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80歳が、90歳を支える。「待っていてくれる人がいる」という力

施設のホールに、民謡の声が響いていました。

歌ってくださっていたのは、地域から来てくださったシニアのボランティアさんです。入所者さんに聞こえやすいように、少し大きめの声で、笑顔を絶やさずに歌ってくださっていました。

その姿を見ていると、歳を重ねても、人は誰かの力になれるのだと教えられます。

私たちは、つい年齢で人を分けて考えてしまいます。若い世代は支える側。高齢の世代は、支えられる側。そう思い込みがちです。

けれど、その境目は、思っているよりもずっと、あいまいなものかもしれません。

今、全国の介護の現場で、元気な高齢者の方々が活躍し始めています。長い人生で培ってきた経験や、まだまだ有り余る元気を活かして、誰かのために動く。

支えられるだけではなく、支える側に回る高齢者が、確かに増えてきています。

「もう年だから」ではなく、「まだまだやれることがある」。そんな前向きな空気が、少しずつ広がっているのです。



シニアが現場を支える時代へ

背景にあるのは、皆さんもよくご存じの、介護の人手不足です。

高齢の方が増え続ける一方で、介護を担う人の数は追いついていません。施設でも在宅でも、人手不足は大きな課題になっています。

もちろん、介護の仕事には専門性が必要です。身体介護、認知症ケア、医療との連携、看取りの支援。どれも、簡単に誰でもできる仕事ではありません。

けれど、介護現場にある仕事のすべてが、専門職でなければできないわけでもありません。

たとえば、ベッドを整えること。食事の配膳を手伝うこと。レクリエーションの準備をすること。入所者さんの話し相手になること。

歌や楽器、手芸など、自分の得意なことを活かして場を明るくすること。こうした仕事は、必ずしも介護の資格がなくても担える場合があります。

ならば、その部分を、元気な高齢者の方々に手伝っていただく。そうすれば、専門職は、本当に専門的なケアに集中しやすくなる。

これは、人手不足を補うだけの話ではありません。高齢者の方が、自分の力をもう一度社会の中で活かすという意味でも、大切な取り組みだと思います。

実際、川口市などでは、元気な高齢者と介護施設をつなぐような取り組みも始まっています。支えたい人と、支えてほしい現場をつないでいく。

そんな仕組みが、各地で少しずつ広がりつつあるのです。


支える人も、元気になる

この動きには、もうひとつ、見逃せない側面があります。それは、支える側の高齢者自身が、元気になっていくということです。

介護施設でボランティアをされている方が、こんなふうに話されていました。

「自分を待っていてくれる人がいる。そう思うと、それが自分自身の励みになるんだよ」

この言葉は、とても印象に残ります。

誰かに必要とされること。誰かの役に立てること。それは、年齢を重ねた方にとって、何よりの生きがいになることがあります。

支えるという行為が、支える人自身をいきいきとさせる。そこには、一方が与えて、一方が受け取るだけの関係ではない、もっとあたたかいものが流れています。


現場で見てきたボランティアさん

画像はイメージです

私の施設にも、ボランティアのシニアの方々が、たくさん来てくださっていました。

新型コロナウイルスが流行してからは、以前より数が減ってしまったのですが、それでも、今も足を運んでくださる方がいます。

民謡や童謡を歌ってくださる方。珍しい楽器を持ち込んで、演奏会を開いてくださる方。ベッドメイキングを手伝ってくださる方もいらっしゃいます。

そうした方々と接していて、私がいつも驚かされるのは、そのエネルギーです。

入所者さんに聞こえやすいように、いつも大きな声で。そして、絶やさない笑顔で。入所者さん一人ひとりに寄り添い、楽しませてくださる。

その姿は、支えに来てくださっているというより、ご自身が誰よりも生き生きと、その時間を楽しんでおられるように見えるのです。

ボランティアの方々は、年齢でいえば、入所者さんとそう変わらない方も少なくありません。

それでも、これほどのエネルギーにあふれている。その違いは、いったいどこから来るのでしょうか。

私は、人を支えるということ、誰かに喜んでもらえるということが、その方自身の力になっているのではないかと思っています。

支える側と支えられる側。その間に、一方通行ではない、お互いをあたため合うような、いい影響が流れている。

その場に立ち会うたびに、私はそう感じています。


支える側と、支えられる側のあいだ

支える側と、支えられる側。私たちは、その二つを、はっきりと分けて考えがちです。

そして、年を重ねたら、支えられる側に回るものだと思い込んでいます。

けれど、現場を見ていると、その境目は、思っているよりずっと、あいまいなものだと感じます。

八十歳の方が、九十歳の方を支える。支えていたはずの人が、いつのまにか、支えられている。人と人とは、本来、そうやって、もたれ合いながら生きていくものなのかもしれません。

何歳になっても、人は誰かの力になれる。そして、誰かの力になることで、自分自身もまた、力をもらえる。

もし、ご家族やご自身が、「もう年だから」とどこかで線を引いておられるなら、その線は、一度、消してみてもいいのかもしれません。


最後に

歳を重ねるということは、できないことが増えていくことでもあります。

体力が落ちる。歩くのが遅くなる。疲れやすくなる。誰かに手伝ってもらう場面も、少しずつ増えていくかもしれません。

けれど、それは、役割がすべてなくなるということではありません。

人の話を聞くこと。誰かに声をかけること。昔の歌を歌うこと。手先の器用さを活かすこと。そこにいるだけで、場の空気をやわらかくすること。

その人にしかできない役割は、年齢を重ねても、形を変えながら残っていくのだと思います。

支えられる側から、支える側へ。そしてまた、支える側から、支えられる側へ。

人はきっと、その間を行き来しながら生きています。

歳を重ねるということは、役割を終えることではない。

私は現場の皆さんから、日々そう教えていただいています。


参考資料

・川口市「介護支援ボランティア」
https://www.city.kawaguchi.lg.jp/soshiki/01070/040/2/51632.html

・PR TIMES「埼玉県川口市のスケッター、78%が介護業界未経験者」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000046505.html


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