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元気だった頃の父を思い出す

今回は、まだ元気だった頃の父について、少しだけ振り返ってみようと思います。

父は地元の商業高校を卒業後、名古屋の百貨店に就職しました。仕事熱心で、配達の効率を上げては、余った時間で後輩たちを銭湯に連れて行く──そんな頼れる兄貴分のような存在だったと聞いています。

ある日、勤務中の父のもとに届いたのは、実家からの電報。

「ハハキトク スグカエレ」

緊急の知らせに急いで帰省したものの、そこにいたのは元気に動き回る母。「だまされた!」と名古屋に戻ろうとした父でしたが、上司からはまさかのひと言。

「母親は大事にしろ。もう戻ってこなくていい。」

これが父の“退職理由”となり、そこからは実家で農業と自営業を掛け持ちする生活が始まりました。

季節に合わせて田植えや収穫に精を出し、オフシーズンには釣りや旅行に出かける。自由気ままな人生を楽しんでいたように思います。社交的で友人も多く、外では明るく振る舞う人でした。

ただ、家庭内では違いました。

とにかく“怒鳴る人”。食卓では祖母や母の発言にもすぐ大声で反応し、ピリピリした空気が当たり前。私は中学生になると、時間をずらしてひとりで食事をするようになりました。欲しいものがあっても「我慢しろ」が口ぐせ。高校生になってからは、ほとんど会話もしなくなっていきました。

そんな父と再び向き合うようになったのは、母が他界し、相続のことを意識し始めた頃からでした。

親子って、不思議ですね。
距離をとっていた時間が長かったからこそ、今こうして介護というかたちで再び関わることになるなんて、思ってもいませんでした。


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