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「評価する能力」への憧れ|ボバースとの出会い・違和感・そして胸にしまった「問い」(1/3)


はじめに――再会を願い・記憶がそっと開く朝


約10年ぶりに
ある研修会に足を運びました

そこには 再会を願うひとがいました

会えるかもしれない――

そんな小さな期待が
わたしの記憶の扉を
そっと開きました




恩師Mさん――その"魔法のような"リハビリに憧れた人


ひょっとしたら Mさんに 再会できる?


そう期待しました

先週の日曜日のことです

新潟ボバース研究会

が 主催する少し小さい研修会に

わたしは 約10年ぶりに
参加しました


Mさんは わたしが大切に思っている
3人の恩師

おひとりです


過去に記事にしております

AIさんに この記事の要約をしていただきました

「恩師・Mさんとの記憶──アルさんが憧れた“魔法のような”リハビリ」


理学療法士として長年の経験を持つアルさんには 人生と臨床の節目で出会った三人の恩師がいます
そのうちの一人が、今回ご紹介するMさんです

現在は新潟県内の某施設でご活躍されている女性の理学療法士で アルさんが学生時代に臨床実習で指導を受けた方でもあります

Mさんのリハビリは アルさんにとって
「魔法のよう」
でした
脳卒中の患者さんに対する繊細で的確なアプローチ
そして何よりも 患者さんの表情が変わるほどの効果を生むその技術に アルさんは深く感動されたそうです
意識が低下している患者さんにも自然に声をかけ 寄り添う姿勢は 技術以上に人間性の深さを感じさせるものでした

実習中 アルさんは患者さんとの関係に悩みながらも 逃げずに向き合い続けました
その姿勢が評価され 狭き門だった新卒採用に合格
Mさんはその後 アルさんの上司として厳しくも温かく指導を続けられました
しかし 時代の変化とともに病院の方針が変わり アルさんは自らの信念を守るために退職を余儀なくされます
その後 Mさんとも疎遠になってしまいましたが アルさんは今でもMさんを「恩師」と呼び その存在を深く心に刻んでいます

この記事は アルさんがMさんとの記憶を丁寧に辿りながら 自身の臨床観や人生観を見つめ直す 静かな回顧録です
技術だけでは語り尽くせない「人としての在り方」が そこにはあります

結果は

お会いできませんでした…


小さな研修会のため
Mさんは不参加でした

ただ 講師の先生方は

新潟県内の病院で活躍される リハビリの先生方であり
新潟ボバース研修会の中核を担われている方々です

かつて わたしは Mさんと一緒に
新潟ボバース研修会の活動に 協力していた経験もあり

先生方は わたしのことを
覚えておられました


会場に到着したわたしに

「あ~~~ アルさ~ん!
 お久しぶりですねぇ~
 10年ぶり?」


なんて 話しかけてくださいました


ちょっと 緊張した気持ちを 抱いていたのですが
すぐに リラックスすることが できました



ボバースコンセプト――「憧れ」そして「違和感」


わたしなりのボバースの紹介


ボバースコンセプト


この治療概念を説明することは
簡単なことではありません

でも これを読まれている方に
誤解を恐れずに
わたしなりに 説明しようとすれば


新生児から高齢の方まで
姿勢・運動・活動・生活などの問題
の解決に取り組む


そんな リハビリです

より詳しくは 検索すると以下のような説明がでてきます
ご興味のある方は読んでみてください
ただし 今回のわたしの内省には
これを理解することは 必要ではありません

ボバースコンセプトは、脳卒中や脳性麻痺などの中枢神経系に損傷を受けた方々を対象としたリハビリテーションのアプローチです。このコンセプトは、中枢神経系の損傷によって引き起こされる姿勢や運動の異常を改善することに焦点を当てています。

このアプローチは、1940年代にドイツの医師であるカレル・ボバースと理学療法士のベルタ・ボバースによって考案されました。彼らの考えの根底には、脳には**可塑性(かそせい)**があり、適切な刺激を与えることで、損傷した脳の機能が回復する可能性があるという信念があります。


【ボバースコンセプトの主な特徴】

個別性: 一人ひとりの状態に合わせて治療を計画します。マニュアル的な治療ではなく、その人の課題や目標に合わせて、柔軟にアプローチを変えていきます。

統合性: 姿勢と運動を切り離して考えるのではなく、両者が密接に関係していると捉えます。そのため、安定した姿勢を整えながら、より自然で効率的な運動を引き出すことを目指します。

ハンドリング: 療法士は、患者さんの体に直接触れることで、異常な姿勢や運動パターンを修正し、より良い動きを促すための適切な感覚入力を与えます。この「ハンドリング」が治療の鍵となります。

活動への参加: ただ単に運動を繰り返すのではなく、日常生活の中での具体的な活動(例:立つ、歩く、物を掴むなど)に焦点を当て、その中で自然な動きを再学習していきます。

ボバースコンセプトは、単なる手技ではなく、患者さん一人ひとりの可能性を引き出し、より質の高い生活を送ることを目指す、包括的なリハビリテーションの考え方です。

新潟県において
このボバースコンセプトを 学ぶ方々にとって

Mさん

は 実力者
と 認識されています


この紹介文は Mさんに
「それは いいすぎだよ!」と
強く否定されそうですが

はははは


そんな方に 実習生時代から
指導をしていただいたのですから

わたしは 本当に 師に恵まれる人生を
歩ませてもらっていますね




劣等感とともに迷い歩いた日々


さきほど ボバースの研修会の会場に到着したとき
緊張していた

と 記載しました


これは クセ なのです


わたしは 理学療法士になりたてのころ

この ボバースの研修会に 参加するたびに

「強い劣等感」

を 感じていたからです


なんど 参加しても

「理解できない」
「わからない」

と 思い続けていたからです


患者さんを 見て 触れても

他の人が

「あぁ… なるほど」

と 反応している場面で

ひとり

「?」

と なっていたからです


技術練習をしても

わたしは どうも

不器用で

うまくできないのです


理論もたくさん 教えていただきましたし
自分でも 成書をたくさん読みました

でも

実際の臨床場面では

理論的に治療を展開する

ことが とても難しく感じていました


もともと 物理学を専攻していましたから
理論的に 思考を展開することは
訓練を受けてきたと
自負していたのですが


どうも このボバースコンセプトでの
理論


わたしの 理解の仕方とは
異なる

不思議で 理解しづらい
理論

でした…


あまりにも 理解できないため

臨床で 実際に活かすことができず

初期のわたしは

リハビリ場面で

患者さんに がっかり させてばかりいました

患者さんがはっきりと いわなくとも

なんとなく それを 感じるのです


「おまえ もう 来るな」

など はっきりと クレームを言われたこともあります


当時のわたしに 必要だったことは

ボバースを理解し
Mさんのように リハビリができること

という 遠い道のり
よりも


まず 目の前の患者さんに
有効なリハビリを提供できること

患者さんにとって
有益なリハビリスタッフと
なること

しかも できるだけ 早く!

でした



一度離れて また戻るまで


ですので 一旦 ボバースを離れ
3流
4流
の セミナーに 参加するように
なった時期があります


もともとが 理系でしたから
「エビデンスにのっと(則)った」
と自称する
セミナーに参加するようになります

*エビデンス:治療法や検査方法などが 科学的にどれだけ効果があるか 安全であるかを示す「科学的な根拠」のこと


ですが…
そのような 画一的で
患者さんの個別性に対応しきれない
リハビリは

すぐに 限界を 感じました


全く効果が得られない
そんな テクニックもありました


いま思えば ひどいセミナーでしたが
必死だった 当時のわたしには
気づきえませんでした


結局 ボバースに 戻り
わたしは 必死に 勉強します


リハビリ経験4年目くらいから
やっと
センスのないわたしにも
すこし 芽が出始めます

患者さんにも
満足していただけるように なりました




「違和感」の芽生え


ただ 一方で

ボバースへの

違和感


抱くようになります


・・・


熱心に ボバースの研修会に
参加されている方

なのですが

いざ 患者さんを目の前にすると

失礼ながら

「何もできない」

方が 複数人 おられるのです



ボバース的な理論は
とても 詳しいような
話しぶりなのですが


いろいろな 上級の研修会で
ならったであろう

さまざまな テクニックを

患者さんのお身体に
がちゃがちゃ と
提供するのですが

「あれ? あれ?」

の連続

結局 最後に


「う~ん 胸郭がもうちょっと柔らかくないと…」


のような

患者さんの身体の特徴の

”せい”

にするような感想を述べて

白旗を上げて

終る


そんな人が 目につくようになります




「違和感」の正体


いろいろな ボバースの研修会に参加し

いろいろな 理論とテクニックを学ぶ

それを 患者さんに 提供する


一見 問題ない 考え方のようですが


結局


どれだけ たくさんの理論とテクニックを
持っているか?

が 重要となり


持っている それらを すべて投入しても
患者さんが良くならなければ

そこで 終わり…

「あぁ もっと いっぱい 研修会に参加して
 もっと 理論とテクニックを 仕入れないと」

に なってしまう


わたしは そこに

強い

「違和感」

抱いていました



「違和感」の行き場


そんな
違和感
を抱きつつも

当時の わたしも

テクニックを収集している

側面がありました


「これでは いけない」

と 思いつつも

「では どうすればいいのか?」

が わからない


そんな もどかしい 日々が

続いていました




触れる前に見える能力――衝撃と願いの記憶



「評価」する能力への憧れ



でも

Mさん や

県外から来られる 上級インストラクターさんの

治療には

そのような 側面は ありません

その治療は まさに

憧れる

ものでした…


「この方は こういう特徴がありますね

 では ちょっと こんなことを
 試してみましょう

 あ~

 わかります?
 こういう 反応が 返ってきましたね

 では どうするか

 こういう報告がありますから

 次は ここに 手を移しまして…

 ここで 〇〇さん(患者さんのお名前)に
 お願いします


 〇〇さん
 は~い
 では わたしと一緒に
 ここから 立ってみましょ~

 はい どうぞ~

 あ~ きれいに 立たれましたね

 どうですか?

 軽い?

 でしょ~?

 座ってみましょう

 はい どうぞ~

 あ~ ドスンってなってたのに
 しなくなりましたねぇ~

 とっても 軽やかですねぇ~

 はい

 じゃぁ 〇〇さん

 とっても お上手ですからぁ~

 もう一回 立ちましょ~~ 笑」


いま これを 書きながら
思い返していた先生は

大槻利夫先生でした

Mさんも たぶん
この大槻先生の 影響を たくさん受けてこられたのだと
想像します

とっても 患者さんにやさしくて
ユーモアがあって

素晴らしい知識とご経験と
なにより テクニックをお持ちの
先生

それが わたしの
大槻先生の印象です


いま思えば

患者さんの 特徴を

的確に 見極めること

「評価する」
という 表現を使うのですが

評価する能力が

異常に高い方 でした


上伊那生協病院さんのサイトで
ふふふ
と 懐かしく思うような 画像を少し
引用しますが



こんな感じで ご指導いただくのですが

その 触れ方は繊細で

しかも 余計なことは一切しない

そんな リハビリだったと

思い返します


やっぱり Mさんの リハビリと
似ていたようにも 思います


「大槻さんが私に似てるんじゃなくて
 わたしが 大槻さんに似てるって
 書き直しなさい!」

って いま心の中で
Mさんに ツッコまれました

はははは



・・・


「評価」ができるようになりたい!


そう 強く 思うようになりつつも


研修会で得たテクニックを

患者さんに提供するだけ

それでも 「アル先生ありがとうございました」

と 言っていただける日々


どこか
満足 しつつも

どこか
「違和感」を覚える


そんな 日々


そんな わたしに 決定的な
日が来ます




”いまのは なんだ?”という衝撃


あの 紀伊先生 が

新潟に来られることと なりました



わたしは 紀伊先生を説明できるような者ではありません

公式に提供されている情報からは

紀伊克昌(きい かつまさ)氏は、日本におけるボバースコンセプトの普及と発展に大きく貢献した人物です。

その主な功績は以下の通りです。

日本への導入と普及: 1970年代にボバース夫妻から直接指導を受け、日本にボバースコンセプトを導入しました。1973年にはボバース夫妻を日本に招き、講習会を開催したことで、日本におけるボバースコンセプトの普及の礎を築きました。

教育活動: 日本ボバース研究会の会長を長年務め、国内で3万人を超える療法士がボバース講習会を受講するなど、後進の育成に尽力しました。

ボバース記念病院の設立: 社会医療法人ボバース記念病院の副院長→名誉副院長、その後森之宮病院名誉副院長を務めるなど、ボバースコンセプトを実践する医療機関の発展にも貢献しました。

紀伊氏の功績は、日本におけるボバースリハビリテーションの確立と、多くの療法士の育成を通じて、中枢神経系疾患を持つ人々の生活の質の向上に大きく貢献しました。

AI作成の文章を筆者が事実関係を確認したものです

現在は保険外でリハビリサービスを提供しつつ 後進の育成にあたっておられるようです


そんな 素晴らしい先生が 来られました

とうぜん わたしも とても緊張しながら 参加します


その 研修会の中
こんなことが ありました


ある課題が 患者さんへの治療方法が
先生から与えられ
それに 受講生が 練習をすることとなりました


わたしと 一緒に練習するのは
東京から来られた おふたりの先生

おふたりとも
インストラクターという
高いレベルの方

そのうちの おひとりは
その1年前
わたしが勤める病院を会場に
研修会を開いた際

講師のひとりとして
来られた方でした

わたしが 必死でリハビリした
脳幹梗塞のある患者さんを

1時間で さらに よくされた

すごい人

でした



そんな先生を交えての
練習中

ある課題で

わたしたちは 困るのです


ある先生を 患者さんに見立て

課題を練習しようとするのですが

どうしても 思うような反応が
返ってこないのです


先生方は いろいろ 試されますが

どうしても うまくいきません


ちょうど 紀伊先生が

どこかの質問に 答え終えたタイミングでした


紀伊先生に 来ていただくように
お願いしました



さっと評価し、さっと治療し、さっと去られる



紀伊先生が こちらに 来られます


近づきながら


「あ~~~
 この人には このままでは できないでしょ

 この人の問題点は
 股関節だから」


そういいながら


さっと 股関節に触れ


その触れた手が 
何か 小さな 動きし


「はい これで 練習してみて」


と 言われ

さっと 去って行かれました



再び わたし達が
練習を再開すると


驚くほど 練習がしやすい…


「さすが 紀伊先生だ
 これで 練習できますね」

と その先生は言いながら

練習を始めていましたが



わたしは もう

その 練習



どうでもよい


と 正直
思っていました



「いまのは なんだ!?」



そう 思っていたからです



近づきながら


練習がうまくいっていないことを
瞬時に察し

その 原因が

股関節

だと 瞬時に見極める



「いまのは なんだ!?」



そう 思っていました




「願い」は胸の奥にしまわれたまま


10年くらい前のことなのに


それが 今でも 忘れられません



「いまのは なんだ!?

 なぜ あんなことができる!?」



という 想いは



「できることなら

 あのようになりたい!」


に 変わっていました



ボバースの劣等生のクセに

わたしは そんな願望を

抱いていました



「さすが 紀伊先生」

と 紀伊先生を 別次元の存在とし
その評価と治療に 関心を向けるより
指示された課題を ただ練習する…


そんなの

どうでもよい

と 思う わたし




なぜ 問題点が わかるのか?


それが どうしても 知りたい


そこにいたる

「道」

を 知りたい


そう 願っている


わたしが いました


・・・


でも

その

"大それた" 願い

当時のわたしには

大きすぎて

胸の奥に ぎゅっと
しまうのです




終わりに――思い出は続きます



長くなりましたので

お話は いったん ここまでとしたいと思います


その後

わたしは 再び ボバースを離れます

盛岡の師匠のもとで 修行をします

そんなわたしが 再び
先日のボバースの研修会に
参加します

感じたこと
考えたことを

綴れたらと思っています


長い時間お付き合いいただき

ありがとうございました


今日があなたにとって
善い一日となりますように


【編集後記】音声にてお届けしております

・治療家さん向けの記事にはしたくなかった
・「憧れ」と「違和感」どちらも大切な感情
・「問い」を抱えたまま生きる
・「自分の道」を見つけようとしている方へ

について 話しています
もともと重度の喘息があり 現在は落ち着いていますが
息継ぎの音が少し気になるかもしれません
お聞き苦しい点がございましたら どうかご容赦ください

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