野村万作・萬斎の至芸と、シチュエーションコメディの深淵:伝統の「型」が照らす人間の愛おしき愚かさ
7月の初めに「はじめて狂言」の舞台に触れたとき、私の内にあった伝統芸能への「堅苦しい」「難解そう」という既成概念は、文字通り跡形もなく吹き飛んでしまった。
人間の剥き出しの可笑しみをこれほど洗練された形で表現する演劇が、室町時代から連綿と息づいていたという事実に、強烈な知的興奮を覚えたのである。
その熱が冷めやらぬまま、私はさらなる深淵を覗き込むべく、7月16日に「長岡リリックホール」へと足を運んだ。
お目当ては、現代の狂言界を名実ともに牽引する至高の表現者、野村万作・野村萬斎らによる狂言公演である。
今回はただ受動的に観劇するだけでなく、万全の「予習」を敢行した。
この公演の1週間前くらいから、タイミングよくYouTubeの番組『ReHacQ(リハック)』でプロデューサー・高橋弘樹氏と野村萬斎氏の対談番組が配信されていたのである。
「狂言とは、究極のシチュエーションコメディ(シットコム)である」
動画の中で萬斎氏が提示したこの明快な補助線を頭に携え、数百年かけて磨き抜かれた「身体のプログラミング(型)」の意味を咀嚼しながら臨んだ今回の公演は、ファーストコンタクトの時以上に、私の心に深く、そして鮮烈な驚きと感動をもたらすこととなった。
この記事では、夜の劇場を満たしたあの濃密な祝祭の記憶を紐解きながら、追加で得た歴史的・言語学的知見を交え、狂言という伝統芸能が内包する「人間の愚かさの肯定」という精神的深淵について、じっくりと語っていきたい。
劇場に現れた「三間四方」の宇宙―能舞台という精緻な身体システム
夜7時の開演を前に、長岡リリックホールの客席は隙間なく埋め尽くされ、満席の熱気に包まれていた。
普段は近代的な演劇や音楽イベントに使われる多目的シアターであるが、一歩ホールの中に足を踏み入れた瞬間、私は思わず目を見張った。
そこには、近代的な劇場の機構を切り取るように、白木も美しい本格的な「能舞台」が特設されていたのである。

「やはりこうした舞台を作って演じることで、本来の動きができるのだろう。」
直感的にそう感じた私の脳裏に、『ReHacQ』の動画で萬斎氏が語っていた空間の秘密が鮮やかによみがえってきた。
萬斎氏によれば、能舞台の基本構造は
「三間四方(約5.4メートル〜5.5メートル)」
という正方形の広さで設計されている。これは畳の長い方を「一間」とし、それが縦横に3枚ずつ並んだ広さを意味する。
一見するとコンパクトに思えるこの空間だが、人間と人間が対峙し、ドラマを構築する上で、驚くべき普遍性と合理性を秘めている。
萬斎氏が指摘するように、ボクシングやプロレスといった格闘技のリング、あるいは相撲の土俵や柔道の試合空間も、大体がこの「六メートル四方」「三間四方」のサイズに収まる。
逃げ場が多すぎると人間同士の心理的・身体的な摩擦が希薄になり、ドラマ(試合)が成立しない。
逆に狭すぎれば、ダイナミックなアクションの躍動が制限されてしまう。
観客に対して人間同士が正面からぶつかり合い、かつその背後に絶妙な「余白」を感じさせるための究極の黄金比が、この三間四方なのだ。
空間そのものが、演者のポテンシャルを極限まで引き出すための精緻なシステムとして機能しているのである。
今回の公演は近代ホール内での特設舞台であったため、本式の能舞台の四隅にあるような「屋根を支える柱」は設置されていなかった。
しかし、冒頭で行われた解説の中で、この「柱」の持つ意味について触れられ、私は大いに感銘を受けた。
能や狂言では、演者が「面(おもて)」と呼ばれる仮面を被って演じることが多々ある。
面を被ると視界の80%から90%が物理的に遮断され、自分の足元や周囲の景色すらほとんど見えなくなるという。
そのような極限状態(内向感覚の解き澄ましが必要な空間)において、舞台の四隅に立つ柱は、演者が自分の立ち位置を正確に把握し、観客席との距離を測るための絶対的な「目印(ランドマーク)」として機能しているのだ。
つまり、能舞台という空間は、ただの装飾的な様式美ではない。
人間の身体能力の限界をサポートし、極限のパフォーマンスを成立させるために何百年もかけて洗練されてきた、実用的なアーキテクチャの結晶なのである。
引き算の美学と「小舞」にみる超人間的コントロール
公演の幕が開くと、まずは演者による親切かつユーモアあふれる「解説」から始まった。
狂言を初めて観る現代の観客をも温かく迎え入れるこの姿勢は、非常に現代的であり、ありがたい配慮である。
この解説の中で特に興味深かったのが、能舞台における「立ち姿の多角的な計算」についてであった。能舞台は正面席だけでなく、
左手側に位置する「脇正面」という客席からも舞台が完全に露出している。そのため、演者は正面から見られる姿だけでなく、真横や斜めから見られた瞬間であっても、そのシルエットが完璧に美しく、調和しているように、指先の角度や腰の落とし方に至るまで徹底的な計算の下で動いているという。
さらに、マイクなどの音響設備を一切使わずに、ホールの最遠席まで明瞭で力強い声を届けるための特殊な発声法についての説明もあり、観客が一体となってその響きに耳を傾けた。
そして、それらの高度な身体技法の修練の成果を具体的に示すものとして披露されたのが、伝統に則った「小舞(こまい)」の実演であった。
今回披露されたのは、舞台を力強く踏みしめる「足拍子」が含まれた小舞である。
舞台の後方には「地謡(じうたい)」と呼ばれる唄い手が4名着座し、ゆっくりとした地声で荘厳な謡(うた)を響かせる。
その謡に合わせて、主役の狂言師が扇子を片手に、無駄を削ぎ落とした美しい舞を展開するのだ。
ここで私が驚愕したのは、彼らの動きの超人的な同調性(シンクロニシティ)と、あえてそこに施された「ずらし」の技法であった。
扇子を舞台の上に静かに置くといった細やかな所作の瞬間、地謡も含めた5人のタイミングが、まるで一つの生命体であるかのように「ピタッ」と完璧に揃う。
それなのに、次に舞台上で立ち上がる瞬間には、全員が一斉に動くのではなく、あえて一人ひとりの始動のタイミングをわずかずつ後方に「ずらして」動いていくのである。
これは現代の芸術で言えば、高度に訓練されたマーチングバンドのフォーメーション移動や、洗練されたコンテンポラリーダンスにおけるウェーブ(時間差の調和)に酷似している。
何百年も前の室町時代から、人間が集団の動きにおいて「最も美しい」と感じる動的な調和とリズムを研究し、極め尽くしてきた日本の伝統芸能の底力に、ただただ鳥肌が立つ思いであった。
萬斎氏は『ReHacQ』のなかで、これらの身体技法を「身体のプログラミング」という現代的な言葉で表現していた。
狂言師は、わずか3歳の幼児期から父親や師匠によって、この「型」という名のプログラムを徹底的に肉体へとインストールされる。
例えば、狂言の基本姿勢である「構え」は、膝を曲げて重心を低く落とし、腰を引いて胸を張りつつ顎を引く。
一見すると完全に静止しているように見えるが、実は前後のベクトル、左右のベクトルが「5対5」の力で拮抗し合っている状態なのだという。
このベクトルの緊密なバランスを作ることにより、照明設備がなかった時代でも、演者が舞台に立った瞬間にまるでスポットライトを浴びているかのような強烈な存在感が生まれる。
また、この姿勢は一種の「免震構造」でもあり、すべての関節をわずかに曲げておくことで、すり足で移動する際に頭や上半身が全く揺れないようにコントロールできるのだ。
視覚情報や無駄な動きを極限まで「引き算」しているからこそ、ちょっとした手の上げ下げや足拍子という「足し算」が、観客の目にはとてつもなく大きなエモーションとして映し出される。
この圧倒的な肉体のプログラミングがあって初めて、私たちは狂言の描く滑稽な世界観にリアリティを感じ、没入できるのである。
前半演目:『鍋八撥(なべやつばち)』―商人の意地と芸の力技
前半に上演されたのは、狂言『鍋八撥(なべやつばち)』であった。

出演は、鍋売り役に野村萬斎氏、そして対抗する鞨鼓(かっこ)売り役に野村裕基氏。(鞨鼓とは、絵にあるような小さい鼓のこと)
実際の親子が舞台上でライバルとして火花を散らすという、これ以上ない豪華な配慮に基づいたキャスティングである。
本作のあらすじは、人間の泥臭い「見栄」と「主導権争い」をコミカルに描いた、現代のコント顔負けのシチュエーションコメディである。
【あらすじ】
新しく開かれる市において、「一番最初に店を出した(場所を取った)者を、その市の代表(頭)とし、諸税を免除する」という布告が出される。
誰よりも早くやってきた鞨鼓売りの男は、早く着きすぎたために安心し、その場で一眠りしてしまう。
そこへ後からやってきた鍋売りの男が、眠っている鞨鼓売りを発見する。「これ幸い」とばかりにその前に割り込んで店を広げ、「自分が一番乗りだ!」と言い張り始める。
目覚めた鞨鼓売りは当然猛抗議し、二人は市の役人(目代)を巻き込んで激しい言い争いを始める。
しかし、どちらが先に着いたかという事実の争いは次第に泥沼化し、やがて話は
「どちらの売り物のクオリティが上か」
「どちらの売り声やパフォーマンスが素晴らしいか」
という、商人としてのプライドをかけた芸自慢・技比べの勝負へと発展していく。
この萬斎氏(鍋売り)と裕基氏(鞨鼓売り)の掛け合いと技比べが、最高にスリリングで滑稽であった。
息子の裕基氏は、雅楽などで使われる小さな打楽器である「鞨鼓」を腹に当て、その若さと引き締まった身体能力を存分に活かして、舞台上で見事なまでに美しい側転を披露してみせる。
その若さ全開のハイスペックな身体表現に対し、父親である萬斎氏はどう対抗したか。
「ふん、そんな若気に見せたアクロバットなど、俺はできん(あるいは、あえてしない)」
とでも言いたげな表情を浮かべ、鍋を持ちながら、わざとバランスを崩したような、奇妙キテレツでヘンテコな動きのダンスで対抗するのである。
この二人の達人の応酬の間に入っているのが市の仲裁人(目代)なのだが、これがまた絶妙にポンコツで全く役に立たない。
ただ相手の言い分を右から左へ、もう一方のキャラクターへオウム返しに伝えるだけの「動く伝言板」と化している。
結局、鍋売りと鞨鼓売りの勝負はどちらが一番か決着がつかないまま、全員がなし崩し的に舞台から退場して物語は終わってしまう。
「え、それで終わり!?」
「結局どっちが勝ったの!?」
という唐突なオチなのだが、不思議と観客の心に不満は全く残らない。
なぜなら、登場人物の誰もがどこか間抜けで、自分の欲望に素直で、強烈な愛嬌があり、決して憎めないからだ。
これが今から何百年も前の室町時代に作られたシナリオだとは、にわかには信じられない。
現代のトップ芸人が披露する洗練されたコントと比べても、その構成力、セリフの「間」の取り方、掛け合いのスピード感は一切見劣りしないどころか、むしろ極限まで精巧に計算され尽くしていると感じる。
観客を「ガハハ!」と爆笑させるのではなく、人間の小さな愚かしさを愛おしむように、クスッ、クスッと段階的に笑わせていく狂言ならではの上品な笑いの真髄を、まざまざと見せつけられた。
後半演目:『蝸牛(かぎゅう)』―でんでんむしが繋ぐ滑稽と祝祭の物語
15分間の休憩を挟み、後半に披露されたのは狂言の代表的名作である『蝸牛(かぎゅう)』であった。
出演は、主人の命を受けて動く無垢で不憫な召使い「太郎冠者(たろうかじゃ)」役に、野村萬斎氏の父親であり、御年95歳を迎えた人間国宝・野村万作氏。
対する「山伏(やまぶし)」役をはじめとする共演陣には、野村一座の実力派が顔を揃えた。
95歳にして現役で舞台に立ち、週に1〜2回は演じ続けているという万作氏の存在自体がすでに奇跡のようだが、舞台上の姿は「凄い」という言葉すら生ぬるいものであった。
【あらすじ】
ある主人が、長寿の薬になると噂の「蝸牛(かたつむり)」を捕まえてくるよう、太郎冠者(万作氏)に命じる。
しかし、太郎冠者は生まれてこのかた「蝸牛」を見たことがない。
困り果てる太郎冠者に、主人は
「頭が黒くて、腰に貝(殻)を背負っていて、時々角(つの)を出す生き物だ。竹藪を探してこい」
という、極めて大雑把な特徴を教える。太郎冠者が竹藪へ入ると、修行帰りの山伏が長旅の疲れからすやすやと眠っていた。
山伏が頭に被っている黒い頭巾(兜頭巾)を見た太郎冠者は、
「あ!頭が黒いぞ!こいつが噂の蝸牛に違いない!」
と、とんでもない勘違いをして山伏を起こしてしまう。
起こされた山伏は、最初こそ「俺をカタツムリだと?無知なやつめ」と呆れるが、太郎冠者が本気で信じ込んでいるのを見て、しめしめとからかい始める。
「俺がその蝸牛だ」と言い張る山伏に、太郎冠者は主人の言葉を思い出しながら検分を始める。
「では、背中の殻を見せろ」と言われれば、山伏は修行用の道具である「法螺貝(ほらがい)」を腰に当てて「ほら、殻があるだろう」と言いくるめる。
さらに「角を出してみせろ」と言われれば、梵天を頭の横に突き出し「ほら、角が出たぞ」と見せる。
太郎冠者は「おお、本物の蝸牛だ!」と完全に騙され、大喜びして山伏を家へ連れ帰ろうとする。
この、太郎冠者を演じる野村万作氏の「ボケっぷり」が、まさに名人芸の極みであった。
95歳という年齢がもたらす身体の軽やかさと、良い意味での脱力感。
萬斎氏が『ReHacQ』で、
「95歳の父の域になると、もはや『型』を感じさせない自然体になる。すべてがミラクル。」
と語っていた意味が、この舞台を観て完全に理解できた。
万作氏の演じる太郎冠者は、疑うことを知らない無垢な子供のようでありながら、どこか飄々とした老人としての深みも同居しており、一挙手一投足、セリフの一言一言が可笑しくて堪らない。
物語の終盤は、狂気的なはやし歌が繰り返される。
「雨も風も吹かぬに、出ざ 釜打ち割ろう」(太郎冠者)
「でんでんむしむし」(山伏)
という奇妙なフレーズとリズムに合わせ、太郎冠者も、後から様子を見にきた主人も巻き込まれ、全員が理性を忘れてステップを踏み、歌い踊りながら、そのまま舞台裏へとフェードアウトしていく のである。
結局、長寿の薬であるカタツムリは1匹も捕まっていないし、主人の問題は何一つ解決していない。
しかし、それで良いのだ。劇作家の作った高尚な「オチ」で綺麗に締めくくることよりも、登場人物たちが勘違いと嘘の渦の中で右往左往し、最後は理性を忘れて一緒に踊り狂ってしまう、その「滑稽なプロセス(祝祭空間)」そのものを観客と共有して笑い飛ばすこと。
それこそが、狂言という芸能が持つ究極のカタルシスなのだと感じた。
言語学的な考察―「カタツムリ」と「でんでんむし」の由来と狂言の記憶
舞台を観ながら、私は言葉の歴史に深く思いを馳せた。
劇中で繰り返される「でんでんむし」という言葉と、現代の私たちが使う「カタツムリ」という言葉には、どのような変遷の歴史があるのだろうか。この点について興味深い事実が明らかになっている。
民俗学者・柳田國男の有名な著作『蝸牛考(かぎゅうこう)』によれば、「カタツムリ」という言葉はもっとも古い時代に生まれた東日本の方言でした。
柳田の論調では、もともと子どもたちの間でカタツムリを「出ろ出ろ」と囃し立てる古い習俗や言葉が全国にあったという。
それが当時の文化の中心地であった京都で「でんでんむしむし」というリズミカルな言葉へと洗練され、それが狂言のなかに取り入れられた、という順序で捉えられている。
つまり、「でんでんむし」という言葉そのものが、室町時代の狂言のステージから生まれ、それが子供たちの遊び唄や日常会話を通じて何百年も全国へ伝播し、現代の私たちの語彙として息づいているのだ。
私たちが何気なく口にしている「でんでんむし」という響きそのものが、室町時代の狂言師たちのステップや、満員の観客がクスクスと笑い合っていた劇場の熱量の「記憶」をそのままパックして現代に届けてくれたタイムカプセルなのだと考えると、目の前の舞台がさらに愛おしく、歴史的なロマンに満ちたものに思えてくる。
『ReHacQ』インタビューから読み解く「人間の愚かさの肯定」
今回の長岡公演を通じて、そして『ReHacQ』での野村萬斎氏の言葉を反芻する中で、私の中にひとつの確信が生まれた。
それは、
「狂言とは、人間のポンコツさと愚かさを徹底的に肯定する芸術である」
ということだ。
インタビューの中で萬斎氏は、狂言を現代のエンターテインメントに例えて「シチュエーションコメディ(シットコム)」であると断言していた。
兄弟関係にある「能」が、歴史上の有名なヒーローやヒロイン(源義経や小野小町など)を主人公にし、人間の宿命や悲劇、幽霊の情念を描く高尚な「仮面劇」であるのに対し、狂言の主人公はいつも「名前もない、この辺りのもの(名もなき一般庶民)」である。
狂言の冒頭で、演者はよく
「私はこの辺りのものでござる。」
と自己紹介する。
これは、東京でも、新潟の長岡でも、あるいは海の向こうの海外公演であっても変わらない。
「どこにでもいる、あなたと同じ等身大の人間が主人公ですよ」
というメッセージだ。
狂言に登場する人間たちは、みんなちょっとした欲望や見栄に勝てない。
『附子(ぶす)』では主人から「触ると死ぬ毒だ」と言われた砂糖を留守番中に全部食べてしまい、言い訳のために家財道具を壊して「死んでお詫びをしようと毒を食べたが死ねなかった」と泣き真似をする。
『サド(佐渡狐)』では「佐渡にはキツネがいない」と言われて思わず見栄の嘘をつき、嘘をごまかすためにトホホな嘘を重ねて自滅していく。
現代のビジネス社会や、私たちの日常でも、これと全く同じ光景が見られないだろうか。
ちょっとしたプライドのために嘘をついてしまい、その嘘を通すためにさらに面白い嘘を重ねる同僚。
やってはいけないと言われたルールを好奇心から破ってしまい、必死に言い訳を考えている自分。
現代社会では、嘘をつくことや失敗することは不道徳であり、糾弾される対象になりがちだ。
しかし狂言は、そんな人間の「分かっちゃいるけど、やめられない」ポンコツな部分を、決して冷酷に見下したりはしない。
「自分も含めてそうやって見え張りたいよねっていう気持ちもあるし…『人間って滑稽だよな、でもそうやって生きてるってことも事実だな』という、そういう【人間肯定感】なんだと思います。」
萬斎氏のこの言葉に、狂言の本質が凝縮されている。
狂言を観て、「人間って本当に馬鹿だなぁ、でも愛おしいなぁ」とクスクス笑うこと。
その笑いは、他者を攻撃する冷たい笑いではなく、自分自身の弱さをも包み込んで許してくれる、極めて温かく上品な「自己肯定」「人間賛歌」の笑いなのだ。
おわりに―伝統のバトンを受け継ぎ、11月の新潟公演へ
今回の公演で取り扱われたセリフは、もちろん室町時代の「古語(昔の言葉)」である。
しかし、萬斎氏が「日常の喋り言葉(口語体)がベースになっているから、きちんと聞いていれば必ず分かる」と語っていた通り、その意味やニュアンスは驚くほどスムーズに頭に入ってきた。
言葉の壁など、狂言の圧倒的な表現力の前には微々たる障害に過ぎなかった。
削ぎ落とされた「三間四方」の空間の中で、人間の可笑しみを全身で表現する演者たち。
その技法は、ただ過去のコピーを繰り返すロボットのような伝承ではない。
萬斎氏や裕基氏のような「現代を生きるアーティスト」が、一度先祖の型を自分の頭で解体し、「なぜこの型になったのか」というリアルな感情を再構築しながら命を吹き込んでいるからこそ、今なお圧倒的な生命力を持って私たちを魅了するのだ。
濃厚な悲劇である「能」というメインディッシュの後に、その重みをさらりと流し、次の日常へと私たちを向かわせる極上のワインのような存在、それが狂言であると萬斎氏は例えていた。
そのワインの極上の味わいに、私は今、完全に魅了されている。
今年の11月には、新潟のりゅーとぴあ能楽堂で、野村万作・萬斎氏らの公演が予定されているそうである。
次はどのような人間の「愛すべき愚かさ」に出会えるのか、今からその日が待ち遠しくてならない。
一度観たら最後、狂言の楽しさからは逃れられぬ。
雨も風も吹かぬに、次のチケット手に入れん!
でんでんむしむし、でんでんむしむし!
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