見出し画像

理想へ至る道が不安に覆われていても|「道」の正体に触れ 踏み出した私(3/3)


はじめに――「道」は以前から知る意外なもの


10年ぶりの研修会――かつての"劣等生が見た"現在地



前回の記事では

10年たった かつての"劣等生"だった
わたしが

再び ボバースの小さな研修会に参加します

↑前回の記事です

10年前 
劣等生のわたしを 指導してくださった
先生方を拝見することで

僭越ながら わたしは

ボバースではない道を通って
成長したことを 実感しました



憧れた存在へ――理想に少しだけ近づいた今


先生方を超えている
ということ よりも


昔 憧れた 紀伊先生

あの

さっと 評価し
さっと 治療し
さっと 去っていく…

あの 姿

「いまのは なんだ!?」

と 衝撃を受けた
あの 紀伊先生
あの 治療家像

すこし

ほんの すこしだけ だけですが

近づいている

わたしを 自覚することができました


↑ 憧れた紀伊先生 その姿はこちらの記事です


ボバースの第一人者の
紀伊先生へ

ボバースではない道を通って

近づくことができた とは

なんとも 皮肉 なものですね



触れるということ――若きセラピストへの小さな"お還し"


研修会では

左利きのB君が

ボバースのテクニックのやり方に
こだわるあまり

患者さん役のラーメン大好きA君の
大腿直筋に
きちんと触れることが
できなくなってしまう

そんな場面がありました


わたしは そこで B君へ
いえ A君にも

触れ方 について

アドバイスをします


患者さんの身体に

繊細に

正確に

触れる

そして その組織の

状態 という 情報を

感じる


手で治療をすることを
なりわい(生業)にする者であれば


これは

基本中の基本

であるべきです



実は これが


わたしが 目指す 治療家像

紀伊先生のような 治療家へと至る


「道」


への 入り口 だったのです


とても 意外なことに


この 基本

「触診(しょくしん)」

と 呼ばれる 技術が


道への入り口
だったのです


これは
当たり前すぎるほど
当たり前のことなのです

養成学校でも

「触診は大事です」

ことば では

教えられます



ただ


触診という

技術を


教えられる人は


おそらく 少ない…


わたしも まだまだ 学びの最中です


理屈は説明できても


若いセラピストが
正確に触診できているかどうか?


それを きちんと 把握することは
わたしには できません


それくらい

むずかしく

奥が深い


なのです



触診という技術――紀伊先生のお言葉を思い出す



紀伊先生が 新潟の研修会に来られた

あの日 別の場面です


紀伊先生から

課題が与えられ

受講生が 練習をしているとき


ある先生が 紀伊先生に質問をします

その先生は ボバースの研修会の常連です

ときどき 研修会の最中でも

若いリハビリスタッフに
アドバイスをしている姿を
見かけていました


ある程度 知識も技術もある


そんな自負心を
抱いているような 先生です


紀伊先生が 寄っていき

その先生が 行っている練習に アドバイスをしています

わたしの 近くで行われていたため

わたしは その様子を 拝見していました


紀伊先生が その先生の手に触れながら
手取足取り状態で アドバイスを しています


「そうそう これで 準備ができました

 あとは こちらの 大殿筋の形を手で整えて

 ・・・

 大殿筋です

 うん まぁ あなたなら

 そんな 適当にお尻を
 つかむんじゃなくて…

 正確に 大殿筋を 把持して…

 ・・・

 正確に…

 う~ん…

 ・・・

 そんなんじゃ
 形 整えられませんよ」


どうも 紀伊先生が期待するレベルに 達していないようなのです

すこし 先生の周りの空気が 緊張します



紀伊先生ご自身が その空気を やわ(和)らげます


「まぁ 触診は
 ご自身で 練習するしかありません…

 こういう 研修会では
 ハンドリング(テクニックの一種)や
 知識は
 お伝え出来ますが

 日々の努力の積み重ねが必要な
 こういう

 触診 は

 みなさん おひとりおひとりが
 努力する必要がありますから

 正確に 触れられるように
 なってください」


と おっしゃられ

別の場へ 移動されました


・・・


この時の 紀伊先生のおことばを

こうやって 思い返せるのですから

当時のわたしなりに


大事な ことば


だと

本能的に 感じていたのでしょうね



~~~


紀伊先生は 触診が

触診の技術向上のための 日々の鍛錬が

重要だと

教えてくださいました



ただ 触診を

ほんとうに 正確に 指導できる方は

大変少ないことを
さきほど 記しました



それを 指導できる人に出会うこと

それが

わたしが 潜在的に求めていた

「道」

なのでした



「道」をみつけ歩み始める――師が導く方向へ


師との出会い――"道"の入り口は冬の盛岡に


その「道」は


2023年末に 出会うことができました


「新しいセミナーを12月に行うのですが
 受講生が奇数になってしまって
 困っているのです

 アルさん
 ぜひ 盛岡に来られませんか?

 新潟の人を こんな理由で
 盛岡へ お誘いするのも
 自分でもどうかと 思いますが…(笑)

 お身体を貸していただくだけで結構ですから
 受講料2日間で 6,000円で結構です

 ぜひお越しください
 お待ちしております」


こんな お誘いのメールだったと 思います

受講料はしっかり覚えています 笑
正規の料金は 当時数万だったので
6,000円は格安でした


それは ともかく


とても 大事なことなのですが



この盛岡の師匠からの
お誘いが


わたしの

「道」の 入り口

だったのです



あとで わかることなのですが

師匠は このお誘いの2か月ほど前

zoomでの講義に参加していた

わたしを見て


「この人は
 このままでは

 あぶない」


と 思われたようです


ですので 「奇数だから」という理由をつけて
格安の受講料に設定して

わたしを盛岡へ
誘ってくださったようです


そのことについては
これまで記事で書いてきましたので
ここでは 省略いたしますね



・・・



いま思えば


初めて盛岡へ訪れた わたしに


師匠は 特別待遇 をしてくれました


2人だけの 0次会に

誘ってくださったのです


・・・


セミナーの初日が終了し
懇親会が開催されるまで

時間があります


その 時間は 師匠も受講生も
おのおの 好きに過ごすのですが


通常は


師匠は ひとりで 少し(?)飲みのです

0次会を ひとりで 行われるのです


ただ その日は


「アルさん 0次会 いきましょ~
 なっはっはっはっ」

と 誘ってくださいました


「そうそう 荷物を置きたいので
 わたしの お店も ご案内しましょう」


と 2人で 盛岡の歴史ある道を歩き
師匠のお店へ
おはなしを しながら 移動し


治療院の中も 拝見させていただき


そして 師匠の行きつけのお店へ


・・・


あ~~~~~!!!


こうやって 思い返したら

すっごい 特別待遇!! 笑


そのときは ぜんっぜん 自覚なかったですが
いまおもえば

とてもとても
贅沢な時間でした


でも それだけ

師匠はわたしを

当時の わたしの人生を

わたし 本来のものへ

導こうと されていたのでしょうね…



当時のわたしは

もう やめるべき
職場 で働き

もう 破綻し
心身を疲弊させるだけの
結婚生活 を送っており

しかも

それは もう

『しょうがないこと』

と 思って

あきらめていた時期でした


わたしは もう
これで終わりだと
人生を
あきらめていたのに

師匠は 救おうと してくださった…


じっさい 救われたのです…


*余談ですが
 わたしの離婚調停が
 先日 正式に成立しました


本当に わたしは

師に恵まれる人生です…




触診を継ぐものとして――師匠と紀伊先生の接点


はなしを 戻しますね


場面は 0次会 です


そこで ボバースの話 になるのです


アルさんはどんな研修を主に受けられたのですか?
という 問いに対し


「はい キャリアの最初が脳卒中専門病院でしたから
 ボバースを勉強していて
 それが 今でも リハビリのベースになっています

 ボバースのセンスはないのですが
 ボバースを大切にしようとして
 その病院をクビになっちゃいましたけど…」


と すこしうつむ(俯)きながら お答えしました


「やっぱり PTは 最初はボバース通りますよね

 わたしも ボバースがんばった時期あるんですよ

 でも いつだったかな?

 『ボバースは
 ボバース法から ボバースコンセプトに』

 って 言い出したころ?

 いや もっと前でしたかね?

 『もう 治療することを 目的にはしない』

 って 言い始めたんですよね

 なにいってんだ!?って思って

 ボバースから足洗いましたけど

 なっはっはっはっ」


と答えられる 師匠

すこし ボバースを卑下するようなその発言に

正直少し むっとした わたし


ぜったい それを 察知したであろう師匠ですが

気にせず 面白い話をされます


「そうそう ボバースといえば

 紀伊"大"先生!

 わたし

 紀伊先生から メッセージ

 直接いただいたこと あるんですよ」


と いわれるのです


えー!すごい!
どんなメッセージだったんですか!?

と お聞きしましたら


「コロナ前 わたしは

 触診のセミナー

 を行っていたんです

 その案内のサイトを
 紀伊先生ご覧になったんでしょうね

 facebookでメッセージが送られてきたんですよ


 『触診を大切にしていて とてもよいですね』


 そんな メッセージでした

 あれには びっくりしましたね

 なっはっはっはっ」


まるで 大仏様が笑った かのような

師匠を見つめながら


わたしは


『あ~…
 やはり そうなんだ…』


と 納得するものが ありました


『紀伊先生は

 触診を

 大切に思っておられる』


そして


『この先生は

 触診を

 指導できる先生なのだ』


と…



「道」


を 見つけた


瞬間でした




道に足を踏み出す――人生の再起動が始まる


その盛岡のセミナーに 参加した

1か月後


わたしの人生が

変わり始めます



いえ はじまったのは 


再起動


と でした



突然 職場を辞めなくては いけなくなります


新しい 就職先がなかなか見つからない わたしを


「いい流れに乗っていますよ!」


と 励ましてくださる師匠


『この苦しい状況を良いと言うなんて…
 不思議な先生だなぁ』

と 当時は思いますが


いまの わたしも
師匠と同じ印象です


当時の わたしは

いい流れ

に 乗り始めていました



そして


さらに 善いことは


盛岡での修行を行うこと

それを 決心したことです


道を進むことを 決心したことです



修業は道半ば――道を歩む日々


2024年


最初の修行


内容は まだ

触診ではありません



治療という 大きなものについて

その基礎から

教えていただきました


初めて知ること

ばかりでした


それを通して


わたしにとっては


治療家としての

ありかた(在り方) を


修業させていただきました



さまざまな 感情を経験しながら

さまざまな アドバイスをいただきながら



治療家としての


ありかたの


基礎


を 鍛えていただいたと
振り返ります




そして 今年 2025年


ついに

徹底的に


触診 を


学びました



師匠の 触診の指導は

適格です


わたしは 「リンパ」
そして 「脳」

触れることが
まだ 苦手です


わたしが 修行同期の仲間の
頭 に触れながら


先生を呼びます


「先生 いちおう
 視床に触れていると
 思うのですが…」


と 質問します


師匠は わたしが触れている仲間の
体のある場所に そっと 触れます


すると 師匠は


わたしが 何を感じているのかを

正確に 知ることができます


一般的には非常識な話ですから
信じられない方は 読み飛ばしてくださいね


「う~ん アルさん
 右手は 右の視床に 触れてますが
 左手が いまひとつ つかみきれていませんね

 もう一度 表面から順に触れていきましょう

 はい まず 表面ですね そこ

 そこから 奥に入っていって…」


こんな 感じです

わたしも 師匠も 目をつむって

身体に ひたすら 触れる

そんな 濃密な 時間です


そうやって

わたしは

触診の

感覚を 学んでいきました



前回の記事で

ラーメン大好きA君の

足に触れ

問題となる場所が

小腸と上行結腸

だと見つける 場面がありましたが


それは こういう

繊細な 触診 の技術

の先で

得られる能力なのです



わたしは まだまだ

修業の 道半ば

触診の 道半ば

です


この冬も

さらに レベルの高い

触診のセミナーを 札幌で受講する予定です

その技術習得は
とっても大変だと想像しますが…(汗



せっかく 見つけた

「道」

です


この道を

歩み続けます

これは 治療家として

いえ

ひとりの人間として

幸福な

なのだと 思っています



その道が不安の影に覆われていても――歩む勇気を



分かれ道に立つ君へ――信念の道を


先日の ボバースの研修会で


エレベーターで


わかい‘セラピストの二人に


わたしは


その職場にとどまるか?
自分が信じる治療家の道か?


の 選択にせまられたら


治療家の道を優先してほしい


と 個人的な望みを伝えました



その道を 望み
探している

のであれば


そこに 至るための 分かれ道が


必ず あらわれます


えてして


本当に希望する 道 は


細く 荒れて

不安の影が 覆い

暗く

先が見えないものです



コンフォートゾーンである現状から


離れる 勇気が


暗く先が見えない道を歩む

勇気が


求められます



道を歩み続ける――汗をかきながら そして笑顔で


人生を怖がり
不安にさいな(苛)まれ
続けていた

かつての
わたしでも


分かれ道は


勇気を出して


「道」

を 選択してきた


そう 思っています


それを


若いふたりに


伝えたかったのだろうなと


いま 思います


彼らの未来が


いえ 彼らだけでなく


皆さんの 未来が


信念の道を進む


勇気 あふれるものであることを


希望します


励ますだけではなく


わたしも


を 歩み続けます


大変な道ではありますから


汗をかきながら


でも


笑顔で!


あはははははは



終わりに――道は違えど歩む仲間



お話は以上です

ボバースの研修会に参加しての

内省は

今回で終わりです


もしも あなたが

いま 道を歩んでおられるなら

わたしとは 道が違っても

仲間

ですね 笑


がんばっていきましょうね!


長い時間 おつきあいいただき

ありがとうございました


今日があなたにとって
善い一日となりますように


ありがとうございました

【編集後記】音声にてお届けしております

・ここでは書けない師匠の「ボバース」への意見
・ダークサイドに堕ちた師匠のかつての盟友
・お客さんに拝まれた「師匠の手」はまるで「〇〇の手」

そんなことについて 話しています

もともと重度の喘息があり 現在は落ち着いていますが
息継ぎの音が少し気になるかもしれません
お聞き苦しい点がございましたら どうかご容赦ください

いいなと思ったら応援しよう!