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上がる相場の横で、現金だけが止まって見えた──待機資金への罪悪感と距離を取る[投資×心理]

投資を始めた頃、私は相場が強い日に証券口座を開くたび、少しだけ居心地の悪さを感じることがありました。

保有している個別株は上がっている。
投資信託の数字も悪くない。
画面の数字だけ見れば、順調にいっているはずなんです。

でも、その横にある待機資金の金額を見ると、なぜかそこだけ時間が止まって見える。
増えている資産の隣で、現金だけが何もしていないように見えてしまうんですよね。

しかも、そういう日に限って、SNSでは
「やっぱり入っていてよかった」
「押し目で買った分で儲かった」

そんな言葉がよく目に入る。
そのたびに、口座に残しているお金まで、自分の判断ミスのように感じてしまうことがありました。

「このお金も入れていれば、もう少し増えていたかもしれない」
「待っているつもりが、ただ置いていかれているだけなのではないか」

そんなふうに考え始めると、待機資金は“次のための余力”ではなく、“機会損失”のように見えてきます。

今思うと、私は現金そのものの扱いに困っていたというより、動いていない自分に少し罪悪感を持っていたのだと思います。

今日は、この「待機資金への罪悪感」の話です。

心の動き

待機資金が気になり始めると、お金そのものの役割よりも、気持ちの落ち着かなさのほうが前に出てきます。

本当は、まだ無理に入る場面ではない。
価格にも少し熱さを感じる。
売買条件がそろうまで待ちたい。

頭ではそう思っているのに、相場が上がっていくほど、現金で持っていることがどこか悪いことのように感じられてくる。
持っているだけの資金が、役目を果たしていないように見えてしまうことがあります。

すると、
「少しだけでも市場に入れておいたほうがいいのでは」
「全部でなくても、何か買っておけば落ち着くかもしれない」

と、基準が少しずつゆるんでいく。

待つためのお金だったはずなのに、持っていること自体が不安になる。
この感覚は、大きな焦りというより、静かな居心地の悪さとして出てくる気がします。

その裏側にある心理

この気持ちの裏には、いくつかの心理が重なっているのだと思います。

ひとつは、上がった相場を見たときに、得られたかもしれない利益が大きく見えやすいことです。
実際にはまだ失っていないのに、「入れていれば増えていたはず」という想像が強くなって、今持っている現金まで惜しく感じてしまうことがあります。

もうひとつは、何もしない時間が不安に見えやすいことです。
相場が動いているとき、人は動いていない自分のほうを気にしやすくなります。
特に周りがうまく乗れているように見える場面では、「待つ」という行動まで消極的で弱いものに見えてしまう。

でも本来、待機資金は何もしていないお金ではありません。
急な下落に備えるための余力であり、次の判断を急がないための余白でもあります。
入らないことを選べる自由、と言ってもいいのかもしれません。

それなのに相場が強いと、その意味が見えにくくなる。
私はここに、待機資金への罪悪感のやっかいさがあるように感じています。

こわいところ

待機資金への罪悪感のこわいところは、買う理由があるからではなく、現金のままでいる落ち着かなさから動いてしまうことです。

本来なら、
「なぜ今ここで買うのか」
「今の価格で入る意味はあるのか」
を見たいはずなのに、いつの間にか
「現金のままだと落ち着かない」
「置いていかれる感じがつらい」

が行動の理由になってしまうことがあります。

その結果、そこまで納得していない銘柄に入ってしまったり、買う理由が薄いのにポジションだけ増やしてしまったりする。

しかもその場では、「機会損失を減らしている」「資金を遊ばせていない」と見えるので、自分でも気づきにくいんですよね。

待機資金を持つこと自体は悪くない。
でも、持っていることに耐えられなくなると、判断の軸が少しずつずれていきます。

対応策

私が少し楽になったのは、待機資金を「まだ投資していないお金」として見るのをやめてからでした。

① 待機資金の役割を先に言葉にしておく
「急落時の余力」
「納得できる場面まで待つためのお金」
こうして役割を書いておくと、現金がただ取り残されているようには見えにくくなります。

② 買う条件だけでなく、買わない条件も持っておく
どんなときに入るかだけでなく、
「前提に納得できないときは入らない」
「上がっているからではなく、理由があるときだけ入る」
という条件も決めておく。
これがあると、罪悪感だけで動きにくくなります。

 ③ 一度に動かそうとしない
待機資金が気になるときほど、早く何かに変えてしまいたくなることがあります。
でも私は、そういうときこそ「全部を今使わなくてもいい」と考えるようにしています。
一度に埋めようとしないだけでも、罪悪感に押されて動きにくくなります。

一言まとめ

待機資金への罪悪感は、現金を遊ばせておくことから生まれるのではなく、上がっているものの横で、動いていない自分だけが遅れて見えるから生まれるのかもしれません。

でも投資では、いつも動いていることが正しさではない。
待つことも、無理に入らないことも、現金として持っておくことも、ちゃんと判断のひとつです。

私は今でも、相場が強い日は現金が少し居心地悪く見えることがあります。
それでも最近は、焦って市場に投下するより、そのお金を置いている意味を思い出したいと思っています。

ここまで読んでくださった皆さまへ

皆さまは、待機資金があると落ち着くタイプでしょうか。
それとも、何かに入れておきたくなるタイプでしょうか。

私は、上がる相場ほど後者になりやすいです(笑)
もしよければ、待機資金との付き合い方をコメントで教えていただけたらうれしいです(^-^)

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