇降ドアを開けた。
濡れたまま中に入った。
「陸!」
返事はない。
「陸!!」
キョトンとした顔の高校生が3人、ずぶ濡れの由紀子を見ている。
運転手が少し迷惑そうに

「父兄の方ですか?」

と、聞いてきた。

「あの。中等部の生徒、半井陸と言いますが乗りませんでしたか?」

「中等部。」

「はい、一年生なんですけど。」

「私達は名前まではわからないので。」

そうだった。
落ち着かなければ。
中等部の校門がもう閉まっていたことを伝えると、運転手は高等部の校務へ行くことを進めてくれた。
由紀子はバスから降りると頭を下げ、バスが行くのを見送り高等部の校門をくぐり昇降口まで行くと、ちょうど最後のバスが出たことを確認にするために来た校務の男性と会った。
「あの。」
ずぶ濡れの女を見て校務はギョっとして
「ど。どうかされました?」

「子どもが帰って来なくて。」

「す、少しお待ちいただけますか?」

校務の男性はまだ若く、由紀子の姿と子供がまだ帰ってこないという言葉に驚き一度校務室に戻った。
少し待つと年配の女性と、先ほどの男性が手に何かを持って由紀子の前に現れた。

「お待たせしました。お子さん帰ってこないって、何年生ですの?」

後ろを歩いていた男性が、ずぶ濡れの由紀子のためにタオルを渡してくれた。
由紀子は受け取り礼を言うと
「子供達の忘れ物なんで、返却は不要です。洗ってあるのでよかったら使ってください。」
一通り言うと、また年配の女性の後に戻った。

由紀子は高等部の昇降口で、帰ってこない陸の話を吐き出すようにぶちまけた。

女性は高等部の校務長だった。

「すぐ、中等部に連絡を。」

若い男性にそう声をかけると男性は校務室に走って戻り、女性はずぶ濡れの由紀子をタオルで拭いてやり、話をしながらスリッパを出し、甲斐甲斐しく世話をしてから校務室に由紀子を連れていった。
「私は校長のところへ行ってきます。」
校務室はあわただしくなっていた。

慶森は生徒のほとんどが比較的裕福な家庭の子供だ。こういった状況になった時のマニュアルがすでに出来ている。もし、どこかで遊び呆けていたとしても一斉に校務と教師が連携し、場合によっては警察への対応も入っている。
校務室には先ほどのふたりを含め4人のメンバーがいた。

「え?あ。そうです。1年2組、半井陸君です。担任の先生は残って居られますか?」

どんどんあわただしくなる校務室を由紀子は不思議な思いで見ていた。
帰ってこない陸を思い出しながら。


            終末夜話 29
               つづく

第30話へ

第1話に戻る


#大雨
#ずぶ濡れ
#帰ってこない
#スクールバス
#合鍵

いいなと思ったら応援しよう!