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「何度でも謝ればいい」の罠──日中友好という理想に敗れた日本の誠意

はじめに──「何度でも謝ればいい」という言葉

2005年、中国各地で反日デモが起きたころ、谷村新司は産経新聞の企画で、過去の戦争について中国が謝罪を求めるのであれば、日本人は何度でも謝ればよいという趣旨を語った。相手が「もういい」と言っても、誇りを持って謝罪を続けることが、世界から尊敬されることにつながるのだ、と。いかにも谷村新司らしい、温かく誠実な言葉である。彼の代表曲『昴』は中国でも広く愛され、谷村自身も長年にわたり日中文化交流に尽くした。音楽によって国境を越え、人と人が理解し合えることを、彼は心から信じていたのだろう。

この言葉は、日本人の心にも心地よく響く。自分に非があるなら率直に謝る。相手が許すまで誠意を尽くす。謝罪は屈服ではなく、人間としての品位である。だが、その美しい倫理を国家間の関係へそのまま持ち込んだとき、何が起きるのか。谷村の言葉から二十年以上を経たいま、中国の対日姿勢と周辺国への威圧を見れば、私たちはその問いを避けることができない。

第1章──性善説の上に成り立つ日本社会

日本社会は、基本的に相手も自分と同じように良心を持つという前提で動いている。約束を破れば恥じる。受けた恩には報いる。謝罪する者をいつまでも責め続ければ、今度は責める側が周囲からたしなめられる。こうした暗黙の規範があるからこそ、日本では監視や契約を必要以上に増やさずとも、社会を動かすことができる。

本稿では、このような社会を便宜的に「性善説国家」と呼ぶ。一方、人間は利益と力によって動くことを前提に、約束や善意さえ交渉材料として扱う国家を「性悪説国家」と呼ぶ。これは孟子や荀子の思想を厳密に論じるものではなく、国家行動の違いを表すための比喩である。性善説国家の人間は、謝罪すれば相手の心も動くと考え、善意を示せば、いつか善意が返ってくると信じる。谷村新司の言葉は、まさにその精神を体現していた。

第2章──謝罪を「資源」として読む国家

しかし、相手が謝罪を道徳ではなく、利用可能な外交資源として見ていたらどうなるか。日本が謝罪するたびに、中国側は「日本自身が加害責任を再確認した」と主張できる。圧力を加えれば譲歩を引き出せるという成功体験も積み上がる。前回の謝罪は和解の終点にならず、次の要求の最低基準となる。謝罪する側は関係が一歩ずつ改善していると思い、謝罪させる側は歴史カードの有効性がまた確認されたと考える。ここに、埋めようのない認識のずれが生じる。

谷村は、謝罪を続ける日本が世界から尊敬されると考えた。だが国際政治において、自らを際限なく被告席へ置く国が得るものは、必ずしも尊敬ではない。相手から見れば、さらに要求できる国、押せば下がる国として認識されることもある。善意が悪いのではない。相手も善意を善意として受け取るという前提が、国家間では危ういのである。

第3章──中国の発展を本気で願った日本

戦後日本が中国に差し出したものは、言葉だけではなかった。日本は1979年から対中ODAを開始し、約3兆3165億円の円借款、約1576億円の無償資金協力、約1858億円の技術協力を実施した。鉄道、港湾、発電所、環境設備、医療、人材育成など、中国の近代化を支える基盤を整えた。

民間企業もまた、資金と設備だけでなく、生産技術、品質管理、現代的な企業経営を伝えた。日本人技術者は現地へ赴き、中国人従業員を育てた。日本は中国の貧困と混乱を望んだのではない。中国が豊かになれば社会は穏健になり、日本の善意を理解し、安定した友好国になると本気で期待していた。そこには経済的利益だけでなく、過去の戦争に対する贖罪意識もあった。中国の発展に協力することが、戦後日本の誠意を示す行為だと考えたのである。

第4章──善意によって強くなった国からの威圧

では、その善意は何をもたらしたのか。中国は目覚ましい経済発展を遂げた。しかし、豊かになれば自由化し、対外的にも穏健になるという日本側の期待は外れた。中国共産党は反日教育を続け、日本の謝罪や経済協力を国民へ十分に知らせないまま、日本を永遠の加害者として位置づけた。さらに中国は、民生技術を軍事力へ取り込む「軍民融合」を国家戦略として進めている。かつて日本を含む外国から導入した技術と、それによって築かれた産業基盤は、中国の総合的な国力を支えるものとなった。その中国が現在、尖閣諸島周辺で日本を威圧し、台湾へ軍事的圧力を加え、南シナ海では力による現状変更を試みている。

日本人が中国の発展を願い、惜しみなく差し出した資金、技術、知識。その蓄積の上に築かれた国力が、いま日本を脅す方向にも使われている。この事実を前にしても、なお「善意を示し続ければいつか理解される」と言うのであれば、それは美徳ではない。現実から目を背けた自己満足である。

第5章──『昴』を愛した中国人と、中国国家の論理

もちろん、『昴』を聴いて心を動かされた中国人の感情まで偽物だったわけではない。音楽によって谷村新司を愛し、日本に親しみを感じた人々は実際にいた。その交流は、それ自体として尊い。

しかし、個人の文化的な親愛と、国家の行動原理は別である。中国人の観客が日本の歌に感動したことは、中国共産党が歴史カードを手放す理由にはならなかった。谷村自身の中国公演でさえ、政治情勢によって延期された。文化交流は政治を和らげることはあっても、権力国家の戦略を根本から変える保証にはならない。戦後日本は、この二つを混同した。人と人が分かり合えるなら、国家同士も必ず分かり合えると考えたのである。だが、国家は歌に感動して行動するのではない。国益、権力、体制維持、力関係によって動く。

第6章──善意を相互主義へ転換する

日本が捨てるべきなのは善意ではない。善意を無条件に差し出す習慣である。敬意を示す相手には敬意を返す。協力する相手には協力する。約束を守る相手には信用を与える。しかし、威圧には抑止を、虚偽には反論を、善意の悪用には支援の停止をもって応える。これが相互主義である。

謝罪にも終点が必要だ。対象となる事実と責任の範囲を明確にし、法的・外交的に決着した問題は蒸し返させない。現在の日本人や、まだ生まれていない将来世代にまで、無期限の道徳的債務を背負わせてはならない。対中関係でも、友好という言葉より相手の行動を見るべきである。重要技術を安易に渡さず、供給網を依存させず、合意には履行を求め、破れば相応の不利益を負わせる。善意が返ってこないなら、こちらも関係の水準を下げる。それは敵意ではなく、公平である。

むすびに──善意が通じる相手にこそ、善意を

谷村新司の「何度でも謝ればいい」という言葉を、愚かな発言として切り捨てるべきではない。そこには、戦後日本人の誠実さと、平和への切実な願いが込められていた。だからこそ、多くの日本人の心に響いたのである。しかし、その言葉が前提とした世界は存在しなかった。すべての国が謝罪を誠意として受け取り、善意に善意を返すわけではない。中には善意を弱点として分析し、最大限利用する国家もある。

日本は国内では、これからも人を信じる社会であればよい。だが国家の外殻まで性善説で作ってはならない。外に対しては相手の行動を検証し、相互主義と抑止力によって境界を守る必要がある。善意は、それを理解し、同じ善意を返そうとする相手にこそ示せばよい。威圧する相手にまで差し出し続ける必要はない。外殻は堅く、内側は温かく。それが、谷村新司の美しい理想を踏みにじらせず、日本人の善良さを守るための現実的な国家像である。

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