趙博氏が降りた ── 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと



【前提となる事実関係】 1.4イベントとは、2026年1月4日に大阪・森ノ宮で開催された、沖縄の米兵性暴力被害を扱う朗読会である。主催は市民団体「2秒の視線」。企画にはストリッパー牧瀬茜氏の身体パフォーマンスが組み込まれていた。沖縄の被害当事者・支援者は、性暴力被害を扱う場に性的娯楽を持ち込む構成、トラウマ・インフォームド・ケア(被害当事者の心理的安全への配慮)の不在、沖縄を消費する本土発の動員様式に対して異議を表明した。本土側の一部活動家ネットワークは2026年1月31日付の「1.31声明」と4月3日付の「4.3声明」によって、これらの異議を「職業差別」と認定して攻撃を続けてきた。本稿で「声明側」と呼ぶのは、これらの声明の発出・賛同・拡散に関わったネットワーク(「職業差別を許さない市民の会」 およびその周辺)である。4.3声明の共同代表は4名 ── 長谷川宏・MarikoCaroline Greet・ウエマ マサトシ・砂布均。主催団体「2秒の視線」 は、声明発出以後一貫して声明とは異なる立場を取り、3月22日の謝罪文において「職業差別とは考えておりません」 と明言したため、本稿の「声明側」 には含めない。

【要旨】 2026年5月13日、声明側の論理を支えてきた重要人物である趙博氏が「僕も『職業差別』ではないと以前から思っています」 と書いた(論考37「『職業差別ではない』 と言うなら ── 趙博氏が撤回すべきこと」 で詳述)。その人物が「職業差別ではない」 と表明した今、4.3声明共同代表のうちもっとも継続的に「職業差別」 主張を発信してきた砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏は、何を答えるのか。砂布均氏は1月以降「バイアスがないと繋げるのが不可能」 と主張し続け、沖縄側を追い詰めて牧瀬茜氏の経歴公表を促し、TICについて四度問われて四度逃げた人物である。MarikoCaroline Greet氏は1月2日から一貫して声明側に立ち、比嘉マリア氏(7歳のときに米兵集団に襲撃された当事者)のPTSDを「妄想」 と嘲笑し、宮城秋乃氏を「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」 とラベリングし、五宝光基氏の「実際に『職業差別』 はない」 表明を「圧力に負けて嘘ついている」 と切り捨て、4月30日に「キチジロウ」 と呼び、5月10日「内ゲバリンチ」 比喩、5月11日「印象操作」 主張、5月12日 琉球国の歴史的位置の否認発言を残してきた。本稿は、この二人が4ヶ月余りにわたって何をしてきたか、何を維持しているか、そして趙博氏の表明後、何を答えなければならないかを論じる。


序 中核の一人が降りた

趙博氏の5月13日発言とは何だったか

2026年5月13日、声明側の論理を支えてきた重要人物の一人、趙博氏は田丸正幸氏のFacebook投稿にこうコメントした。

僕も「職業差別」ではないと以前から思っています。己の非を省みる日々です。もう、罵り合いはやめましょう。シェアさせていただきます。

論考37「『職業差別ではない』 と言うなら ── 趙博氏が撤回すべきこと」で論じた通り、この「以前から」 という一語は、4月4日の4.3声明シェア「シェアさせていただきます」「友人諸賢の慧眼で、どうか真実を見極めていただきたく存じます」、4月30日朝6時16分の「相互慰労会しまひょ。な、砂布さん」、3月12日の「殲滅します」 宣言等、過去の3ヶ月余りの記録によって維持できない。趙博氏の5月13日発言は、4ヶ月余りの責任の到着点ではなく、出発点にしかなり得ない。

残った中核 ── 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏

なお、本稿のタイトルにある「中核の一人が降りた」 の「降りた」 は、責任から降りたという意味ではない。論考37 で論じた通り、趙博氏には4月4日の4.3声明シェア、4月30日の「相互慰労会しまひょ」、3月12日の「殲滅します」 宣言など、消すことのできない4ヶ月余りの責任が残っており、5月13日発言はその責任の出発点にしかなり得ない。本稿で「降りた」 と呼ぶのは、少なくとも「職業差別」 認定を維持する立場から、言葉の上で離れた、という意味である。

そのうえで、ここで問われるのは、趙博氏自身の責任だけではない。

5月13日時点でも「職業差別」 認定を維持し、沖縄の被害当事者・支援者への攻撃を継続している人物がいる。4.3声明共同代表のうち、最も継続的に「職業差別」 主張を発信してきた二人 ── 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏である。

砂布均氏は5月5日にもなお自身のパンクロック関連投稿で「職業差別」 主張を継続した。MarikoCaroline Greet氏は5月10日に批判者を「左派の過激派が仲間うちをリンチしてコロした怖さ」 と内ゲバ・リンチ殺人になぞらえ、5月11日に「印象操作して沖縄対本土にしているのは、あちらです」 と書き、5月12日にコメスキヨサネ氏(沖縄出身・琉球人)の関係者で琉球処分による琉球国の国籍喪失の歴史を提起した Masa Yama氏に「国籍は厳しい問題なんだよ。なくなったこともその危険性もないのに」 と書いた。

この二人が、いま、答えなければならない。

なぜ二人に問うのか

理由は二つある。

第一に、二人は4月30日朝6時16分に趙博氏が「相互慰労会しまひょ。な、砂布さん」 と書いた相手である。「相互慰労」 の輪の中心にいた二人が、その輪の最も激しい支持者であった趙博氏の「職業差別ではない」 表明にどう応じるのか ── これは、二人の論理的・倫理的位置を確定する局面である。

第二に、二人は4.3声明共同代表として、4ヶ月余りにわたって沖縄の被害当事者・支援者を「職業差別」 と断定し、攻撃を続けてきた。声明側の論理を支えてきた重要人物 ── 五宝光基氏(4月16日「実際に『職業差別』 はない」)、趙博氏(5月13日「『職業差別』 ではないと以前から思っています」)── から、その「職業差別」 認定を否定する声が相次いだ今、二人は、自らの認定を維持するのか撤回するのかを、公的に表明しなければならない。

本稿は、まず二人が4ヶ月余りに何をしてきたかを記録し(第1章・第2章)、趙博氏の表明後の局面で二人が選べる道を整理し(第3章)、最後に二人が答えなければならない事項を列挙する(第4章・第5章)。


第1章 砂布均氏は何をしてきたか

第1節 1月からの「職業差別」 認定の中心人物

砂布均氏は、4.3声明共同代表の一人として、また1.31声明発出以来「職業差別」 認定を中心的に発信してきた人物である。

砂布氏の特徴は二つある。第一に、自身が辺野古に来たことがないにもかかわらず、「沖縄差別を許さないために闘う」 として声明側の中心に立ってきた。論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント ── 声明側『カウンター』 の正体」 が記述した通り、声明側の活動は「沖縄のため」 ではなく「カウンター」 として遂行されており、砂布氏もそのなかの中核に位置する(論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント ── 声明側『カウンター』 の正体」)。第二に、砂布氏は4月5日「第42回 辺野古新基地反対コンサート in 名古屋」 にも出演し、4.3声明共同代表のウエマ マサトシ氏と並んで「沖縄のために」 歌う構造の中核にいる人物である(論考26「名古屋辺野古コンサート ── 沖縄差別者が『沖縄のために』 歌うとき」)。沖縄を素材として消費しながら、沖縄の被害当事者を「職業差別」 と断定して排除する構造の中心にいる。

第2節 「バイアスがないと繋がらない」 ── 牧瀬茜氏経歴と「バイアス論」 の崩壊

砂布均氏の「職業差別」 主張の中核は、「バイアス論」 である。砂布氏は繰り返しこう述べてきた。

性被害とストリッパーの身体表現は何らかのバイアスがないと繋げるのが不可能です

性暴力被害の朗読の直後に牧瀬茜氏の身体表現を配置する企画構成が、被害当事者にとって安全かどうかを問うた沖縄側の声を、砂布氏は「バイアス」「偏見」 として退け続けた。沖縄側が具体的な理由を述べることを避けていた事実を、「根拠がないから言えないのだ」 と読み替え、「偏見だ」 と攻撃する材料にした(論考11「牧瀬茜 ── 論争の焦点となった出演者:経歴と『バイアス』論の崩壊」)。

しかし、牧瀬茜氏自身の活動歴を踏まえれば、この「バイアス論」 は成立しない。

宮城秋乃氏が砂布氏の攻撃に追い詰められて、ようやく書かざるを得なくなった経緯のなかで明らかになった事実 ── 牧瀬氏は過去に源氏名で性的な雑誌・写真・映像等に出演しており、性暴力を模した行為を含む作品が多い。宮城氏も、牧瀬氏が「性暴力を思わせるプレイをメインとし、行為を受ける側の女性を演じ、そのビジュアルを性的娯楽として男性たちに提供してきた」 と指摘している。近年もその時代からのファンが存在する。運動圏の中には、牧瀬氏のストリップショーに通っていることを公言する男性たちもいた。

砂布均氏は牧瀬氏を「全面支持」 すると宣言した近い立場にいながら、この活動歴をまったく知らなかったとすれば、知らないままに「バイアス」「偏見」 と断定していたことになる。事実を確認しないまま、沖縄の被害者の懸念を「偏見」 と退けたのである。

逆に知っていたのであれば、問題はさらに深刻である。性暴力を模した作品に出演してきた人物の身体表現を性暴力の朗読会に配置することへの懸念が「バイアスがないと繋がらない」 ものではなく、出演者自身の経歴から容易に結びつくものであることを知りながら、あえて「別物だ」「偏見だ」 と言い続けたことになる。沖縄側が配慮して言わずにいたことを利用し、「根拠がない」 と攻撃していたことになる。

いずれにせよ、砂布均氏の「バイアスがないと繋げるのが不可能」 という主張は、出演者自身の活動歴によって成立しない。沖縄側がこの二つを「繋げた」 のではない。出演者の活動歴を踏まえれば、両者を切り離して理解することが困難であった。砂布氏が「バイアスだ」 と切り捨てた沖縄側の懸念は、偏見ではなく、事実に基づく合理的な判断である。

第3節 沖縄側の配慮を踏みにじり、経歴公表を促した

砂布均氏は、沖縄側が牧瀬茜氏のために配慮して伏せていたことを、攻撃の道具にして公開させた人物である。

沖縄側は、牧瀬氏の詳細な経歴に触れることを避けてきた。宮城秋乃氏は「私も他の女性たちも大量の誹謗中傷を浴びてもストリップの話だけに留めていた」 と述べている。比嘉マリア氏も「提示は控える」 としてきた。牧瀬氏本人にとっても良いこととは思えないからである。

砂布均氏はその配慮を踏みにじった。

宮城氏はこう書いている。

砂布さんは故意かどうかはわかりませんが何度かわざわざ私が自身や沖縄の女性を守るために書かないといけない状況に追い詰めて少しずつ吐かせて、とても牧瀬さんを守ろうとしているようには思えません

「言わせた」 だけではない。砂布均氏は公開を直接促してもいた。2026年1月28日、宮城氏は五宝光基氏の「論考」 撤回を受けて経緯をまとめた文章の一部を投稿したが、「伏せたかった部分は黒塗りにしました」 と配慮を示した。これに対して砂布均氏は1月31日、こうコメントした。

全部出したらいいと思いますよ!

沖縄側が伏せようとしている情報の全面公開を、砂布均氏自身が促したのである。

砂布均氏は「村上さんと牧瀬さん全面支持」 と宣言した。しかし結果として、砂布均氏の攻撃が沖縄側に牧瀬氏の経歴を公表させる引き金となった。沖縄側が配慮して伏せていたものを、砂布均氏自身が明るみに出させたのである。「全面支持」 の対象を守る結果にはなっていない。

第4節 TIC四度問われて四度逃げた経緯

砂布均氏については、TIC(トラウマインフォームドケア)について論考シリーズが繰り返し問うてきた。砂布氏は四度問われ、四度とも答えられず、最終的に「はあ?」 としか応じなかった(論考31「TICを知らなかった者と、知っていて適用しなかった者 ── 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏の矛盾」)。

四度の問いかけは、すべて公開の場で行われた。論考25「声明側はTICを知らなかった」 でTICが本問題の核心概念であることを論証して以来(論考25「声明側はTICを知らなかった ── 無知が生んだ2ヶ月間の加害」)、砂布氏は一度も「TICとは何か」「自分はTICをどう理解しているか」「沖縄側のTICに基づく要請にどう応えるか」 を語っていない。

四度の沈黙と「はあ?」── これが、4ヶ月余りにわたって「職業差別」 を断定し続けてきた砂布氏の、本件の核心概念への応答である。

第5節 4月4日 4.3声明シェア、5月5日「職業差別」 主張継続

砂布均氏は、4月4日の4.3声明発出に共同代表として名を連ね、自身のFB上でも声明をシェアした。

砂布氏のシェア投稿のコメント欄では、その後、複数の批判者から「『職業差別』 ではないと言うのなら、なぜ最初に攻撃を始めたのか」「主催者が『職業差別とは考えていない』 と明言しているのになぜ声明を維持するのか」 等の問いが寄せられた。砂布氏はこれらに対して、認定を変える応答をしていない。

そして、趙博氏が4月4日に4.3声明を「シェアさせていただきます」「友人諸賢の慧眼で、どうか真実を見極めていただきたく存じます」 と書いて拡散した投稿のコメント欄でも、砂布氏は「職業差別」 認定を維持する側の中心にいた。

5月5日、砂布均氏は自身のFB上のパンクロック関連投稿で再度「職業差別」 主張を継続した。これは、5月1日論考35「内部対立ではない ── 反差別カウンターが沖縄を撃つとき」、5月9日論考36「『反差別』 を装う排除 ── 運動の団結を阻害する新たな装置」 の公開を経た時点でもなお、「職業差別」 認定を変えていないことの記録である。

論考シリーズが「沖縄側の批判は職業差別ではない」 ことを一次資料に基づいて論証し、主催者「2秒の視線」 が「職業差別とは考えておりません」 と明言し、五宝光基氏が4月16日に「実際に『職業差別』 はない」 と認めた後も、砂布氏は「職業差別」 主張を続けてきた。

第6節 4ヶ月余りの「証拠」 不在

砂布均氏の4ヶ月余りの「職業差別」 主張は、田丸正幸氏が5月13日のFB投稿で指摘した通り、「証拠」 が示せていない。

田丸氏は5月13日にこう書いた。

誰1人ストリッパーがストリップがけしからんと言って無い/イベントの趣旨に対する相応しくないパフォーマンスは在らぬ誤解を招き兼ねないから止めてと言って来ただけ/それを職業差別だと言う方々は誰1人その職業差別となる私達の発言の証拠を示せない

この投稿に対して、趙博氏は「僕も『職業差別』ではないと以前から思っています」 と応答した。しかし、砂布氏は応答していない。

砂布氏は4ヶ月余り「職業差別だ」 と主張してきた。しかし、その「証拠」 を提示できていない。論考シリーズ23稿が公開された後の4.3声明(4月3日)でも、共同代表4名の名で「職業差別」 認定を確認したが、引用の改変(石嶺香織氏の発言改変、宮城秋乃氏の発言改変等。論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)は訂正されないまま、共同代表4名の名で「職業差別」 認定を改めて確認したのである。

砂布氏は、4ヶ月余り「職業差別だ」 と主張し続けたその「証拠」 を、いまだ示せていない。

それどころか、5月13日、坂手洋二氏は田丸正幸氏のFB投稿のコメント欄で、砂布均氏に対して直接こう問うた。

あなた方が1月に最初の声明を出す根拠になった宮城さんや比嘉さんが職業差別をした証拠をお示しいただきたいです。

砂布均氏の応答は、次の二語だった。

忘れましたよ。

坂手氏は即座に返した。

じゃあ取り下げなさいな。

「忘れましたよ」── これは、4ヶ月余り「職業差別」 と断定してきた砂布氏が、その根拠の証拠提示を、公開の場で本人自身が拒否した記録である。論考シリーズが繰り返し問うてきた「『職業差別』 該当の文言の提示」 に対する、砂布氏の最終的な応答が、「忘れましたよ」 だった。

第7節 「文言ではなく実質的に」 ──「結果的に差別」 論の自壊

砂布均氏の「職業差別」 主張のもうひとつの柱は、「文言ではなく実質的に」 という論法である。砂布氏は、沖縄側の発言のどこに「職業差別」 該当の文言があるかを問われたとき、こう述べた。

文言ではなく実質的にある場からセックスワーカーを排除しようとすることが差別だ

結果的にストリッパーの身体表現を排除することに繋がっており、それは差別だ

この論法は、文言的根拠の不在を砂布氏自身が認めたことを意味する。声明の引用に「職業差別」 と読みうる文言が存在しないことを、砂布氏は自認した。にもかかわらず、「結果的に差別」 として認定を維持しようとした。

しかし、「結果的に制限に繋がれば差別」 という定義は、一貫して適用すれば自壊する。

まず、事実として「排除」 は起きていない。イベントは予定通り実施され、牧瀬氏の身体表現も行われた。「結果的に排除に繋がった」 という前提自体が事実と異なる。

次に、場の文脈に応じた配慮は「差別」 ではない。広島・長崎の原爆慰霊式典で爆発音を想起させる演出が避けられることは音響技術者差別ではない。水俣病患者の集会で加害企業のロゴ掲示を控えることは企業差別ではない。性暴力被害者の集会でアルコール提供を控えるべきだと言うことは酒造業差別ではない。砂布氏は広島の例について「原爆と爆発音は直接繋がる」「性被害とストリッパーの身体表現はバイアスがないと繋がらない」 と回答したが、水俣や酒造業の例には答えなかった。被害当事者が心理的影響を具体的に訴え、主催者自身が「心理的安全な場の確保ができなかった」 と認めている。「繋がらない」 のではなく、繋がった当事者が現実に存在している。

そして、「結果的に差別」 論を一貫して適用すれば、四つの帰結が生じる。(1) 被害当事者が「この演出は辛かった」 と訴えること自体が、結果的にセックスワーカーの表現を制限し得るため「差別」 になる。(2) 主催者が配慮不足を認めて企画構成を改善すること自体が「結果的に制限に繋がる」 ため「差別」 になる。(3) TIC(トラウマインフォームドケア)自体が、トラウマを持つ当事者への配慮として場の構成を調整することを求める枠組みであるため「差別」 になる。(4) 声明自体が沖縄側を「差別者」 と断定して沖縄側の発言の場を萎縮させているため、声明自体が沖縄差別になる。

「結果的に差別」 論は、被害者の訴えも、主催者の改善も、専門家の配慮も、声明自身も、すべて「差別」 に変えてしまう。砂布氏が「結果的に差別」 を主張した瞬間に、声明自体が沖縄差別になる構造を、砂布氏は自ら作った。

そして5月13日、砂布均氏は田丸正幸氏のFB投稿のコメント欄で、この「結果的に差別」 論の極端な形を、公開の場で明示的に表明した。

ストリッパーが身体表現するのを問題視することがすなわち差別なんですよ。

「すなわち差別」── これは「結果的に差別」 論をさらに過剰一般化した宣言である。沖縄の被害当事者が「性暴力被害の朗読の直後にストリッパーの身体表現を配置する企画構成は被害当事者にとって安全か」 を問うことすら、「差別」 と認定する立場である。「問題視すること」 そのものが「差別」 ならば、企画構成への懸念表明・主催者への問い合わせ・TIC観点での修正要請、すべてが「差別」 になる。

坂手洋二氏は同スレッドで「宮城さん比嘉さんはストリッパーを差別していないと言っていた。そこは認めなさいよ。」「トラウマインフォームドケア(TIC)のこともお考えください。」「主催者が『職業差別がなかった』 と言っているのです。1月の『声明』 は取り下げるのが筋ではないでしょうか。」 と続けて問うた。砂布氏は「その理屈おかしい」「差別されたと本人が言ってるからね」 と返した。「その理屈おかしい」 と答えるのみで、論証は行われない。「差別されたと本人が言ってるからね」── これは渋谷やみぃ氏が同スレッドで指摘した「『差別されたと言った人がいる』 という事実と『差別があった』 という事実は別の問題」 への応答ではない。


第2章 MarikoCaroline Greet氏は何をしてきたか

第1節 1月2日から続く一貫した攻撃 ── 声明側中核の女性のなかで、最も早期から持続的に攻撃を続けてきた人物

MarikoCaroline Greet氏は、関西圏在住の市民運動家である。元日本国籍を持たないミックスルーツの女性で、娘の公立中学校での君が代斉唱をボイコットしたことで注目された人物。反基地・反差別の市民運動に長年関わり、福島みずほ氏(社民党党首)や複数の地方議員とも交流がある。Facebookでは「群れない 媚びない ブレない 嘘つかない」 を自己紹介に掲げている(論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」)。

Mariko氏は、1月2日に村上薫氏が沖縄側の声を「職業差別」 と断じた初期の段階からこの問題にコミットした。Mariko氏自身が2月23日の友達限定投稿で詳細に記している。

1月2日にこのイベントのことでネットが炎上しているのを目撃しました。
騒ぎの発端となった人は私が以前セクシュアルマイノリティ関連のことでヘイター認定した人で(中略)すごく嫌な予感がしました。
とにかく自分が行って確かめないといけないと思い、大阪の会場に駆けつけました。

声明側中核(村上薫・牧瀬茜・砂布均・MarikoCaroline Greet・春摘紅子・長谷川宏・趙博)のなかで、Mariko氏の位置は特異である。春摘紅子氏(Akane Ro Ja)は途中から参入し3月にFacebookを非公開化した。上田雅子氏は3月25日から参入した。かのうよしえ氏は当日参加者だが発信は限定的であった。1月2日から本稿執筆時点(5月13日以降)まで、4ヶ月余りにわたって声明側中核の女性のなかで、最も早期から持続的に攻撃を続けてきた人物は、Mariko氏である。複数の人から二次加害であると指摘されているにもかかわらず、認めるどころか、指摘のたびにより熾烈な発言を行ってきた。

第2節 3段階の自己位置づけ ── 女性・当日参加・自らも性被害

Mariko氏は、声明側の中で独特の自己位置づけを段階的に強化してきた(論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」)。

第1段階:女性であること。 2月21日の「2秒の視線」 謝罪スレッドで、やまむらひろの氏に対して「あなた」 が「日本人の男性」 であることを持ち出し、発言を封じようとした。「あなたが男性を自認しているなら発言を謹んでいただけますか?」── しかしやまむらひろの氏は女性であった。そしてMariko氏は砂布均氏・長谷川宏氏・趙博氏(いずれも男性)の発言は無制限に承認する。

第2段階:当日参加したこと。 「当日参加していた私は、催し自体に何の違和感も感じませんでしたが。参加していない人が今回の場合は妄想で色々書き立てて」(3月25日、上田雅子氏投稿コメント欄)。「自分の目で見た」 という事実を、沖縄側の懸念を「妄想」 として退ける根拠に使った。しかし、Mariko氏が発信する「当日の様子」 は、主催者が認定した事実と多くの齟齬があり、事実誤認にとどまらず積極的に虚偽が含まれていると言わざるを得ない(論考17「繰り返される誹謗中傷と終わらない二次加害 ── あらためて当日何が起こったのか」)。

第3段階:自らも性被害を受けたこと。 2月23日の友達限定投稿で「私はまた日本国籍がなかった幼女の時に(中略)性被害にあっています」 と告白し、「なかったことで、あまり妄想を膨らませて騒がれると、こっちのあったことのフラッシュバックがそれこそ起きて嫌になりますね」 と、自身の被害を比嘉マリア氏の被害を否定する根拠に使った。

(1) 女性である → (2) 当日参加した → (3) 自らも性被害を受けた。この3つの自己位置づけは、「私こそがこの問題をわかっている」 という権威を段階的に強化し、「仲間」 と「共闘」 して発信し続ける基盤となった。そしてこの自己位置づけは、加害を指摘されるたびに「被害」 を重くしていく構造と直結している。

ここで一つの事実を確認しておく必要がある。Mariko氏は「自分の目で見届けに行きます」 と宣言して1月4日のイベントに駆けつけた。しかし当日、Mariko氏が牧瀬茜氏を守ろうとする行動を取った記録はない。もしも「職業差別の声の中で、職業差別を受けている女性が心配」 という動機で行ったのであれば、当日やるべきことがあったはずである。会場で牧瀬氏に声をかけ、主催者に問題を指摘し、声明側の議論を現場でリードすることができた。しかしMariko氏はなにもしなかった。そのうえで、「私は会場にいたから知っていますが」 という旨の発信を繰り返していることをみれば、「現場にかけつける」 という行為が、正義感や誰かを守るためになされたものではなく、「私は現場にいたから知っている」 という権威を事後的に使うためであったと疑わざるを得ない。

第3節 比嘉マリア氏への二次加害(2/16・2/23・2/28・3/25)

MarikoCaroline Greet氏は、比嘉マリア氏 ── 7歳のときに米兵集団に襲撃され、以来26年間その体験と沖縄の被害の記録に向き合い続けてきた当事者 ── に対して、4回にわたって二次加害の発言を繰り返した。

比嘉マリア氏の襲撃体験を、まず確認しておく。比嘉氏は7歳のとき、沖縄・金武の自宅で母親と二人でいるところを、複数の米兵に襲撃された。家のすべての戸、窓、壁、屋上が攻撃された。鴨居の窓から米兵たちが母親をニヤニヤと覗き込み、窓から手を伸ばして母親を捕まえようとした。髪を掴まれ、必死に振りほどく母の姿を、7歳の比嘉氏は見ていた。母親は警察に電話したが警察は来なかった。母親は家電のコードを引きちぎり、むき出しの銅線をトタンの金属部分に接触させて通電させた。それが唯一の抵抗手段であった。比嘉氏自身の言葉を引く。

私は幼い頃、アミリカーたち20人以上の集団に母親と暮らす一軒家を襲撃された被害者です。この朗読会の後、私はあまりのショックでフラッシュバックになりました。病院受診したら入院させようとするし、子どもたちのことがあるから入院したくてもできないし。

ここで怒らないと、沖縄は米兵に強姦されてもいいと認めることになるから、私は引かないです。

辺野古運動は、沖縄の米兵に性暴力うけた被害者を差別者とするヤマトを守る運動ですか?まずは被害者を守ることが先でしょう?なにやってるんですか?

これがMariko氏が「妄想」「なかったこと」 と呼んだ体験である。

(1) 2月16日 ── 公開の場での被害否定

2月16日付の新聞記事で、比嘉マリア氏が基地前で抗議活動を行ったことが報じられた。その紹介投稿に対するコメント欄で、Mariko氏は次のように書いた。

マリアさんは性被害には遭われていないのですね。

基地前で抗議する沖縄の女性についての新聞記事に、問われてもいないのに「性被害には遭われていない」 と公開コメントで書く。これは友達限定投稿ではない。誰もが見られる場での発言である。比嘉氏が実際にどのような体験をしたかを確認することなく、「遭われていない」 と断定した。

(2) 2月23日 ── 被害の公然否定とPTSDの嘲笑

2月23日、Mariko氏は友達限定公開の投稿で、比嘉マリア氏の被害をさらに明確に否定した。

やっぱり、その人は性被害にあった人ではありませんでした。広~い意味ではそういう風に捉えることもできるのかもしれませんが。まあぶっちゃけて、雲泥の差ですよ!

「やっぱり」 という言葉は、2月16日の時点ですでに「遭われていない」 と書いていたことと符合する。Mariko氏の中では、2月16日以前からこの認識が固定されていた。

そして、被害の有無を第三者が判定し、被害の重さに序列をつけた。「雲泥の差」 という言葉で、比嘉マリア氏の26年間の苦しみを矮小化した。

さらに同投稿で、Mariko氏は比嘉氏のフラッシュバックをこう嘲笑した。

今回のことでフラッシュバックして「かかりつけの」精神科に行っていたそうです。ま、誰しも妄想するときりがないですからね。あまりネットにかじりついて想像しない方が良いですよ。

そして自身の被害体験を持ち出した。

私はまた日本国籍がなかった幼女の時に、狙われやすい立場だったので近所の顔見知りの大学生に性被害にあっています。なかったことで、あまり妄想を膨らませて騒がれると、こっちのあったことのフラッシュバックがそれこそ起きて嫌になりますね。

「なかったこと」 と「あったこと」。この言葉で、Mariko氏は被害の序列をつけた。比嘉氏の被害は「なかったこと」 であり、自分の被害こそが「あったこと」 であると。投稿は「仲間を分断するなよ。以上です」 で締めくくられた。

(3) 2月28日 ── 「妄想」 嘲笑の継続

2月28日にもMariko氏は同種の発言を続けた。

ま、誰しも妄想するときりがないですからね

性暴力被害者のトラウマ反応を「妄想」 と嘲笑することは、性暴力被害者に対する最も深刻な二次加害である(論考09「『本当の被害者』を決めるのは誰か ── ある投稿が行った二次加害の記録」に全文記録)。

(4) 3月25日 ── 「なんで性被害にあってない人がフラッシュバックを起こすのか」

2秒の視線の3月22日謝罪文のコメント欄で、Mariko氏はこう書いた。

なんで性被害にあってない人がフラッシュバックを起こすのかわかりません。しかもその理由がその人の偏見による職業差別。妄想で何でも中止できたら、全ての企画はなくなりますね。

比嘉氏のフラッシュバックを「妄想」 と呼び、被害の有無を判定し、企画継続を妨害する側として比嘉氏を位置付けた。これは2月23日・2月28日の発言が続いていることを示すと同時に、3月22日の主催者「2秒の視線」 謝罪文を否認する位置に Mariko氏が立っていることを示す。主催者は「被害当事者へのフラッシュバックや二次被害への配慮が企画構成になかったことの問題です」 と認めた。Mariko氏はそれを「妄想で何でも中止できたら、全ての企画はなくなりますね」 と切り捨てた。

比嘉マリア氏は、Mariko氏のこの一連の発言について、訂正・削除・謝罪を求めている。比嘉氏は当時の参加者名簿を保管しており、Mariko氏の関与の主張が事実無根であることも指摘している(経緯の詳細は論考09「『本当の被害者』を決めるのは誰か ── ある投稿が行った二次加害の記録」論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」)。Mariko氏はこれに応じていない。

第4節 宮城秋乃氏を「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」 と呼んだ

MarikoCaroline Greet氏は、宮城秋乃氏 ── 沖縄のチョウ類研究者で、沖縄島北部の現場で長年闘ってきた当事者、論考シリーズの主要な情報提供者 ── を「ゴミクズ」「カルト」「極左ヘイト」「ヘイター」 と繰り返しラベリングしてきた(論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」)。

「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」── これは、4ヶ月余りにわたる宮城氏への一連のラベリングの記録である。Mariko氏が「職業差別」 認定の維持のために用いてきた、人格攻撃の語彙の蓄積である。

第5節 五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造と「圧力に負けた」 切り捨て

4月25日、MarikoCaroline Greet氏は、五宝光基氏が「謝罪要求を撤回した」 という事実無根の主張を流布した。これは捏造である。五宝氏は1月28日に自らの論考を全面撤回し、4月16日には「実際に『職業差別』 はない」 と認める「改めての謝罪文」 を公開した。「謝罪要求を撤回した」 のではなく、自らが「職業差別」 認定を撤回し、誤りを認めたのである。

4月29日、Mariko氏は五宝氏を「圧力に負けて嘘ついている」 と切り捨てた(論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)。

「圧力に負けた」── 声明側の中から「職業差別ではない」 と認めた人物に対して、Mariko氏が用いたのはこのラベリングだった。沖縄側の論証に応じて自らの認定の誤りを認めた人物を、Mariko氏は「圧力に負けた」 として無効化した。

さらに4月30日、Mariko氏は五宝光基氏を「キチジロウ」 と呼んだ。

リアルキチジロウのような人は、自分の父親以外知りませんでした😆

キチジロウはしかし、憎めないタイプの人だったんですよ(笑)

「キチジロウ」── 遠藤周作『沈黙』 に登場する、踏み絵を踏んで信仰を裏切る人物の名前である。Mariko氏は、五宝氏の4月16日「実際に『職業差別』 はない」 表明を「裏切り」 として位置づけ、五宝氏個人を「裏切り者」 として公開でラベリングした。「(笑)」「😆」 で柔らかく見せかけているが、人格攻撃の構造である。「自分の父親以外知りませんでした」 という言い回しは、自身の父親をも「裏切り者」 と公開で位置づける自己言及にもなっている。

「圧力に負けて嘘ついている」「キチジロウ」── 声明側内部から「職業差別ではない」 と認めた人物を、Mariko氏は人格的に無効化するラベリングで応じてきた。

そして、その同じMariko氏に対して、5月13日に趙博氏が「職業差別ではない」 と表明した。Mariko氏が4月29日・30日に五宝氏に対して用いた「圧力に負けた」「キチジロウ」 のラベリングを、今度は趙博氏に対して用いるのか ── これは第3章で論じる。

第6節 趙博氏との「相互慰労会しまひょ」(4/30)

4月30日朝6時16分、4.3声明共同代表のMariko氏の4月27日投稿のコメント欄に、趙博氏は「相互慰労会しまひょ。な、砂布さん」 と書いた。

「相互慰労会」── これは、4ヶ月余り沖縄の被害当事者を「職業差別」 と断定し、攻撃し続けてきた輪の中での労いの呼びかけである。「職業差別を許さない」 を掲げて沖縄の被害当事者を攻撃している輪に、趙博氏は「相互慰労」 を呼びかけた。Mariko氏はその呼びかけの宛先の一人であり、その関係を維持していた。

「職業差別だ」 と4ヶ月余り叫び続けてきた仲間と、「相互慰労」 を共有する関係 ── これは、声明側の中核を結ぶ「結束」 の確認である。本土側の運動者が沖縄を素材にして自分たちの達成感や相互評価を交換する構造(論考16「『本土は沖縄を消費するな』 ── 何が問われているのか」)── 4.3声明側の輪は本土日本人を中心に構成される ── に、在日コリアンとして本土日本人とは立場を異にする趙博氏が「相互慰労」 を呼びかけて参与した例として、4月30日朝6時16分の「相互慰労会しまひょ」 は記録される。

第7節 TIC「知っているが沖縄には適用しなかった」

MarikoCaroline Greet氏は、TIC(トラウマインフォームドケア)について「知っている」 と認めた。しかし、沖縄側からの TIC に基づく要請には適用しなかった(論考31「TICを知らなかった者と、知っていて適用しなかった者 ── 砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏の矛盾」)。

Mariko氏は精神保健福祉に関わる専門知を持つと自称してきた。にもかかわらず、性暴力被害の朗読と性的エンターテインメントとしての身体表現を組み合わせた企画構成が、被害当事者にとって安全かどうかの問いに、Mariko氏は応答しなかった。「知っているが沖縄には適用しなかった」── これが、TIC について Mariko氏が示した位置である。

「知らなかった」 と認めるなら、これからの学習を求めることができる。「適用しなかった」 場合、問われるのは、なぜ知っていながら適用しなかったのかである。本土側の運動者が、沖縄の被害当事者に対してだけ TIC を適用しなかった ── この非対称こそが沖縄差別の構造そのものである(論考03「離脱できる正義、離脱できない現実」)。

第8節 5月10日「内ゲバリンチ」、5月11日「印象操作」、5月12日 琉球国の歴史的位置の否認

5月10日「内ゲバリンチ」 比喩

5月10日、MarikoCaroline Greet氏はこう書いた。

左派の過激派が仲間うちをリンチしてコロした怖さが、この件でよくわかりました

論考シリーズが一次資料に基づいて行ってきた検証 ── 公開SNS投稿の原文引用・当事者証言・スクリーンショットに基づく分析 ── を、Mariko氏は「左派の過激派が仲間うちをリンチしてコロした怖さ」 になぞらえた。「リンチ」「コロした」── これは、論証を物理的暴力に置き換える語彙である。連合赤軍事件等の内ゲバ・リンチ殺人を想起させる比喩によって、論考シリーズの論証を「過激派の暴力」 として再定義する操作である。論考37 第2章 第9節で論じた「『罵り合い』 とまとめること自体が、加害発言と論証検証を区別しない責任の相対化」 の、より極端な形である。

5月11日「印象操作」 主張

5月11日、Mariko氏はこう書いた。

今回の件は沖縄とかそれ以外関係ないんですよ。いろんな個人間のトラブルでほとんど他府県の人。沖縄の人に限って言うと、どちらにもいます(笑)
それを印象操作して沖縄対本土にしているのは、あちらです。

「沖縄とかそれ以外関係ない」「個人間のトラブル」── これは、論考28「1.4イベント問題の構造 ── 三ヶ月の総括」 が末尾で診断した「沖縄差別を否定するために沖縄の当事者を沖縄から切り離す ── この操作こそが沖縄差別の最終形態である」 の、Mariko氏自身による実演である(論考28「1.4イベント問題の構造 ── 三ヶ月の総括」)。

「印象操作して沖縄対本土にしているのは、あちらです」── 沖縄を「職業差別」 と断定して攻撃してきたのは声明側であり、その認定によって沖縄の被害当事者・支援者が4ヶ月余り攻撃され続けてきたのに、Mariko氏は「印象操作しているのはあちら」 と書く。これは、論考32が記述した「カウンター」 構造(論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント ── 声明側『カウンター』 の正体」)と、論考33が記述した「カウンターの方々」 自己記述(論考33「『カウンターの方々』── 本人たちの言葉が示した声明側ネットワーク」)を、Mariko氏自身が「個人間のトラブル」 へとすり替える操作である。

5月12日 琉球国の歴史的位置を「なくなったこともない」 と否認

5月12日、Mariko氏は、コメスキヨサネ氏(沖縄出身・琉球人)の関係者で、琉球処分による琉球国の国籍喪失の歴史を提起した Masa Yama氏に対して、こう書いた。

国籍は厳しい問題なんだよ。なくなったこともその危険性もないのにグチで簡単に引用するなよ

琉球国は1879年の琉球処分によって日本に併合され、琉球国としての政治的主体性は消滅させられた。沖縄の独立論・琉球独立論・琉球国国籍論は、この歴史的事実を起点として展開されてきた。少なくとも「なくなったこともない」 とは言えない。Mariko氏のこの一語は、琉球処分以降の沖縄の歴史的位置そのものを否認することにつながる。

沖縄の歴史 ── 琉球処分・沖縄戦・米軍統治下の暴力・復帰後も続く本土の沖縄消費 ── を、Mariko氏は「個人間のトラブル」 と再定義してきた(5/11)。その延長として、琉球国の国籍喪失の歴史も「なくなったこともない」 と否認する位置に Mariko氏は立っている。

これは、本土の人間が沖縄の人に対して、沖縄の歴史的位置を否認する行為である。「日本軍と同じ考え方」「沖縄の人も日本軍の蛮行に加担した」 と書いた春摘紅子氏(論考19「『反差別』の名の下に ── 被差別性の横領の構造 ── 春摘紅子氏と趙博氏」)の発言と接続する、本土側の沖縄歴史否認の系譜にある。

第9節 「声明に書いてある」 の反復と「ちょっと意訳が入っただけ」 ── 引用改変の容認

MarikoCaroline Greet氏が「職業差別」 認定を維持するために用いてきたもう一つの語彙は、「声明に書いてある」 である。沖縄側から「声明の引用のどの部分が、なぜ職業差別に該当するのか」 を問われるたびに、Mariko氏は「声明に書いてある」 と繰り返した。しかし、どの文言がなぜ差別かを、Mariko氏は一度も具体的に説明できなかった。

そして、Mariko氏は声明の引用の改変について、こう認めた。

注釈でちょっと意訳が入っただけ

これは、石嶺香織氏の発言に「(=牧瀬さんのストリップを見たことがある人)」 という注釈を独自に付加して意味を変質させた件 ── 石嶺氏は「引用文の改ざんはやめてください」 と抗議した ── についての Mariko氏の応答である。引用の改変を「ちょっと意訳が入っただけ」 と認めたうえで、その改変の上に立つ「職業差別」 認定を Mariko氏は維持した。

論考34が記述した通り、声明側の引用改変・捏造は石嶺香織氏の発言改変、宮城秋乃氏の発言改変4件、趙博氏の宮城氏発言改変6操作、春摘紅子氏「牧瀬さんを出すな」 捏造、ウエマ マサトシ氏の宮城氏発言捏造、Mariko氏自身の五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造等、10件にわたって記録されている(論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)。Mariko氏は、これら一連の改ざん・捏造の容認・実行の中核に位置している。

「ちょっと意訳が入っただけ」── これは、改ざんを軽微な作業として再定義する語彙である。改ざんの上に立つ「差別者」 認定が、Mariko氏自身の手によって、改ざんとして認められたうえで維持されている構造である。

そして、「差別された側が定義する」 という原則を、Mariko氏は片方にだけ適用してきた。牧瀬氏の「職業差別を受けた」 は確定事実として採用された一方、宮城秋乃氏・比嘉マリア氏・加藤愛子氏らの「差別された」 という訴えは括弧付きで退けられ、あるいは「妄想」「過激派の攻撃」 として無効化された。「差別を受けた側が定義する」 と言いながら、どの「差別だ」 を採用するかを Mariko氏自身が選別してきた。これは反差別の原則ではなく、原則の私物化である。

なお、声明の主題そのものについても、Mariko氏は重要な不在を維持している。1.31声明の正式タイトルは「市民運動を分断する職業差別を許さない」 だが、対象としたイベントは『沖縄・米兵による女性への性犯罪 第13版』 の朗読会だった。声明は「朗読」 について一言も論じていない。Mariko氏は4ヶ月余りこの不在を維持してきた共同代表4名のうちの一人である。本土の人間が沖縄の被害記録を朗読する意味、朗読と身体表現の連続配置が被害者に与え得る影響、被害記録の扱いに関する当事者・遺族への配慮、朗読する側と被害を受けた側の構造的非対称性 ── これらすべての論点が、Mariko氏が共同代表である4.3声明においても、論じられないままである。


第3章 趙博氏の表明後 ── 二人が選べる三つの道

砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏は、5月13日の趙博氏「『職業差別』ではないと以前から思っています」 表明後、自らの位置を表明しなければならない。

主催者「2秒の視線」 は、2月21日謝罪文において「私たちは、日本の『安全保障』 を琉球弧に押しつけ続けている当事者(植民者、抑圧者、加害者)です」 と本土側の加害位置を引き受け、3月22日「検証とお詫び」 において「被害当事者へのフラッシュバックや二次被害への配慮が企画構成になかったことの問題です」「職業差別とは考えておりません」 と明言してきた。さらに3月22日謝罪文では、論考16「『本土は沖縄を消費するな』 ── 何が問われているのか」 の核心句「沖縄のために声を上げているという善意が、構造を見えなくすることがある」「被害当事者の苦しみが、参加者の感情体験の素材へと転換される」 を本文中に直接引いて、自らの企画が「本土による沖縄の消費」 構造の作動であったことを公的に引き受けた(論考04「1.31声明は維持できない ── 撤回・訂正・謝罪を求める」)。五宝光基氏は4月16日に「実際に『職業差別』 はない」 と認めた。そして5月13日、趙博氏が「以前から職業差別ではないと思っていた」 と書いた。

主催者・五宝氏・趙博氏 ── この三者から「職業差別ではない」 と認められた今、砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏は、なおも「職業差別」 認定を維持するのか ── これが、二人に問われている。

論考37 第3章 第3節で整理した三つの道がある。

第1節 趙博氏を「圧力に負けて嘘ついている」 と切り捨てるのか

第一の道は、趙博氏の表明を「圧力に負けて嘘ついている」 と切り捨てることである。

MarikoCaroline Greet氏は4月29日、五宝光基氏に対して同じことをした。五宝氏が「実際に『職業差別』 はない」 と認めた4月16日謝罪文を、Mariko氏は「圧力に負けて嘘ついている」 として無効化した(論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)。

しかし、それを今度は趙博氏に対してするのか。Mariko氏が4月30日朝6時16分に「相互慰労会しまひょ」 と呼びかけられた相手、4月4日に4.3声明を「シェアさせていただきます」 と書いて拡散した本人 ── その人物を、Mariko氏は「圧力に負けた」 と切り捨てるのか。

「相互慰労会」 を共有していた相手を、その相手が「職業差別ではない」 と表明した瞬間に「圧力に負けた」 と無効化することは、論理的に成立しない。「相互慰労」 の関係そのものが、Mariko氏自身の手によって偽物だったと宣言することになる。

砂布均氏についても同じである。砂布氏は趙博氏の4月4日 4.3声明シェア投稿で「真実を見極めていただきたい」 と呼びかけられた読者の一人、4月30日「相互慰労会しまひょ。な、砂布さん」 で名指された二人のうちの一人である。砂布氏が趙博氏を「圧力に負けた」 として切り捨てれば、4月4日の「シェア」 関係と4月30日の「相互慰労」 関係そのものが、虚構だったと宣言することになる。

第2節 趙博氏の発言を無視できるのか

第二の道は、趙博氏の発言を無視することである。

しかし、趙博氏は声明側の論理を支えてきた重要人物である。論考27が末尾で記述した通り、趙博氏は「4.3声明の論理的支柱」 として機能してきた(論考27「『殲滅』と『連帯』― 趙博氏の3ヶ月間の記録」第8章)。在日コリアンの人権活動家としての権威 ── 反差別運動の中で長年蓄積されてきた立場 ── によって、4.3声明に「反差別の人権活動家が支持する文書」 という外観を付与した人物である。

その人物の表明を「無いことにする」 ことは、実質的に不可能である。趙博氏の5月13日発言は、田丸正幸氏のFB投稿への公開コメントとして残されている。論考37「『職業差別ではない』 と言うなら ── 趙博氏が撤回すべきこと」 で公開された。

さらに、坂手洋二氏は5月13日、田丸正幸氏のFB投稿のコメント欄で、自身が5月9日11時に送ったメッセンジャー内容を「本日趙博さんが『職業差別ではない』 を表明したので公開します」 と前置きして自ら公開した。

説明できずにいて申し訳ない。趙博氏には厳しくきちんとした謝罪を求めています。二度目の話の時は監督も同席。三度め駄目だったら見限ります。彼が公演が終わるまで待ってくれと言うので待っているのです。芸人九条の会とも一緒に相談しています。公演は明日(10日)まで。ほんと、ちゃんとしてほしい。

「厳しくきちんとした謝罪」「三度め駄目だったら見限ります」「芸人九条の会とも一緒に相談」── 趙博氏に謝罪を求める動きが、声明側周辺の人物からも、本件をめぐって展開している。趙博氏の表明は、すでに公的・対話的な応答を引き起こしている事態である。

砂布均氏とMariko氏が沈黙したまま「職業差別」 認定を維持し続けることは、すでに公的に問われている。沈黙は答えではない。

第3節 自分たちも「職業差別ではなかった」 と認めるのか

第三の道は、砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏自身が「職業差別ではなかった」 と認めることである。

これが本論考が求める道である。

主催「2秒の視線」 が「職業差別とは考えておりません」 と明言し、五宝光基氏が「実際に『職業差別』 はない」 と認め、趙博氏が「『職業差別』 ではないと以前から思っています」 と書いた。この三者から「職業差別ではない」 と認められたあとに、なお「職業差別だ」 と主張し続ける根拠とは何か。

主催者の認定、声明側内部からの論理的支柱の表明 ── これらすべてを「圧力に負けた」「印象操作」「個人間のトラブル」 と再定義し続けることでしか、4.3声明の「職業差別」 認定は維持できない。しかし、その再定義のすべては、論考シリーズ37稿が一次資料に基づいて反駁してきた構造そのものである。

砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏は、自分たちも「職業差別ではなかった」 と認めるしかない。認めるならば、1.31声明・4.3声明の撤回、4ヶ月余りにわたって攻撃してきた沖縄の被害当事者・支援者への謝罪が、その先にある。


第4章 砂布均氏が答えなければならないこと

砂布均氏が答えなければならないのは、以下である。論考30「差別者に居場所はない ── ヘイト7」で記録した砂布氏の項目に対応する撤回・謝罪事項を、5月13日趙博氏発言後の局面に照らして本稿で改めて整理する。

第1節 「バイアスがないと繋がらない」 主張の撤回、および沖縄側に経歴を吐かせた責任への謝罪

砂布均氏は、「性被害とストリッパーの身体表現はバイアスがないと繋げるのが不可能」 という主張を撤回しなければならない。

牧瀬茜氏自身が、性暴力を模した行為を性的娯楽として提供する作品に長年出演してきた人物であり、運動圏の中にもその時代からのファンがいる。性暴力被害の朗読会に同氏の身体表現を配置する企画構成への懸念は、出演者の活動歴を踏まえれば、バイアスなど必要なく合理的に成立する。砂布氏の「バイアス論」 は、出演者の活動歴によって成立しない。

そして、砂布均氏は、沖縄側が牧瀬茜氏のために配慮して伏せていたことを攻撃の道具にして公開させたこと、1月31日に「全部出したらいいと思いますよ!」 と公開を直接促したことについて、宮城秋乃氏・比嘉マリア氏・牧瀬茜氏に公的に謝罪しなければならない。

宮城氏が「私が自身や沖縄の女性を守るために書かないといけない状況に追い詰めて少しずつ吐かせて、とても牧瀬さんを守ろうとしているようには思えません」 と書いた構造に対して、砂布氏は応じなければならない。「全面支持」 を掲げながら、結果として「全面支持」 の対象に最も大きなダメージを与える形で公開を促した責任は、砂布氏個人にある。

第2節 1.31声明・4.3声明シェアの撤回

砂布均氏は、4.3声明共同代表として、1.31声明・4.3声明の撤回を表明しなければならない。

砂布氏自身が4月4日にシェアした4.3声明、5月5日に自身のパンクロック関連投稿で再度主張した「職業差別」 認定、これまで自身のFBで拡散してきたすべての「職業差別」 関連投稿を、砂布氏は撤回しなければならない。

撤回は、シェア・拡散と同等の可視性をもって行われなければならない。コメント欄の「もう終わりにしましょ」 のような、検証を封じる前置きを伴う形式ではなく、4ヶ月余りの拡散と同等の可視性を持つ撤回でなければならない。

第3節 「職業差別」 主張の根拠提示、または撤回

砂布均氏は、4ヶ月余り主張してきた「職業差別」 認定の根拠を提示するか、根拠を提示できないことを認めて主張を撤回するか、いずれかを表明しなければならない。

田丸正幸氏が5月13日に書いた「職業差別だと言う方々は誰1人その職業差別となる私達の発言の証拠を示せない」 ── これは砂布均氏に対する公的な問いである。

砂布氏は、4ヶ月余り「職業差別」 と断定してきた。その根拠となる「証拠」 を、いまだ示せていない。趙博氏が「職業差別ではない」 と認めた今、砂布氏の主張は何の上に立っているのか。

根拠を示せないなら、撤回するしかない。

第4節 TICへの応答

砂布均氏は、TIC(トラウマインフォームドケア)について公的に応答しなければならない。

四度問われて四度逃げた経緯を踏まえ、(1) TIC とは何か、(2) 自分はTIC をどう理解しているか、(3) 沖縄側の TIC に基づく要請にどう応えるか ── これらを、論証可能な形で表明しなければならない。

「はあ?」 という応答は、4ヶ月余り「職業差別」 と断定し続けてきた人物の応答として、許容されない。

第5節 「文言ではなく実質的に」「結果的に差別」 論の撤回、および声明の「朗読」 不在への応答

砂布均氏は、「文言ではなく実質的に」「結果的にストリッパーの身体表現を排除することに繋がっており、それは差別だ」 という主張を撤回しなければならない。

砂布氏自身が「文言ではなく実質的に」 と認めた通り、声明の引用に「職業差別」 該当の文言は存在しない。「結果的に差別」 論を一貫して適用すれば、被害当事者の訴え、主催者の改善、TIC、声明自体、すべてが「差別」 に変わってしまう。論理として自壊する主張の上に、4ヶ月余りの「職業差別」 認定は立てられない。

「結果的に差別」 論を撤回することは、その上に立っていた「職業差別」 認定そのものの撤回につながる。砂布氏は、その帰結を引き受けなければならない。

また、砂布均氏は、4.3声明共同代表として、1.31声明・4.3声明が「朗読」 について一言も論じてこなかったことに応答しなければならない。

イベントは『沖縄・米兵による女性への性犯罪 第13版』 の朗読会である。本土の人間が沖縄の被害記録を朗読することの意味、朗読と身体表現の連続配置が被害者に与え得る影響、被害記録の扱いに関する当事者・遺族への配慮、朗読する側と被害を受けた側の構造的非対称性 ── これらは、本イベントが朗読会である以上、論点化されなければならない事項である。砂布氏が共同代表である4.3声明においても、これらの論点は不在のままである。

主催者の岡部修子氏は「今回の問題点は、被害当事者を含む沖縄の声を聞こうとしないで、催しを実施したことです」 と述べた。主催者自身が、問題の本質は「朗読」 の構成にあったと認めている。砂布氏は、声明側の中核としてこの不在に応答しなければならない。

第6節 沖縄の被害当事者への謝罪

砂布均氏は、4ヶ月余りにわたって「職業差別」 認定によって攻撃してきた沖縄の被害当事者・支援者に、公的に謝罪しなければならない。

比嘉マリア氏、宮城秋乃氏、上田真弓氏、その他多数 ── 4ヶ月余り「職業差別の声」 と再定義され続けてきた人々に対する具体的な謝罪が必要である。

「職業差別ではなかった」 と認めることは、その認定によって傷つけられた人々への謝罪の出発点にすぎない。砂布氏が辺野古に来たことがないにもかかわらず「沖縄差別を許さない」 として声明側中核に立ってきた構造 ── 沖縄を素材としてカウンターを遂行してきた構造(論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント ── 声明側『カウンター』 の正体」)── そのものに対する自己批判が、謝罪の中身として必要である。


第5章 MarikoCaroline Greet氏が答えなければならないこと

MarikoCaroline Greet氏が答えなければならないのは、以下である。論考30「差別者に居場所はない ── ヘイト7」で記録した Mariko氏の項目に対応する撤回・謝罪事項を、5月13日趙博氏発言後の局面に照らして本稿で改めて整理する。

第1節 比嘉マリア氏への二次加害(2/16・2/23・2/28・3/25)の撤回・削除と謝罪

MarikoCaroline Greet氏は、比嘉マリア氏に対して2月16日・2月23日・2月28日・3月25日に行った一連の二次加害発言を、すべて撤回・削除し、公的に謝罪しなければならない。

撤回・削除・謝罪が必要なのは、以下の発言である。

  • 2月16日 公開コメント「マリアさんは性被害には遭われていないのですね」

  • 2月23日 友達限定投稿「やっぱり、その人は性被害にあった人ではありませんでした」「雲泥の差ですよ!」「誰しも妄想するときりがないですからね」「なかったことで、あまり妄想を膨らませて騒がれると、こっちのあったことのフラッシュバックがそれこそ起きて嫌になりますね」

  • 2月28日「ま、誰しも妄想するときりがないですからね」

  • 3月25日「なんで性被害にあってない人がフラッシュバックを起こすのかわかりません」「妄想で何でも中止できたら、全ての企画はなくなりますね」

比嘉マリア氏は、7歳のときに米兵集団に襲撃された当事者である。家のすべての戸、窓、壁、屋上が攻撃され、母親が「私たち親子は見殺しにされるわけですか?」 と警察に叫び、それでも警察は来なかった。母親は家電のコードを引きちぎって通電させ、それが唯一の抵抗手段であった。その被害を、Mariko氏は「妄想」「なかったこと」「雲泥の差」 と呼んだ。

撤回・削除・謝罪は、比嘉マリア氏が当初から要請してきた事項である。比嘉氏は精神科受診の私的な医療情報を揶揄されたこと、当時の参加者名簿に Mariko氏の名前がないにもかかわらず「当初から色々ありました!」 と書かれたこと等、事実関係の誤りも指摘している。これらを含む全面的な撤回・削除・謝罪が必要である。

第2節 宮城秋乃氏への一連のラベリングの撤回と謝罪

MarikoCaroline Greet氏は、宮城秋乃氏を「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」 と呼んだことを、すべて撤回し、公的に謝罪しなければならない。

これらのラベリングは、宮城秋乃氏が4ヶ月余り、沖縄の被害当事者の側で声を上げ続けてきたことに対する報復である。「職業差別」 の認定を維持するために、Mariko氏は宮城氏を人格的に無効化する語彙を蓄積し、公開の場で繰り返し使ってきた(論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」)。

撤回と謝罪は、ラベリングごとに、具体的に行われなければならない。

第3節 五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造と「圧力に負けた」 認定の撤回

MarikoCaroline Greet氏は、4月25日の五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造を撤回し、4月29日の「圧力に負けて嘘ついている」 認定を撤回し、4月30日の「キチジロウ」 呼ばわりを撤回し、五宝氏に公的に謝罪しなければならない。

五宝氏は1月28日に自らの論考を全面撤回し、4月16日に「実際に『職業差別』 はない」 と認める「改めての謝罪文」 を公開した。これを「謝罪要求を撤回した」 と書き換える捏造は、2秒の視線が4月29日の公式投稿において「4月16日投稿の五宝さんからの謝罪文の中にある、村上さんへの謝罪要求が撤回されたとする文章が一部で公開されておりますが、このような事実はございません。その場に居た2秒のメンバーもそのような認識はございません」 と公開で否認している(4月18日の話し合いの場に同席した2秒のメンバーによる事実認定。なお五宝氏は新しいアカウントを開けない状況にあり、2秒の視線を通じて応答せざるを得ない位置にあった。論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)。

撤回と謝罪は、捏造の流布と同等の可視性をもって行われなければならない。

第4節 「印象操作」 主張の撤回

MarikoCaroline Greet氏は、5月11日の「印象操作して沖縄対本土にしているのは、あちらです」 主張を、公的に撤回しなければならない。

「沖縄対本土」 のフレームを作ったのは、沖縄を「職業差別」 と再定義してきた声明側である。沖縄側は4ヶ月余り、一貫して一次資料に基づく論証で応じてきた。「印象操作」 と呼ぶ根拠は、Mariko氏が示せていない。

Mariko氏自身が、4月30日に「相互慰労会しまひょ」 と趙博氏から呼びかけられ、4.3声明共同代表として「カウンター」 自己記述(論考33「『カウンターの方々』── 本人たちの言葉が示した声明側ネットワーク」)を残し、声明側内部で「沖縄対本土」 を構成してきた人物である。「印象操作」 主張は、Mariko氏自身の関与してきた構造を否認する操作にすぎない。

第5節 「内ゲバリンチ」 比喩の撤回

MarikoCaroline Greet氏は、5月10日の「左派の過激派が仲間うちをリンチしてコロした怖さが、この件でよくわかりました」 という発言を撤回しなければならない。

論考シリーズの一次資料に基づく検証を、内ゲバ・リンチ殺人になぞらえることは、論証を物理的暴力と同一視する責任の相対化である。連合赤軍事件等の歴史的記憶を、Mariko氏が自身への批判を無効化するために流用したことは、論証の暴力化という観点だけでなく、過去の運動の犠牲者の記憶を私的目的で利用する点でも問題がある。

第6節 Masa Yama氏への琉球国の歴史的位置の否認発言の撤回

MarikoCaroline Greet氏は、5月12日の「国籍は厳しい問題なんだよ。なくなったこともその危険性もないのにグチで簡単に引用するなよ」 発言を撤回し、Masa Yama氏に公的に謝罪しなければならない。

琉球国は1879年の琉球処分によって日本に併合され、琉球国としての政治的主体性は消滅させられた。少なくとも「なくなったこともない」 とは言えない。この歴史的事実を否認することは、本土の人間が沖縄の歴史的位置を否認する行為である。沖縄の独立論・琉球国国籍論を「グチ」 と切り捨てることは、沖縄の歴史をめぐる議論そのものを矮小化することである。

第7節 「カウンター」 自己記述・「群れない 媚びない ブレない 嘘つかない」 自己紹介と実際の言動の整理

MarikoCaroline Greet氏は、自身が残してきた「カウンター」 自己記述(「カウンターの方々は頼りにしてます」「神戸でもカウンターしてもらわなあかんな」 等)と、5月11日の「個人間のトラブル」 主張との矛盾を、公的に整理しなければならない。

論考32は、4月18日の同席者証言から、声明側の活動が「トランスヘイターを叩くカウンター」 として遂行されていたことを論証している(論考32「利用された沖縄、利用された2秒の視線、利用された1.4イベント ── 声明側『カウンター』 の正体」)。論考33は、その「カウンター」 構造が当事者たち自身の語彙として残されていたことを記録している(論考33「『カウンターの方々』── 本人たちの言葉が示した声明側ネットワーク」)。

「カウンター」 と「個人間のトラブル」── このどちらが声明側の実態なのか。Mariko氏自身の発言の中で、両者が併存している。整理が必要である。

また、Mariko氏の Facebook自己紹介「群れない 媚びない ブレない 嘘つかない」 と、4ヶ月余りの実際の言動 ── 五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造、Mariko氏自身が比嘉マリア氏に対して用いた事実無根の関与主張、「圧力に負けた」 切り捨て、3段階の自己位置づけ(女性/当日参加/自らも性被害)を権威として段階的に強化してきた構造 ── との矛盾も、整理が必要である。 自己紹介に書かれた価値と実際の言動の乖離は、論考21が記述した通り、Mariko氏自身の論法構造の核心にある(論考21「『本当の被害者』を決める権利 ── MarikoCaroline Greet氏の論法と構造」第14章)。

第8節 「ちょっと意訳が入っただけ」 容認の撤回、「声明に書いてある」 反復の整理、「差別された側が定義する」 原則の私物化の撤回

MarikoCaroline Greet氏は、声明の引用改変を「ちょっと意訳が入っただけ」 と認めながらその改変の上に立つ「職業差別」 認定を維持してきたことを、撤回しなければならない。

石嶺香織氏の発言改変、宮城秋乃氏の発言改変、Mariko氏自身による五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造等、声明側の改ざん・捏造の中核に Mariko氏は位置している(論考34「嘘と改ざんで人を差別者扱いしてはいけない ── 声明側『10の嘘と改ざん』」)。改ざんを「ちょっと意訳が入っただけ」 と軽微化することは、改ざんの上に立つ「差別者」 認定の正当性を保証しない。

また、Mariko氏は、「声明に書いてある」 を反復するだけで、どの文言がなぜ差別かを一度も具体的に説明できなかったことを、自ら認めなければならない。

「文言ではなく実質的に」 と砂布均氏が認め、「ちょっと意訳が入っただけ」 と Mariko氏が認めた以上、声明の引用に「職業差別」 該当の文言が存在しないことは、声明側の中核から認められている。にもかかわらず「声明に書いてある」 と反復し続けることは、説明責任の回避である。

そして、Mariko氏は、「差別された側が定義する」 という原則を、片方にだけ適用してきた構造 ── 原則の私物化 ── を撤回しなければならない。

牧瀬氏の「職業差別を受けた」 は確定事実として採用された一方、宮城秋乃氏・比嘉マリア氏・加藤愛子氏らの「差別された」 という訴えは「妄想」「過激派の攻撃」 として無効化されてきた。同じ原則を一貫して適用すれば、沖縄側の「沖縄差別された」 という訴えは、声明側の「職業差別された」 という訴えと等しい重みで扱われなければならない。Mariko氏自身が4ヶ月余り、片方の「差別だ」 を採用し、もう片方を退けてきた構造を、自ら認めて撤回しなければならない。

第9節 沖縄の被害当事者への謝罪

MarikoCaroline Greet氏は、4ヶ月余りにわたって「職業差別」 認定によって攻撃してきた沖縄の被害当事者・支援者に、公的に謝罪しなければならない。

比嘉マリア氏、宮城秋乃氏、Miky King氏、コメスキヨサネ氏、上田真弓氏、その他多数 ── 4ヶ月余り「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」「妄想」「なかったこと」「雲泥の差」「印象操作」「個人間のトラブル」「過激派のリンチ」 等の語彙によって攻撃され、被害を否認され続けてきた人々(および五宝光基氏に対する「圧力に負けて嘘ついている」「キチジロウ」 呼ばわり)に対する具体的な謝罪が必要である。

Mariko氏が4ヶ月余り続けてきた二次加害は、一覧として論考09・論考21・論考34・本論考第2章で記録されている。一つひとつに具体的に向き合うことが、謝罪の中身として必要である。

そして、比嘉マリア氏が3月21日に書いた問いに、Mariko氏は応えなければならない。

辺野古運動は、沖縄の米兵に性暴力うけた被害者を差別者とするヤマトを守る運動ですか?まずは被害者を守ることが先でしょう?なにやってるんですか?

「ヤマトを守る運動」── これは、Mariko氏が4ヶ月余り行ってきたことの帰結に対する、被害当事者からの問いである。


結 中核の一人が降りた、答えなければならない

5月13日、声明側の論理を支えてきた重要人物の一人である趙博氏が「『職業差別』 ではないと以前から思っています」 と書いた。論考37は、その「以前から」 という一語が4月4日の4.3声明シェア・4月30日の「相互慰労会しまひょ」 を消せないことを示した。趙博氏の5月13日発言は、4ヶ月余りの責任の到着点ではなく、出発点である。

しかし、その「中核の一人が降りた」 事態は、声明全体に決定的な影響を及ぼす。4.3声明共同代表のうち、最も継続的に「職業差別」 主張を発信してきた砂布均氏とMarikoCaroline Greet氏は、5月13日時点でも「職業差別」 認定を維持し続けている。

砂布均氏は、辺野古に来たことがないにもかかわらず「沖縄差別を許さない」 として声明側中核に立ち、「バイアスがないと繋がらない」 と断定して沖縄側を追い詰めて牧瀬茜氏の経歴公表を促し、「全部出したらいい」 と公開を直接促し、TIC について四度問われて四度逃げ、5月5日にもなお「職業差別」 主張を継続してきた。

MarikoCaroline Greet氏は、1月2日から4ヶ月余り一貫して声明側に立ち、3段階の自己位置づけ(女性・当日参加・自らも性被害)を権威として強化しながら、比嘉マリア氏のPTSDを「妄想」「なかったこと」「雲泥の差」 と呼び、宮城秋乃氏を「ゴミクズ」「カルト」「ヘイター」 とラベリングし、五宝光基氏を「圧力に負けて嘘ついている」「キチジロウ」 と切り捨て、4月30日朝6時16分に趙博氏から「相互慰労会しまひょ」 と呼びかけられた相手であり、5月10日「内ゲバリンチ」 比喩、5月11日「印象操作」 主張、5月12日 琉球国の歴史的位置の否認発言を残してきた。

この二人が、いま、答えなければならない。

選択肢は三つある。趙博氏を「圧力に負けた」 と切り捨てるのか。趙博氏の発言を無視するのか。自分たちも「職業差別ではなかった」 と認めるのか。

「圧力に負けた」 切り捨てを Mariko氏が4月29日に五宝光基氏に対して用いた論理は、5月13日の趙博氏に対しても用いられうる。しかし、Mariko氏自身が4月30日に「相互慰労会しまひょ」 と趙博氏から呼びかけられた相手である。「相互慰労」 の関係を維持していた相手を、その相手が「職業差別ではない」 と表明した瞬間に「圧力に負けた」 と切り捨てることは、論理的に成立しない。砂布均氏についても同じである。

趙博氏の発言を無視することも、できない。趙博氏は声明側の論理を支えてきた重要人物であり、その表明は田丸正幸氏のFB投稿への公開コメントとして残り、論考37「『職業差別ではない』 と言うなら ── 趙博氏が撤回すべきこと」 で公開された。沈黙は答えではない。

残るのは第三の道、すなわち、砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏自身が「職業差別ではなかった」 と認めることである。認めるならば、1.31声明・4.3声明の撤回、4ヶ月余りにわたって攻撃してきた沖縄の被害当事者・支援者への謝罪が、その先にある。

本稿は、その先の具体的な作業を、第4章(砂布均氏)・第5章(MarikoCaroline Greet氏)にそれぞれ列挙した。砂布氏について:「バイアスがないと繋がらない」 主張の撤回と沖縄側に経歴を吐かせた責任への謝罪、1.31声明・4.3声明シェアの撤回、「職業差別」 主張の根拠提示または撤回、TICへの応答、沖縄の被害当事者への謝罪。Mariko氏について:比嘉マリア氏への一連の二次加害(2/16・2/23・2/28・3/25)の撤回・削除と謝罪、宮城秋乃氏への一連のラベリングの撤回と謝罪、五宝光基氏「謝罪要求撤回」 捏造と「圧力に負けた」 認定の撤回、「印象操作」 主張の撤回、「内ゲバリンチ」 比喩の撤回、Masa Yama氏への琉球国の歴史的位置の否認発言の撤回、「カウンター」 自己記述および「群れない 媚びない ブレない 嘘つかない」 自己紹介と実際の言動の整理、そして沖縄の被害当事者への謝罪。

これらは、二人が「職業差別ではなかった」 と認めたあと、4ヶ月余りの加害に向き合うために、一つひとつ実行しなければならないことである。

比嘉マリア氏が3月21日に書いた問いに、二人は応えなければならない。

辺野古運動は、沖縄の米兵に性暴力うけた被害者を差別者とするヤマトを守る運動ですか?まずは被害者を守ることが先でしょう?なにやってるんですか?

中核の一人が降りた。

砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏は、答えなければならない。


関連論考

本稿は、論考シリーズ37稿の積み上げの上に書かれている。直近の論考37「『職業差別ではない』 と言うなら ── 趙博氏が撤回すべきこと」が論じた、趙博氏の5月13日発言と4月4日・4月30日の記録の照合 ── そして「5月13日発言は4ヶ月余りの責任の到着点ではなく、出発点である」 という診断 ── を、声明側中核の残る二人(砂布均氏・MarikoCaroline Greet氏)に向けて拡張する形で、本論考38は書かれている。

本稿と直接接続する論考

シリーズ全体

いいなと思ったら応援しよう!