「沖縄差別には当たらない」── 砂布均氏の六か月:出発点の拒否と、「愚直に何度でも」の反復
【要点】
砂布均氏は、1.4イベントの出演者でも主催者でもない。2026年1月2日に外から参入し、以後六か月、同じ主張を反復してきた。本稿は、その反復を一つずつ数え直すことだけが目的ではない。反復を可能にしているもの ── 自らの加害性の否認 ── を対象化する。
砂布均氏はこう公言した人物である。
沖縄に基地を押し付けてるのは日本政府とアメリカで、僕は加害者じゃない
自らの加害性を認識することは、本土の人間が沖縄問題に関わる出発点である。砂布均氏はこの出発点を拒否した。「沖縄差別には当たらないと考えます」と書き、加害性の指摘を「レッテル」と呼び、「セカンドレイプを受けてるのはこちらです」と加害と被害を反転させた。出発点を拒否することは、その責任を負わずに逃げることである。そして、責任を負わない位置のまま「辺野古基地反対コンサート」に出演し、「沖縄のために」歌おうとすることは、沖縄の利用である。
六か月間、崩れた論をそのまま繰り返せたのは、この拒否があったからである。本稿は、砂布均氏の参入から現在までを時系列と論理の両面から検証し、その全体がひとつの拒否の上に成り立っていることを示す。そして最後に、砂布均氏が繰り返す「沖縄差別ではない」という否認そのもの ── 何が沖縄差別かを、基地を押し付けている側が裁定すること ── が、六か月の言動の中で最も深い沖縄差別であることを示す。
序 ── 半年後も同じ話をしている
7月9日、砂布均氏はこう投稿した。
2秒の視線の1.4イベントにおいての牧瀬茜さんの身体表現が激しい非難に晒されたのも表現の不自由展案件だと言ったら
おかだだい氏が激怒したけれど
今もその考えに変わりはない。
表現を弾圧するのは国家権力とは限らない。
みろくさんの射的もそうだよ。
あんなもの、ほんのお遊びじゃねえか。
大袈裟に騒ぎやがって。
(中略)
表現の不自由展がまた開催されればオレは支援の側に立つ。
1月4日から半年が過ぎている。この間に何が起きたかを、先に並べておく。
「職業差別」の枠組みは、関係者たちの手で次々に手放されてきた。主催の2秒の視線は謝罪した。1月26日に「無意識のセックスワーカー差別」を論じる論考を公開し、声明側の理論を最初期に支えた五宝光基氏は、これを全面撤回したうえで「実際に『職業差別』はない」と認めた(論考29「『職業差別はなかった』― 五宝光基氏4.16謝罪文を読む」)。そして5月、1.4イベント当日に会場にいた声明側の中心人物・趙博氏が「それを『職業差別だ』と断定してしまったのは明らかに私の間違いでした」と公表し、4.3声明の撤回にまで言及した。
砂布均氏自身の論はどうか。「バイアス」論は、出演者自身の活動歴の前で崩れた(論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」)。トラウマインフォームドケア(TIC)については四度問われて四度逃げた(論考31「TICを知らなかった者と、知っていて適用しなかった者」)。5月7日には、「職業差別」認定の証拠を公開の場で求められて「忘れましたよ」と答えた。
つまり、変わる契機は何度もあった。論が崩れたとき。証拠を出せなかったとき。最も近くにいた趙博氏が誤りを認めたとき。「最初は私だってわからなかった」と、動けた道筋を目の前で差し出されたとき。そのどの契機でも、砂布均氏は動かなかった。7月の投稿は、1月2日の参入初日と同じ場所に立っている。批判は「弾圧」であり、異議は「大袈裟に騒ぐ」ことであり、問題は最初から存在しない。
論考10「沖縄の声はこうして消された ― 1.4イベント問題に見る差別的攻撃構造の記録と分析」は、3月の時点で、砂布均氏を「理論的正当化を試みて破綻した人物」として記録した。破綻から四か月、破綻した理論はそのまま反復されている。
なぜ動かなかったのか。動けなかったのではない。動く必要のない場所に、最初から立っていたのである。本稿は、その場所を対象化する。
本稿は、砂布均氏が沖縄問題について語る資格がないと言うものではない。問うているのは、語る前に引き受けるべき位置を拒否したまま、沖縄側の異議を裁定し続けたことである。
第1章 参入 ── 1月2日、拒否は初日からあった
第1節 外部からの参入
砂布均氏は、1.4イベントの直接の関係者ではない。会場にいた者でも、企画した者でも、出演した者でもない。京都を拠点とするミュージシャンであり、バンド「裏猫キャバレー」で活動し、街頭の反差別活動にも関わってきた人物である。そして、辺野古に通って活動した経験はない ── 本人の言葉では「先日沖縄へ行った時朝早く車で寄っただけ」である(論考26「名古屋辺野古コンサート ― 沖縄差別者が『沖縄のために』歌うとき」)。論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」は、この点 ── 辺野古の現場に立たないまま、「沖縄差別を許さないために闘う」として声明側の中心に立ってきたこと ── を、砂布均氏の第一の特徴として記録している。
声明側の活動が「沖縄のため」ではなく街頭カウンターの延長として遂行されてきたこと、砂布均氏がその中核に位置することは、論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント」が記述したとおりである。
辺野古に通っていないこと自体を責めているのではない。問うているのは、その位置を自覚しないまま、沖縄側の異議を裁定する側に立ったことである。
その砂布均氏が議論に現れたのは、2026年1月2日 ── 村上薫氏(論考55「沈黙させようとした者が、『沈黙する当事者』を語る ── 村上薫氏『買春処罰法の制定に反対する声明』を読む」)が沖縄側の異議を「職業差別」と断定したのと同じ日である。イベントの二日前でも当日でもない。沖縄側の異議が「職業差別」という枠組みに読み替えられたまさにその日に、その枠組みを携えて外から参入した。
参入初日のスレッドで、砂布均氏は沖縄側の異議を「セックスワーカーを差別するな」の問題として扱い、パフォーマンスが着衣であったことを強調し、懸念を偏見と断定した。論考10「沖縄の声はこうして消された ― 1.4イベント問題に見る差別的攻撃構造の記録と分析」が記録したとおり、宮城秋乃氏の原文のどこに「排除」の意図があるのかを示さないまま、「排除=差別」のフレームの中で議論を展開した。以後六か月の論法は、初日にすでに出そろっていた。
そして、本稿の主題である出発点の拒否も、初日からあった。ヤマトの立場性を問われた砂布均氏は、こう書いている。
ヤマトが加害者側なのは理解しています。そして誰が一方的に沖縄の人を判断しているのでしょう?
「理解しています」と書いた同じ文で、問いは沖縄側への反問にすり替わっている。ヤマトが加害者側であるという一般論の承認と、いま自分がしていることへの適用の拒否が、最初から一体で出ていた。この一文は、以後六か月の縮図である。
第2節 1月前半 ── 「偏見」の断定と、その根拠
1月15日、砂布均氏はこう書いた。
しかしながら牧瀬さんの身体表現は性的な意味合いではさほどラディカルなものではなかったと聞いています。
この場でストリッパーではなくクラシックバレリーナであればこれほどの非難が想像出来たでしょうか。
ストリッパーに対する偏見が巻き起こしたものではないでしょうか。
「聞いています」── 砂布均氏自身、当日のパフォーマンスを見ていない。伝聞に基づいて、沖縄側の異議を「偏見」と断定している。後に砂布均氏は批判者に向かって「実際に見てから言え」と繰り返すことになるが、その要求を自分には適用していなかったことを、この「聞いています」が示している。
このスレッドにはすでに反論が返っていた。問われているのは職業や技法ではない。性暴力の記憶が語られた直後という時間配置、身体表現という形式、それが起動させる意味の回路 ── 場の設計の問題である、と。砂布均氏がこの反論に正面から答えた記録はない。
同じ1月、筆者への返信では、こう断定した。
性被害とストリッパーの身体表現(しかもそれはストリップでなく着衣による舞踏)は何らかのバイアスがないと繋げるのが不可能です。
この「バイアス」論がどう崩れたかは、第3章で改めて見る。
第3節 1月17日 ── 立場性の拒否と、最初の警告
1月17日、砂布均氏は立場性(ポジショナリティ)への問いに、こう投稿した。
「ポジショナリティ」と言う言葉は初めて聞いたけど意味はわかりましたよ。
でもそれってマウントとるための道具ではないですよね。
初めて聞いた概念を、その日のうちに「マウントとるための道具」の疑いにかけている。立場性とは、まさに本稿が主題とする「どの位置から誰の異議を裁定しているのか」という問いである。砂布均氏はこの問いを、内容を検討する前に、道具化の疑いへと変換した。出発点への扉は、ここでも開かれなかった。
同じ1月17日、宮城秋乃氏はこう書いた。
この方をこのコメントで初めて知った。
私と共通のFBFもおり、沖縄の基地問題に関するグループにも属しているようなのだけど、
沖縄差別には加担するんだな。
今回の件でこの方は今日初めて出てきた。
沖縄差別は少しずつ広がっている。
これは自然発生によるものではない。
広がりには、運び手がいた。本稿が記録するのは、その運び手の六か月である。
第2章 「僕は加害者じゃない」── 出発点の拒否
第1節 本人の言葉
砂布均氏の六か月の発言を貫く動きは、一つである。本人の言葉で示す。
第一に、一般論では認める。前章のとおり、参入初日に「ヤマトが加害者側なのは理解しています」と書いた。
第二に、自分への適用は拒む。論考26「名古屋辺野古コンサート ― 沖縄差別者が『沖縄のために』歌うとき」が記録した公言がある。
沖縄に基地を押し付けてるのは日本政府とアメリカで、僕は加害者じゃない
3月7日、「【1.4イベント、或いはSW、トランス、職業差別及び表現の自由について】」と題する投稿では、こう書いた。
また沖縄の性的被害者の心的打撃を無視してイベントを強行するのは沖縄差別ではないか?という声も聞かれます。確かに米兵による性被害は沖縄特有かもしれません。しかし「米兵による」という部分を除けば性犯罪は全国各地で行われており性犯罪の本質は米兵であろうとなかろうと変わらないと思うので沖縄差別には当たらないと考えます。
同じ投稿のコメント欄では、こう書いた。
残念ながら表現の自由を超える言説にはなっていませんね。基地を押し付けたのは本土人民ではなく沖縄県を含む日本国政府でありアメリカです
3月17日には、加害性の指摘そのものを取り上げて、こう書いた。
米軍基地を沖縄に押し付けたのは日本政府でありアメリカ政府です。
で、この投稿、ひどくない?
ボクは確かに本土で生まれて本土で育ちました。
それは自分ではどうしようもないことであり自分の出自です。
その出自でもって砂布さんは加害者やと言うてるわけよね。
さらに、こう補足した。
国家の加害責任を国民ひとりひとり個人に還元していくのはまるで「一億総懺悔」みたいで違和感あります
沖縄県民のほとんどは日本国民ですよ
第三に、指摘を「レッテル」に変換する。4月4日にはこう書いた。
そしてボクも宮城氏を批判し牧瀬茜さんを擁護したら沖縄差別者のレッテルを貼られボクのバンド「裏猫キャバレー」が出演予定の「辺野古基地反対コンサートin名古屋」主催に対して凄まじい攻撃が続いている。
4月7日には、こう書いた。
セカンドレイプを受けてるのはこちらです。沖縄差別者のレッテル貼られた上2次被害としてイベントを潰されました。
第四に、逆に指図する。宮城秋乃氏に「しんどかったらスルーしたらええんやで」と書き、「なんで『本土』の砂布均さんが『沖縄』の人にそれが言えると思ってるのですか?」と問われた砂布均氏は、2月1日、こう返した。
沖縄の人、だれか宮城さんのやってる高江での反米軍基地活動手伝ってやれよ。
第2節 「米兵による」を除くということ
3月7日の一文を、もう一度見る。「『米兵による』という部分を除けば性犯罪は全国各地で行われており」── 除かれたその部分にこそ、すべてがある。
米兵による性暴力が沖縄で繰り返されてきたのは、国土面積の0.6パーセントの島に在日米軍専用施設の七割が置かれてきたからである。基地の集中は自然現象ではなく、本土の反対運動が本土の基地を押し返した結果として、負担が沖縄へ移されてきた歴史の産物である。日米地位協定は加害者の処罰を妨げ続けてきた。「米兵による」を除くことは、この構造の全体を除くことである。除いた残りを「全国各地で行われて」いる性犯罪一般と等置すれば、沖縄差別は定義上消える。消したのは論理ではなく、除外という操作である。
「基地を押し付けたのは本土人民ではなく沖縄県を含む日本国政府でありアメリカです」という一文には、さらに見落とせない細部がある。押し付けた主体の側に「沖縄県を含む日本国政府」として沖縄が繰り入れられ、押し付けられた側と押し付けた側の区別が消えている。「沖縄県民のほとんどは日本国民ですよ」も同じ働きをする ── どの国民が負担を負い、どの国民が免れているかという非対称を、「国民」という同質の箱に入れて均す。その一方で、「本土人民」だけが責任の宛先から外されている。この論法が免責する唯一の集団は、砂布均氏自身が属する集団である。
「一億総懺悔みたい」という反発も、的を外している。一億総懺悔とは、責任を全員に薄く分配することで、誰の責任も問えなくする操作 ── つまり無責任化の装置 ── である。加害性の認識はその逆である。誰がどの位置で負担を免れているかを特定することであり、責任を薄めるのではなく、宛先を持たせることである。内心の懺悔は求められていない。求められているのは、位置の認識である。砂布均氏は、位置の特定を内心の儀式にすり替えたうえで、その儀式を拒否してみせた。拒否されたのは、最初から求められていないものである。
政府に責任がないという話ではない。押し付けの実行主体が日米両政府であることは、その政府を選挙と世論と、なにより無関心によって支えてきた本土社会の位置を消さない。負担を免れるという利益は、政府だけでなく、本土に住むすべての人間に発生し続けている。
第3節 なぜ加害性の認識が出発点なのか
ここで言う加害性とは、個人の悪意でも、行為の有無でもない。基地の負担を免れているという構造上の位置のことである。論考49「小林真彦氏の反論(3)への応答 ─ 『無理のある定義』という問いが回避しているもの」で確認した規定を引く。
受益は、能動的な選択を必要としない。何もしなくても、その構造のなかに住んでいるだけで、負担を免れるという利益は発生し続ける。
そして、受益は努力では消えない。反対運動に参加していても、辺野古のために歌っていても、構造が変わらない限り受益は続く。カウンター活動の経歴も、反差別の実績も、この位置を動かさない。
この位置の認識が、なぜ出発点なのか。論考03「離脱できる正義、離脱できない現実」が示した非対称があるからである。本土の側は、議論から降りられる。スレッドを閉じ、ブロックし、興味を失えば、そこで終わる。沖縄の側は、降りても基地が残る。爆音も、米兵も、性暴力の危険も残る。この非対称を踏まえずに対等な「議論」の体裁をとれば、降りられる側が降りられない側を疲弊するまで消耗させる構造だけが残る。だから、本土の側に最初に求められるのは、意見でも支援でもなく、自分がどちら側に立っているかの認識である。
砂布均氏がこの出発点を拒否したまま何をしたか。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議を「偏見」と裁定した。論考50「小林真彦氏の反論(4)への応答 ─ 効果は認めながら、なお発言を『うっかりミス』と呼ぶこと」は、この動作をこう記述した。
当事者の嘆きを裁く側に回ること、それ自体が、自分の加害性を消し去る手つきなのである。
裁く席に着くこと自体が、拒否の実行である。「バイアス」「偏見」「大袈裟」という裁定の言葉が発せられるたびに、裁定している自分の位置は問いの外へ退く。六か月間の反復は、この手つきの反復であった。
第4節 「レッテル」という語が行う変換
「沖縄差別者のレッテルを貼られ」「セカンドレイプを受けてるのはこちらです」── この語彙は、二つの変換を同時に行っている。
一つは、構造の指摘から個人攻撃への変換である。砂布均氏の言動が問われたのは、出自ゆえではない。負担を免れる位置に立ったまま、負担を負う側の異議を裁定し続けたからである。誰も出自を責めていない。「その出自でもって加害者やと言うてるわけよね」という受け取り直しは、位置への問いを資質への攻撃に読み替え、答えなくてよいものに変える。論考16「『本土は沖縄を消費するな』― 何が問われているのか」が名指しした操作 ── 沖縄側の構造批判を個人への攻撃に変換する操作 ── と同じ型である。
もう一つは、加害位置から被害位置への移動である。「セカンドレイプ」は、性暴力被害者が被害を訴えた後に受ける二次加害を指す臨床の言葉である。その言葉が、米兵性暴力の被害当事者の側ではなく、米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議を「偏見」と裁定してきた側の自己防衛に使われた。被害の言葉を借りて裁定の位置を守る ── 論考21「『本当の被害者』を決める権利 ― MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」が記録した構造の、砂布均氏における現れである。
第5節 拒否は選択である ── 認めた者たちとの対比
出発点の拒否は、不可能だから起きたのではない。同じ問いを向けられて、認めた者がいるからである。
「職業差別」の枠組みを本土側から支えた小林真彦氏は、半年に及ぶ議論の末に、こう書いた。
「私も加害者の側にいる」という表現は間違っていないだろう
趙博氏は、「職業差別だ」という自らの断定を「明らかに私の間違い」と公表するところまで動いた。沖縄側に立って砂布均氏との対話を続けてきた野瀬博之氏は、自身について「最初は私だってわからなかった」と振り返り、わからないところから沖縄の意見を聞く側へ動いた経験を、7月に砂布均氏へ向けて差し出した(第6章)。筆者自身、「本土は沖縄を消費するな」という言葉の射程を、最初はつかめていなかった。つかめないところから始めて、問いを自分に向けることはできる。それは特別な能力ではなく、選択である。砂布均氏がしなかったのは、その選択である。
第6節 拒否の上での「辺野古」── 沖縄の利用
そして、この拒否の上で、砂布均氏は「第42回辺野古新基地反対コンサートin名古屋」に出演しようとしていた。42回続いてきた反対運動の場である。しかもこのコンサートは、辺野古の海で抗議船が転覆し船長と高校生が亡くなった事故の、わずか20日後に予定されていた。その場に、米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議を「バイアス」と断じ続けてきた人物が、出演者として立とうとしていた。
コンサートの延期をめぐって、4月4日、砂布均氏が曽田浩隆氏に送った個人メッセージが公開されている。
私は宮城氏を批判したことは何度もありますが誹謗中傷したことはありません。私が誹謗中傷したのを見たのでしょうか。いい加減な物言いであなたは私たちの大切な名古屋のイベントをつぶしました。
「私たちの大切な名古屋のイベント」。論考26「名古屋辺野古コンサート ― 沖縄差別者が『沖縄のために』歌うとき」が記録したとおり、砂布均氏は単なる出演者にとどまらず、実質的に主催者側に立っていたことを、この言葉で自ら示した。論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」で論じた要点は、砂布均氏が、沖縄を素材として消費しながら、米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議を「職業差別」と断定して排除する構造の中心にいる、ということだった。
ここに、本稿の中心命題が最も端的な形で現れている。加害性は引き受けない ── 「僕は加害者じゃない」。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議は「偏見」と裁定する。当事者が三か月にわたり出演の再考を求めても応じない。しかし、辺野古という題材と場は使う。「沖縄のために」歌う席には座る ── 責任を負わない位置から沖縄を使うこと、これが沖縄の利用である。「反対運動への貢献」という形式は、このことを覆い隠さない。むしろ、貢献の形式をとるからこそ、利用は見えにくくなる。基地の負担を負う側が異議を唱え、負担を免れる側が「沖縄のために」を掲げてその異議を退ける ── この転倒が半年間続いた。
第3章 十の型 ── すべて同じ根から生えている
六か月間に砂布均氏が反復した主張は、十の型に整理できる。いずれも複数回確認でき、いずれもすでに崩れた場所があり、いずれも崩れた後に反復された。一つずつ検証する。
第一の型 「バイアスがないと繋げるのが不可能」
1月に断定した。これに対する結論は、論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」がすでに示している。
いずれにせよ、砂布均氏の「バイアスがないと繋げるのが不可能」という主張は、出演者自身の活動歴によって成立しにくい。
沖縄側がこの二つを「繋げた」のではない。出演者の活動歴を踏まえれば、両者を切り離して理解することが困難であった。
「バイアスがないと繋げるのが不可能」という主張が成り立つのは、性暴力と身体表現のあいだに現実の接点が何もない場合だけである。接点が現実にあるなら、繋げるのに偏見は要らない ── 事実が繋げるからである。そして接点は、あった。牧瀬茜氏は、性暴力を模した行為を性的娯楽として提供する作品に出演してきた。性暴力と性的消費は、この出演者の活動歴の中で分かちがたく結びついていた。繋げたのは沖縄側の内面ではなく、出演者の活動歴という事実である。バイアスなど必要なかった。この企画構成に懸念を抱くことは、偏見ではなく、事実に基づく合理的な判断である。しかも論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」が示したとおり、砂布均氏には逃げ道がない ── 「全面支持」するほど近い立場にいながら出演歴を知らなかったのなら、事実を確認しないまま「偏見」と断定していたことになり、知っていたのなら、容易に結びつくと知りながら「繋がらない」と言い続けたことになる。どちらであっても、断定の資格はなかった。
3月4日、論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」の引用に接した砂布均氏は、こう応じた。
red氏は何を言ってるのだろう。
ストリッパー排除についてストリッパー個人の経歴など「全く関係ない」!
ここまで個人の経歴を晒す必要もない。
(中略)
大切なことだからもう一度言っておく。
「ストリッパー個人の経歴など全く関係ない!」
「バイアスがないと繋げるのが不可能」から「繋がる根拠を示されても関係ない」への後退である。繋がらないと断定した者が、繋がりの根拠を示されたとき、「関係ない」と宣言した。これは反論ではない。どんな根拠を示されても結論を変えないという宣言である。そして、沖縄側の懸念を裁く位置は、そのまま残った。
なお、砂布均氏は3月16日、批判者の一人についてこうも書いている。
1.4イベントのずっと前からこの人、ストリップを叩いてるよ。
異議の中身ではなく、異議を唱える人物の「前歴」を数える。バイアス論と同じ動きである ── 異議の根拠を検討する代わりに、異議を唱える者の内面や来歴に原因を求める。
第二の型 「文言ではなく実質的に」──「結果的に差別」論の自壊
「職業差別」該当の文言を問われたとき、砂布均氏はこう述べた。
文言ではなく実質的にある場からセックスワーカーを排除しようとすることが差別だ
結果的にストリッパーの身体表現を排除することに繋がっており、それは差別だ
論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」第1章第7節の指摘を引く。
この論法は、文言的根拠の不在を砂布氏自身が認めたことを意味する。
文言に根拠がないことを自認したうえで、「結果的に差別」として認定を維持しようとした。この論法が論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」の示したとおり自壊する過程を、順を追って示す。
第一に、前提となる「結果」がない。「結果的に排除に繋がる」と言うが、排除という結果は起きていない。イベントは予定どおり開催され、牧瀬茜氏は出演し、身体表現も行われた。「結果」から差別を立証しようにも、立証に使う「結果」が存在しないのである。
第二に、仮に企画の変更が生じていたとしても、場の文脈に応じた配慮は差別ではない。広島・長崎の原爆慰霊式典で爆発音を想起させる演出を避けることは、音響技術者への差別ではない。性暴力被害者の集会でアルコール提供を控えることは、酒造業への差別ではない。「その場に合わない配置を変える」ことと「その職業の人を排除する」ことは、別のことである。この区別を消して「結果的に制限に繋がれば差別」とするなら、あらゆる場の設計が差別になる。
第三に ── ここが自壊の核心である ── その「結果的に制限に繋がれば差別」という基準を、例外なく一貫して適用してみればよい。被害当事者が「この演出は辛かった」と訴えることは、演出の変更に繋がりうるから「差別」になる。主催者が配慮不足を認めて謝罪することも、今後の企画の変更に繋がるから「差別」になる。被害者が安心できる場の設計を求めるTICという枠組みそのものが、「差別」になる。そして、1.31声明と4.3声明は、沖縄側の当事者・支援者を「差別者」と認定することで、その発言の場を現実に萎縮させた ──「結果的に発言の制限に繋がる」ものが差別なら、この基準で最初に「差別」と認定されるのは、声明自身である。
つまり、砂布均氏は沖縄側を認定するために「結果的に」という基準を持ち出し、その基準は、持ち出された瞬間に、持ち出した本人の声明を「沖縄差別」と認定する。相手を撃つと必ず自分に当たる基準 ── これが、この論法の自壊である。砂布均氏がこの帰結に応答した記録はない。
5月13日には、この論法の極端な形が公開の場で明示された。
ストリッパーが身体表現するのを問題視することがすなわち差別なんですよ。
「問題視すること」そのものが「差別」ならば、企画構成への懸念表明も、主催者への問い合わせも、TIC観点での修正要請も、すべてが「差別」になる。同じスレッドで坂手洋二氏が「宮城さん比嘉さんはストリッパーを差別していないと言っていた。そこは認めなさいよ」「主催者が『職業差別がなかった』と言っているのです。1月の『声明』は取り下げるのが筋ではないでしょうか」と問うたのに対し、砂布均氏の応答は「その理屈おかしい」「差別されたと本人が言ってるからね」だった。「差別されたと言った人がいる」という事実と「差別があった」という事実は別の問題である、という同スレッドでの指摘への応答は、なされなかった。
第三の型 「排除は職業差別であり、表現の自由の侵害」
論考14「よくある主張への反論Q&A」と論考24「4.3声明 ― すべて反論済みである ― 沖縄を切り捨てる団結」が反論済みである。誰も牧瀬茜氏の表現活動一般の禁止を求めていない。ストリップ劇場での公演にも、他の場での身体表現にも、誰も異議を唱えていない。問われたのは、米兵による性暴力の被害を語る場の企画構成である。表現の自由は、あらゆる場であらゆる表現を配置する自由を意味しない。それを「弾圧」と呼ぶなら、性暴力被害者のための場を性暴力被害者のために設計せよという要求そのものが「弾圧」になる。第二の型と同じ場所で壊れている ── 基準を一貫させた瞬間、その基準が主張者自身に向かうのである。
この「表現の自由」が選択的にしか適用されないことも、記録されている。3月12日、沖縄の映画館シアタードーナツが趙博氏出演映画の上映延期を発表したときのことを、論考17「繰り返される誹謗中傷と終わらない二次加害 ― あらためて当日何が起こったのか」はこう記録した。
砂布均氏は上映延期を「理不尽な抗議」「表現の自由の侵害」と攻撃しながら、同じ日に牧瀬茜氏の辺野古での活動を称える記事を3本連続で共有しました。
映画館が自らの判断で上映を延期すること ── それ自体が表現の場の運営判断である ── は「侵害」と呼ばれ、擁護対象の活動は同じ日に称揚される。「表現の自由」は原則としてではなく、陣営の道具として使われていた。
7月9日の「表現の不自由展案件」は、この型の再演である。国家権力による検閲と、被害当事者を含む沖縄側からの企画構成への異議とを、「表現への攻撃」という一つの箱に入れる。争点を国家対表現者の図式に移せば、企画構成を問うた沖縄側の当事者・支援者は「弾圧者」の席に置かれ、裁定してきた自分の位置は消える。
第四の型 「見てから言え」と、対話の遮断
3月7日のまとめ投稿で、砂布均氏はこう書いた。
また性被害を語る場でストリッパーがパフォーマンスをするのは当の性被害者の心的打撃を与えるのではないかと心配する声もありますがイベントチラシには注意書きがあります。しんどいと思われたら見に行かないという選択肢は当然あります。
「見に行かない選択肢」を語ることは、場から退く負担を被害当事者の側に課すことである。性暴力被害を語る場は、本来、被害当事者が安心して居られるように設計されるべき場であり、その設計の原則がトラウマインフォームドケア(TIC)である。TICの不在こそがこの問題の技術的な核心だが、砂布均氏はTICについて四度問われて四度逃げた。一度目(4月6日)はすり替え。二度目(4月7日)は無視。三度目(4月19日)は ──
ご自身のところでおやりください。
四度目(4月21日)は ──
はあ?
論考31「TICを知らなかった者と、知っていて適用しなかった者」が記録したとおりである。「四度問われて、四度とも逃げた」「逃げ続けること自体が、砂布均氏がTICを知らなかったことの証拠である」。知らないまま、TICの不在を指摘する声を「職業差別」と断定し続けていた。
対話の遮断は、TICに限らない。論考10「沖縄の声はこうして消された ― 1.4イベント問題に見る差別的攻撃構造の記録と分析」が記録したとおり、砂布均氏は宮城秋乃氏に「あなたに訊いていません」と対話を拒否し、筆者に対しては事実確認の要求を「絡む」と呼び、「これ以上絡むつもりなら不本意ですがブロックさせていただきます」と遮断した。「見てから言え」と要求する者が、問いには「訊いていません」で応じる。そして第1章で見たとおり、「見てから言え」と要求した砂布均氏自身は、当日のパフォーマンスを「聞いています」で語っていた。要求は他人にだけ向けられていた。
第五の型 「クラシックバレリーナなら騒がれなかった」
この置き換えが示そうとするのは、「職業を入れ替えれば非難は消える。だから非難の原因は職業への偏見だ」という推論である。だが、この推論が成り立つのは、置き換えの前後で職業以外の条件が変わらない場合だけである。実際には、バレリーナに置き換えた瞬間、問われていた条件のほうが全部消えている。クラシックバレリーナには、性暴力を想起させる作品への出演歴がない。公演告知が性的消費の回路に接続することもない。沖縄側が問うたのは ── 性暴力の記憶が語られた直後という時間配置、ストリップ公演告知の並列、出演歴が呼び込む眼差し ── という企画構成の三つの条件であって、職業名はそのどれでもない。置き換えは、争点の三条件を全部消してから「ほら、残るのは職業への偏見だ」と結論する操作である。消えたのは偏見ではない。争点である。
この置き換えには参入直後から反論が付いていた。問われているのは職業や技法ではなく、場の設計である、と。砂布均氏がこの反論に正面から応じた記録は、六か月間に一度もない。置き換えだけが反復された。
第六の型 「沖縄差別には当たらない」
第2章で見た、出発点の拒否そのものである。十の型の中心にこれがある。
第七の型 「性被害当事者だから適任」
4月16日、砂布均氏はこう書いた。
ストリッパー含むセックスワーカーは性被害にあいやすい存在です。
牧瀬さんもそうです。
実際性被害にあわれたことは本人が明らかにしています。
適任やと思いますね。
2秒の視点はそんな牧瀬さんを擁護しませんでした。
擁護の論拠として、擁護対象の性被害の経験を、本人に代わって持ち出した。長谷川直美氏は、その論理をそのまま裏返した ── 性被害に遭いやすい立場にいるのなら、なぜ性暴力被害者の想いを尊重できなかったのか、と。
この裏返しがなぜ効くのかを、確認する。「適任」論の前提は、出演者が性被害に遭いやすい立場にあり、実際に被害の経験を明らかにしている、ということである。この前提を認めるなら、出てくる帰結は一つしかない ── 被害の経験を持つ者こそ、性暴力被害を語る場で被害当事者の心情がどう動くかを深く理解できるはずであり、だからこそ企画構成への懸念に、誰よりも応答できたはずである。つまり「適任」の論拠は、一語も変えずに、「では、なぜ配慮されなかったのか」という問いの論拠になる。擁護のために持ち出した前提が、そのまま企画への最も重い問いを組み立ててしまうのである。「適任」論はこの反問に答えないまま消えた。答えられないからである。
第八の型 被害者の反転
「セカンドレイプを受けてるのはこちらです」。第2章第4節で見たとおり、臨床の言葉が、被害当事者を含む沖縄側の異議を裁定してきた側の自己防衛に転用された。実際に起きていたのは逆である。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の当事者・支援者が異議を唱え、「職業差別者」という根拠のない認定を受け、半年間その認定に晒され続けた。認定の根拠は、後に「忘れましたよ」と言われるものだった。
第九の型 批判者へのレッテル
3月7日、投稿タイトルに「トランス」を含めた理由を問われて、砂布均氏はこう答えた。
セックスワーカー差別者とトランス差別者がほぼ被ると判断したからです。それ以上の意味はありません。
沖縄側は一度もトランスジェンダーに言及していない。言及していない主題を持ち出して「差別者」の像を二重にする ── 構造批判を思想傾向のレッテルに置き換える操作であり、論考36「『反差別』を装う排除 ― 運動の団結を阻害する新たな装置」が論じた装置の一部である。1月18日には批判者をSWERF(セックスワーカー排除的ラディカルフェミニスト)の枠で語り、5月19日頃には ──
内ゲバで人を殺すのに比べりゃさ、裸で踊るなんて可愛いもんだと思うぜ
と書いて、宮城秋乃氏に党派のレッテルを重ねる流れに加わった。異議の中身は、ここでも一度も検討されていない。レッテルは検討の代替物である。
第十の型 証拠の不提示 ──「忘れましたよ」
5月7日、田丸正幸氏の投稿スレッドで、坂手洋二氏が公開の場で問うた。
あなた方が1月に最初の声明を出す根拠になった宮城さんや比嘉さんが職業差別をした証拠をお示しいただきたいです。
砂布均氏の応答は一言だった。
忘れましたよ。
坂手氏は返した。
じゃあ取り下げなさいな。
論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」の記述を引く。
「忘れましたよ」── これは、4ヶ月余り「職業差別」と断定してきた砂布氏が、その根拠の証拠提示を、公開の場で本人自身が拒否した記録である。
四か月余り「職業差別」と断定し、二つの声明に名を連ね、その認定のもとで沖縄側の当事者・支援者が攻撃され続けてきた ── その根拠を、問われて「忘れた」と公言する。これが、責任を負わないということの最も端的な形である。証拠は最初からなかったか、あるいは、あってもなくても認定は維持されるものだったか。どちらであっても、認定の被害を受けた側にとっての帰結は同じである。認定は、六か月間、一度も忘れられなかった。忘れられたのは、根拠だけである。
なお、根拠の検証は、砂布均氏を待たずに済んでいる。論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ― 声明側『10の嘘と改ざん』」が、声明の引用を一つずつ原文と照合した。石嶺香織氏の発言には、原文にない括弧注釈が付加されていた。宮城秋乃氏の発言は、四件で改ざんされていた ──「私は」が「私たちは」に変えられ、「沖縄の」が削られ、原文にない括弧が足され、後続の文章が省かれていた。言ったというなら、原文を示せばよい。示せば、原文との差分が見える。「忘れましたよ」には、忘れる理由があるのである。この問いは、論考57「公開質問状 ── 村上薫氏と、4.3声明共同代表・長谷川宏氏、MarikoCaroline Greet氏、ウエマ マサトシ氏、砂布均氏に問う ── 言ったというなら、原文を示してください」 として、宛先を明記して公開してある。
なお4月19日には、長谷川直美氏の追及に対してこうも書いている。
ですから沖縄差別をしているとレッテル貼りをされた我々7人と2秒のメンバーで一度話し合いの場を持ちましょうよ。
提案された「話し合い」の席に、肝心の沖縄側の当事者・支援者はいない。「レッテル貼りをされた我々7人」と主催側だけで話し合う ── 異議を唱えた当事者を外した場で、異議の当否を決めようという提案である。ここにも、同じ位置が現れている。
十は一つの拒否から生えている
十の型は、ばらばらの失敗ではない。どの型も、同じ一つの位置 ── 負担を免れている側が、負担を負う側の異議を裁定する位置 ── から発している。バイアス論は裁定であり、「結果的に差別」は裁定であり、「大袈裟」は裁定であり、「適任」も裁定であり、「話し合いの場」の人選も裁定である。その位置に立ち続けることを可能にしているのが、第六の型、すなわち出発点の拒否である。
加害性を引き受ければ、裁定の席には座れない。座れなければ、「バイアス」も「偏見」も「可愛いもん」も言えない。逆に言えば、これらの言葉が六か月間言え続けたという事実そのものが、出発点が六か月間拒否され続けたことの証明である。十の型は、一つの拒否から生えている。
第4章 「全面支持」が牧瀬茜氏を傷つけた
砂布均氏は2月24日、「#牧瀬茜さんは仲間だ」と掲げて投稿し、コメント欄でこう宣言した。
ストリッパー、セックスワーカーの闘争は階級闘争です。
あなたにとやかく言われる筋合いは全くない。村上さんと牧瀬さん全面支持です。
その「全面支持」が、守るはずの牧瀬茜氏に何をもたらしたか。三つの場面で記録する。
第1節 「全部出したらいいと思いますよ!」
1月28日、宮城秋乃氏は、牧瀬茜氏の活動歴について、伏せたい部分を伏せたまま説明していた。牧瀬氏を守るための配慮である。砂布均氏は1月31日、そのコメント欄にこう書いた。
全部出したらいいと思いますよ!
沖縄側が牧瀬氏のために伏せていた情報の全面公開を、「全面支持」を掲げる側が促した。そして3月4日、公開された経歴が論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」で参照されると、同じ砂布均氏が「ここまで個人の経歴を晒す必要もない」と書いた。出せと促し、出たら晒すなと非難する。この間に情報を出させられたのは沖縄側であり、情報を出された当人は牧瀬氏である。促す言葉と非難する言葉は逆を向いているが、負担の落ちる先は、一度も変わっていない。
3月2日、宮城秋乃氏はこう書いている。
私も他の女性たちも大量の誹謗中傷を浴びてもストリップの話だけに留めていたのに、砂布さんは故意かどうかはわかりませんが何度かわざわざ私が自身や沖縄の女性を守るために書かないといけない状況に追い詰めて少しずつ吐かせて、とても牧瀬さんを守ろうとしているようには思えません。
そして、同じ投稿の結びに、こうある。
それでも、どちらかしか選べないのなら、私は本土の女性より、沖縄の性被害者の尊厳を守ることを選びます。
「どちらかしか選べない」状況は、最初から存在していたのではない。伏せたまま済ませようとした配慮を、「全部出したらいい」が壊していった。選択を迫ったのは、擁護の側である。この経過の総括は、論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」がすでに書いている。
配慮して言わずにいたことを、言わせた。牧瀬氏のためにならないと分かっていたことを、言わせた。
全面支持の対象を守る結果にはなっていない。
第2節 「適任」論 ── 被害経験の道具化
第3章第七の型で見たとおり、4月16日、砂布均氏は牧瀬氏が性被害の当事者であることを、本人に代わって論拠として持ち出した。守ると言いながら、守る対象の最も繊細な経験を、論争の道具にした。性被害の経験を「適任」の証明に使うことは、その経験を持つ人の意思とは無関係に、経験を公共の議論の材料に変えることである。「全面支持」の名の下で行われたこの動作に、牧瀬氏自身の同意があった形跡はない。
第3節 「愚直に何度でも」── 牧瀬氏を争点の中心に留め続ける
5月である。趙博氏が「それを『職業差別だ』と断定してしまったのは明らかに私の間違いでした」と公表した後、砂布均氏は5月19日にこう投稿した。
愚直に何度でも言います。
1.4イベントではストリップは行われておりません。
つまりパフォーマンスの「内容」には問題視するようなところはありません。
パフォーマーである牧瀬茜さんがストリッパーであることが問題視されたのです。
「愚直に何度でも」。しかし、考えてみればよい。この反復は、誰の名前を、どこに置き続けるのか。
「職業差別」の枠組みが解かれれば、争点は企画構成に戻る。企画構成の責任は企画者にあり、牧瀬氏個人は争点の中心から外れる。実際、沖縄側は一貫して、異議の宛先は企画構成だと述べてきた。枠組みを維持し続ける限り、逆のことが起きる。牧瀬氏は「差別されたか否か」の係争の中心人物として、全員から論じられる位置に留め置かれる。半年間、牧瀬茜氏の名前が議論の中心にあり続けたのは、「職業差別」の枠組みが維持され続けたからである。維持し続けたのは、砂布均氏らである。
5月20日、砂布均氏は趙博氏への反発のなかでこう書いた。
牧瀬茜さんは今も叩かれ続けてるやん。
せめて牧瀬茜さんは悪くないって言えよ。
牧瀬氏の負担を実際に減らす方法は、はっきりしている。根拠を示せなかった「職業差別」認定を撤回し、争点を企画構成に戻すことである。それを拒否しながら、「牧瀬茜さんは悪くない」と言えと迫る ── 撤回はしない、旗は降ろさない、旗に使い続ける。加害性を引き受けない者の「支持」は、支持の対象すら素材として使う。沖縄の利用と同じ操作が、守るはずの相手にも向かっている。
第5章 仲間の側から崩れた ── 趙博氏の離脱と絶交
第1節 声明側の中心で、最も近くにいた一人
4.3声明「職業差別を許さない市民の会」の共同代表は四名 ── 長谷川宏氏(論考56「言うとやるとが正反対!──『文は人なり』とはよく言ったものだ ── 長谷川宏氏の六か月」)、MarikoCaroline Greet氏(論考54「嘘とデマとご都合主義 ── MarikoCaroline Greet氏の六か月 ── 『本当の被害者』を決める権利は、誰にもない」)、ウエマ マサトシ氏、そして砂布均氏である。趙博氏は共同代表ではない。しかし、1.4イベント当日に会場におり、1.31声明以来、声明側の中心にいた人物である。
趙博氏は、砂布均氏にとって十年来の共演者である。1.4イベント当日に会場におり、この係争の最初から声明側の中心にいた。名古屋辺野古コンサートの直接の出演者ではなかったが、砂布均氏の出演を積極的に後押しした人物でもある。係争の全過程を、砂布均氏の最も近くで共有してきた人物である。
その趙博氏が、5月13日、「職業差別ではない」と表明した。5月17日の「謝罪文(2)」では、こう書いた。
それを「職業差別だ」と断定してしまったのは明らかに私の間違いでした
「4.3声明」についても撤回せねばならない
論考37「『職業差別ではない』と言うなら ― 趙博氏が撤回すべきこと」と論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」が記録した経過である。
第2節 「どこから圧力かかってる?」
5月20日、趙博氏は共同代表たちに向けて、4.3声明の撤回または論拠の公開を含む要請を公開で出した。砂布均氏は即日、こう応じた。
ちょっと待てよパギやん。
パギやんが自らの「暴言」を謝罪するんはええけどな、
オレらが謝罪する理由も4.3声明を撤回せなアカン理由もない。
牧瀬茜さんは今も叩かれ続けてるやん。
せめて牧瀬茜さんは悪くないって言えよ。
どこから圧力かかってる?
「どこから圧力かかってる?」── この一言に、すべてが集約されている。
半年間この係争を最も近くで共有してきた人物が、自らの断定を「明らかに私の間違い」と公表した。このとき、普通に立ち上がる問いは「自分の断定は正しかったのか」である。砂布均氏に立ち上がった問いは、「誰が彼を屈服させたのか」だった。仲間の翻意は、検討すべき理由を持つ判断としてではなく、外部の圧力の産物としてしか受け取られなかった。問いは、ここでも自分に向かわなかった。
趙博氏が求めたのは、謝罪の強制ではない。撤回するか、さもなくば論拠を公開の場で示すか、である。砂布均氏はどちらもしなかった。論拠は、5月7日に「忘れましたよ」と言われたままである。
第3節 絶交、反撃、そして愚痴
6月1日、趙博氏は砂布均氏に絶交を告げた。砂布均氏の応答はこうである。
10年前初めて共演した。
オレらの関係てそんな軽いもんやったんか?
なにが絶交やねん。
そんなに打たれ弱かったんかい!
この投稿にはコメント制限がかけられた。7月12日には、こう書いている。
パギやんオレを絶交しといてシレッと謹慎解除け?
十年の関係の断絶を前にしてなお、言葉は「打たれ弱い」「シレッと」という相手の資質の評価に向かい、断絶に至った自分の側の理由には向かわない。
第4節 全員が降りても、降りない
並べてみる。主催の2秒の視線は謝罪した。五宝光基氏は「実際に『職業差別』はない」と認めた。声明側の中心にいた趙博氏は撤回を公言し、翻意しない砂布均氏と絶交した。「職業差別」の枠組みを最初に支えた者たちが、次々にそれを手放した。
それでも、砂布均氏は降りない。この不動は、証拠の強さに由来するものではない ── 証拠は「忘れましたよ」である。論の強さに由来するものでもない ── 論は崩れたままである。仲間の維持に由来するものでもない ── 仲間は離れた。残る説明は一つである。降りることは、出発点に立つことを意味する。「職業差別ではなかった」と認めれば、では自分が半年間「偏見」と裁定してきた沖縄側の異議は何だったのか、その裁定を行った自分の位置は何だったのか、という問いが自分に向かう。その問いを開けないことが、あらゆる離脱よりも優先されている。出発点の拒否は、仲間の離脱によっても揺らがない ── 揺らがないことが、この拒否が事実の問題ではなく位置の選択であることを示している。
第6章 それでも続く ── 誰の異議にも一度も触れないまま
第1節 六月 ── 慰霊の日と辺野古の、二つのステージ
六月には、二つのステージがあった。
一つは6月23日 ── 沖縄慰霊の日 ── の京都でのライブである。経緯は、砂布均氏自身が7月1日にまとめている。
パギやんと企画していた沖縄慰霊の日ライブ「6.23GIG」がぶっ飛んでしまって、あくまでも表現の自由と多様性に拘ったライブ「6.23GIG YOU DO YOU!〜オマエノオモッタトオリニヤレバイイ〜」を同日開催して大盛況だったわけですか早くも第2弾開催です。
沖縄慰霊の日祈念の看板を外し、「別物として純粋な音楽イベント」(5月29日)に掛け替えて、慰霊の日の同日に開催し、「大盛況」と総括する。他方、同じ6月23日に大阪で予定されていた別の反戦ライブに対しては、6月4日にこう書いていた。
「6.23反戦ライブ」は「1.31,4.3声明」を否定する内容が含まれておりボクとしては決して歓迎出来るものではないです
「イベントを潰された」と半年間訴えてきた本人が、声明を批判する側のイベントは「歓迎出来ない」と公言する。表現の自由は、ここでも陣営の道具である。
もう一つは6月28日、名古屋・鶴舞公園である。4月に抗議を受け、4月5日には「辺野古新基地反対コンサート」の名称を外した有志によるコンサートとして行われた企画が、6月28日に改めて「第42回辺野古新基地反対コンサートin名古屋」として開催された。砂布均氏は4月5日の有志によるコンサートにも出演し、6月28日にも裏猫キャバレーとして出演した(「着いた!#辺野古新基地反対コンサートin名古屋2026」)。砂布均氏がシェアした参加者の投稿には、こうある。
今日は4月に開催予定だったはずが、朗読会「2秒の視線」をめぐる混乱を名古屋に持ち込まれてしまい、残念な延期になった第42回辺野古新基地反対コンサート。ついに実施開催!
沖縄側の当事者・支援者の異議は、ここでは「持ち込まれた混乱」である。その物語の中で、「圧力に屈しなかった」再開催の舞台に、砂布均氏は立った。第2章第6節で見た構図 ── 加害性は引き受けず、辺野古という題材と場は使う ── が、四月の延期を経てなお、そのまま続いている。
第2節 7月 ── 「大袈裟に騒ぎやがって」
序に引いた7月9日の投稿に戻る。「表現の不自由展案件」「あんなもの、ほんのお遊びじゃねえか」「大袈裟に騒ぎやがって」。半年を経て、語彙はむしろ荒くなっている。7月11日には、セックスワーク非犯罪化をめぐる投稿に「これは本当にギュンターりつこさんに賛同します」と書き、SWIW(セックスワーク・イズ・ワーク)をめぐる一般論の議論は続けている。一般論は続く。具体的な異議 ── 1.4の企画構成 ── だけが、六か月間、触れられないまま残っている。
第3節 野瀬博之氏の異論と、即答の却下
7月9日の投稿には、野瀬博之氏からの異論が付いた。野瀬氏は沖縄側に立ち、係争の早い段階から砂布均氏との対話を続けてきた人物である。
表現の自由一般に落とし込めない場合もあるのでは?
闘いの中からですら、表現が問われる事がある。
(中略)
今回の件は、沖縄からの意見は、最初は私だってわからなかったわけだし、なんでそうなるの?と冷静に沖縄の意見を聞くべきだった。
「最初は私だってわからなかった」── わからないところから、沖縄の意見を聞く側へ動いた人の言葉である。出発点は、ここでも開かれていた。同じように「わからなかった」ところから始めた人が、動けた道筋を、目の前で差し出している。
砂布均氏の応答はこうだった。
表現の中には過激で受け入れられない人もいる。
それくらいは承知している。
1.4イベントにおける表現には当てはまらない。
即答の却下である。「冷静に沖縄の意見を聞くべきだった」という提起に対して、聞くべき意見の中身には一語も触れず、「当てはまらない」という裁定だけが返された。
第4節 六か月間、一度も
ここに、六か月を貫く一つの事実が集約されている。
沖縄側の異議は、最初から具体的だった。米兵による性暴力の被害を語る朗読の直後という時間配置。ストリップ公演告知の並列。性暴力を模した作品への出演歴が呼び込む眼差し。被害当事者が安心して居られる場の設計(TIC)の不在。テーマを変えて別の場で行えば問題にならなかった、という代替案まで、沖縄側は示していた(論考15「1.4イベント問題概略 ― 沖縄の米兵による性被害を語る場は、なぜ『牧瀬茜を守る場』になったのか」)。
砂布均氏の六か月の全発言を通じて、この異議に正面から触れた発言は、一度もない。「バイアス」は異議の手前で止まる。「文言ではなく実質的に」は異議の文言的根拠の不在を自認しながら認定だけを維持する。「バレリーナなら」は異議を置き換える。「表現の自由」は異議を別の図式に移す。「見てから言え」は異議の資格を問う。「適任」は異議の対象を持ち上げる。「SWERF」「トランス差別者」は異議を唱えた者に貼られる。「忘れましたよ」は異議への認定の根拠を放棄する。「不自由展案件」は異議を弾圧に変える。どの反復も、異議の中身の手前で止まっている。
触れなかったのではなく、触れられないのである。企画構成への異議に正面から触れれば、次の問いが避けられない ── その企画構成への懸念を「偏見」と裁定したのは誰か。どの位置からか。基地の負担を免れている側の人間が、負担を負う側からの異議を、「大袈裟に騒ぎやがって」と言える位置とは何か。この問いを開けないために、異議の中身は六か月間、視界の外に置かれ続けた。
第7章 「沖縄差別ではない」── 否認こそが完成形
第1節 繰り返される否認
砂布均氏は、「沖縄差別ではない」を繰り返してきた。3月7日のまとめ投稿では ──
性犯罪の本質は米兵であろうとなかろうと変わらないと思うので沖縄差別には当たらないと考えます。
4月19日、長谷川直美氏の追及に対しては ──
沖縄差別だと思うボクの投稿を示してください。
「当たらないと考えます」── 考えるのは砂布均氏である。「示してください」── 示されたものを審査するのも砂布均氏である。沖縄差別であるか否かの認定が、一貫して、砂布均氏自身の手に握られている。この章では、この否認そのものを検証する。結論を先に言う。六か月の言動の中で最も深い沖縄差別は、個々の暴言ではなく、この否認である。
第2節 沖縄差別とは何か
沖縄差別は、差別語を投げつけることだけを指すのではない。論考13「『反差別』の名で行われた沖縄差別」の規定を引く。
本稿では、沖縄差別を、沖縄の経験や被害の語りが本土側の正義や枠組みによって再定義され、結果として無効化される構造として捉える。
そして、この力には方向がある。
沖縄の声を上書きする力は、常に本土側から沖縄側に向かっている。逆方向の力は存在しない。これは偶然の一致ではなく、構造である。
沖縄の側が語った経験を、本土の側が自らの枠組みで読み替え、無効にする。この操作が繰り返し、同じ方向で作動するとき、それは個人間の論争ではなく差別の構造である。この規定に、砂布均氏の六か月を当てる。
第3節 六か月を、この規定に当てる
第一。沖縄の被害の語りを、本土の枠組みで再定義した。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の当事者・支援者が、性暴力を語る場の企画構成に異議を唱えた。砂布均氏はその語りを「バイアス」「偏見」「ストリッパーに対する根強い偏見」と再定義した。被害の語りは、偏見の発露に書き換えられた。論考13「『反差別』の名で行われた沖縄差別」の言い方を借りれば、砂布均氏が行った最も根本的な行為は、沖縄の声を「偏見の声」と宣告したことである。
第二。語りが立脚する構造そのものを否認した。「米兵による」を除き、「僕は加害者じゃない」と公言し、押し付けた主体に「沖縄県を含む日本国政府」と沖縄自身を繰り入れた。基地の集中という前提が消えれば、その上で語られた被害の語りは、根を失う。構造の否認は、語りの無効化の最も深い形である。
第三。異議を唱えた当事者に、逆向きの差別認定を貼った。「職業差別者」「セックスワーカー差別者とトランス差別者がほぼ被る」── 沖縄側の当事者・支援者が、差別に異議を唱えたことによって、差別者の位置に置かれた。構造批判を個人攻撃に変換するこの操作は、論考16「『本土は沖縄を消費するな』― 何が問われているのか」が名指しした沖縄差別の核心の型である。しかも認定の根拠は「忘れましたよ」だった。根拠のない差別認定に、沖縄側の当事者・支援者は半年間晒され続けた。
第四。沖縄を素材として使い続けた。「辺野古基地反対コンサート」への出演。「私たちの大切な名古屋のイベント」。異議を唱える当事者の声は「偏見」と裁定しながら、辺野古という場と題材は手放さない。語る沖縄は退けられ、素材としての沖縄は使われる ── 消費の構造である。
第五。効果として、当事者を疲弊させ、沈黙へ追い込む力に加わった。宮城秋乃氏は「時間さえあれば私を疲弊させるために10分に1回でも投稿しそうですね」と書き、伏せていた配慮を「追い詰めて少しずつ吐かせ」られた。離脱できる側が、離脱できない側を消耗させる ── 論考03「離脱できる正義、離脱できない現実」の非対称が、そのまま作動した。
五つとも、同じ方向を向いている。本土の側から、沖縄の側へ。沖縄の経験の語りが再定義され、無効化される。規定に照らせば、六か月の言動は、沖縄差別の構造の教科書的な作動記録である。
第4節 決定的な非対称 ── 誰の言葉が数えられるか
そのうえで、一つの対照を見てほしい。
5月13日、砂布均氏は「職業差別」認定の理由を問われて、こう答えた。
差別されたと本人が言ってるからね
牧瀬茜氏が「差別された」と言っている ── それだけで、砂布均氏にとって「職業差別」は成立する。本人の言葉が、認定の十分な根拠になる。
では、沖縄の側はどうか。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の当事者・支援者が、「これは沖縄差別だ」と半年間言い続けてきた。宮城秋乃氏は参入初日の砂布均氏を見て「沖縄差別には加担するんだな」と書いた。この本人たちの言葉に対する砂布均氏の応答が、「沖縄差別には当たらないと考えます」であり、「沖縄差別だと思うボクの投稿を示してください」である。
同じ一人の人間の中で、認定の基準が宛先によって逆転している。本土側の擁護対象が「差別された」と言えば、それは無条件に差別である。沖縄側の当事者・支援者が「差別された」と言えば、それは砂布均氏の審査にかけられ、却下される。誰の言葉がそのまま数えられ、誰の言葉が審査の対象にされるか ── この配分こそが、差別の最も正確な現れである。差別とは、しばしば、暴言の形ではなく、言葉の重みの不平等な配分として作動する。
だから、砂布均氏自身の基準を、そのまま砂布均氏に返せばよい。「差別されたと本人が言ってるからね」── 差別された側が差別だと言えば、差別は成立する。それが本人の示した認定基準である。米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の当事者・支援者は、六か月間、繰り返し、公開の場で「これは沖縄差別だ」と言い続けてきた。差別された側が、差別だと言っている。ならば、この基準によって、沖縄差別は成立している。「職業差別」を一言で成立させた基準が、「沖縄差別」だけを退ける理由は、どこにもない。残された道は二つだけである ── 自分の基準に従って沖縄差別を認めるか、基準を撤回して「職業差別」認定ごと手放すか。砂布均氏は六か月間、どちらも選ばず、基準を宛先で使い分け続けた。使い分けの名前が、差別である。
第5節 なぜ「究極」なのか
「沖縄差別ではない」という否認は、六か月の言動に付け加えられたもう一つの発言ではない。それは、差別の認定権の簒奪である。
何が沖縄差別に当たるかを、基地を押し付けている側の人間が裁定する。この裁定権を本土の側が握っている限り、沖縄差別は、定義上、決して存在しないことになる。どれほど声が封じられても、どれほど当事者が疲弊しても、裁定者が「当たらないと考えます」と言えば、それは存在しない。差別を行いながら、差別の存在そのものを消す ── 否認は、差別の上に重ねられたもう一つの差別であり、差別を不可視化して持続させる装置である。
だから、こう言わなければならない。砂布均氏の六か月において、究極の沖縄差別は、個々の暴言ではない。「沖縄差別ではない」と言い続けたこと ── 沖縄側の当事者・支援者の言葉を退けて、何が沖縄差別かを自分が決め続けたこと ── それ自体である。
宮城秋乃氏は、参入からわずか二週間でこれを見抜いていた。
沖縄差別は少しずつ広がっている。
これは自然発生によるものではない。
半年後のいま、この言葉に付け加えるべきことは少ない。広がりは自然発生ではなかった。運び手がいて、運び手は「沖縄差別ではない」と言いながら運んだ。否認こそが、運搬の方法だった。
結 ── 反復が可能なのは、出発点を拒否しているからである
「愚直に何度でも」と砂布均氏は言う。だが、何度繰り返しても、崩れた論は崩れたままである。「バイアス」論は出演者の活動歴の前で崩れたままであり、「結果的に差別」論は文言的根拠の不在の自認のままであり、「職業差別」の証拠は「忘れましたよ」のままであり、TICへの答えは「はあ?」のままであり、「適任」論は長谷川直美氏の反問に答えないままである。反復は、論証ではない。反復によって命題の真偽は一ミリも動かない。動くのは、反復に付き合わされる側の消耗だけである。
加害性を引き受けた者は、同じ話を半年間繰り返せない。引き受ければ、問いが自分に向かい、答えは動くからである。小林真彦氏の議論は、「私も加害者の側にいる」と認めるところから動いた。趙博氏は撤回の公言まで動いた。野瀬博之氏は「冷静に沖縄の意見を聞くべきだった」まで動いた。動かなかったのは、出発点を拒否した者である。
砂布均氏の六か月が示しているのは、雄弁な反復の姿をした、一つの不動である。「僕は加害者じゃない」── 自らの加害性の認識という、本土の人間が沖縄問題に関わる出発点を拒否すること。拒否したまま、米兵性暴力の被害当事者を含む沖縄側の異議を裁定する席に座り続けること。その席から「辺野古のため」に歌おうとし、「仲間」を旗として掲げ続けること。責任を負わずに沖縄を使い、責任を負わずに擁護の対象を使うこと ── 沖縄の利用は、ここでは反復の形をとっている。そして、そのすべてに「沖縄差別ではない」の判を押し続けること ── 何が沖縄差別かを、押し付けている側が決め続けること ── が、第7章で見たとおり、この六か月の最も深い沖縄差別である。
論考38「趙博氏が降りた ― 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと」で示した道は、今も開いている。「職業差別ではなかった」と認め、六か月の発言を撤回し、訂正することである。それは敗北ではない。趙博氏が示したとおり、それは出発点に立つということである。
立たない限り、何度目の「愚直」であっても、同じ場所で同じ話が繰り返されるだけである。そして、その反復の一回ごとに ── 「バイアス」と言われるたびに、「大袈裟」と言われるたびに、根拠を「忘れましたよ」と言われるたびに ── 異議を唱えた沖縄側の当事者・支援者の時間は、削られていく。半年間、削られ続けてきた。それが、この六か月の収支である。
【典拠】
砂布均氏Facebookコメント(2026年1月2日、Hashizume Uruma氏スレッド)
砂布均氏Facebook投稿・コメント(1月15日)
砂布均氏Facebookコメント(1月、筆者への返信)
砂布均氏Facebook投稿(1月17日「ポジショナリティ」)
宮城秋乃氏Facebook投稿(1月17日、3月2日)
砂布均氏Facebookコメント(1月31日「全部出したらいいと思いますよ!」)
砂布均氏Facebookコメント(2月1日「高江での反米軍基地活動手伝ってやれよ」)
砂布均氏Facebook投稿・コメント(2月24日「#牧瀬茜さんは仲間だ」)
砂布均氏Facebook投稿(3月4日、論考11「牧瀬茜 ― 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」への反応)
砂布均氏Facebook投稿・コメント(3月7日〜9日、まとめ投稿とやまむらひろの氏質問スレッド)
砂布均氏Facebook投稿(3月16日、3月17日「その出自でもって」「一億総懺悔」)
シアタードーナツ上映延期をめぐる砂布均氏の発信(3月12日前後、論考17「繰り返される誹謗中傷と終わらない二次加害 ― あらためて当日何が起こったのか」参照)
砂布均氏Facebook投稿(4月4日、4.3声明シェア)/曽田浩隆氏公開の個人メッセージ(4月4日)
砂布均氏Facebookコメント(4月7日「セカンドレイプを受けてるのはこちらです」)
砂布均氏Facebookコメント(4月16日「適任やと思いますね」)と長谷川直美氏の応答
砂布均氏Facebookコメント(4月19日・21日、TIC質問への応答と「話し合いの場」提案)
田丸正幸氏投稿スレッド(5月7日、坂手洋二氏と砂布均氏のやりとり/5月13日「すなわち差別なんですよ」)
砂布均氏Facebook投稿(5月19日「愚直に何度でも言います」/「内ゲバで人を殺すのに比べりゃさ」)
趙博氏「謝罪文(2)」(5月17日公表)と4項目要請(5月20日)/砂布均氏Facebook投稿(5月20日)
砂布均氏Facebook投稿(6月1日、コメント制限付き)
砂布均氏Facebook投稿(5月29日・6月4日・6月23日〜25日・7月1日、6.23GIG関連)
砂布均氏Facebook投稿(6月28日、名古屋コンサート出演と松本朗氏投稿のシェア)
砂布均氏Facebook投稿(7月9日「表現の不自由展案件」)と野瀬博之氏のコメント
砂布均氏Facebook投稿(7月11日、7月12日)
