『異世界転生は飽きた』を見かけるたびに考えること。なぜ人は似た物語を何度も楽しめるのだろう|書籍化ログ(#創作論 #Web小説 #カクヨム #異世界転生 #生成AI #エッセイ)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
「異世界転生はもう飽きた」という声を以前より
多く見かけるようになりました。
正直、Web小説を書いている身としては少し不安になります。
でも、その一方でランキングを眺めると、
なんだかんだでやっぱり異世界ものが強い。
そんな光景を見て、毎回ほっとしている自分がいます。
私はWeb小説が好きですし、もちろん異世界転生ものも好きです。
だからこそ気になることがあります。
私たちはどうして、あんなにも「お約束」が好きなんだろう、と。
●なぜ私たちは似た物語を何度も読むのだろう
たとえば昔の時代劇。
悪い代官がいて、苦しめられる庶民がいて、最後は正義が勝つ。
あるいは昔のサスペンスドラマ。
なぜか毎回のように崖の上で犯人が説得されて、事件が解決する。
振り返るともはや様式美と言える展開が多くの人に長く愛されてきました。
そこには結末がある程度わかっているからこそ、安心してその物語の中に入っていける。
私はそんな側面もあったのではないかと思っています。
そして令和の今、その役割を担っているもののひとつが異世界転生なのかもしれません。
主人公が新しい世界へ行く。
力を手に入れる。
理不尽だった人生をひっくり返していく。
もちろん作品ごとに違いはあります。
でも読者は、共通の型があるからこそ気軽に読むことができている。
当然、先の読める展開だらけです。
それなのに、私たちは何度でも同じような物語を読みます。
そして、そのたびに笑ったり、元気をもらったりする。
私はずっとそのことを誤解していました。
創作というのは、
誰も見たことのないものを生み出す競争だと思っていたのです。
でも長く書いていると、どうもそうではないという気がしてくるのです。
むしろ創作というのは、
何もない場所に新しい世界を建てることよりも、
みんなが知っている土台の上で、
どんな違いを見せられるかのほうが大事なのかもしれない。
そんな風に考えるようになりました。
●AIを使うほど考えるようになったこと
ところが近年、その「型」をめぐる状況が大きく変わりました。
生成AIです。
私はAIを否定したいわけではありません。
実際、便利ですし、たくさん使っています。
けれど使えば使うほど、
別のことも感じるようになりました。
AIは驚くほど上手に整えてくれる。
文章も。
構成も。
キャッチコピーも。
「こうすると伝わりやすいですよ」
という答えを、
ものすごい速度で出してくれる。
たぶんこれから先、
そういう能力はもっと高くなっていくのでしょう。
でも不思議なんです。
整えば整うほど、
憮然とした気持ちになるのです。
最初はどうしてそんな気持ちになるのか
自分でも理解していませんでした。
でも、最近ちょっとわかってきた気がするのです。
もし最新鋭のAIが管理する完璧なチェーン店があったとして、
そこでは
注文はタブレット、
接客はロボット、
決済も自動。
きっと快適です。
でも帰り際、
伝票の端っこに店員さんが描いたと思われる
下手な猫の落書きを見つけたらどうでしょう。
その瞬間、人の気配が入り込んだように感じるはずです。
合理の世界に、体温がひとつ混ざっただけで、
見え方がガラリと変わる。
誰かがいた気がする。
それだけで、
お店に人が宿る。
合理的に考えれば、
そんな落書きは必要ありません。
むしろ不要です。
けれど思うのです。
人間はおそらく、その「不要な部分」に心を預けているんじゃないかって。
以前、ある芸人さんが
「AIにネタの添削はさせない」
という話をされていました。
理由は、
「きれいにツッコミだけ消してくるから」
だそうです。
私はその話がずっと忘れられません。
AIから見れば、「ツッコミ」は不用品なのです。
実際、情報を正確に伝えるだけなら、
ツッコミはなくても困らないのでしょう。
でも芸人さんの面白さって、
合理ではない部分にこそ宿っているんですよね。
そして、私たちはコントや漫才という型の中で
芸人さんの「合理」ではない部分を見て、
「この人だ」と感じる。
創作もたぶん同じです。
●最後まで残るのは何だろう
AIがどんどん賢くなり、
誰でもテンプレートの物語を大量に作れるようになったからといって、
奇抜なアイデアや発想が受け入れられるわけではない。
むしろ、 テンプレの型の中で、
レシートに書かれた下手くそな猫や
AIに消されてしまう芸人さんのツッコミのような、
その人ならではの癖や偏りが見えるものが最後まで残るのではないか。
最近、そんなことをよく考えます。
私自身、
ずっと「まだ誰も書いていないものを」と思い続けてきました。
でも年々、
そうではない気もしています。
これは、どうやってもゼロからイチが作り出せない
単なる私の負け惜しみかもしれません。
それでも、
サスペンスだって、
山村美紗シリーズ、十津川警部シリーズ、家政婦は見た!など
テンプレの型の中で開花したものばかりです。
時代劇だって同じです。
悪代官や悪徳商人を成敗するというテンプレの型の中で、
印籠を出したり、桜吹雪を出したり、銭を投げたり、
「この流れが来る!」というのを醍醐味にしたシリーズが長く続きました。
異世界転生だって、
誰もが求める安心の「型」を土台として借りながら、
そこにAIに削り取られてしまう「自分らしい合理ではない何か」を
込めることができたなら……。
もちろん答えはわかりません。
私もまだ考えている途中です。
けれど、そこには明るい希望がある気がしています。
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